3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

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京都御所の御殿へ上がってみようシリーズ Vol.1 大反省会

新型コロナウイルス、感染が続いています。なかなか終息しないですね。早く収まって皆が普段通りの生活に戻れるといいなぁ、と切に願います。

さて、暫く間が空きましたが御所の記事をアップしたいと思います。
今回は「京都御所の御殿へ上がってみよう」シリーズとして、3Dで作った御所の御殿に上がって”御殿から御殿、廊下から廊下”へと巡ってみたいと思います。続き物で何回かに分けてアップする予定です。

京都御所と言えば今は通年公開されて気軽に見学できます。しかし、決められたルートを歩くだけで外から御殿を見上げるだけ、中には入れません。当然、昇殿出来ません。「上がれないなら上がってみたい」と思うのが人情。そこで、その願望を少しでも仮想体験するため3Dでウォーキングスルーすることにしました。

一つ情報が入ってきました。ブログ読者の方から提供されたものです。それは、京都大学の「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」に新たに公開された「中井家絵図・書類 禁裏之部ほか1,076点!」。中井家は徳川幕府の大工方棟梁として江戸城など幕府方の城や屋敷、寺社。そして禁裏関係の指図・絵図等の原資料を多く残し近世の日本建築を研究する上で欠かせない文書です。

京都大学アーカイブ
「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」。

中味を閲覧してみました。凄いです。何より、そのデジタル画像の鮮明さ、解像度の高さです。目いっぱいズームしてもボケません。自由に回転できます。古い指図など、文字が上下左右あらゆる方向から書き込まれているので回転できるのは大助かりです。他所にも色々ありますが、ここまでのレベルのものはとても少ないです。同大のデジタルアーカイブのレベルは間違いなく日本のトップクラスですね。皆さんも必見ですよ!

一つ例として私の3Dで作った御所の対屋の指図を見てみます。

京都大学アーカイブ-対屋全図
安政度内裏の東西対屋の指図。

そして、拡大すると、
京都大学アーカイブ-東対屋上家指図拡大
こんな感じ。細部の文字まで鮮明に分ります。普通だとボケる場合が多いです。研究資料に即、使えます。

拡大部は対屋の上家の部分。同所は内侍や典侍等の高級女官の住んだ部屋で座敷部は上段、ニ之間、三之間の三つから構成されています。建具も細かく記載されています。面白いのは、天井の記述で、上段は”猿保”、二之間は棹(竿)縁、三之間は平縁天井と身分・格式を重んじた区分け・差別化が成されている点。御所の天井で最上位と言えば帝の座所である御常御殿の上段の二重折り上げ格天井。三位以上の高位の公家など折り上げ。格天井そのものが格式の高さを表しています。その点、対屋は一歩下がった”棹天井”。その棹のなかも格付け用に仕様が違うのです。

竿縁天井比較図
棹縁天井の比較。

以前書いた天井の記事に挿入した図です。この図中の赤で囲った所が上記三様に合致するものです。あくまで断面ですが見れば違いが分かると思います。実際にマイ・クラフトの天井テクスチャをアップしますので見比べてみてください。

竿縁天井テクスチャ比較図
左から上段、ニ之間、三之間用に対応しています。違い分りますか?。そうです、猿頬のように立体的でやや光沢を帯び、棹縁は中間、平縁は字のごとく平べったい。成程と思います。何を言いたいかと言いますと、棹天井一つとっても御所では身分・格式に基づき差別化されていたことです。この差別化は他の建具や床高、屋根、瓦、畳と様々な部位でも同様に成され、それが江戸時代、二百年以上も変わることなく続きました。現代から見れば「差別じゃないか」と言われますが、差別化によって秩序が保たれ、身分の棲み分けが成され、それがそのまま太平の世に繋がった、とも言えると思います。廊下で「緊急どすぅ!」と叫んで通れば高位の者に対して頭を下げずにすれ違っても良い、という暗黙の了解もあって、そこは人ですから、やたら連発されて高級女官や摂家など苦笑いしていたとか。江戸時代の朝廷は案外のんびりしていました。格付けそのものが朝廷の仕事だったと思います。

※なお、この天井テクスチャは苦労して?作ったものなので使わないでくださいね 笑。

差別化についてもう一つ例を出します。今回作った廊下の内外の建具関係です。

京都大学アーカイブ-折れ廻り廊下図
折り上廻り廊下。

この折廻り廊下は皇后様(実際は中宮)の後宮へと繋がる廊下で途中から90度西に折れています。現在は残っていません。
図中を見ると、まず、真ん中が壁で仕切られています。右(東)が中宮等身分の高いクラスが通る廊下で、帝・中宮は別にして基本、官位が五位以上の公家や高級女官しか通れません。左(西)は女中など身分の低い者が通りました。このような廊下を二筋廊下と言って御所内には幾つかあります。ここの折れ廻り廊下は後宮への廊下なので流石に公家は通らないと思います。

図中に戻ります。
右廊下の天井は猿頬、左は平縁になっています。右の窓側は”中シキイ”とあります。中シキイとは現在の腰窓のことを指し板戸と明り障子からなります。御所の中で廊下の窓としては一番格式のある窓だと思います。中シキ間の”ハメ”は板壁かと。”カヘ”という記述も多いですがこれは漆喰壁と思われます。一方の左廊下の窓は”上レンシセウシ”とあります。これは多分腰窓より高い位置から鴨居までの窓。格子付きの障子と思われます。”中レンシ”というのもあります。”上レンシキコウセウシ”は鴨居から上にある上下の細い格子窓かと。後、”ヤリト”は鑓戸で板に桟を張った戸、大概明り障子と対になっている。”戸四”とかは普通の板戸。遣戸より格下。”竹ノフシ”は杉戸の上にある何といったらいいか菱形に組んだ欄間?のこと。分からないのは”ヌメシキイ”。調べたらどうも”無目敷居”で溝のない敷居のことらしい・・・。溝がないということは引戸でもない。清涼殿にもあるけど何だろう?はめ込み式の板パネル?。開き戸なら廂と簀子の合いに立つ妻戸、杉戸は廂間によく使われる。蔀は寝殿造の定番。と、長々書きましたが要は細かく格式別に仕様化されている、ということです。そうそう、寝殿の簀子、縁を囲む高欄(タマネギに似た)は三位以上の公家が認められた。三位以上が本来の貴族で公卿といわれる立場。平安貴族はこのような人たち。寝殿の階は五段、他は三段。とか...。

今回まったくわからなかったのが床板の筋目の方向。現代の木目調のフローリングだと長手方向に筋目がある。寝殿造の場合だと廂や簀子など母屋に向かって筋目(縦方向)があるのが格式が高い。でも御所の床板を見てみると案外バラバラ。なおさら使い分けがわからない。さすがに紫宸殿は母屋に向かって筋目がある。実は最近まで気づかず横、桁方向に張っていた・・・、直しましたよ。

で、タイトルサブの「大反省会」ですけど、別に何人も集まって反省する訳でもありません。自分だけの「ひとり反省会」です。大と付くのは自分のなかで根本的に間違っていた、という認識を今回の「御殿に上がってみよう」のための補足3Dを作る上で切に感じたからです。

何かと言うと、これまで御殿・建物をそれぞれ単独で3D制作していました。それで、今回、御殿の中を歩く訳ですから当然、廊下も御殿と繋げて歩くし内部もある程度作らないといけない。と思って作り始めたら御殿と廊下、あるいは御殿・屋根間のつなぎ目がまったくの不揃いで床高の段違い、鴨居・敷居、長押の高さ違い、窓位置のバラバラ、建具の連続性が保てない等々、要はまったく整合性がとれないことに気づき、自分自身に「先に全体像を把握した上で計画的に作っていく」という大事な面が欠けていたという反省。
日本の木造伝統建築の場合、何といっても「屋根が命」というほど屋根の占める立ち位置は大きいです。ですので、いつも屋根から作っていました。屋根が出来ればホッとした気分になりました。それ一軒だけの単独の建物だったらそれでもいいですが、今回の御所の場合はまったくの別物。御殿と廊下が幾つも繋がって何百メートルも続きます。御所の場合は屋根からではなく、間取りから入り御殿と廊下、その他との整合性が保てるよう床高、軒高、壁面・柱の制作等を一連の流れとして末端まで作っておき、その後から屋根を被せてゆく、という風にシステムチェンジをしよう、と思い至った次第です。

それが即ち、私の「大反省会」です 笑。今後、気を付けますよ。そして効率よく省くところは省き、簡略化し工数を減らす。と、努力も怠りません 笑。

以上、今回の反省に基づいて「京都御所の御殿へ上がってみようシリーズ Vol.1」がやっとできました。上述の如く悪戦苦闘してました。徹夜したときも・・・もう廊下疲れ・・・何でブログ・・・いいやそんな事、自分の夢から始めたことですからね。

それでは、例によって今回ご紹介する御殿ルートのマップを載せます。
2020-03-18-京都御所の御殿に上がってみようシリーズ-その一 廊下疲れ順路図

マップといってもスナップショットしたCGの御殿位置を赤〇しただけですが、それでも無いよりましなのでどうかこれを別Windowで開き参考にしながら見てください。

まずは建春門から入ります。
2020-03-16-建春門
春門。久しぶりの門です。
同門は御所六門のうち唯一の唐門で、築地塀の東にあります。立派な門なのに何故、正面南じゃないの? 答えは朝廷にとって一番の格式のある門は四脚門。唐門は将軍仕様?ということで江戸時代は主に中宮様が出入りされました。幕末の将軍、徳川家茂もおそらくココから入門したと思います。

2020-03-18-南庭回廊越しに紫宸殿
南庭回廊から紫宸殿を望みます。南庭は朝廷の儀式・儀礼の中心でした。

2020-03-18-東軒廊から紫宸殿東庇に昇ります
回廊の東脇廊から紫宸殿に上がります。いよいよ昇殿です。一日お公家さんですね 笑。

2020-03-16-紫宸殿内部-東庇から
やったね! 紫宸殿に上がりました!屋根を支える連続した虹梁が迫力あります。高御座も見えます。皇居からお戻りされました。

2020-03-15-紫宸殿北廂から露台
紫宸殿の北廂から右斜めの露台を見ます。正面の大きな廊下は御拝廊下。

2020-03-17-露台
露台内部です。虹梁に菊のご紋章が眩しい。

露台は本来屋根のないバルコニーのような床縁でした。平安時代、内裏の紫宸殿と仁寿殿の間に露台が設けられここで乱舞などが行われました。現在の露台は紫宸殿への通路も兼ねているので屋根を設けていますが中二階的なバルコニー感は充分残っています。

2020-03-17-露台から見た東の小御所と陣座
露台から東、小御所と陣座が見えます。

2020-03-17-童木廊下
憧木廊下

露台から階段を降り御拝廊下へと繋がっています。憧木とは仏具の一。鐘・鉦(たたきがね)・磬(けい)を打ち鳴らす丁字形の棒ですけど、何で憧木廊下と名付けられたのでしょうか?ひょっとして帝のご来臨を伝える鉦を鳴らした? 正面、奥には杉戸絵も見えますね。途中、右(東)に入る廊下があって小御所へと通じています。左右の窓は腰窓、指図で説明した”中シキイ”です。

2020-03-17-小御所への渡り廊から西廂を見る
その右に曲がった廊下から見た小御所の西廂。



2020-03-17-杉戸(牧馬)
その杉戸絵の「牧馬」をズームアップ。

※ 杉戸・襖絵の絵については今回すべて毎日新聞社刊 宮内庁協力「皇室の至宝 御物」全十二巻-から一部引用させて頂きました。

2020-03-7-御拝廊下
御拝道廊下

帝が清涼殿にお出ましになる廊下です。二筋廊下で真ん中の壁を隔てて右(南)が帝が通られます。ここは五位以上の公家等だけが通れます。天井は化粧屋根裏の虹梁付き、格式があります。畳の紅絹縁(もみべり)が艶やかです。左は非蔵人廊下。六位以下の官人が使う廊下。畳の縁は蘇芳縁(すおうべり)で薄い感じがそれなりの演出という感じ。天井は猿頬になってます。御所でも一番大きい廊下で幅は8mもあります。もう大部屋のサイズですよね。ここ御拝道廊下や憧木廊下など周辺の建物は戦後の昭和53年に復興されたものです。戦前まで残っていましたが戦中の建物疎開で解体されました。

2020-03-17-非蔵人廊下
非蔵人廊下です。御拝道廊下と見比べてみてください。


2020-03-17-御拝廊下より紫宸殿北廂を見る-2
御拝道廊下廊下から紫宸殿北廂を眺めます。北廂の障壁画は瑞鳥と瑞草花。

2020-03-17-御拝廊下より紫宸殿北廂を見る
こちらは非蔵人廊下から見た紫宸殿北廂。

2020-03-17-非蔵人廊下より大台所を見る
非蔵人廊下から北に今は存在しない大台所(左)と清所を眺めます。このスケール感はいかがですか?今は見学の帰りルートになってます・・・。戦前(昭和20年)までは残っていました。これも建物疎開で解体。勿体ないですよね。せめて3Dで想像してみましょう。

2020-03-17-小御所西廂-奥の杉戸は栗に猿
御拝道廊下から小御所西廂に入ります。大和絵の襖が美しいですね。手前から岡辺に櫓と百舌鳥、菊の花盛り、猪名野篠原、須磨の浦と続きます。ここ小御所も戦後まで残っていましたが花火の失火で焼失し昭和33年に再建されたものです。小御所は帝が将軍や大名と謁見した所です。幕末の王政復古の大号令もここでなされました。奥に杉戸が見えます。

2020-03-17-小御所西廂-奥の杉戸は栗に猿のズームアップ
に猿の杉戸。杉戸の上にある菱形の欄間がどうやら指図でいう”竹ノフシ”みたいです。


2020-03-17-小御所西廂から杉戸の紅梅を見る
西廂を振り返ると杉戸「紅梅」が見えます。


2020-03-17-小御所南廂
小御所南廂。ここも鮮やかな大和絵の襖が出迎えてくれます。


2020-03-17-小御所から東庭を見る
小御所から東庭を眺めます。見学者はこの池の前から小御所を見上げます。小御所内から見た庭の風景はどんなものなのでしょうか?

2020-03-17-小御所北庇
小御所の北廂です。ここと南廂と東庇の間には布障子がありますが資料なないのでどんなものかわかりません。

2020-03-17-小御所から学問所と御常御殿を見る
小御所の高欄越しに御学問所と御常御殿を望みます。


2020-03-17-学問所への渡り廊から大台所の清所を見る
御学問所への渡り廊下から今は無き清所を眺めます。窓はフルオープンです 笑。
ここまでは化粧屋根裏に虹梁の天井が続きます。御所にとってこの天井スタイルが渡り廊下でも一番格式のあるものなのでしょうね。

2020-03-17-妻戸から学問所へと入る
妻戸から学問所へと入ります。完全にCG枚数稼ぎですかね・・・

2020-03-17-学問所から御常御殿を見る
御学問所と遠く御常御殿を眺めます。戸はもうなしフルオープンです。
御学問所は主に帝が臣下の公家と謁見する間で読書始めや和歌の会などの年中行事が行われました。帝の御常御殿が煤払いのときはココ学問所が臨時の休息所になりました。

2020-03-17-学問所内部
御学問所内部です。上段間を望みます。縦桟の欄間が簡素ながら繊細で美しいですね。御所はこのタイプが多いですね。帝はまだみえてないでしょうか??

2020-03-18-学問所上段の間から見る
御学問所上段之間から中・下段間を見る。

ここの中段は中国の欄亭図、下段は岳陽楼の襖絵で描かれています。岳陽楼は中国湖南省岳陽市にある楼閣。洞庭湖の東北岸に建ち、高さ20.35メートルの三層の木造建築です。眼下に広大な洞庭湖、北に長江を臨む雄大な景観で知られ、古来より著名な詩人の李白や杜甫もここを訪れています。襖絵はとても精緻に描かれ、それこそ現地に行って写生したかと思われるのほどのです。

2020-03-18-学問所から東庭を見る
御学問所から東庭と泉水を眺めます。小御所から眺めるのとは趣が少し違う感じです。

2020-03-18-東から見た学問所
東から望む御学問所の上段之間。上段の襖絵は唐の太宗が、閻立本(えんりゆうほん)にその像を描かせ、褚亮(ちよりよう)に賛を作らせた一八人の文学館学士の絵です。狩野永岳の作です。

そして、今回、新しい試みとしてレンダリングソフトでCG化してみました。

2020-03-19-御所全景

試みたのはtwinmotionという建築系レンダリングソフトでつい最近まで無料でダウンロードできたので使ってみました。ゲーム会社が開発元を買収した関係での無料ですけど販売当時は30万円もしたそうです。直観的に操作できるタイプで自分でもできるかとテストしています。
モデリング、造形はスケッチアップで行っていますが、同SUは映像・アニメーション・音声機能は不得手なのでレンダリングソフトは前から探しています。ただ、現在のレンダリングが主に現代的なクリスタル・メタリック的光沢感やゲームキャラクターにみられるプラスチック的質感が得意なのに対し古くからの日本の伝統木造建築に対してはどこまでより素晴らしい質感が得られるのか? よくわからない面も多いので、どうしたら木造建築の質感を出せるのか色々と試しています。いずれCG出力してブログに、アニメーション化してYouTubeにアップロードしたいと思っています。

長文失礼いたしました。

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