3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 >  ★テーマ別 >  御所・公家町を3Dで再現 >  YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.4-部屋紹介-後宮編」をアップしました。

YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.4-部屋紹介-後宮編」をアップしました。

ご案内の通り「京都御所3D案内 Vol.4-部屋紹介-後宮編」をYouTubeにアップしました。視て頂けたら嬉しいです。

でも、書きながらやっぱり気になるのは新型コロナウイルスの感染の広がりです。世界に感染が広がっているし国内でも全国の公立小中学校が休校に入ります。北海道は非常事態宣言を出しています。今はもう感染を防ぐ水際作戦は失敗し、いかに市中感染、クラスター(集団)感染を抑え日本全体にパンデミック状態を引き起こさないようにするか・・・国、各自治体、国民個々が必死になって防疫対策を講じているところです。何よりも恐ろしいのは検査の結果、一端、陰性でありながら再検査で陽性が見つかることです。自然界では考えられないような特異で未知なウィルスに世界は脅威にさらされています。事、ここに至ったら、もう「初動対策を怠った」とか責任を追及する段階ではなく、国民みんなが一致団結してウィルスを「乗り切る」しかないと思います。

自分自身、振り返ってみて、戦争は勿論、台風や風水害、地震の直接被害にあったことはありません。正直、「こちらに来なくて良かった」と、災害地を心配するより自分の安堵感の方が先でした。それが今回の何時、自分の身に降りかかってくるか分からない見えない恐怖に初めて自分も当事者の一人であることを自覚しました。今までの「他人事」と感じていた自分は間違っていました。

今は一日も早く感染が収束し、皆の普段の生活に戻れるよう祈るばかりです。

こんなときに、こんな能天気な動画をアップ?・・・と気が引けてしまいますが、それでも、折角作ったので掲載させて頂きます。

※ YouTubeサイトですとより鮮明に視えます。宜しかったから視聴回数の方もクリックして頂けると有難いです。




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No Subject * by -
五反田猫様
丁寧な解説ありがとうございます。
丁寧過ぎて余計混乱してしまいました すみません冗談です 笑。
一つ自分なりに感じるのは、
例えば、京都御所の記事で天皇陛下に触れるときは、いつも帝、と書きます。天皇と書くと何となく御所に合わないというか馴染めない・・・自然と帝になってしまうのです。やっぱり御所が雅だからそうなるのかな、とも思ってます。

光格天皇様は傍系の宮家出身なので、逆に天皇の権威を高めようと努められた御方です。今の御所があるのもこの方の御蔭かと思います。

それにしても太上天皇号はホント、不思議と使われましたね。その辺も何でだろう? とつい思ってしまいます。

称号 * by 五反田猫
京一朗さん
称号の問題は難しいですよね、私も専門ではありませんがご参考まで。
今では当たり前の「天皇」「皇后」という名称。
天皇という称号は村上天皇以来900年近く絶え(後醍醐天皇、安徳天皇という例外を除く)、光格天皇で復活しました。
ですからそれ以前の江戸時代の天皇の称号は「**院」です。以後、仁孝天皇・孝明天皇の2代にも諡号
面倒くさいのは、「上皇」にあたる「太上天皇」
これは天皇号が絶えていた時期にも、太上天皇号は変わらず用いられていたので、ご存命で隠居された場合には「太上天皇」(略号は上皇)
ですから江戸期の上皇は、108後水尾上皇、109明正上皇、111後西上皇、112霊元上皇、113東山上皇、114中御門上皇、115桜町上皇、117後桜町上皇、119光格上皇となります。

皇后は、江戸時代にはおられず、正室にあたる最上位が「中宮」で、皇后は明治になり復活しました。

「准后」は、もっと面倒で、女性に限りません。
太皇太后・皇太后・皇后の三后(三宮)に准じた処遇を与えられた者という地位の称号です。
男性の場合には、臣下でも摂関を経て隠居後に准后になる場合があります。(名誉会長のようなものでしょうか?)
江戸期でも、摂家出身の男性の准后がおります。
皇族で帝位につかないが、生母や父などで准后になる場合もあります。
江戸時代では皇族女子(内親王)が准后になります。院(天皇)の御生母などは、後に格上の皇太后、女院になる場合もあります。
そして京一郎さんがお書きになった後宮出身
中宮には皇族以外でもなりますので、中宮でも御生母の場合は女院になる場合もありました。
女院になると「**門院」という院号がつき、女院御所に入られます。
以上ご参考まで

No Subject * by -
五反田猫様
コメントありがとうございます。
五反田猫さんも武漢ウィルス気を付けてくださいね。
皇后の件ですが、
私の中では、皇后、中宮、女御、更には准皇后と混乱している面があります。皇后=中宮、その下が女御、准皇后は追号とか・・・よくわかりません。安政度内裏を見ると後宮部分を切り離している指図が意外と多いです。後宮の方は准皇后御所として半ば皇太后の御所のような感覚がしてきます。独立状態ですね。調べたら幕末の孝明名天皇は九条凪子を妃とされ皇后にしようとしましたが、幕府に断られたとのこと。何なんでしょうね。普通、王&王妃で宮廷が成り立つと思うのですが、正室なのに皇后の地位が曖昧なのは、やはり幕府の影響でしょうか?

こういう時こそ * by 五反田猫
京一朗さん いつも興味深い記事を有難うございます。
こういう時期だからこそ、記事や動画を拝見するとホットします。
ちょっとだけ気になったのが「皇后」という記載です。
江戸時代は中宮のみで皇后はおりませんよね。(死後の送皇后を除く)
現代感覚だと天皇の配偶者は皇后なのですが、当時は中宮、女院というのが相応しい気がしました。

世情喧しい時期ですが、どうぞお元気にお過ごし下さい。

コメント






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No Subject

五反田猫様
丁寧な解説ありがとうございます。
丁寧過ぎて余計混乱してしまいました すみません冗談です 笑。
一つ自分なりに感じるのは、
例えば、京都御所の記事で天皇陛下に触れるときは、いつも帝、と書きます。天皇と書くと何となく御所に合わないというか馴染めない・・・自然と帝になってしまうのです。やっぱり御所が雅だからそうなるのかな、とも思ってます。

光格天皇様は傍系の宮家出身なので、逆に天皇の権威を高めようと努められた御方です。今の御所があるのもこの方の御蔭かと思います。

それにしても太上天皇号はホント、不思議と使われましたね。その辺も何でだろう? とつい思ってしまいます。
2020-03-14 * [ 編集 ]

称号

京一朗さん
称号の問題は難しいですよね、私も専門ではありませんがご参考まで。
今では当たり前の「天皇」「皇后」という名称。
天皇という称号は村上天皇以来900年近く絶え(後醍醐天皇、安徳天皇という例外を除く)、光格天皇で復活しました。
ですからそれ以前の江戸時代の天皇の称号は「**院」です。以後、仁孝天皇・孝明天皇の2代にも諡号
面倒くさいのは、「上皇」にあたる「太上天皇」
これは天皇号が絶えていた時期にも、太上天皇号は変わらず用いられていたので、ご存命で隠居された場合には「太上天皇」(略号は上皇)
ですから江戸期の上皇は、108後水尾上皇、109明正上皇、111後西上皇、112霊元上皇、113東山上皇、114中御門上皇、115桜町上皇、117後桜町上皇、119光格上皇となります。

皇后は、江戸時代にはおられず、正室にあたる最上位が「中宮」で、皇后は明治になり復活しました。

「准后」は、もっと面倒で、女性に限りません。
太皇太后・皇太后・皇后の三后(三宮)に准じた処遇を与えられた者という地位の称号です。
男性の場合には、臣下でも摂関を経て隠居後に准后になる場合があります。(名誉会長のようなものでしょうか?)
江戸期でも、摂家出身の男性の准后がおります。
皇族で帝位につかないが、生母や父などで准后になる場合もあります。
江戸時代では皇族女子(内親王)が准后になります。院(天皇)の御生母などは、後に格上の皇太后、女院になる場合もあります。
そして京一郎さんがお書きになった後宮出身
中宮には皇族以外でもなりますので、中宮でも御生母の場合は女院になる場合もありました。
女院になると「**門院」という院号がつき、女院御所に入られます。
以上ご参考まで
2020-03-12 * 五反田猫 [ 編集 ]

No Subject

五反田猫様
コメントありがとうございます。
五反田猫さんも武漢ウィルス気を付けてくださいね。
皇后の件ですが、
私の中では、皇后、中宮、女御、更には准皇后と混乱している面があります。皇后=中宮、その下が女御、准皇后は追号とか・・・よくわかりません。安政度内裏を見ると後宮部分を切り離している指図が意外と多いです。後宮の方は准皇后御所として半ば皇太后の御所のような感覚がしてきます。独立状態ですね。調べたら幕末の孝明名天皇は九条凪子を妃とされ皇后にしようとしましたが、幕府に断られたとのこと。何なんでしょうね。普通、王&王妃で宮廷が成り立つと思うのですが、正室なのに皇后の地位が曖昧なのは、やはり幕府の影響でしょうか?
2020-03-11 * [ 編集 ]

こういう時こそ

京一朗さん いつも興味深い記事を有難うございます。
こういう時期だからこそ、記事や動画を拝見するとホットします。
ちょっとだけ気になったのが「皇后」という記載です。
江戸時代は中宮のみで皇后はおりませんよね。(死後の送皇后を除く)
現代感覚だと天皇の配偶者は皇后なのですが、当時は中宮、女院というのが相応しい気がしました。

世情喧しい時期ですが、どうぞお元気にお過ごし下さい。
2020-03-10 * 五反田猫 [ 編集 ]