2019-06-28 (Fri)
やっぱり御所の参内殿と長橋局、奏者所も3Dで作ることにしました。今、参内殿の屋根が出来上がったところ、あっ、車寄せの唐屋根はまだです。作り始めて分ったのですが、参内殿って色んな意味で特徴があるというか背伸びしている御殿だなぁ、と思いました。何処が?と書きたいところですが、次回に御殿が完成したら話しますね。
さて、御殿が出来上がるまでの暫し、暴論、奇論、極論の類になってしまいますが、タイトル通り「朝食は無用」について書いてみます。ただし、朝食そのものを食べるのをヤメるのではなく自宅で食べないこと。その代わりに外で、朝の通勤時に外食モーニング、通勤グルメで朝食を楽しむというもの。
台湾の点心の店。
しかし、また、なんでいきなり?と首を捻られる方もいらっしゃると思いますが、実はつい先日、記事で触れた年金問題の延長線上でふと思い浮かんだことで、まぁ、いつもの気まぐれと思ってください。
年金ですけど、現時点ではごく僅かですが配給率は増えています。意外と思われるかもしれませんが、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の年金の株式運用でそれなりに配当が出ているおかげです。この点についてはアベノミクスを評価しています。問題なのは将来に渡る年金額についてです。老人が増え若者が減るなか、年金給付の年齢を68歳に引き上げようとか、そんな議論もどこからか聞こえてきます。参院選を前に突如として現れた「老後資金2000万必要論」。出所は金融庁ですが、そのバックにいるのは財務省。おそらく財務省なりに将来の年金についてかなり危機感を持っていると思います。票に結びつかない年金について政治家も中々手を挙げないですが財務省側がもう我慢できずに反乱の狼煙を挙げた・・・ということなのでしょう。
年金も減って、貯金も枯渇して人が一番恐怖に感じるのは食べ物を食べる、買うお金が無くなることだと思います。人間の欲のなかで最後まで残るのは食欲であって、それが満たさなければ後は死を待つだけです。次に病に倒れ介護を受けるお金もない・・・、これもとても不安です。
生活保護を受ければいいと言うかもしれませんが、自宅を手放すとか自家用車を持てないとか制約も多く、今後、その保護にあてる給付予算も年金以上に減額してゆくでしょう。なにより「生活保護」に抵抗を感じる人は多いと思います。
お釈迦様のように修行の果て行倒れて死ぬ寸前にスジャータという娘が飲ませてくれた一滴の乳がゆに救われ、その一瞬に悟りを開いたという説話。今時、そんな崇高な人は殆どいないと思います。
では年金の恐怖からどう逃れたらいいのか?絶対的な決め手はなく、ましてや市井の自分がどうこうできる問題でもないし・・・・。
そんなとき以前テレビで見かけた中国の朝食風景。一応は知っていましたがホントにみな自宅では食べず外の小さな食堂や屋台で立って食べているのですね。まさに通勤途中のグルメです。朝は食欲が旺盛ですから中国の人も美味しそうにかぶりついています。活気もあります。
中国は共産主義ですから男女の区別なく平等というか女性もみんな働きます。ですから朝食など自宅で料理しているヒマはありません。だからというか中国の女性はとても強い、勝気です。以前、中国へ行ったとき、その強さを目の当たりにしたことがあって「中国女性と結婚しなくてよかった」などと、訳の分からん感想をもったものです。
さて、ここから「自宅朝食無用論」の中味に入っていきます。
まず、外で食べるということはそこに消費が生まれ金が動きます。朝ですから既存の外食産業とも競合しません。外で食べますから朝食を売る側、また買う側の両方がいて、且つ皆が外で食べるとしたら膨大な数の食堂や屋台、客が生まれます。しかも食べ物で朝食ですから売りたい人は間借りとか小資本で副業がてら店を開業でき、買う側も手ごろな値段で食べることができます。当然、少しでも客を呼び込もうと料理にも腕が入り自宅で食べるよりも確実に美味しいと思います。
そして、キーポイントとなるのが「提供、売る側が、そのまま提供を受ける側、客にもなる」ということです。朝はいろいろ嗜好を凝らした料理が出ると思います。点心が得意な屋台の主人は頃合いに店を閉じて今度は自分が客になって屋台で好きな朝粥を頬張る。売り合い、買い合い、食べ合う。そこには互いに小金を稼ぎ合う循環が生まれ、結果、街が活気づく。
朝を少しフレックスタイムにし、副業が稼げる社会構造にする。そうする為には、普通の人でも参入しやすい朝の家庭料理の店。出来立てホカホカのモーニングが楽しめる。小さな店や屋台なら退職した年金生活のお年寄り夫婦でも切盛りできる。そして小銭も稼げる。「食べる」という人間そのものの欲求が満たされれば自然とご老人たちの財布のヒモも緩くなる。お年寄り萬歳! お年寄りたちのタンス預金が日本を救う!
だからみんな朝食は外で食べよう!! というのが「自宅朝食無用論」の根拠です。いかがですか?バラ色のコンテンツ描き過ぎですかね。
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No Subject * by 大原
中国、そして東南アジアとかもそうですよね。朝食の屋台や店が充実している感じがしました。
日本はそれらがちょっと寂しい気がします。朝も忙しそうな人々の往来しか目につかず、海外から帰ると一番違和感が感じるのが、それですね。
外国からの客も、日本の朝食の選択肢の少なさや、不便さを感じていると思います。
日本はそれらがちょっと寂しい気がします。朝も忙しそうな人々の往来しか目につかず、海外から帰ると一番違和感が感じるのが、それですね。
外国からの客も、日本の朝食の選択肢の少なさや、不便さを感じていると思います。


思いっきりトンでも話をしてしまいました。
でも、確かに言われるように特に中国からの観光客は日本人の多くが自宅で朝食を取るのを結構、奇異に思うみたいです。
一方、自分など、中国の人が街で立って食べてる姿を見て下品だなぁ、と思ってました。
でも、考えてみたら日本でも祭りや縁日の屋台で、あるいは朝市で普通に立って食べてますよね。
そんなこと思うと、日本の朝も外で朝食を楽しみながら勤務先に行く食文化があってもいいなぁ、と思いました。活気づくし。見習う所は見習うべきですね。