3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

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戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ! 武家玄関&休息所

大台所廻りの一つ、武家玄関及び式台、休息所が完成しました。

武家玄関及び休息所位置図
武家玄関・式台及び休息所位置図(出典:京都御所 完-大正3年/日本皇道會編)

台所周辺図武家エリア-2
上記周辺詳細図。

赤く囲ったところが該当する建物です。この武家玄関・式台は御所に伺候する幕府方のトップ・禁裏附武家の出入りする所です。禁裏附は役料千石、公家の摂家よりも威張っていたといいます。ここから奥・東に向けて幕府武家方の口向役人、即ち金勘定から日々の暮らしの用向き、賄い、物品購入まで色々担当していた武家の事務方エリアです。

そのエリアの中でも、屋根が唯一、瓦でなく一つ上の杮葺きで葺かれていたのが今回の武家玄関、式台、休息所の建物です。武家役人でも位の高い禁裏附始め事務方が休息所で休んだり、応接したりしたのでしょうね。

台所周辺図武家エリア杮葺き部

この安政度の内裏図(安政新造内裏全図、小生の所有 笑)を見ると赤く囲った所だけ鶯色になってますよね。そう、ここが杮葺きのエリアです。

本記事でもお世話になる「翻刻 安政御造営図志(編集:庄司成男、荒川玲子の二氏、庄司氏は元宮内庁京都事務所長、荒川氏は元宮内庁書陵部編修課主任研究官をされた方。発行は宇土條治氏)」から再度、大台所周辺の絵図を載せますね。

内裏大台所絵図-4

この絵の左側に式台、玄関、及び溜まり間等が描かれてありますが屋根はやはり杮葺きです。右の大きな大台所の方は本瓦葺きになってますから違いがわかります。ただ、白黒では杮葺きか、檜皮葺かの違いはよくわかりませんので後ほど説明します。

ちなみに、
武家玄関

戦前まで残っていた武家玄関・式台等の貴重な古写真を見ると屋根が桟瓦葺になってます。明治以後になって維持・管理に負荷が掛かる為、杮葺きから葺き替えられたものです。これは唯一な形で残る公家屋敷の冷泉家住宅も同様。他にも桂宮家御殿(現二条城本丸御殿)など多くの葺き替え例があります。でも、この古写真があるおかげで上述しました「翻刻 安政御造営図志」との比較ができ3D制作する上でも助かりました。

では同安政御造営図志に載っている武家玄関等の建物の仕様を簡単に説明しますね。

武家玄関&式台・休息所等武家エリア仕様書-赤線
武家玄関及び休息所の仕様がわかる「翻刻 安政御造営図志」より引用。

赤線で引いたところが杮葺きの所謂、武家エリアの主要建物について記述してます。

内玄関武家休息所し問半四間東取込一問五問北取込.問五問
式台庇三間一問雪隠小用所都問仕切羽目之所塗玄関両脇羽目屋
根上柿葺垂木一軒化壮木舞物裏板打破風狐格子懸魚鰭
六葉釘隠丸坐樽鋲塗物菊座金箔儼瓦棟獅子口有之内玄
関軒高.一丈三尺岡川四尺瓦寸床」咼.一尺六寸四分但休息所共御翌-
簾懸渡翠簾直打四尺、

とあります。建物規模でいうとざっと東西で8.5間の16.6m。南北は玄関部が5間の9.8m。東方の休息所が4間の約7.8m。式台(迫り出した所謂、破風屋根の車寄せ)廂が3間(5.88m)の1間。床は羽目板になっている?。軒高は1丈3尺、約3.939m。この高さから言うと屋根の天辺・棟高は黄金比?から8~9mほど。”狐格子”だから入母屋屋根ですね。獅子口は棟の両端に用いる箱形の瓦のことで、懸魚とは、屋根の破風板につけて棟木や桁の木口を隠す彫刻や透彫りの飾り板のことです。それに鰭飾りが附き六葉の釘隠し等がついてます。

ちなみに京都御所の屋根を飾る様々な装飾類を紹介すると、
御殿の屋根を飾る装飾類
宮内庁HPの「京都御所と離宮の栞」より引用。

このような感じです。
屋根の頂きの獅子口だと紫宸殿や清涼殿は古式に従い菊の御紋がありません。破風下の懸魚(火除けの意味もあるとか)も紫宸殿と清涼殿は古式に従い「猪の目懸魚」。御常御殿、小御所、御学問所などは「三花懸魚」で華やかな感じ。他の建物の多くは「かぶら懸魚」を使っていて、今回の一連の大台所廻りの3D建物もこの”かぶら”にしています。実はこのこと、読者の方から教えて頂き「御所の栞」で知った次第です。他に紫宸殿や清涼殿などの破風は古式に従い華やかな飾り金具は使ってませんね。

後、「簾懸渡翠簾直打四尺」とありますが後ほど説明します。
さて、次に建物の建具等について説明します。
これも「翻刻 安政御造営図志」よりの引用です。

武家玄関&式台・休息所等建具図
武家エリアの武家玄関及び式台、休息所等の建具図。

赤線で線を引いたり囲ってますが、要点だけ説明します。というか分からない?、判読できない箇所は飛ばします・・・。

式台の縦割り線は羽目板だと思うのですがどうでしょう。天井はよくある「竿縁天井」とは表記してないので〇天井は格か鏡天井だと思います。上の線引きに添書きしました「レンシセウシ 下カヘ」と「上レンシセウシ」の違いですがどう違うんでしょう?

多分、レンシセウシの下カヘは今でいう腰窓位置の連格子障子のことだと思います。では上レンシセウシは? 上というぐらいですから長押の上、小壁にある明り取りの連格子障子の窓では? と推理します。他にもカヘ(壁)にセウシは中敷き、現在の腰窓障子。タンは段、式台の階段ですね。細かい線分が並んだ部分は簀子もしくは濡れ縁廊下。式台に「ヤリ戸」とあります。”鑓戸”、引き戸のことだと思います。後、戸四セウシとあれば四枚合わせの明り障子。今回は腰障子に設定しました。フスマは襖です。出鼻のトイレはカット!。以上のような記述を参考に外観を作ってみました。

それでは、3D作品のCGをアップします。

靄に包まれた台所&武家玄関全景
朝霧に包まれた大台所・清所と左背後に武家玄関等がみえます。もうすぐ禁裏附の登庁です。アレ?、十時出勤でしたっけ?

靄に包まれた武家玄関
これも朝霧に包まれております。そろそろ陽が出て来る時間です。真ん中手前に式台・車寄せ、破風の入母屋屋根、背後に玄関棟の杮葺きの屋根が見えます。

南側から見た台所&武家玄関の全景
晴れました! と、おめでたい自分です 笑。

南正面から見た武家玄関&休息所
南側から見た玄関・式台、休息所。

北正面から見た武家玄関&休息所
北向き側。屋根の段差は左(東)の休息所が一間分(1.96m)狭いからです。

さらにアップします。
北正面から見た武家玄関&休息所のアップ

緑色の縁をした「蔀」が目立ちます。なにも空想で描いた訳ではありません。上の方で引用した、翻刻・安政御造営図志の中に、

「簾懸渡翠簾直打四尺」。

とあります。即ち翡翠色をした四尺(1.2m)の蔀が垂らしてありますよ、ということです。侍の座敷に蔀・・・。あまり似つかわしくありませんが、そこは禁裏附武家の休息所。武家も御所風好みになってます。真ん中の鑓戸は創作です。蔀の長押の上には連格子の障子が並んでいます。図志に従い作り添えました。ちなみに小壁上の明り取り用の障子ですけど、昔の書院とかによく見受けられます。この前、新築なった名古屋城の本丸御殿にも同様の障子窓がありました。高い位置ですし雨戸もありません。強い雨のときなどどうしたのだろう? と疑問に思い案内の方に聞いたら「そのまま、濡れたまま・・・ですよ」だそうです。ホント? 格子の板同士をずらして密閉する? そんな仕掛けはなさそう。よくはわかりませんが昔は油紙とか、中国だと絹布を使ったとか。とにかく昔は要は「貼りかえればいいや」ということですかね。

西から見た玄関式台

おぉ、よく晴れたなぁ! 玄関の優雅な屋根も美しい(自分で書いてどうする・・・)

斜めから見た玄関式台
斜めから見た式台・玄関。

式台アップ

式台の正面。戸は鑓戸。天井は格天井です。格式重視です。えっ、壁がペンペラ? 確かに・・・3Dと言えども節約です??。

斜めから見た台所と武家玄関&休息所の全景
斜めから武家玄関と大台所の全景です。屋根の瓦色と杮葺きの色、ちゃんと、雰囲気出てますか?杮葺きと檜皮葺き間違えないでくださいよ。良かったら他の御所の記事に載っている檜皮葺の御殿と比べてみてください。

武家玄関側から見た全景
逆方向からみた全景です。

西斜めから座敷

縁座敷を斜めから見ました。こちらは北向きですが冬など寒くて縁側など座ってられませんよね。ただ、他の昔のお屋敷の指図を見ても今みたいに南向きにあんまり拘ってない様子。まぁ、敷地が広いからそれでいいのかな? とにかく昔の日本家屋は夏向きに作られていますね。

斜めから見た玄関式台-2
別角度からの式台、玄関です。

座敷クローズアップ
座敷のクローズアップ。飽きましたか・・・?

そろそろ、夕闇が迫ってきました・・・、
もう、お武家さんたちは役宅へ帰ったのかな?

夕闇迫る武家玄関&台所

段々、白んできた。
斜めから夕闇迫る武家玄関&台所
さらに暗くなった・・・。

夕闇迫る武家玄関&台所-2

とうとう星空が見えてきた。CGのアップも「これでお仕舞」ということか。星明りの御殿は美しいなぁ・・・と独り言 笑。

以上、お粗末さまでした。そのうち台所廻りが完成しましたら御所全体に組み込み、より壮大で美しい京都御所の3Dが展開されると思います。どうかお楽しみに待っていてください。

では、ごきげんよう!


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No Subject * by 京一朗
分部光隆様 コメントありがとうございます。

武家玄関は御所に勤務する幕府方口向役人のトップ・禁裏附旗本の出入りする玄関で直ぐ隣の内玄関が部下たちの入り口だと思います。摂家や宮家は隣の参内殿から上がり帝に年賀のご挨拶とかしました。大名・高家は、現在の御所の見学でも最初に目に入る諸太夫の間の車寄せから入ったと思います。
将軍は御所の東側にある唯一の門、また唯一の唐門でもある建春門から入ったようです。

そうすると所司代はどこから上がったか迷う所ですね・・・。調べておきます。

洋館は一度3Dで作ってみたいと思ってます。洋館は色んなデコ・スタイルで飾っていますが建物自体は直線、曲線含め左右対称が多いので
意外と作り易いかもです。和風建築の反りやむくり屋根の方が表現しずらい面があると思います。

流石に明治宮殿や伏見宮等の宮邸まで3Dで作るとなると、来世になってしまいます 笑。

宮内庁の公文書館には明治以後の皇室関連の書籍や記録が沢山残っています。もちろん明治宮殿や他の宮邸、離宮など多くの写真も保存さています。

同公文書館のHPのデーターベースで”写真”で検索すると公開されているものが見られます。

宜しかったら見てみてください。

No Subject * by 分部光隆
誤りがありました。千駄ヶ谷時代の徳川宗家邸です。十万坪の敷地に屋根がひしめき合う大邸宅だったようです。

No Subject * by 分部光隆
大変勉強になりました。ありがとうございます。

武家玄関は京都所司代や高家が使用していたのですかね(他の記事で既にご説明済みでしたら申し訳ありません)。将軍は車寄からでしょうかね?

御所の中を所司代は籠で移動できたと言う話が「幕末の宮廷」(高額なのでCiNiiで引用論文を読む程度ですが)にあったかと思いますが、実際の武家玄関の写真を見ると色々と想像が膨らみますね。公家の秩序に照らすと四位侍従以下の諸大夫たる怪き譜代大名に公家はどれだけ悔しい思いをしたでしょうか。

話は全く変わりますが、いつか明治宮殿や東京の旧伏見宮系の諸宮家の邸宅や代々木時代のの徳川宗家の邸宅も3Dで再現された様子を是非見てみたいです。

No Subject * by 京一朗
Hakka様 コメントありがとうございます。

台所廻りの武家関連建物ですけど、玄関横(南)の武家溜まり之間が完成しました。後ほどアップしますので、もうちょっと賑やかになると思います。

同じ玄関棟等ですけど、檜皮葺バージョンも作ってみました。比較すると面白いかも。3Dならでは?というところですかね。

No Subject * by 京一朗
五反田猫 様 コメントありがとうございます。

御所の建物を3Dで作っていると御所風というのが何となくわかる気がします。

屋根の格付けでいうと明治以前は寄棟より切妻屋根の方が格が上なんですね。江戸城の本丸御殿など主要御殿以外は寄棟が多い印象です。

御所は蔵以外、意外と寄棟が少なく、最も格上の入母屋が多いのは、やっぱり御所の拘りだと思います。

他にもいろいろありますが、

我々が考えている以上に御所は拘りの宮殿だと思います。

ところで、簾懸渡翠簾直打四尺の現物はどんなものでしょうか?
また機会があったらネットで見れる所とか教えてください。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

玄関棟が加わって、一気に雰囲気が増しましたね。入母屋が連続する様が見事ですし、杮葺と瓦葺とのアクセントも美しいです。

桂離宮や修学院離宮もそうですけど、皇族ゆかりの建築は武家の御殿と違って過度な装飾がなく、それでいて美しいのが良いですね。

武家玄関 * by 五反田猫
京一朗さん

いつも興味深く、勉強になるお話しを有難うございます。

禁裏附旗本や高家など、「幕末の宮廷」でも出て来ますが、幕府の威を背負って凄かったでしょうね。
その専門玄関ですから、当然に二条城書院の大玄関のようなものを想像していたのですが、何と杮葺きですか。
実は、明治の古写真は見たので、「やはり武家玄関は瓦葺き」と思い込んでいました。 こうして資料を元にしたお話しを伺えると、大変勉強になります。 有難うございます。
二条城と違い唐破風や欄間が無いのが、御所らしくて良い感じです。

>簾懸渡翠簾直打四尺
これも凄いですね、実際に見てみると良く判ります。

コメント






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No Subject

分部光隆様 コメントありがとうございます。

武家玄関は御所に勤務する幕府方口向役人のトップ・禁裏附旗本の出入りする玄関で直ぐ隣の内玄関が部下たちの入り口だと思います。摂家や宮家は隣の参内殿から上がり帝に年賀のご挨拶とかしました。大名・高家は、現在の御所の見学でも最初に目に入る諸太夫の間の車寄せから入ったと思います。
将軍は御所の東側にある唯一の門、また唯一の唐門でもある建春門から入ったようです。

そうすると所司代はどこから上がったか迷う所ですね・・・。調べておきます。

洋館は一度3Dで作ってみたいと思ってます。洋館は色んなデコ・スタイルで飾っていますが建物自体は直線、曲線含め左右対称が多いので
意外と作り易いかもです。和風建築の反りやむくり屋根の方が表現しずらい面があると思います。

流石に明治宮殿や伏見宮等の宮邸まで3Dで作るとなると、来世になってしまいます 笑。

宮内庁の公文書館には明治以後の皇室関連の書籍や記録が沢山残っています。もちろん明治宮殿や他の宮邸、離宮など多くの写真も保存さています。

同公文書館のHPのデーターベースで”写真”で検索すると公開されているものが見られます。

宜しかったら見てみてください。
2019-05-18 * 京一朗 [ 編集 ]

No Subject

誤りがありました。千駄ヶ谷時代の徳川宗家邸です。十万坪の敷地に屋根がひしめき合う大邸宅だったようです。
2019-05-18 * 分部光隆 [ 編集 ]

No Subject

大変勉強になりました。ありがとうございます。

武家玄関は京都所司代や高家が使用していたのですかね(他の記事で既にご説明済みでしたら申し訳ありません)。将軍は車寄からでしょうかね?

御所の中を所司代は籠で移動できたと言う話が「幕末の宮廷」(高額なのでCiNiiで引用論文を読む程度ですが)にあったかと思いますが、実際の武家玄関の写真を見ると色々と想像が膨らみますね。公家の秩序に照らすと四位侍従以下の諸大夫たる怪き譜代大名に公家はどれだけ悔しい思いをしたでしょうか。

話は全く変わりますが、いつか明治宮殿や東京の旧伏見宮系の諸宮家の邸宅や代々木時代のの徳川宗家の邸宅も3Dで再現された様子を是非見てみたいです。
2019-05-18 * 分部光隆 [ 編集 ]

No Subject

Hakka様 コメントありがとうございます。

台所廻りの武家関連建物ですけど、玄関横(南)の武家溜まり之間が完成しました。後ほどアップしますので、もうちょっと賑やかになると思います。

同じ玄関棟等ですけど、檜皮葺バージョンも作ってみました。比較すると面白いかも。3Dならでは?というところですかね。
2019-05-16 * 京一朗 [ 編集 ]

No Subject

五反田猫 様 コメントありがとうございます。

御所の建物を3Dで作っていると御所風というのが何となくわかる気がします。

屋根の格付けでいうと明治以前は寄棟より切妻屋根の方が格が上なんですね。江戸城の本丸御殿など主要御殿以外は寄棟が多い印象です。

御所は蔵以外、意外と寄棟が少なく、最も格上の入母屋が多いのは、やっぱり御所の拘りだと思います。

他にもいろいろありますが、

我々が考えている以上に御所は拘りの宮殿だと思います。

ところで、簾懸渡翠簾直打四尺の現物はどんなものでしょうか?
また機会があったらネットで見れる所とか教えてください。
2019-05-16 * 京一朗 [ 編集 ]

No Subject

こんばんは。

玄関棟が加わって、一気に雰囲気が増しましたね。入母屋が連続する様が見事ですし、杮葺と瓦葺とのアクセントも美しいです。

桂離宮や修学院離宮もそうですけど、皇族ゆかりの建築は武家の御殿と違って過度な装飾がなく、それでいて美しいのが良いですね。
2019-05-16 * Hakka [ 編集 ]

武家玄関

京一朗さん

いつも興味深く、勉強になるお話しを有難うございます。

禁裏附旗本や高家など、「幕末の宮廷」でも出て来ますが、幕府の威を背負って凄かったでしょうね。
その専門玄関ですから、当然に二条城書院の大玄関のようなものを想像していたのですが、何と杮葺きですか。
実は、明治の古写真は見たので、「やはり武家玄関は瓦葺き」と思い込んでいました。 こうして資料を元にしたお話しを伺えると、大変勉強になります。 有難うございます。
二条城と違い唐破風や欄間が無いのが、御所らしくて良い感じです。

>簾懸渡翠簾直打四尺
これも凄いですね、実際に見てみると良く判ります。
2019-05-16 * 五反田猫 [ 編集 ]