3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

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王政復古のクーデターが成功したのは実は小御所の間取りのせいだった!?

小御所までの3D完成に漕ぎつけました。後は御学問所と御常御殿。それに渡り廊を加えれば御所の雰囲気もかなり出て来るのではと個人的に期待しています。

さぁ、今回取り上げる小御所ですが、幕末の慶応3年12月9日(1868年1月3日)に京都・小御所で行われた王政復古の最初の会議で実質クーデターが行われた舞台として知られています。、同日、先に御学問所で正式に王政復古の大号令が発せられ京都守護職・京都所司代の廃止、幕府の廃止、摂政関白の廃止を決め、新たに三職(総裁・議定・参与)を設けることが決まりました。

総裁には有栖川宮熾仁親王、議定には仁和寺宮等の宮家、中山忠能・正親町三条実愛等の公家、それに島津忠義(薩摩藩)、徳川慶勝(尾張藩)、浅野茂勲(芸州藩)、松平慶永(春嶽、越前藩)、山内容堂(土佐藩)等の大名。参与には岩倉具視、大原重徳、など公家、そして尾張、越前、土佐(後藤象二郎)、芸州、薩摩藩からは西郷隆盛と大久保利通と、各藩から三名づつが任命されました。

このとき、大政奉還した徳川慶喜の処遇が不明瞭で、いまだ大きな力を持つ慶喜の復権を危惧した岩倉具視や西郷隆盛と大久保利通が密談。同日、急遽、親幕府派の公家等を締め出し、場所を小御所に移動、徳川慶喜の官職(内大臣)辞職および徳川家領の削封が強行決定されました。倒幕派の計画通りに決議されたので王政復古の大号令と併せて「王政復古クーデター」とも呼ばれています。

小御所会議
聖徳記念絵画館壁画「王政復古」(島田墨仙画)

で、そこに小御所の「間取り」がどうして関係してくるの?
ということになるのですが。

御所の3Dを作る過程で何も3Dだけに専念するのではなく作る過程のなかで御所の建物がどのような役割、また歴史に関わってきたのか?それらの疑問を文系的発想から解決してやろうなどという夜郎自大なことも併せ目論んでみたいと思っていたのです。

以上のことから「小御所の間取りの秘密」をひも解いてみたいと思います。ただし!例によって強引に3D絡みの所があるので、7割引きで読んでくださいね 笑。

前述で王政復古の大号令は御学問所で発せられたと書きましたが、なぜ学問所?そもそも御学問所とは何ぞや?です。
王政復古の大号令というと小御所で決議された、というイメージがかなり定着していますが実は学問所でした。

「幕末の宮廷」を口述筆記した一条家の旧臣・下橋敬長によれば、学問所は帝の学問をする場だけではなく、講書始や月次の和歌の歌合なども行われ、帝に公家たちが対面、挨拶する場として使われました。
一方の小御所は大名との対面に使われたそうです。
学問所は帝の常御殿と小御所に挟まれた御殿で常御所より一回り小さいです。
しかし、間取りは四周の廂の内側に六部屋ほどに仕切られ結構複雑な間取りです。
それともう一つの特徴は、廊下を挟んで摂政・関白の控間だった八景の間、そして近習の詰所があったことです。近習は公家が務め今でいう侍従職。さらに近くに公家が宿直した内々番所、そして外様と言われた公家衆の詰所。まだ、あります。非蔵人などの地下官人の番所等あって、とにかく殿舎が複雑な間取りで公家たちの集中する空間でした。

そこで慶応3年12月9日。この時の朝議を主宰したのが親幕府派の摂政二条斉敬。
ここで王政復古の大号令が宣言された訳ですが、二条斉敬が親幕府ということもあって新政府からの徳川家の排除が曖昧なままでした。

で、前述したように不満をもった岩倉、西郷たちが二条斉敬などの親幕府系の公家を締め出す行為に至ったのです。
御所の周りは6000人にも及ぶ薩摩藩の藩兵が取り囲んでいました。二条斉敬などもさぞかし肝を冷やしたものと推察されます。

当時の安政内裏の小御所と御学問所の周辺間取り図をアップします。

安政度内裏小御所&御学問所周辺図
安政度内裏図(東京都立図書館デジタルアーカイブから引用)


これで見ると、学問所が廊下を挟んで沢山の殿舎に繋がっていることが分かります。間取りも複雑。一方の小御所は他の殿舎からは離れています。一つだけポツンと孤立している感じです。間取りも単純です。

小御所間取り図
小御所間取り図(新潮社刊・日本名建築写真選集より引用)。

これで見ると、四周を板敷きの廂(広縁、今でいう広い廊下)で囲まれたなかに上・中・下の三段からなる三間があるだけです。
とてもわかり易い間取りです。内壁は一切無く襖障子を取り払えばまさにガランドウ。柔道場みたいなものです。

この解りやすい間取りが、
王政復古のクーデターを強行した一つのカギになるのです。

学問所だったら、親幕府方の二条斉敬が仕切り、慶喜の処遇を曖昧なままにしようとする。しかも、公家たちの詰所、番所があって西郷・大久保なども介入しにくい。

それが小御所なら、元々、大名の対面所だったこともあり武家、武士も近づきやすい。建物の位置も間取りも中の人間を一歩も外に出さない。まさに閉じ込めるのに都合がよい。中の廂も広く三段間から逃れようとする、親幕府系の大名も捕縛、監禁しやすい。たとえば土佐の山内容堂など。また都合よいというか小御所の直ぐ隣に大きな物置もあります。押し込むにはいい?

岩倉、西郷、大久保たちは内心「ここならいける。強行突破も!」と思ったに違いありません。

そして運命の小御所会議。

山内容堂ら公議政体派は、徳川慶喜の出席が許されていないことを非難、慶喜を議長とする諸侯会議の政体を主張しました。山内容堂の猛烈な抗議に岩倉、大原たちも押され気味になり両者譲らずのまま休憩に入る。そのとき下段にいた西郷が岩倉に言った有名な一言「ただ、ひと匕首(あいくち=短刀)あるのみ」。この言葉が土佐の山内容堂にも伝わり、恐れをなした容堂もダンマリ。

こうして岩倉らのペースで会議は進められ最終的に徳川慶喜の辞官納地が決っした。

西郷の迫力も凄みがありましたが、小御所に半ば軟禁状態になった容堂ら公議政体派の負けでした。

クーデター成功の裏には、
実は西郷たちの軟禁計画があった。

そして、それにふさわしい場所が小御所だった。

と、私なりの3D作成からヒントを得た推測でした。

さぁ、本番、小御所の3DCGをアップします。
(現在の小御所は昭和29年に花火の引火により焼失。同32年に再建されたものです)

 参考・引用しました書籍を掲載します。

・京都御所 中央公論美術出版刊 藤岡通夫著

・皇室の至宝 御物 毎日新聞社刊 襖障子等の一部引用

・日本名建築写真選集  新潮社刊 主に間取り図等

・京都御所渡廊及び附属建物復元工事報告書 宮内庁京都事務所刊

・幕末の宮廷 東洋文庫


まず、今回の進捗マップから。

小御所位置図
小御所位置図。赤く囲った所が今回作った小御所の3D。


小御所東廂正面全体(修正分)
小御所を東廂正面から見た図。蔀を取っ払い大和絵の襖障子が色も鮮やかです。

小御所の規模ですが、
南北の桁行が約23mほど。東西の梁間が14m。濡れ縁は含めていません。高さは12mほど。清涼殿とほぼ同じ規模。
ただし廂部分をどこまで含めるかによっては変わってきます。

清涼殿に比べると屋根の妻側も豪華な飾り金具で装飾、華やかです。蔀の裏側には明り障子が付いていて近世の書院造りの要素を取り込んでいます。柱もみな角柱です。廂部分は板敷きですが内部の上・中・下の三段の間は書院造りですが床の間などはありません。廂の天井は化粧屋根裏で、三間は格天井です。

あの、濡れ縁を囲む高欄のタマネギのような擬宝珠ですが、塗金されたものか青銅のままか今一わかりません。
今回は塗金にしましたが多分青銅かも。でも他の飾り金具はどうなんだろう?取り合えず近世らしく金にしました。

北西西廂から見た小御所(追加分)
北西西廂から見た小御所。

結構、迫力あるよう撮りましたが実際はそれほどでないかも・・・


北廂妻側から見た小御所
北廂妻側から見た小御所。


北東から見た小御所と渡り廊
北東から見た小御所と渡り廊。


小御所東廂を見る
小御所東廂を見る。

大和絵の襖障子が18面見えます。


小御所東廂を見る(中アップ)
さらにそのアップ。


左から布障子、小田に賤が種おろす、嵐山大井川筏、曲水の宴
左から布障子、小田に賤が種おろす、嵐山大井川筏、曲水の宴の大和絵が描かれています。

布障子については図柄がわからず、とりあえず無地にしました。ここは多分、水墨画だと思います。


東廂②左から朧月山の端霜、山かつ早蕨折、野辺に春駒
画題は左から朧月山の端霜、山かつ早蕨折、野辺に春駒です。犬が可愛い。


東廂③左から柳に鶯、粟津原、清涼殿東庭に於ける小朝拝
画題は左から柳に鶯、粟津原、清涼殿東庭に於ける小朝拝です。



小御所を南東から見る
小御所を南東から見ます。



東廂内部(修正)
東廂の内部です。天井が張ってなく化粧裏屋根で高いですね。
虹梁も何本も迫力があります。自分で言うのもなんですが。



斜めからの東廂内部(修正)
同じく斜めから見た東廂内部。誰ぞや公達がみえますね。



紫宸殿と小御所
紫宸殿と小御所です。


北西から見た御所(小御所追加)
北西から見た御所。

屋根の甍がだいぶ増えてきました。


小御所と紫宸殿の並ぶ屋根群
同様に甍群です。


南東から見た御所の全景(小御所追加)
南東から見た御所の全景。


南東からから見た御所の甍群
南東からから見た御所の甍群


東から見た御所の甍群(小御所追加)
東から見た御所の甍群。



東から見た京都御所(小御所等追加)
同じく東から見た京都御所。






小御所から茜空を眺める公達
小御所から茜空を眺める公達


なぜか独り、物想いにふける公達。密かに想い女人のことを考えているのだろうか・・・


黄昏の紫宸殿と小御所(追加分)
黄昏の紫宸殿と小御所。



茜色の空と御所(小御所追加)
茜色の空と御所です。


以上、お粗末様でした。
次は御学問所です。飽きたと言わないでください。
公家町を再現するには何といっても御所が中心なんですからね。

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NoTitle * by -
五反田猫様
コメントありがとうございます。
拙い3Dながらお褒め頂きこれもありがとうございます。「内覧をもつ関白の廃止、公家社会を二重支配していた「門流」の廃止で堂上公家が天皇の直臣である事が組織上も明確になりました。」、このコメントですが眼に鱗でした。勉強になります。直臣かぁ、だから門流外の公家は外様といわれ御所での詰所も別々になっていたのですね。

摂家を優遇することによって公家をコントロールする。幕閣も考えたものですね。英国みたいです。

また、いろいろと教えてください。

小御所会議 * by 五反田猫
京一朗さま とても素敵な小御所の景色ですね。

御学問所との比較の話も興味深く読みました。
どちらも、池に面しているのですが、随分と建物の雰囲気が違いますね。 

「王政復古の大号令」は、公家社会にも大きな影響を与えました。 内覧をもつ関白の廃止、公家社会を二重支配していた「門流」の廃止で堂上公家が天皇の直臣である事が組織上も明確になりました。
裏返せば、公家社会でも幕府と結んだ摂家による支配があり、これが朝廷の独立性を制限おりました。
それが無くなる事で、朝廷でも王政復古になったのですね。

NoTitle * by 京一朗
Hakka様
コメントありがとうございます。
お褒め頂いてなんか痒くなってきました 笑。
でも、ホント励みになります。

御所の庭園ですが一部3D化する考えはあります。
反り橋の図面もありますし。

ただ、拘ると限りがないので、第一期、二期工事みたいに分けて徐々に作っていこうと思ってます。

3Dは手間もかかるので夜更かししてしまう時もあります。妻からはいつも叱られています。最近は食事の後にお茶を出したりしてご機嫌とってます。

にしても、何か突き動かされるものがあって作ってしまうのです。

NoTitle * by 京一朗
はむこたん様
コメントありがとうございます。
とても励みになります。
私も御所の大和絵は大好きです。
二条城の金碧障壁画とは違った優雅さ、上品さがありますね。

NoTitle * by はむこたん
襖障子が鮮やかで、すごく映えますね。
見ていて物語が感じられて、ぜんぜん飽きません!

こんばんは * by Hakka
3D、襖絵までお見事ですね。一般参観では建物内までは見学できないので、参考になります。
同様に、隅々まで見学できない庭園も3D化して頂けたら…と、勝手な願望を抱いてしまいます。

コメント






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NoTitle

五反田猫様
コメントありがとうございます。
拙い3Dながらお褒め頂きこれもありがとうございます。「内覧をもつ関白の廃止、公家社会を二重支配していた「門流」の廃止で堂上公家が天皇の直臣である事が組織上も明確になりました。」、このコメントですが眼に鱗でした。勉強になります。直臣かぁ、だから門流外の公家は外様といわれ御所での詰所も別々になっていたのですね。

摂家を優遇することによって公家をコントロールする。幕閣も考えたものですね。英国みたいです。

また、いろいろと教えてください。
2018-07-30 * [ 編集 ]

小御所会議

京一朗さま とても素敵な小御所の景色ですね。

御学問所との比較の話も興味深く読みました。
どちらも、池に面しているのですが、随分と建物の雰囲気が違いますね。 

「王政復古の大号令」は、公家社会にも大きな影響を与えました。 内覧をもつ関白の廃止、公家社会を二重支配していた「門流」の廃止で堂上公家が天皇の直臣である事が組織上も明確になりました。
裏返せば、公家社会でも幕府と結んだ摂家による支配があり、これが朝廷の独立性を制限おりました。
それが無くなる事で、朝廷でも王政復古になったのですね。
2018-07-30 * 五反田猫 [ 編集 ]

NoTitle

Hakka様
コメントありがとうございます。
お褒め頂いてなんか痒くなってきました 笑。
でも、ホント励みになります。

御所の庭園ですが一部3D化する考えはあります。
反り橋の図面もありますし。

ただ、拘ると限りがないので、第一期、二期工事みたいに分けて徐々に作っていこうと思ってます。

3Dは手間もかかるので夜更かししてしまう時もあります。妻からはいつも叱られています。最近は食事の後にお茶を出したりしてご機嫌とってます。

にしても、何か突き動かされるものがあって作ってしまうのです。
2018-07-26 * 京一朗 [ 編集 ]

NoTitle

はむこたん様
コメントありがとうございます。
とても励みになります。
私も御所の大和絵は大好きです。
二条城の金碧障壁画とは違った優雅さ、上品さがありますね。
2018-07-26 * 京一朗 [ 編集 ]

NoTitle

襖障子が鮮やかで、すごく映えますね。
見ていて物語が感じられて、ぜんぜん飽きません!
2018-07-26 * はむこたん [ 編集 ]

こんばんは

3D、襖絵までお見事ですね。一般参観では建物内までは見学できないので、参考になります。
同様に、隅々まで見学できない庭園も3D化して頂けたら…と、勝手な願望を抱いてしまいます。
2018-07-26 * Hakka [ 編集 ]