3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 >  ★テーマ別 >  梅村京一朗短歌集 >  チューブのような恋

チューブのような恋

先日、小さな湖畔を二人の老いた男女が肩を寄せ合い散策していた。時に女性が顔を相手の肩に傾けどう見ても恋人同士にしか見えなかった。その老婦人は実は知っている人だった。
ある社長夫人で、社長にも愛人がいて夫婦ともども愛人と暮らしている。別居で双方いるならそれはそれで揉めるわけじゃないし、不倫どうのこうのは別にして本人たちの生き方に文句を言う筋合いはない。

御婦人は幸せそうだった。本当に乙女のように男に寄り添っていたから、私にはかなり驚きだった。また、老いて恋をしている姿に、歳は関係ない、という事実を見せつけられた思いだった。
老いらくの恋は実在しているのだ。

夫人は若いときかなりの美人だったと聞いている。今もその片鱗は残っている。だから恋もできるのかもしれない。

俗な言い方だが、「美人だから元を取りたい」、「頑張って東大を出たから元を取りたい」、という思いが恵まれた容貌、環境、お金を持つ人には特にある気がする。いや、人はみな「隙あらば」と同じ気持ちは共通にあると思う。たまたま、それを実行できる人とそうでない人とがいた。そう思えてくる。

その社長夫人もかつての栄光を忘れられないのかもしれない。
人生は程々がいいのかな。
私もハンサムではないしこのまま平凡な日々が死ぬまでつづくのだろう。

一時の感慨に浸りながら、ふと、恋の歌を物語にしようと思った。


★ 君の居た あの並木の家に 今年もまた 紫陽花の咲く 変わらない鮮やかさ 

2018-06-30→最後の部首「眼に鮮やかに」を「変わらない鮮やかさ」に訂正。字余りだけどこの方がいいかな。

紫陽の花の家

紫陽花は雨に濡れると鮮やかさを増して美しい。この街、あの街にも紫陽花の家が現れる。
そして、この並木通りにも現れた。

君が生まれてからずっと住んでいた紫陽花の家。夜遅く君を送った帰り、ヘッドライトにも映えた。

君がいなくなってもう何年の月日が経っただろうか。

元気に暮らしているだろうか?異郷の街で寂しくはないだろうか?

いや、平凡に幸せな家庭を築いているだろう。そう思いたい。

もう君のいない家は通り過ぎるだけ。月日は並木街の人も色も変えてゆく。

ただ、紫陽花の花は変わらずに季節の定刻に咲く。今年もまた。

生活に紛れ、普段は君の存在は忘れている。薄暮のように。

でも、六月に咲く紫陽花は、ふと、君が住んでいたころの喜びと悲しみを
鮮やかに思い出させてくれる。

二人しか知らない符号のような鮮やかさは何年経っても変わらない。


★ 別れ際 不意にキスをされ それが最後 チューブのような 夏の恋だった

タイヤチューブ


どうも女性はこんな別れのシチュエーションが好きらしい。
男たちは呆気に捉われしばらく茫然としたままだ。
どこか不完全燃焼している。

君もそうだった。段々とわかってくる二人の距離感。すれ違いな会話。

そんな惰性ともいえる付き合いの続くある日、君は終止符を打った。
それが予期せぬキス。恋の終わりの刻印。これで君は新しいスタートを切る。

鈍い男でも、その不意のキスの意味はわかる。

これで誰も傷つかない。君の狙い通りだ。そう、こんな愛でたい別れはないじゃないか。

やっと、今ごろになって、思い出し笑いしている。

★ 夢に見る 月は大きくて 目覚めれば 小さき現実に 物語を描く

夢に見る月

ファンタジーに、伝説に、物語の映像に出てくる月は往々にして大きい。で、ないと筋書きが通らない。
月の表面に人間たちは様々な形や想いを投影してきた。

しかし、360度の夜空で見上げる実際の月は小さい。星に比べれば圧倒的に大きいけれど。
逆に物語のように本当に大きかったら恐怖感を覚え、あまりにも強い引力に私たちは宇宙に放り出されているだろう。

やはり、「かぐや姫」のファンタジーの世界が月には似つかわしい。

手に触れるほどの近さに憧れる。だから夢に出てくる月は大きい。

人間の勝手な想い、筋書きで月は痩せたり太ったりしている。


※ コメントの書き込み欄は下にあります。

※ お問合せのメールフォームは左サイドバーにあります。
 
ランキングアップします。お手数掛けますが励ましの二押しお願いします!



にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ
にほんブログ村

※ ブログに掲載する3DCG、加工済画像等の無断転載は固くお断りします。
関連記事
スポンサーサイト

コメント






管理者にだけ表示を許可する