3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

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古代出雲大社神殿を復元してみた その弐

寒いですね!
北海道では玉突き事故で100台もの車が立ち往生したとか。
たまに観光に訪れる分には素晴らしい北の大地ですが、現地の方にはたいへんな苦労ですね。
怪我された方は少しでも早く快方されるよう陰ながらお祈り申し上げます。

昨年、自宅に植えたイロハモミジの紅葉を心待ちにしていましたが、いざ晩秋を迎え色づいて真っ赤に染まったのですが、どこか「京都のモミジ」とは違う。そう、鮮やかさがなく少しくすんだ感じ・・・ここは愛知県。京都の高尾・神護寺のような訳にはいかないのですね。でも山川草木、紅葉も散った木々たちの樹皮を見比べるのもそれなりに面白いなぁ、と並木を見ながら走ってます。
紅葉といえば、ドローンのおかげか今年のBSは紅葉巡りの番組が多かった気がします。以前の情景とは違ってドローンのまるで地肌を滑るような美しい映像にくぎ付け。不思議なのは上空からの撮影なのに「手振れ」がまったくない!。最近の「手ぶれ補正」はとても進化しているのですね。久しぶりに買った私のデジタル一眼レフも、極端な話、片手で撮っても綺麗に撮れている。以前なら「おまけ」程度に考えていましたが技術の進歩には脱帽です。

でも、「ドローン」という言い方、いい響きではないですね。英語で無人飛行機という意味だそうですけど、まるで忍者が「ドロン」って飛ぶみたいです。それでも今後はもっと頻繁に使われるだろうから、耳慣れしなければ。
ドローンの活躍するほんの数年前は、モーターパラグライダーって言うんですかね?人が操縦して普通のヘリが近づけないような場所でも至近距離から撮影できる、ということからTVでもよく映像を見ました。なかでもギアナ高地の迫力ある映像は忘れられないですね。高度な操縦と撮影テクニックを持ったあの「おじさん」は今も元気に撮影してるだろうか?ドローンに仕事奪われてないかと、つい心配してしまいます。時代とともに職業の形態も変わる。今、とくにサービスや流通関係で人手不足が深刻化していますが、その一方で、民間企業の頂点ともいえる大手銀行が大幅なリストラをするという予想外の人の流れ。これも生々流転。最後は自分の地力が試されるのですね。

さて、右カラムの一番下のfc2カウンター、そこでも書いてますが、カウント数がゼロになってしまい・・・大泣き。
SSL(暗号化)に対応するためカウンターを一旦削除。再設定したらリセットされ「0」になったのですが・・・。時代のIT・AIについていけない自分がいます。
今年、皆さまのおかげでアクセス数が10万を越え11万に近づいていたのでとても残念です。これも右下段で書いてますが、最近はSSL等の影響でfc2のカウント数と実際の解析によるアクセス数の乖離が大きくなっています。日によりfc2の2~3倍が正味カウント数となっていますから。もうfc2カウンターの表示やめようかと思いましたが、それも寂しい・・・。毎日、カウントダウンするのが楽しみの一つですからね。(10万越えの魚拓を取っておけばよかった)

そうそう、それとテーマ別カテゴリーの冒頭に「3D作品」のグループ欄を追加しました。考えてみれば、え!今頃、感、半端ないですが、カウンター消滅というショックもあり「そう、そうだよ、3D京都だろう。なのに3Dのカテゴリーがないのおかしいだろう」と、今更ながら目が覚めたということです。

前置きが長くなりました。
本題の「古代出雲大社神殿を復元してみた その弐」として、CGイラストをランダムに載せます。
「その弐」が終わったら久しぶりに動画も作ってみようと思ってます。作成ソフトも新しいのに替えますが、実はまだ、そのアプリをインストールしていません・・・学びながらの動画作りです。
実は、動画は建物の室内をウォークスルーする場合に作ろうと考えていた経緯があって、実際は、室内の作り込み3Dも少なく金閣や相国寺七重塔ぐらいしか動画にしてません。でも、昨今のドローンの活躍。「なぜ、自分もドローンのように外観を空から、フライスルーする動画をもっと作らなかったのか? なぜ、静止画で留まっていたのか? と、これまた、今更感、半端ない反省をしております。

人間、ショックを受けるといろいろ我を振り返るものなのかな?

南東から斜め
南東から斜めに見た神殿。

今回、その壱でもチラッと書きましたが、縄文・弥生様式、そして古墳時代の様式も含めたミックス神殿です。ですので、かなり妄想が入っているかと思います。欄干を飾っている玉飾り「如意宝珠」も仏教由来のもので、時代的なズレもあるかと思いますが、出雲地方は翡翠の産地でもあり、何らかの形で神殿を飾っていたと思ったので過剰ではありますが添えました。朱色についても、縄文時代の頃は漆というと「赤色」が主体だったので、出雲大社においても赤を基調に色塗りしました。これも過剰過ぎたと反省していますが、とにかく古代出雲の八雲たつ雄渾さを表現したいと思い、今回のピラミッド形にしました。

出雲神殿側面俯瞰
側面からの神殿。

同じく西側から見た神殿。階段の長さを強調しました。
出雲神殿西側から


上り階段を登る
上り階段のアップ。


出雲の豪族と巫女

長い階段を上った先の踊り場。入れ墨した巫女さんもいます。巫女は光琳出版社刊「原色 日本服飾史」井筒雅風著から引用させて頂きました。
銅鐸群
踊り場に並ぶ銅鐸です。

銅鐸は楽器もしくは祭祀に使われたと思われ1世紀~3世紀の弥生から古墳時代初期にかけ鋳造され全国で500口ほど発掘されています。そのうち、出雲の加茂岩倉遺跡では一カ所からの出土例としては日本最多となる39口の銅鐸が発見されていて、当時の出雲地方の豊かな国力を感じさせます。11月に全国の神様が出雲に集まって出雲だけは「神在月」となるのも、やはりアマテラスに国譲りするまで国内のかなりの地域を出雲の勢力圏に置いていた富裕さを大量の銅鐸は証左していると思います。

また、同じく出雲の荒神谷遺跡からは358本もの大量の銅剣が発掘されています。これも一か所で発見された数としては全国一で、銅剣から見ても出雲の勢力の大きさがわかります。出雲は神話の世界だけでなく実在した地方王権だったのでしょう。

では、なぜそんな強い勢力を持つ出雲が大和政権に国を譲ったのか?
一つには出雲が多量の銅剣を抱えたころ、大和の方は銅剣を飛び越えて鉄剣にシフトしていた。鉄と銅の戦いならば鉄剣の方が圧倒的に強く結果、出雲は負けたのではと思ってます。古墳時代の中期、大和政権の主導で、鉄の材料として優れた砂鉄を産出する出雲がたたら製鉄の一大産地になっていたこと自体が国譲りを象徴していると感じられます。

銅鐸群2
同じく銅鐸。

銅鐸は中国大陸を起源とする鈴が朝鮮半島から伝わり独自に発展したというのが定説ですが、たまたま日本の銅鐸によく似た磁器の鐸が中国の春秋戦国時代(紀元前770 - 同221年)の頃のものとして同中国で発掘され、春秋戦国時代の方が時代が遡るから中国伝来のものでは?とするのが定説の根拠で、実際はまだ起源ははっきりしていません。ちなみに銅鐸のサイズは1世紀ごろの60センチ高から3世紀前には1mを越え、最大では134センチのものが発掘されています。

古代出雲大社神殿階段2
祭祀に使われた、と想定しての踊り場からの垂直階段。


古代出雲神殿階段
おなじく垂直階段。

垂直階段
垂直階段を真下に見下ろす。


神殿アップ
神殿本体のアップ。


出雲神殿(東側アップ)
同じく東側側面から見た神殿。


古代出雲大社神殿南東からアップ
そして斜めからのアップ。


大国主様
おお!大国主様がおられる? でも、階段を上る人物とよく似ている?? なんか頭がお花畑状態です 笑。


神殿欄干
神殿高欄のアップ。それがどうした・・・ですが。


階段踊り場
垂直階段の下、踊り場に戻る。男女二人が? どういう関係?


上り階段を見下ろす
あぁ!下を見てはいけない!高所恐怖症なんだから。え!だれが? タイムスリップした私です。なんてね。


古代出雲大社神殿正面(スモッグ)2
また靄が出てきたか?


夜の神殿
そして静かな夜を迎える。神々はそれぞれの故郷に戻っただろうか?神在月の七日目の夜としよう。

以上、私の限りなく想像力を駆使して作ってみた古代出雲大社神殿の3Dでした。
ご視聴ありがとうございました。


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NoTitle * by -
taka様
大晦日前日のお忙しいなかコメント頂きありがとうございます。
言い忘れましたが、板ガラスの来歴についてヨーロッパ、イスラム、中国、日本のそれぞれの角度から深い洞察をされ私も勉強になりました。とくにイスラムの月信仰について「なるほどなぁ」と唸ってしまいました。

こちらこそ大変お世話になりました。
来年もどうかよろしくお願い申し上げます。
taka様もご多幸ご健勝でありますように。

出雲神殿のほうですけど、動画の準備をしています。例によってというか熊野大社のヤタガラスがご案内する予定です 笑。
では。

素晴らしい復元ですね * by taka
まるで当時にタイムスリップしたかのようです。

年末を飾るに相応しいものだと思います。年末も結局騒動の連続でしたが、来年は是非良い年になってもらいたいですね。

本年も大変お世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

ブログ主様にとって来年が良い年であられますように。

それでは良いお年を

NoTitle * by -
レインボー様 
コメントありがとうございます。
虹は忘れたころにやってくる。
後、僅かで平成29年も終わりますね。
コメントのご縁でレインボー様も
さらに来年が良き年でありますように。

かなり奇天烈な神殿になってしまいましたが
お褒めを頂き嬉しい限りです。
遅筆ではありますが、コツコツとブログを重ねていきますので、また折をみてのぞいてくださいね。

鉄が主役だった * by レインボー
>では、なぜそんな強い勢力を持つ出雲が大和政権に国を譲ったのか?
 一つには出雲が多量の銅剣を抱えたころ、大和の方は銅剣を飛び越えて鉄剣にシフトしていた。鉄と銅の戦いならば鉄剣の方が圧倒的に強く結果、出雲は負けたのではと思ってます。

〇記事と立派な3D神殿図、拝見しました。
 出雲神殿、巨大ですね。感動しました。
 そして、鉄と銅の戦いがあったこと、やはり、鉄が主役だったのですね。参考になります。
 草々

コメント






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NoTitle

taka様
大晦日前日のお忙しいなかコメント頂きありがとうございます。
言い忘れましたが、板ガラスの来歴についてヨーロッパ、イスラム、中国、日本のそれぞれの角度から深い洞察をされ私も勉強になりました。とくにイスラムの月信仰について「なるほどなぁ」と唸ってしまいました。

こちらこそ大変お世話になりました。
来年もどうかよろしくお願い申し上げます。
taka様もご多幸ご健勝でありますように。

出雲神殿のほうですけど、動画の準備をしています。例によってというか熊野大社のヤタガラスがご案内する予定です 笑。
では。
2017-12-30 * [ 編集 ]

素晴らしい復元ですね

まるで当時にタイムスリップしたかのようです。

年末を飾るに相応しいものだと思います。年末も結局騒動の連続でしたが、来年は是非良い年になってもらいたいですね。

本年も大変お世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

ブログ主様にとって来年が良い年であられますように。

それでは良いお年を
2017-12-30 * taka [ 編集 ]

NoTitle

レインボー様 
コメントありがとうございます。
虹は忘れたころにやってくる。
後、僅かで平成29年も終わりますね。
コメントのご縁でレインボー様も
さらに来年が良き年でありますように。

かなり奇天烈な神殿になってしまいましたが
お褒めを頂き嬉しい限りです。
遅筆ではありますが、コツコツとブログを重ねていきますので、また折をみてのぞいてくださいね。
2017-12-29 * [ 編集 ]

鉄が主役だった

>では、なぜそんな強い勢力を持つ出雲が大和政権に国を譲ったのか?
 一つには出雲が多量の銅剣を抱えたころ、大和の方は銅剣を飛び越えて鉄剣にシフトしていた。鉄と銅の戦いならば鉄剣の方が圧倒的に強く結果、出雲は負けたのではと思ってます。

〇記事と立派な3D神殿図、拝見しました。
 出雲神殿、巨大ですね。感動しました。
 そして、鉄と銅の戦いがあったこと、やはり、鉄が主役だったのですね。参考になります。
 草々
2017-12-29 * レインボー [ 編集 ]