3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 >  ★テーマ別 >  梅村京一朗短歌集 >  山陰あっての山陽、山陽あっての山陰、両方あっての日本の旅。 

山陰あっての山陽、山陽あっての山陰、両方あっての日本の旅。 

知人が眠い眠いと言うので、「春眠暁を覚えず」と言ったら、「春じゃない、明日は6月だぞ」と返ってきた。そういえばそうだ、6月はマリッジブルーというし、春が過ぎたのに夏は直ぐは来ない。だから心も体調も不安定になるのかな?そんなとき、ふと思うのは梅雨という季節を直に認めることだ。雨が降れば降るほど、あの鮮やかなアジサイの花を想起せよ・・・と。

さて、飛雲閣の聚楽第バージョン・外観編を作って、ふと思ったのは、「なぜ、今まで3Dで作るのなら建物を旋回するだけでもいいのになぜ動画にしなかった」・・・・?、何となく動画編は建物の中をウォークスルーするとき、というふうに決めつけていたのが間違っていた。これからは外観の旋回動画でもいいじゃないかと、今は反省。

次回は内観編を作る予定ですが、その前に、あくまで飛雲閣が聚楽第に存在したと仮定した場合に、飛雲閣は一体聚楽第のどこに存在したのか? という素朴な疑問が湧き出てたまらず、先にそのことを自分なりに解明してから内観作りに取り掛かろう、と決めました。

ところがです。少ない資料のなかで存在する秀吉の御伽衆であった、大村由己の「聚楽行幸記」と豊臣秀次の家臣・駒井重勝の『駒井日記』との記述の違い、「聚楽第行幸図屏風」 ( 堺市博物館所蔵)、や「聚楽第図屏風」 三井記念美術館所蔵、「御所参内・聚楽第行幸図屏風」(上越市立総合博物館寄託)などの屏風絵の違い、その他日記との比較と違いなど、調べれば調べるほどわからず、まさに迷宮入りというかドツボにはまってしまっています。学者でないのだからあまりこだわらなくてもいいのでは?とは思うのですが、やはり気になり、わからないままでも論点整理だけはしておこう、と今、獅子奮闘?中です・・・・。

で、その間、なにもブログ更新しないとまた順位が下がるので、例によって短歌を幾つか披露。興味ない方にはご容赦を。ちなみに今、個人的に気になるのは女性宮家の問題、秋篠宮のご長女・眞子内親王様のご婚約のことなどですが、元々、時事問題は大好きなのでついそちらを書きたい衝動に駆られますが(多分、こちらの方が言い方はなんですが食いつきはいい)、他の方が多く書かれていますので断念・・・します。

では、短歌に入ります。

★ カーブミラー 割れて見えない 背景の 湖岸道に 近づいてくる音

たまに割れたカーブミラーを見かけます。行政の予算が追いつかないのかホッタラカシのもあります。このミラーもその一つ、
静かな湖岸道の緩やか下りとその先のカーブ、死角ともいえるそのカーブに、その割れたミラーがありました。見事に割れていて、ミラーが代わりに見てくれるはずの前後の背景が寸断されて見えません。すると何処からともなく乗用車の近づく音がします。私はどこに避けたらいいのだろう・・・?改めてミラーを見たらそこに音が映っていたのです・・・

★ 雨上がり アスファルトを這う 水蒸気 柔らかき土を 求めて彷徨い 

雨上がりの温度差のなかで水蒸気が白く靄のように路面に湧き出ていた。ただ靄と違うのは
路面を這うようにひろがってゆく様。アスファルトはあまりにも固すぎるのだ。だから行き場を失ったかのようにどんどん
水平にひろがってゆく。静寂な雰囲気のなかで「這う音」が伝わってくる・・・やがてアスファルトが土に変わった先、土のなかに消え、気が付くと晴れていた。アスファルトは空を映さないのだ。


★ 風なき日 羽ばたく音の 頭を掠め 燕が空を 切り取ってゆく

ツバメ


燕は羽ばたかない、少なくとも私の頭上には羽ばたく音は聞こえない。そこが燕の燕たる由縁だ。春になると戻ってくる。玄関先に幸運を運んでくる。床にフンが落ちても不思議とイヤにならない。なぜ、幸運を運んできてくれるのだろう・・・?
見上げると、燕が鮮やかに宙を切っている。思わず、膝をたたいた。そう、そうなのだ、燕たちは私たちの手の届かない空を
切り取って玄関先に届けてくれているのだ。
 

★ 桐箪笥 引き出しを閉めれば 他の開きて そっと閉める 母の遠き思い出
  

桐タンス

桐の箪笥、最近の家ではタンスがクローゼットに変わり見かけることも少なくなった。昔は嫁入り道具の大切な家具だった。
モグラたたきのように、こちら閉めればあちら開く、その気密性が高級品の証しだった。タンスのなかには綺麗な着物が畳められている。母の大切な思いがしまってある。


★ ボタンを押し 横断歩道を 渡る児の ただ押すだけで 笑うあの頃 
 

ボタン


箸が落ちただけでも笑う女生徒たち、言い古された表現だ。でも事実だ。そして哀感もこもっている。見透けた未来が待っているから。でも、児童たちの下校時間は違う。「ボタンを押さないと青にならない」信号。ドライバーたちは思わず「ちぇっ」っと損したような顔をしている。でも子供たちは「ボタン」を押せば大人たちが停まってくれるから大喜び。誰が先に押すか競争だ。
親や先生に叱られるのが子供の仕事。でも、ここだけは違う。「大人よ停まれ」である。

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