3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 2019年04月

戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ! 清所編

前回の御台所に引き続き東に隣接する清所の3Dが完成しました。清所は囲炉裏があって魚を焼いたり身体を温めたり、食膳の用意・盛り付け、食事などする場所で現代で言うなら社員食堂。台所では大釜五つを使って沢山のご飯を炊き御所のみんなのお腹を満たしました。当時、御所での給食はとても有難いものでした。安月給の人が多かったから・・・です。念のため位置図を載せます。 御所の3D作成計画図。右が南にあたります。...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 情報提供ありがとうございます。

連子窓というと何となく社寺の回廊の窓とか思い浮かべてしまうのですが、一般住宅でもいろいろ使われているのですね。参考HPとしてブックマークさせて頂きます。

木格子連子窓 * by 五反田猫
想像するに木格子連子窓ではありませんか。 
こんな感じでしょうか?
ハズレていたらすみません。
https://www.tanihata.co.jp/monyou/senbonkousi.htm

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。
>テラスというか、ウッドデッキというか..
そうですね。ウッドデッキと言った方が解りやすいですね。

台所の北側ですけど実際には禁裏附きの武家の各部屋が廊下を挟んで戸障子で仕切られてましたけど、今回は台所だけなので壁と格子窓でぐるっとまとめました。安政度の造営図誌の絵でみると格子窓の位置が結構高く描かれていたのでそうしましたが、作った後で高すぎたなぁ・・・と思いました。

指図の建具名について判読不明や何?という部分もあって自分もまだ勉強中です。”キ?コウシレンシ”? 何だろう? 連子窓?、他の所には”上コウシ”とかあってこれが小壁の上の明り取り窓かなぁ、と手探りです。どうか、教えてください 笑。

清所 * by 五反田猫
いつも興味深い内容の再現、有難うございます。

食堂のような普通の設備は、遺構が少ないですね。
それだけに、このような再現は参考になります。

北側の建物は、塗籠の中部辺りに、明かり取りの障子があるのでしょうか? 大きな壁面ですから、明かり取りがないとまっくらですよね。 下から高さがあるので、開閉が大変そうです。

テラスというか、ウッドデッキというか..
BBQがしたくなる雰囲気、または傘つきテーブルとイスでお茶をしたいですね。



No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様
コメントありがとうございます。

sazanamijiroさんは洛中様だったんですね 笑。

簀子テラスには朝顔とか、いろんな花の棚や鉢植えもあったでしょうね。江戸時代の人は花好きでしたから。

今は想像できない御所の普段の暮らし振りなど3Dマンガで描きながら浸っています。

sazanamijiroさんは毎日でも御所へ行ける?と思いますので、いろんなネタを探して記事にしてください。楽しみにしてます。

No Subject * by 京一朗
Hakka 様
コメントありがとうございます。
嬉しいと言って頂き嬉しいです 笑。

>煙出しの下見板ですが、無塗装という選択肢は無しでしょうか?京都の冷泉家住宅にも、無塗装の下見板張りの部分があるようなので…

そうなのですか、以前撮った冷泉家の写真見直しましたら内玄関の横の角あたりそれらしき板(縦の羽目板ぽいですね)が漆喰壁にありました。

改めて冷泉家の写真を見ましたら漆喰壁の長押塀や石の井戸もそっくり!いろいろ共通点があるなぁ、と思いました。

ただ、公家屋敷は屋根が”むくり”好みですが御所はみな反っていますね。一か所、兜屋根風の廊下があったような・・・

昔の建物は興趣があって尽きないですねぇ。やめられませんわぁ 笑。

No Subject * by sazanamijiro
かつて、旧大極殿跡の並びに邸宅があったsazanamijiroです。
(実は、昔住んでいた狭い借家の位置が、たまたま大極殿跡のはるか真西にあることを発見しました(^^♪

それにしても85坪の簀子テラスには驚きました。長屋だった我が家がいったい何軒このスペースに乗るかな、などと想像してしまいます。

御所って、なかなかナウい(昭和世代なもので)造りだったんですね。
そのうちウン十年ぶりに御所行って、ブログのネタにしようと企んでおります。

「ブログ読者の皆さんはご存じないと思いますが、御所には簀子テラスなどもありました。旧御所のナラビに邸宅のあった私はそのへんのことはよく知っているのですが・・・・」
なんて書いたら、共通の読者の方から総スカンを食らいそうなので、我慢します。



No Subject * by Hakka
こんばんは。

清所が付いて、一気に立派になりましたね。自分が作った訳でもないのに、なんだか嬉しくなりました笑

煙出しの下見板ですが、無塗装という選択肢は無しでしょうか?京都の冷泉家住宅にも、無塗装の下見板張りの部分があるようなので…

戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ! 御台所編

皆さんこんにちは、御所の大台所(御台所)の3Dが完成しましたのでCG画像を幾つかアップします。タイトルが今回は「戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ!」と、”大台所”が”大台所廻り」”に変わっています。これは台所単体ではなく付属する清所や武家玄関、賄い部屋、そして渡り廊下等を合わせて再現する方が御所の構成美が引き立つと思いそうすることにしました。やはり御所の美しさは各殿舎を繋ぐ渡り廊下...

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No Subject * by 京一朗
kotodayori 様
コメントありがとうございます。

3Dですけど最近は結構楽しみながら作っています。作るなりの発見とかあって自分で満足してる面があります。小生のホームグランドは京都御苑。いつかバーチャル公家屋敷で埋めたいと思っています。

No Subject * by kotodayori
こんにちは、3D画像、イメージがわきやすくて、わかりやすいです。でも、大変な手間をかけられているのですね、ご苦労様です。そして、御所に下見板で張った壁や塀は見かけないのですね。いままで全く気付かなかったので、こんど入る機会があったら、見てみます。
また、よろしくお願いいたします。

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戦前まで残っていた京都御所の大台所再現にチャレンジ! 愚痴編

※ 書きながらどこかで読んだ記事だなぁ、と思ったら、2月11日の記事「御所の台所を見てみたい」とのコメントにお応えします-翻刻・安政御造営図志の紹介」と内容が特に前半被ってます。それでも、大台所の古写真を見たい一念でアレコレ調べました。なので愚痴が重なるかと思いますが読んで頂けると嬉しいです。こんにちは、今回は読者の方の「京都御所の大台所を見てみたい」とのご要望に応えるため同御所の大台所の再現にチャレン...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様

コメントありがとうございます。
家の用事で少しバタバタしてましたけど御所の大台所が完成しました。
といっても台所だけでは寂しく正確には大台所廻りの作成のなかで取り敢えず台所が完成した・・・という感じですね。

折角ですから、台所に続いて清所、武家玄関、溜まり間、賄い部屋、後、御拝廊下へ繋がる渡り廊下まで作ろうかなと思ってます。

これに、後御常御殿から対屋と皇后宮御常御殿へと繋がる渡り廊を作ると御所の見栄えもいいかなぁ、と思ってますが第一次でどこまで作るか思案のしどころです。公家屋敷も作りたいし、その合いに聚楽第とか再現してみたいとか、いろいろ浮かんできて頭が整理できてません 笑。

それにしても、ホント、国内に長局の遺構とかありませんね。長屋はありますが、所謂、女官や大名の奥女中が住んだ長屋です。徹底的にありませんね。その辺、日本人の建築の考え方とか探ってみたいですね。

生活空間 * by 五反田猫
いつも貴重な資料によるお話し、有難うございます。

台所や女儒部屋などは、遺構も少なく、資料も少ないですね。御所に限らず、城でも 本来は台所や中間長屋などの使用人が中心に使われた空間は、一番 機能していたはずなのですが、日常の生活空間との事で保存は考えられなかったのでしょうね。

今になれば、当時の生活や食事の重要な遺構になるのですが、殆ど判りません。 幕末の宮廷で、御所の給食制度があったから、当時の質素な食事の実態が判るくらいでしょうか。
こうして3Dで再現頂けると、歴史的遺構に、生活の息吹が通う気がします。

京都御所のことを書きながら色々思ったこと 後半

後半では何から書こうかと逡巡してますが、御所の平面図・間取りにいつてもう少し触れてみたいと思います。また横道に逸れるといけないので出来るだけ簡潔に書きますね 笑。御所の帝が住まわれる常御殿の西側、少し奥まった所に「鍵番囲炉裏間」という板敷きの大きな部屋があります。赤く囲ってます。 図を見て頂くと中央あたり、常御殿そして御三間の下にあります。わかりますか?ココ、鍵番の詰所あるいは囲炉裏間としては...

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No Subject * by 京一朗
sazanamijiroさん
コメントありがとうございます。

小生は「3D京都」の看板背負っているので京都の人の悪口書けません 笑。

今まで、京都でイヤな思いをしたことありますが、とても親切な方に出会ったこともあるし。

京都はずっと日本の中心でしたから政争で破れて殺されたり、戦で殺しあったり、三条河原で首がさらし者になったりと、色々ありましたから古都の光と陰があると思います。

明治維新で帝が東京に行かれてしまったのも影響してるかもです。

>京都人の屈折した意識について考えてみたいと思っています。

考えがまとまったら聞かされてください、参考にしますから 笑。

No Subject * by sazanamijiro
こんばんは、sazanamijiroです。

やはり御所はすごいところですね。説明を読んでいるとつくづく思いました。
うちの母方の家系は、今出川通りの上七軒交差点から北へ少し上ったところの小地主だったようです。
普通の町衆なのでしょうが、(大きな声では言えませんが)代々あまり帝を特別視というか神聖視していた感じがしません。あくまでも「天皇はん」であって、おそらく戦前戦中も含めて、京都以外の土地での「天皇陛下万歳」的な意識が薄かったような気がしてならないのです。
そのうち、京都人の屈折した意識について考えてみたいと思っています。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

>御給仕だけでなくて、平公家から摂家方に声を掛ける事も出来ません。

そこまで徹底していたのですか・・・
なんか女官の命婦が帝に直接話してはいけない・・・の似たところがありますね。

幕府の巧妙な朝廷工作には恐れ入りました。

でも、人間の自尊心を徹底的に傷つけることは後々になって刃となって跳ね返ってきますね。

これは現代での社会、会社でも同じことが言えますね。経営者は不当な扱いを社員にしてはならない、と改めて思いますよ。

パワハラをする前に社員の適性を考え業務配置するのが結果的に企業の業績にも繋がると思います。非正規雇用が広がってから社員は”人財”であるという企業風土がどこかへ行ってしまった感があります。

門流 * by 五反田猫
いつも興味深いお話し有難うございます。

囲炉裏の間が能舞台だったとは、全く知りませんでした。
灰に火箸で機密事項を書いていたのかと想像していましたが、大外れでした。 勉強になります、有難うございます。

>平の公家が五摂家の配膳・給仕役をしていた
御給仕だけでなくて、平公家から摂家方に声を掛ける事も出来ません。 摂家による門流支配は、公家のトップに公家を管理させるという、巧妙な管理体制で、これが朝廷の一体化や独立性を防いでいたのですね。その摂家も、江戸から高家がくると、建前上の身分が下なのに、摂家方がそれなりの扱いをしなければならない。こういう間接的な身分差を、現実の中で見せつける事で、幕府の権威は保たれておりました。 それがお書きになったような、列参事件のように朝臣という意識が出てくると、全てが崩れてきます。
結局、公家の中の「朝臣」という考え方が、日本の民、日本人という意識につながって、それが幕末の討幕運動につながったのでしょうね。 そういう意味では、貯められていた位置エネルギーが、運動エネルギーに変わったようなものですね。

京都御所のことを書きながら色々思ったこと 前半

ブログを始めて6年と少し経ちました。今まで使った写真やCG、図は5700枚。結構ありますが、それでもfc2の無料ブログ上でのデータ使用量は全体の10%ほどです。自分は大判サイズの図を載せることが多いのですがそれでも10%。計算上だと100%使いきるには後50年はかかります。そのころはもう生きていません。そういう意味で言うとfc2は太っ腹だなと思います。沢山、写真を載せたい人にはお勧めですよ 笑。さて、今回はタイト...

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