3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 2019年02月

輪ゴムの思い出

少し風邪を引いた。寒気がする。咳も出る。記事を書く元気もない。でも、二月も今日で終り。しばらく詠っていない。風邪よりも詠いたい気分が勝った。拙い短歌ですけど綴ります。 思い出を 束ねた輪ゴムの 不意に切れ 散った手紙を 拾う躊躇(ためら)い  老いて細くなった輪ゴムがある日、不意に切れた。床に散らばった手紙の束。拾おうか、それとも処分してしまおうか、それ程、もう歳月の経った手紙。残すことで縛られ...

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即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」が完成しました 紫宸殿編

平成31年2月24日、天皇陛下の「御在位三十年記念式典」が東京の国立劇場で開かれました。2019.2.24日付、産経新聞ニュースより引用 (撮影:山口良介)テレビで拝見していて思わず涙が零れました。天皇になられてから30年、陛下は国務に精励され、災害で苦しむ人々を慰め励まし、また先の大戦で亡くなった多くの戦没者を慰霊されるため国内外を精力的に訪問されました。まさに、国民の安寧と平和を祈り続けられた30年間だったと思い...

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No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様コメントありがとうございます。
ハンドルネーム涼やかなでいいですね。

山を撮られているのですね。ケガしないよう気を付けてください。今はインドアの自分ですが元々山は大好きですよ。ネパールヒマラヤのランタンリルンへも行ったことあります(但し氷河の舌端まで)。

山も雅な御所も美しいものは美しいですね。
拙いブログですが、少しでも和まれたのなら嬉しいです。

No Subject * by sazanamijiro
いやー、禁句と言われても、侍従長くらいにはなった気分で、特別限定公開を堪能しました(^^♪
いつも山に分け入ってヒーヒー言いながら写真を撮っているので、このような優雅で厳粛な世界でほんとに癒されます。
ありがとうございました。

即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」が完成しました!

今月15日に記事にしました「ただ今、即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」を製作中」ですけど完成しましたので22日付で内容を更新しました。タイトル通り、ただ今、高御座(たかみくら)を製作中です。もちろん、まだ完成ではないです。残り部分を作って合体・完成させます。折角ですから京都御所の紫宸殿の中に設置したいと思ってます。ですので、まだ紫宸殿の殿内(とくに天井)を作り込めてないので、そちらもある程度完成させて...

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No Subject * by 京一朗
大原かずのり様
コメントありがとうございます。

昨夜は深夜3時まで紫宸殿の素材の一部を手直ししたりして夜更かししてしまいました・・・。いつもの如く妻から大目玉をくらいました・・・。今日から12時に寝ます!

>平城京大極殿ですが、奥行きは20mほど

仰る通りです。20mでした。文化庁で出している「特別史跡平城宮跡第一次大極殿正殿復原工事の記録」にて確認しました。28mは基壇部でした。記事も訂正しました。
指摘ありがとうございました。

No Subject * by 大原かずのり
高御座の記事、興味深いですね。楕円形ですか!私などは平城京行った時も立派だなと思ってただけで、おっしゃるような問題は考えたこともなかったです^^;

平城京大極殿ですが、奥行きは20mほどではなかったでしょうか。しかしおっしゃるように楕円形の方が空間に余裕ができて儀式的にも差障りがなくなる、私もこれかなと思ったりします。
しかし確信は持てませんが^^;




即位礼で用いられる「高御座」が完成しました。ですが御椅子を先に紹介します。

即位礼で用いられる「高御座」ですけど完成しました。さっそくご紹介したい所ですが、「待てよ、高御座で帝が座られる御椅子も平安朝を飾った重要な家具」との考えから、先に単独記事で書くことにしました。いつもの気紛れが出てしまって申し訳ないです。今、私たちが普通に使っている椅子ですけど、奈良朝や平安時代にかけては椅子と書いて(いし)と読みました。椅子は平安末期から鎌倉時代以降には書院造の普及と共に直接、畳(座...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

高御座ですけど、椅子(玉座)が八百年もの間なく平座だったとは知りませんでした。他にも3Dで作りながら、えっ?何で?といった発見もありました。次回、書こうと思っています。

日本は幕末まで武家政権が続きましたから、いわゆる貴族文化は発達せず、江戸城の御殿は300年間、時が止まったかのように同じ仕様の書院が延々と続きました。代わりに文化を担ったのは町民・商人たちだったと思います。近世に朝廷が政治を担ったなら、公の職務は椅子とテーブル、家に帰ったら畳に横になる、そんな職住分離が行われ、明治の極端な欧風化もなかったかもしれません。

でも、近代の日本が発展したのは官僚たちの汚職が少なかったからとも言われています。その意味では「武士は食わねど高楊枝」の侍魂があったからねんでしょうね。

まぁ、世の中、彼方を立てればこちらは立たず、で、その塩加減が難しいですね。

* by 五反田猫
京一朗さん 高御座とは、時節にあった話題ですね。
現物は、もう京都から東京に移動したのでしょうか?

畳の生活、知人の住宅管理をしている人から聞きましたが、畳の部屋は人気がなくて、リフォームで洋間にする事が多いそうです。最近、五反田から目黒に越しましたが、このアパートも畳の部屋を改造したようで、クロゼットは押入れだった後が微妙にあります。 
畳がかびるのは、昔は当たり前だった 畳を干したり上げたりしなくなったから、当然でしょうね。 

>座敷は畳以外なにもないのがスッキリして美しい
仰る通りですが、住んでいるとこれが難しいですよね。
伝統的な家では、客間が応接でもありお客様用の寝室にもなり、行事の折は季節の飾りをしていました。
結局、お客が泊まる、季節の飾りがすたれれば、無駄な部屋は不要になりますので、畳も不要になってきます。
面白いのは海外で、台湾などでは畳が人気で、金持ちの家には畳の部屋があって、夏は快適で 絨毯と違ってそのままゴロゴロ出来るのが良いみたいです。 やはり南方の文化にあったものなのかもしれませんね。

「御所の台所を見てみたい」とのコメントにお応えします-翻刻・安政御造営図志の紹介

 読者の方からコメントを頂き、「御所の台所を見てみたい」というリクエストを頂きました。残念ながら現在の京都御所には御台所は存在しません。先の大戦の建物疎開で撤去されたからです。存在しないなら、せめて戦前の写真や当時の絵図なり外観・指図、またそれに基づいて作成した3Dの台所を見てみたい、というのが読者の方のお気持ちだと思います。しかし私の手元にも平面図しかなく当時の御台所がどのような外観・内観を...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

引越しで忙しいなか、しかもネット環境が不便ななか、わざわざコメ頂き恐縮です。

名古屋城の本丸御殿は素晴らしかったですよ。言われる通りに日本の伝統技能を継承していく上でもこのような復興事業は欠かせないですよね。前、建築史家の平井聖先生が「江戸城本丸御殿はいつでも創建当時のままに建てれますよ。それだけ資料が整ってます」と言われてましたが、だと、すると今度は江戸城の番ですね。天守閣だと揉めるかもしれませんが、本丸御殿でしたら官民力を合わせできると思います。完成したら「ここが松の廊下かぁ」、「ここが大奥かぁ」と見学するのも楽しくなります。NHKさんも喜びますよ。大河のロケにいつでも使えますから。

あの、安政御造営図志の中の絵ですが、原典の方の絵は京都本が白黒、書陵部本がカラーになっていて、絵については書陵部本を採用したそうです。翻刻された方も書かれていますが、絵の方はイマイチで素人ぽい感じなんだそうです。間違った描写もあるそうです。当時の正規の担当者が描いたのではない気がします。

ただ、小生にとっては間取りも細かい仕様・寸法もわかるのでお宝です。

早くネット繋がるといいですね。

名古屋城と大太鼓 * by 五反田猫
引っ越しで通信環境が無かったので暫くアクセスできませんでした。(まだネット開通していません 怒)

名古屋城の建築復興は、行政が行う事業としてすばらしいですね。
河村市長の英断だと思います。
短期的には、観光客を呼べるのは言うまでも無く、仕事が無くて苦労している伝統工芸の人々に、安定して長期的に仕事を生み出す事が出来ます。 これにより、経済が回るだけでなく、幅広い伝統の継承や保護が出来ます。 ハコモノ行政としても、数十年で使えなくなる建物ではなくて、数百年先にも伝えられる建築を目指すのは素晴らしい事ですね。

御所の台所のお話しも有難うございます。 調度類のお話しも素敵です。
本旨に関係ないツッコミで恐縮ですが、雅楽の太鼓の絵が気になります。
右側は、二つ巴に鳳凰に月がお約束ですが、飾り物がどうにも太陽に見えてしまいます。
現代のものは銀色なのですが、当時はこれでも月だったのでしょうか。
左と比較すると、多分 旭日を表す棒が多いとかあるのでしょうね。

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