3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 2018年12月

京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅 その(六)

「京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る」の初回現地取材をしたのが先月11月の初旬。もう一か月以上経って旅の記憶も忘れがちになってますが撮った写真とか見ながら思い出し書きしてゆきます。今回の訪問先は、伏見宮家、梶井宮家、日光御里坊、正親町家、山階宮家の五邸です。全部書けるか心配ですがとにかくやってみます。例によって各屋敷の位置図を載せます。                           © Open...

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No Subject * by 京一朗
higeさん
コメントありがとうございます。

そうですね、番組小学校の一つですね。各番組小学校には公家屋敷の門や御殿はもちろん藩邸やお寺の建物も移築され利用されました。

欧州の都市が一番美しく見えるスポットは丘から見下ろした風景だと思います。やはり屋根が統一されてますからね。街路を歩くと石畳は疲れる。落書きも多い。

高階宮邸の五層楼も長い江戸時代の建築規制(二階以上禁止)縛られた反作用で、地震も関係なくまさに解放感あふれたされた当時の人たちの高揚感を感じる思いです。

higeさんには今年いろいろお世話になりました。良き年をお迎えくださいね。

※ higeさんは髭生やしてみえるんですか? 失礼な愚門すみません。

日影小学校は * by hige
いつも興味深く拝見させていただいてます。

記事中の日影小学校は、日彰小学校ではありませんか。

http://www.kyotodeasobo.com/art/search/museum/gakureki/choshu-no-energy-kyoto-bangumi-shogakukou#.XCl8ZM3gpMM

この日彰小学校は明治2年に建てられた番組小学校の一つです。
この五層楼はもう残ってないようですね。
太鼓望楼であれば

https://blgid1974.blog.fc2.com/blog-entry-1111.html

な形で残ってるものがあります。

明治天皇が遷都されてから、京都御苑の公家屋敷が荒れ放題になって、それをお知りになった天皇が京都御苑の整備をお命じなったのだとか。
また、昭和になって、ビル化が進み古い建物が次々壊されたことがあったらしい。
最近でこそ古い街並みを残すことに注意が傾けられてますが、壊された遺産は戻ってきません。

そんな古い景観を京一郎さんが再現されるのが楽しみです。

京都 冬時雨の旅

「内」から「外」へ、これが最近の自分のブログのトレンド?ですが、外って? そうです「京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅」の”外”です。御苑外って限定したのが幸か不幸か、宮家、五摂家の下屋敷も含めて全部で四十邸を越えました。今現在、ブログにアップ済は15邸ほど。まだ後30邸近くある・・・。ちょっと「どうしよう?」と思わないでもないですが、先回の記事で「外の公家屋敷跡にご挨拶してから公家町を3D化しよう...

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No Subject * by 大原かずのり
どちらも女性でしたか。
私の場合は紳士とヤクザがいましたよ。

それはそうと、京都旅お疲れ様でした。私も自転車で巡ってみたくなりました。

No Subject * by 京一朗
大原様
コメントありがとうございます。

無事、京都から帰ってきましたが、京都の大路小路を車(自転車含)で右往左往するのは大変でした。
でも思いがけない出会いもあって良い思い出にしようと思ってます。

撮影許可は女性の受付さんが一番優しかった。逆に怖かったのも女性でした・・・。
聖母もいれば魔女?もいるということですかね?

No Subject * by 大原かずのり
先ほどのコメント、名前を忘れました

No Subject * by -
冬の京都もいいですね。
金戒光明寺本堂の外陣天井写真、実は1枚あります(笑)こっそり撮りました。でも無許可なので今のところ掲載してませんが(^o^;)

写真は厳しいところは本当に厳しいですよね。キレられたこともありますし、撮ってないのに疑われて確認されたこともありました。別にご本尊や内陣を無許可で撮ろうとしたことはないですし、もう少し柔和に接して頂けたらなと。
逆に少しならいいですよとか言われたら、やはり撮りまくってしまいますが(笑)

でも、そういう仏様のような方がおられる社寺さんは、いつまでも好印象ですね。

懐かしさの仰角

メルヘンが「おとぎ話に出てくる風景」だと解釈したら「メルヘンに森はいらない」と思う時がある。メルヘンの発祥地、ドイツの黒い森、シュヴァルツヴァルトは魔女の森でもある。グリム童話は原話を辿っていけば陰惨な話が多い。実はオオカミの餌食になった赤ずきん、暴行され子を孕んだ白雪姫、子供たちをさらう七人の小人たち、シンデレラ(灰かぶり姫)の眼をくり抜かれた姉の残酷な話など。それらは皆、黒い森のオオカミを連想さ...

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五反田猫さま
コメントありがとうございます。
和歌も披露いただき良い年の暮れを迎えれそうです 笑。

五反田猫さまのコメントから、今まで自分が抱いていた和歌というのは本来の和歌の一部分でしかなかった、という事に何となく気づきました。「短歌」はあくまで短詩という文学の捉えですが、和歌は音曲を始めいろんな要素を含んでますね。和歌の良さをもっと日本人皆が理解するようになったらいいなぁ、と、思いました。、

No Subject * by 五反田猫
いつも素敵な和歌を有難うございます。
和歌には人となりが現れますが、心の自由を感じる歌ですね。

私は古典和歌を学んでいるので、傾向は違いますが、古典でも心の自由は大事、むしろ型があるからこそ、そこに自由が盛れるかが重要になります。 昨日は歌会があって出歌しましたが、何とか型を踏まえてまとめたのが精いっぱい。まだまだだなぁと思うこの頃でした。
拙作「伊勢の海の きよき渚によせる波 はやくもかえる 歳の暮哉」 9月に熊野詣に行った事を思い出して詠みました。

京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅 その(五) 河野じゃなく阿野さんだった!

「別に間違いを見つけるために150年前の幕末京都にタイムスリップした訳じゃなかった。でも結果的にそうなった」。こんな書き出しで今回のその(五)は書いてみようと思います。結果から先に言いますと、タイトル通り「河野じゃなく阿野さんだった!」ということです。その(四)で相国寺東隣の「塔之段薮下町」にあった公家・小倉家そして河野家を訪ねましたが、実は河野家という姓の公家は存在しないということを旅の記事を書きなが...

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No Subject * by hige
あれま そうでしたか。
前にも紹介しているのでしたか。
これは失礼しました。
年取ると物忘れが激しくて。

No Subject * by -
hige様コメントありがとうございます。
さっそくアクセスしてみました.

平安京オーバレイマップは先回教えて頂きました。「なかなか興味深い記事があります」というのはひょっとして別の記事のことですか?

こちらの勘違いだったらすみません。

オーバレイマップは平安京と現代が比較でき見ていても楽しいです。でも、作るのに大変だったでしょうね。

No Subject * by hige
 すでにご存じかもしれませんが
 http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/
というなかなか興味深い記事があります。

 先般、冷泉家内部の一般公開があったのですが、内部の撮影は全面禁止だと云うことで、観覧しませんでした。

 京都といえど文化財がそのまま残っているところはなかなかないようで、京一朗氏のアプローチはすごく興味深いです。

No Subject * by -
五反田猫さま
コメントありがとうございます。

河野さんの事ですけど、前半、御苑外で訪ねたお公家さんは、山本、石野、石井、小倉、入江さん、と、どちらかと言うと公家らしくない姓が多かったので、河野もアリかなとそのまま現地を訪ねました。これが大炊御門家とか聞けば一発で公家変換できますが、そういう名は御苑内に多いんですよね 笑。

でも、ネットで「山本家」と検索するとグーグルでもトップページの一番に載ります。それだけ歴史的重みがあるんでしょうね。

来年の大嘗祭では一部、ベニア板が使われるとか、一世一元のそれこそ日本の将来を占うような大事な祭祀なのに何か悲しくなってきますよ。合板では神気が滞ってしまう・・・。

「もっと他にケチる所いっぱい在るだろう!」といいたくなりますよ。日本がどんどん溶解していくようで堪りません。

すみません、思わず愚痴ってしまいました。

「磯高の冠」、ググってみました。有職故実に拘った家なんですね。勉強になります。

いつもながら丁寧の調査です * by 五反田猫
資料をしっかりあたるのは重要ですよね。
特に、崩し字を翻字する時には、専門家でも間違いますので。

こうして、関連資料を当たられて、実地も見られて、頭が下がります。

今回 資料に出た勧修寺流の「某家」は、ご子孫にご縁があって、色々と教授頂きました。息子さん方は今も立派に御用を御勤めされております。
江戸末の宮中の絵巻を見ると、勧修寺家は「磯高の冠」という他家と違う冠をかぶるのですぐに判ります。 こういう他家と違うのは、大名もそうですが、大変大事だったみたいですね。

京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅 その(四)

帰ってまいりました。「京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅」。今回は、その(四)として中院家、入江家、広幡家、小倉家、河野家の五家について巡ってみたいと思います。京都御苑の外にあった宮家・公家屋敷跡の一覧図。                    © OpenStreetMap contributors青で丸く囲った所が訪問先。というか、その(三)から暫く間が空き旅の記憶が段々と薄れ気味・・・・どこまで書けるか心配ですが行け...

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TAKATSUKASA様 

コメントありがとうございます。

いろいろ公家繋がりで深いものがありますね。
河野さんの事ですけど誰の屋敷かわかりました!
今、記事に書いてます。ここでは明かしませんよ、お楽しみに 笑。

小倉家 河野家 * by TAKATSUKASA
相変わらず楽しく拝見させ頂いております。小倉家の第23代当主、小倉長季の実父は橋本實久で、實久の妹、伊与子が家慶時代に大奥で絶大な権勢を振るった姉小路で、更に實久の娘、経子は和宮親子内親王の生母という、なかなかに面白い血筋の方ですね。河野家は、どこでしょうね。読み方、漢字を間違えて交野家(かたの)とか河端家と高野家と書き間違えたのでしょうか。特に交野家は、ご推察されています西高辻家とほぼ同じ石高なので。そういうのを色々と調べてみたり、推測してみたりも、本当に楽しいものですね。

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hige様 

平安京オーバレイマップの紹介も合わせありがとうございます。

京都アスニーの復原模型や立命館大のバーチャル3D、書籍等では見知っているつもりでしたがネット上でバーチャル平安京マップが見れるとは知りませんでした。

やっぱり京都へ移住しないとダメですかね 笑。

冷泉家は以前行きまして写真もたくさん撮りましたが、外から室内を撮るのもダメになったのですか?

どんどん室内撮影禁止とか増えてますね。もう3Dで作って室内見るしかないですね。でも、それだと100年かかる。せめて御所と公家町の三十邸ぐらいは作ってあの世へ行きたいと考えております。

いつも為になること教えて頂きありがとうございます。

京の旧家 * by hige
 京の公家屋敷はいくつか残ってるみたいですが、京都御苑の中はひとつを除いて全滅ですね。
 江戸への遷都で公家も江戸へ移住。で御苑が荒廃。
 で、天皇が京都御苑の整備を指示。
 今の京都御苑がある。みたいな歴史があるようです。

 冷泉家の一般公開がありまして、行ったのですが内部は全面撮影禁止と言うことでしたので、入らずよそへ行きました。

 最近のカメラマンたちのマナーの悪さは私も実感しています。外人も含む一般人のスマホやタブレットでの撮影。
 なかなかむつかしい問題と思ってます。

 京のレトルトな建物や、昔はどうなのが興味深いです。

 で、ご存じかもしれませんが
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/