3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 2018年04月

公家町土地区画整理事業 決まる ③ 改めてこぼれ話

前回、公家町土地区画整理事業の割り当てが決まった段階で、何となく思った「こぼれ話」でも書こうかな、と思いましたが、予期せぬ「悩んでます」で書かずじまいでした。今日はちゃんと書きます(こぼれ話ですから肩肘張ることないけど)。ちなみに、拙ブログでたまに載せてます短歌ですけど「はてなブログ」に引っ越しし独立することにしました。短歌ブログのブログ名ですが、せっかくだから一つ捻ってやろうと思いましたが、結局「...

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No Subject * by 京一朗
分部様 コメントありがとうございます。

分部さんのようなとても若い学生さんからコメント頂きとても喜んでおります。よろしくお願いします。

冷泉家の敷地ですが890坪は間違いでした。正確には東西に21間、南北に22間の約500坪ほどです。「冷泉家住宅座敷及び台所ほか三棟修理工事報告書(京都府教育委員会刊)」で確認しました。

以前、公家町の面積・坪数を計算したとき、京都市編「京都の歴史 第七巻 維新の激動」に所載の”明治元年の京都絵図及び公家町”をベースに算出しましたが、絵図をそのままトレースして坪数を算出するのはとても誤差を生むと、今、反省をしております。

No Subject * by 分部光隆
京都の学生です。素晴らしいホームページを発見して感動しています。特に3Dの記事は毎回勉強になることばかりで本当に有益です。これからも楽しみにしております。

冷泉家についてですが、家の前の今出川通拡張の際に随分と土地を収公されたようです。冷泉布美子さんの手記に書いていたのを覚えています。冷泉邸の前はよく通りますが今は890坪もありそうにありませんね。

NoTitle * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。
素晴らしい趣味をお持ちですね!
私も雅楽とか好きですけど、和歌披講・・・とは雅な。まさか、冷泉家の歌会ではないですよね? 笑。本格的な活動をされているんですね。

普段から公家文化に接している方からコメント頂き本当にうれしいです。

拙い3Dではありますが、励ましを力に頑張ります。ちょうど明日は名古屋で3Dセミナーがあるので勉強してきます。

それでは、これを機縁に今後ともよろしくお願い致します。
                  かしこ

始めまして * by 五反田猫
歴史と伝統芸能が好きで、こちらのページに誘われ、拝見しております。 御所と公家町の3D再現は素晴らしいですね。 私は、伝統芸能では、お香、雅楽や和歌披講をやっておりますので、公家文化はご縁があります。 昔から、京都御苑の公家町に、一部で良いから再現して欲しいと思っておりました。3Dデータでも、こうして拝見出来ると嬉しいです。 日本は観光立国を目指しているならば、公家屋敷のいくつか再現し、参内行列を見せれば世界に向けた文化の発信になり、バッキンガムの衛兵交代のような人気になるのにと思っております。
これからも楽しみに拝見いたします。

コメントありがとうございます * by 梅村京一朗
お久し振りです。元気されてましたか!承明門の3Dお褒め頂きありがとうございます。今、回廊部作ってます。昨日あたりから蒸し暑くなって梅シロップ飲み始めました。昨年の残りですけど美味しいですよ。
地下官人のこと詳しく説明頂き感謝です。そうですか、小佐野家は甲府でしたか。

それにしても、形だけとは言え、平安朝の律令組織が幕末まで残っていたのは驚きですね。財務省も大蔵省のままでも良かったのに。

朝廷は石高収入10万石以外にも幕府や諸大名からの献金、公家の家職や免状
等により裕福な公家もいましたね。一時期は公家さんにも奢侈禁止令が出されたそうですから、公家=貧乏、という訳でもないですよね。30石蔵米は確かにそうでしょうけど。子供だって20人もいた子だくさんの公家さんいましたからね(死産含む)。今に残る桂離宮も桂宮家所領3000石で十分維持管理できたのでしょうか? そのへん、調べていくと面白そうですね。

NoTitle * by taka
地下官人の説明、詳しくなされていますね。地下官人はさながら実務官僚みたいな感じですよね。公務員でいう現業みたいな形だと自分は思ってます。

ちなみに 壬生家 は算術、真継家 は河内鋳物師の頭領という縁から鋳物師系統の権威、ですね。真継家 については 加賀藩 との間で鋳物師集団の今でいう税制特権について大揉めに揉めた経緯もあったそうです。江戸時代の朝廷は免状とかそういうのが主要な収入源だったみたいですが、こと収入に関する事となると 加賀藩 とでも渡り合うたくましさがあるんだなと感心します。

しかしこういうのを見るにつけて、本当に当時の朝廷というのは歪ですね。藤原国主体制を延々とひきずってる体制には、正直眉をひそめてしまいます。北小路家 や 押小路家 ですら地下ですからね。

まあ、歴史上の人物で嫌いな人を一人挙げろ、と言われれば 藤原道長 をあげますね。

そうそう、主さんの疑問ですが、件の 小佐野 は血筋的にも全く関係ありません。配偶者は 旧堀田伯爵家 ですが、本人は代々甲府の貧乏農家です。

公家町土地区画整理事業 区画決まる ②こぼれ話→悩み話に変わる。

今回は「公家町土地区画整理事業」関連のこぼれ話でも書こうかな、と思って今書いている所なのですが、ちょっと気になることがあったので少し触れてみます。拙ブログにも張っている「人気ブログランキング」の日本史部門で常にトップ争いをしてみえた『マイナー・史跡巡り』さんのブログが忽然と消えてしまいました。どうして?どこへ行ったのだろう?チョクチョク、記事も読まさせて頂いて、その情熱と行動力とマメさ、情報量の多...

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公家町土地区画整理事業 区画決まる ①

公家町の土地区画整理事業について、公家の皆様方にパブリックコメントを募集したところ、一部の公家の方から「家格による屋敷地の面積差が大き過ぎる、是正してほしい」との意見も寄せられましたが、その意見の多くが五摂家との家礼に属さない独立系の堂上家だった、ということもあって紛糾する事態までは至らず、4月13日をもって事業スタートする旨、昨夜の説明会にて最終合意を取り付けました。本件は公家町という特殊性もあり...

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公家町土地区画整理事業事始め 補遺(絵図編)

予め申しました「公家町土地区画整理事業事始め」の補遺(絵図編)を書きます。前も書きましたが幕末はそれこそ日替わり弁当のように明日は何が起こるかわからない激動の時代でした。ですから京絵図や内裏・公家町を描いた内裏図なども頻繁に改訂版が出ました。しかし、1868年の慶応4年から明治元年に代わると絵図の改訂ラッシュも終わります。絵図というよりも本格的な京都の地図が刊行されるようになるのは明治10年以降です。明治...

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hikakin君、3D京都も頑張ってるよ! (ただし金閣寺のみ・・・)

今日は雨模様だし、時間もあるし、何か別なこと書きたくなって急遽、ユーチューバーのトップランナー hikakinさんの事を書くことにしました。絵図の記事は次にということでご容赦を。ホント、ムラッ気で困ります。と、その前に以前、記事で自分が新しい事業を始める云々のこと書いたので、少しそちらについても補足しておきます。その事業ですが国から正式に認可が下りました。「農+α」的な営農です。全国的にも事例の少ないスタ...

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