3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 2017年10月

さよならの問い合わせ

実は「さよならの問い合わせ」ではなかった。「お礼の問い合わせ」だった。つい先日、これから始めるささやかな事業の認可が下りた。嬉しくもあり、ここからが本当のスタートだと、今、心を引き締めているが、それでも不安なことがあって、直接、農林水産省の部局に電話で聞いてみる。それでも心配なので記録が残る問合せメールで改めて質問してみた。応えてくれた方は電話のときの同じ方だった。私は今後の事業で気になる点を幾つ...

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山陰の旅 萩、秋吉台、山口編

旅も四日目、ついに維新回天の地・萩に到着しました。ここも是非一度訪ねたいと思っていた所です。いつか行ってみたいと思っていたら歳月ばかりが流れてしまった・・・そんな距離感を感じさせる観光地の一つだと思いましたね。地理的にも不利かな。市街自体には前日の午後には着いてました。萩の第一印象は、日本海の内湾に面した自然豊かで穏やかでのんびりした地方都市。ここが維新胎動の長州藩の地、吉田松陰や高杉晋作、木戸幸...

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何か凄い事を言いたいですが * by taka
私にもその辺の事情は解からないのですみません(汗) ただ予想としては、諸事情諸事情ですが、ベースとして家格があるのではと思います。別の所で「加賀藩家老は全て華族に云々」とありますが、正確には加賀八家は全員ですがその下の万石家老の中で横山蔵人家と本多図書家は授与されておりません。元津田家の斯波蕃は授与されておりますが、これも恐らく戊辰戦争の活躍が無ければ授与されなかったでしょう。そうなると、家格条件に当てはまらないのは授与後も山林技手・技師を務めていた変り種の今枝直規男爵のみだと思います。

薩摩藩も一門四家は確実に授与されていますし、筆頭格の北郷・種子島両氏も授与されています。小松伯爵家は末席で万石以下すが、やはり維新の功があるからこそ授与されました。家格は条件はクリアしていましたが、万石条件から外れているのが日置島津家のみですね。日置の場合は久光公の時代も変わらず大久保・西郷等に慕われていて、斉彬公の時代は主席家老、久光公の時代は疎んじられていましたが薩英戦争では薩軍の総大将だった事も大きかったかと。

長州藩の一門八家は、家格条件はクリアで万石条件で別れてますね。

肥後細川家も一門・上卿三家は両方クリアされているので授与、佐賀藩は御三家は別家大名なのでともかく白石村田両鍋島他親類同格衆も授与されてます。

最も顕著なのが紀州藩で家老筆頭の三浦氏は授与されてますが、久野家は万石でも授与されておりません。

以上を考えると複合条件と都合の良い物言いになりますが、ベースはやはり家格でそこに功績があるかないか?だと推察されます。

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take様
コメントありがとうございます。出雲大社本殿の3D制作を続けてますが、いろいろヤボ用もあって遅れ気味・・・。「清との密貿易に黄檗宗の大陸人を使う必要があったかと想像しますね」とは何か慧眼というか発想が素晴らしいですね。いつもながら敬服です。
明治維新時、1万石を超える諸藩の家老でも華族になれなかった人が他にもあったみたいですね。何かの事情ですかね?

NoTitle * by taka
毛利公が本拠を山口に移したのは、まさしく現在にまで恩恵をもたらす英断だったと思います。津和野と並ぶ貴重な萩城下町が残り、観光産業にも大きく貢献していますから。

>藩主・毛利家の菩提寺でここは珍しく黄檗宗の寺であり

自分もそこは珍しく感じましたが、恐らく一つの理由はやはり黄檗宗が大陸直系の宗派だと。清との密貿易に黄檗宗の大陸人を使う必要があったかと想像しますね。

もう一つは毛利氏に柳沢一族の家臣が居る事が何らかの関係を及ぼしているのかもしれません。東光寺を造営したのは 毛利吉就公、ちょうど五代将軍綱吉の時代ですね。それに柳沢氏の治世について甲府時代には永慶寺が建立され、悦峯道章の綱吉目通りを実現させ、息子の吉里の大和郡山転封でも永慶寺を今の大和郡山市に移転させる程の信者でしたから。

福原家書院のありさまは非常に残念ですね。こういうのを見ても、いかに 安倍首相の忖度政治 が馬鹿げた妄想なのかが解かります。もう少し忖度していただきたいとこの写真を見てつくづく思います。

松陰先生の松下村塾を立派に整備しているのには感動しました。ですが松陰先生の思想は、ある意味弟子達とは対立していて弟子と名乗られるのには複雑な心境です(苦笑)

あと、別のコメの質問ですが、福原俊丸公は男爵貴族院議員になられていますよ。

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ぽむ様 コメントありがとうございます。いろいろ写真は撮りましたが、見てみると建築系の細部ばかり撮っていて、風景写真、斜めから寫した写真は少なかったです。もっと思い出の風景を撮らなければ。反省です。でも瑠璃光寺五重塔はどう見ても正面から撮りますからちゃんと残しましたよ 笑。

NoTitle * by ぽむ
京都の記事を探していたら、こちらのブログにたどりつきました。萩、長門は仕事でよく行っていたので、懐かしく写真を拝見しました。
特に瑠璃光寺五重塔は私個人の中では最も質素で美しいと思っていますので、写真を拝見し嬉しく思いました。

これからも楽しみにしています

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AzTak 様
コメントありがとうございます。
確か以前、会津と長州が仲直りするイベントがあったと思いますが、会津の方が「萩へ行ってきた」なんて同郷の人に言えない雰囲気とかあるのでしょうかね? 今の萩は静かな地方都市でそっとしておきましょう 笑。

NoTitle * by AzTak
萩は妻の祖先が住んでいた里です。ある和風旅館で天皇陛下(昭和天皇)が泊まられた部屋を見せてもらいました。『あなたたちもここに留まりなさい』と言われましたが、遠慮して隣の部屋にしておきました。素晴らしい部屋でしたし、素晴らしい旅館でした。
福原家の書院が今も残っていますか。確か、加賀藩は家老職にあった者もみな爵位を授与されたと思いますが、長州藩はどうだったのでしょう?はるか昔のことになりつつありますね。

私自身は福島県の出身なので、長州にはあまり行きたくなかったんです。ちょっと節操がなかったかもしれません。が、家庭不和を作り出すよりはマシかと。

山陰の旅 日御碕、松江、津和野編

出雲大社の参拝を終え、日御碕神社へ行きます。島根半島の岩場の続く西海岸をほんの十数キロ、半島の西端にあっと言う間に着きました。こちらの神社は大社とは打って変わって鮮やかな朱塗り造りの社殿。ここは出雲大社の祖神にあたるところだそうです。ここには下の本社(日沈の宮:祭神は天照大御神。伊勢の天照大御神が昼を守る立場なのに、なぜ宮の名が日沈の宮?)と上の本社(神の宮:祭神は須佐之男命)の二つの本殿からなり、日...

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take様
コメントありがとうございます。お礼の返事遅れて申し訳ありません。例によって出雲大社本殿の3D制作を続けています。
「松江城の鯱は国内最大の木造の鯱」とは知りませんでした。だから写真は撮ってません。takeさんは博識ですね。歴史ブログランキングのトップブロガー レベルだと思いますよ。私もチョコチョコ、トップランキングのブログ読みますけど、その博識と行動力には脱帽です。

NoTitle * by taka
松江城や武家屋敷の無粋さ、言いたい事は解かります(笑)

だけど公務員の体質というか、日本社会にはびこる「無事これ名馬」的な体質で思い切って「この部屋は鶴の間だから鶴を書きましょう!!」と行動するのははっきり言って無理かと(汗) もちろんそういう人も居ないわけではないでしょうが、やっぱり公務員は民間人と違ってすぐ責任問題に繋がるという環境だから冒険が出来ないんでしょうね。「これ、本当はこうだから書き直せ」とか「曖昧な物に無駄な税金を使って」とか(苦笑)

それに上司自体が文化に興味を持っているからこれをやりたい、のではなく単に持ち回りでっていうのも問題ですよね。教育委員会等もエリートの総務に行きたいのに文化財課の課長にまわされた、とかそういった感じの人が上司についていた場合は専門職の部下もやる気がなくなります。

そうそう松江城の鯱は国内最大の木造の鯱ですけど、それは写真に撮りました? 石垣はやっぱり元が織田系武将が築城したので、典型的な穴太積ですよね。

山陰は細長いというのは同感ですね。元々島根県は出雲と石見に別れていて、石見弁は広島弁に近く同じ石見ですら石東(太田市等)や出雲弁とは別の文化圏というふうになるくらい離れてますからね。

津和野と言われてイメージするのは自分は城下町・亀井氏・モデルでタレントの森泉さん、森星さん姉妹ですね~ まあこの姉妹は正確には隣の吉賀町なんですが。恐らく西周男爵・森鴎外と同じ一族かも、という事でそういうイメージになりました。

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コメントありがとうございます。
行きと帰りは航空便、新幹線でしたが、それ以外はレンタカーでぐるっと巡りました。中国山地の真珠の小箱のような小京都を旅するのもいいですよ。日御碕もずっと岩場が続きいかにも日本海らしいダイナミックさがありました。でも冬は荒れた海に戻るのでしょうね。

NoTitle * by AzTak
この記事の書かれてあるところでは、津和野だけ行きました。妻の親せきがいるので、次回以降の萩にも行きました。でも、出雲大社から松江までは行ったことがありません。そのうち、行く機会はいくらでもあるだろうと、後回しにしてきたのですが、ついぞ機会はありませんでした。
個人的には日御碕に立ち寄ってみたいものです。パック旅行で行くしかありませんかねえ。純粋な公共交通機関を利用する個人旅行は、時間のロスが多そうで、…。