3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

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なぜ、前方後円墳でなければならなかったのか? 仁徳天皇陵をめぐる3D的考察 後編

さて後編では具体的に前方後円墳について考察(かなりな言い回し)してみたいと思います。まず、世界の陵墓と比べてみて唯一日本にしかない特異な形をしています(一部、朝鮮半島の南部に見られますが、そこは日本の影響下)。その特異性を物語る文系的指摘が「前方後円墳はどちらが正面かわからない」ということです。これは今だにハッキリしていません。古墳の一番重要な部分は大王の埋葬された円墳です。普通、そこが墳墓の中心・前...

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レインボー様
コメントありがとうございます。
拙い3Dですが褒めて頂きとても嬉しいです。遥かな古代に思いを馳せ作ってみました。
引用して頂ける由、ありがとうございます。
多少なりともレインボーさんの大仙陵古墳の論説に色を添えるようでしたら有難いですね。

大仙陵古墳の3DCG画像、素晴らしい * by レインボー
>以上、3DCG画像を並べてみました。

〇大仙陵古墳の3DCG画像
 拝見しました。素晴らしい出来具合に感動です。
 そして、特に古墳を囲む石壁ですが、朝鮮半島にあるツングース系の墳墓そのものの印象を受けました。
 関連し、後に引用させていただきます。
 草々
 

なぜ、前方後円墳でなければならなかったのか? 仁徳天皇陵をめぐる3D的考察 前編

前方後円墳には周濠がよく似合っていると思う。前方後円墳は水濠があることを前提とした姿形をしている。だから美しい。古代、設計した人は水濠を防御性、あるいは灌漑機能だけでなく古墳を神域として荘重に美しく見せるためには周濠が不可欠と認識していたに違いない、と、3Dで仁徳天皇陵を創りながら想像を巡らしました。大阪平野の仁徳天皇陵(大仙陵古墳)を始めとした45基からなる百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産に登録された...

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レインボー様コメントありがとうございます。
古代史のエキスパートのレインボーさんからコメント頂くとは冷や汗ものです 笑。
小生のブログでは3D制作がメインで、それに解説を添えたもので適当な部分もあるかもです。
>朝鮮半島系のツングース系大王の陵墓ではない>かと観ています
ツングース系とは思いもつきませんでした。天皇家のルーツも天孫系なので渡来民族の一派だと思いますが何処から来たものか判然としません。ひょっとして本家が戻ってきた?などということもあるかもしれないと個人的に思ってます。仁徳陵の円墳と方墳の間を”馬の背”と表現しましたが、古墳を側面から眺めていたら、何やら馬の頭と背とお尻に見えてきました 笑。また、大仙陵古墳の記事書かれましたら教えてください。

大山陵古墳はツングース系大王の陵墓では! * by レインボー
たいへん興味深い記事でした。

大仙陵古墳は拙ブログでも検討予定ですので、見ていただければ幸いです。

拙ブログでは、大山陵古墳は朝鮮半島系のツングース系大王の陵墓ではないかと観ています。

その結果、王墓名がが分からないように闇に葬られたのではないかと観ています。
草々

ショート3D 古代出雲大社神殿をTwinmotionで想像してみました。

Twinmotionが気に入ったので以前3Dで作った古代出雲大社神殿を再掲、新しくレンダリングし直してアップします。最初の記事も良かったら読んでみてください。 古代出雲大社神殿を復元してみた その壱前回、出雲の旅の縁もあって中古(平安時代)に高さ16丈(48m)にも達する高層の神殿が存在したことを裏付ける巨大な柱穴と柱の痕跡が発見され、俄に現実性を帯びたことから大林組が初めてその神殿を復元、ブログにも復元したイ...

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YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.3 部屋紹介 中半編」をアップしました。

NHKのBSプレミアムに自分の作品が出たので、一昨日「無事、放送されました」と記事書きましたが、何と本日16日、二日も置かずに新しい記事を更新しました。ここ最近は更新頻度がメッキリ減っていたので「アレ?自分こんなに豆だったかな?」と、首を傾げつつ書いてます。これもNHKに載って有頂天になったからだと「分り易い」自分です。動画編集が少し楽しくなってきたので、YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.3 部屋紹介...

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YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.2 部屋紹介 前半編」をアップしました。

皆さんこんにちは、久し振りの動画アップです。今回の「京都御所3D案内 Vol.2 部屋紹介 前半編」では、京都御所の建物にはどんな部屋があったのか? その名称と用途をご説明します。幕末当時は何百もの部屋(間)があったので一回では紹介しきれず、前半、中半、後半、の三回に分けYouTubeにアップロードする予定です。初回は紫宸殿廻りの表部分についてピックアップしています。果たして盛時、どれほどの部屋があったのか見当...

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令和元年ももう残すところ僅か・・・近況等

5月に改元され令和元年も後少しですね。しばらく記事を書かずにいました。何をしていたかと申しますと始めた事業に関わっていました。二つの事業から成るものですが、一方のものはすでにほぼ順調に稼働しています。問題なのは残る一つで、この方は今、話が当初計画より膨らんでいて見直しを検討している所です。どんな事業? と気になる方もおられるかもしれませんが、現段階では片肺飛行なので控えさせて頂きます。つい先日、飲...

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五反田猫様
お礼の返信遅れてすみません。
今年も宜しくお願い致します。事業の見通しについて甘く考えてました・・・。準備等で落ち着くまで暫くかかりそうです。

新たな道 * by 五反田猫
京一朗さん

新年おめでとうございます、良い一年を祈念いたします。

更新が無かったので、案じておりましたが、新たな出発をご予定でお忙しいのですね。 安心しました。

素敵なカフェです、こうして3Dになると判りやすいですね。
融資の説明、建築確認用?、従業員の教育など、色々に使えそうで、イメージと伝わりやすいです。

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Hakka様 コメントありがとうございます。ご無沙汰しております。
自分も元々本が好きなので文章から想像力を働かせるのが好きです。YouTubeでは時々思わぬ動画が飛び込んできますね。AIが勝手におススメしてくれるんですかね?最近だとインディアンダンス。本場のインドでなく、何とロシアのカレリア共和国のダンスグループが登場してきました。切れ味いい踊りしていてお気に入り、チャンネル登録しました。Indian Dance Group MAYURI といいます。良かったらHakkaさんも見てみてください。

京都御所の動画続編もまだなので作ろうと思ってます。年越えてしまいますけど。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

YouTubeは音楽関係の動画しか観ないのですが、先日知人にブログを書いているという話をしたら、「YouTubeもやりなよ」と言われました。私の場合、映像での表現はかなりハードルが高いため、当面はブログ一本で行こうと思っています。むしろ、最近はもう1つブログを立ち上げたいと思っているくらいです。実現するかは微妙ですが…笑

3D京都さんや他の方のブログを拝見しても思うことですが、自分の興味のある事柄を調べたり勉強したりするとき、やはり読み物であるブログが最も適したメディアである気がします。決してYouTubeを否定するつもりはありませんが、そこに関しては、これからも変わらないのかな、という気がしています。

ログハウスの設計、楽しそうですね。また御所や京都の方の記事も、楽しみにしています。

実は京都御所は江戸城より豪華だった! 後編

ちょっと間が空きました。すみません。前編に引き続き記事タイトルの実は~に迫っていくわけですが、そのまえにお見せしたい御所の古写真とか色々ありまして幾つか紹介します。ネット初公開?のも含まれるかもですよ。ちなみに、前回記事以来、戦前まで残っていた御所の建物の屋根について情報を得るため宮内庁公文書館へ行って参った次第ですが、頂いた情報・「京都御所屋根之圖明治十三年七月改正」以外にも予め同公文書館の目録...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

>ところで、写真が2枚一組なのは、立体視出来るようにですか?

私もわかりません。壬申検査では御所のもっといろんな所を撮った写真を見たかったのですが、どうしても紫宸殿や清涼殿などの御殿になってしまいますね。当時の御所の暮らしぶりが分かるような台所や局、詰所などの写真が残ってないのは、当時からすれば当たり前の風景で珍しくもなかったのでしょうね。
現代でもごくに普通のことが後世、貴重な資料になることもあるでしょうね。

御所の古写真では結構、内侍所を寫したものがありますが、当時もやはり特別な存在だったんでしょうか?

橿原神宮に移築されましたが、同神宮の雰囲気もいいですね。

”日陰糸”さっそくググりましたが、見てみて「あぁ、あれかぁ」と葵祭の斎王代を思い起こしました。大嘗祭にも使われるんですね。

屋根の変遷 * by 五反田猫
京一朗さん

前回に引き続き、貴重な資料と、まとめの話を有難うございます。 こうして資料と合わせて、数値化出来るデータを見せて頂けると、御所の屋根や構造がとても良く判ります。

明治の写真は、私も拝見した事があるのですが、結構 瓦葺が多いですよね。 装束も、明治になって直垂が参内用に正式化された時期があり、これも武家風な感じなのです。
(ところで、写真が2枚一組なのは、立体視出来るようにですか?)

一方で、ご指摘のような清浄さという考え方。
これは、外国人のブルーノ.タウトが、檜皮で自然に溶け込む桂離宮と、豪華な日光東照宮との対比でも指摘したのですが、まさに仰る通りなのだと思います。
白木の美しさ、なるべく自然であるものの美しさを表現するのが宮廷文化なのだと思います。
今年は御大礼の年でもあり、そこで出てくる装束に用いられる「日陰の糸」などは、まさにその好例ですよね。

これからも、お話しや3D楽しみにしております。
どうぞお元気でお過ごし下さい。

No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

>銅屋根は中韓にはほとんどなく、日本的だなあと思いましたね(朝鮮通信使も銅屋根を記録し、その贅沢さは異常と記録していました)。

それは知りませんでした。銅屋根も腐食してからがいい趣だしますね。
中国あたりだと紫禁城など、釉薬で焼いた黄金色の屋根が沢山葺かれていますが、あの黄金色の瓦一枚でもとても値が高いそうです。

将軍も、皇帝もまざまざと権力を見せつける感じですね。

檜皮・杮葺き職人ですけど、最近は建物の復原もあって徐々に増えているそうです。

管理人のみ閲覧できます * by -

No Subject * by 大原かずのり
京一朗さんの執念と情熱に拍手です!
4m、縦2.5mとは、ととととんでもない大きさですね(笑)^^;
しかし情報入手のために努力を惜しまずの姿勢に頭が下がります。

武家上流階級は銅瓦屋根が好きだったイメージがあります。日光に立ち寄りましたが銅瓦の連なりが見事でした。特に奥社は銅だらけ^^;
銅屋根は中韓にはほとんどなく、日本的だなあと思いましたね(朝鮮通信使も銅屋根を記録し、その贅沢さは異常と記録していました)。

しかし、やはり京都御所の魅力は檜皮葺きなんでしょうね。おっしゃるように、優美なライン、柔らかさ、優雅さ、これは檜皮や杮でなければ出せないように思います。
維持はますます大変でしょうが受け継いでいってほしいですね。



ありがとう平成、ようこそ令和

本日、2019年5月1日、平成から新しい元号「令和」に改元されました。先の帝の上皇様による譲位を受け新天皇が同じく本日、即位されました。崩御に伴う践祚ではないので重苦しい雰囲気もなく、まるで新年を迎えるような喜びと躍動が湧きたちます。今上陛下は第百二十六代目の天皇にあたられます。本年は皇紀で言うならば2679年になります。心より新天皇の御即位をお祝い申し上げます。どうか令和の時代が上皇様も退位の儀で言われた...

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No Subject * by 京一朗
TAKATSUKASA 様 コメントありがとうございます。

一、巷の人間がご皇室の後継について心配するなど僭越だと思いますが、正直心配でなりません。もし女系の天皇に変わってしまったら、先の大戦で亡くなった多くの兵隊さん、民間人の方、そしてご先祖様に顔向けできません。どうか八百万の神々様、御国をお守り給えの心境です。

平成から令和元年へ * by TAKATSUKASA
事実上、秋篠宮家の悠仁親王殿下のみが皇統を継ぐ日嗣の御子であることに、少なからず不安も御座います。しかしながら後桃園天皇に御子が居らず、傍系の閑院宮家より光格天皇を戴き、その後も仁孝天皇、孝明天皇、明治天皇、大正天皇と日嗣の御子はお一人で紡がれてきた事実も、また現在の皇室事情と変わらないのではないかと。悠仁親王殿下ご成人の後、多くのお子様に恵まれ、明るい未来が訪れることに、期待するばかりです。

No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様
ご丁寧に連絡頂きありがとうございます。

大目どころか拙ブログを紹介して頂きありがとうございます。


No Subject * by sazanamijiro
こんにちは、sazanamijiroです。

すみません、京一朗さんのネタを断りもなく勝手に使っております。
ただ今アップしましたので、まずいところがあっても大目に見てください(^^♪

No Subject * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

恐れ多くも御所の即位礼の3Dを作ってしまいました。一生に幾度もない改元のタイミングなので自分なりに何とかお祝いの気持ちを表したいと思いました。

上皇后は確かに初めて聞く尊称名ですね。皇太后とどう違うのか素人にはよくわかりません。秋篠宮様もてっきり皇太弟かと思いましたが皇嗣殿下となられましたね。どちらも”太”の字が無くなりましたが何か理由があったのでしょうか?。
でも、上皇后もいい響きです。

奉祝 * by 五反田猫
素敵な御大礼の3D 拝見しました、有り難うございます。 昨日は諸行事でテレビに釘付けになりたかったのですが、あれこれ用事があって録画をじっくりみたいと思います。 光格院以来の上皇様で、耳新しい事も多く、上皇の和語が「おおきすめらみこと」だと知りました。これは万葉集に例があるので伝統の読み。上皇后(じょうこうごう)というお名前ができたとの事です、大変 畏れ多いですが、新語なので和語では何と読むか不明です。皇太后様は「おほきさいのみや」と言う例があるのですが。 伝統と新たな事例、色々と学ぶことが多いです。

私も、個人的には京一朗さんと同じ意見で、京都で御大礼をして頂きたいと思いますし、桜町行幸図のように行列されたら素敵だと思います。

追伸 上皇后の和語も皇太后と同じく「おほきさいのみや」、皇嗣殿下の和語も東宮と同じ「ひつぎのみこ」なのだそうです。
   漢語をどういじろうが、和語の世界では変わらないのが、痛快です。

京都御所ってどんな部屋があったの? さっそく見てみよう! 奥方編

前回に引き続き「京都御所ってどんな部屋があったの? さっそく見てみよう!」の奥方編を書きます。というか各部屋の名称と用途をまとめた図表をアップします。御所の奥向き、”後宮”の定義ですが、基本的には帝の正室である皇后(中宮)と皇后に仕える女官、女中の住むエリアだと思いますが、それとは別に帝に直接奉仕する典侍等の高級女官の住む”東西対屋”エリアがあります。江戸城の大奥ですと、正室、側室共に大奥に住みましたが...

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No Subject * by 京一朗
kotodayori 様 コメントありがとうございます。
また、過分にも評価して頂きありがとうございます。

自分で言うのもなんですが、結構、こまかく書いたと思ってます。「アレ、自分ってこんなに筆まめだったかなぁ」という感じですね。

ですが、その分、最近、出無精気味です・・・。
たまには旅に出ないとダメですね。

短歌も浮かばない・・・。刺激を求めて街へ繰り出そう! でいかないとダメですよね 笑。

No Subject * by kotodayori
こんにちは、御所の平面間取り図の図表、よくここまで詳細に調べられて書かれたと、感心しています。江戸城の大奥制度の記事も読ませていただきました、歴史の持つ面白さを再確認しました。これからも楽しみに読ませていただきます。また、よろしくお願いいたします。

No Subject * by 京一朗
Hakka様 コメントありがとうございます。
はい、いろいろ調べていくと御所内には何百人と働いていました。皆に給食、夜勤(宿直)にも夜食が出ました。大釜五つに沢山米を炊いたそうです。いろいろ上からの御下がりや役得のカラクリもあって、みんな御所に寄り添って生活してました。腕のいい脚本家なら面白い時代劇ドラマができそうです。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

前回の「表方編」も含めて、こうして一覧にして頂くと、御所がいかにたくさんの部屋で構成されていて、そこでいかに多くの人達が働いていたのか、ということが解る気がします。

同時に、これだけの部屋の呼称と用途を調べるのに、さぞご苦労されたことでしょう。完成版ではないとのことですが、「資料によって違う表記や意味合いの違い」をここまで纏められたことに、京一朗さんの御所にかける情熱が伝わってくる気がします。

私はどうしても俄の知識ばかりで記事を書いてしまっているので、勉強になります。

京都御所ってどんな部屋があったの? さっそく見てみよう! 表方編

皆さんこんにちは本記事に入る前に一つご紹介したいことがありまして先に書きますね。ブロガーの”しばやん”さんてご存知ですか?ブログの歴史好きな方ならきっと知ってみえるかと思いますが、人気ブログランキングの歴史部門で常にトップを走り、芸術・人文系全体でも最上位クラスを維持され、多くの読者さんからも支持のあるブログ「しばやんの日々」を運営されている、そう、その、しばやんサンがご本を出版されました!題して『...

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No Subject * by 京一朗
しばやん様
コメントありがとうございます。

>おかげさまで、この本はネットを中心によく売れているようです。

良かったですね、重版決定です!

私も一度、本とか出してみたい気はありますがそこまで頭が回るか心配です。

意外なところというか最近、イタリアの方からメールが届きました。小生のブログの3DCGを使いたいとのこと。ミラノで発行しているマガジンみたいです。いろんな人が見てるんだなぁ、と思った次第です。

ありがとうございます * by しばやん
京一朗さん、拙著を買っていただいただけでなく、ブログにも紹介していただき、感謝感激です。
気が付くのがずいぶん遅くなり、御礼が遅れてしまって申し訳ありません。
おかげさまで、この本はネットを中心によく売れているようです。私のような無名の著者で、しかも実名も肩書も伏せて上梓した本が、多くの方に買っていただけるというのは、昔では考えられないことです。ネットが社会の構造を大きく変えていることを感じます。
京一朗さんも、著作にチャレンジされてはいかがですか。喜んで購入させていただきます。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

指摘頂いた右近の陣についてですが、今回の間取り図に使った「翻刻 安政御造営図志」、長尾名鳥の「安政新造内裏全図」にも左近の陣座は記載されていましたが、紫宸殿の西側にあたる土渡廊及び長橋周辺には右近の陣座は載っていませんでした。紫宸殿に上がる明義門、仙花門は載っているので、もし右近陣座がここにあったら記載されていたと思います。

wikiには右近の陣は清涼殿の裏(西)にあった
校書殿の東庇にあったそうですが、安政度の復古内裏にも同校書殿は再興されていないので実質右近の陣座はなかったのではと思います。

紫宸殿西側軒の長橋など白馬の節会のときには取り外されたそうですから、やはり宣陽殿のある東の左近陣座が、摂関政治の頃の朝議の中心でもありましたから、左近陣座だけ復興したのかな?と思いました。

あくまで私の推測ですけど。
でも内裏全図等見ていけば、意外なところにあるかもです。また探してみます。

あまり、ご返答になってなくてすみません。

陣の座 * by 五反田猫
これは凄い、ここまで詳しい御所の図を見た事がありません。
C18,19の番所、内々と外様で、このように異なっていたのが良く判りました。

ところで、ご存知でしたらご教示頂きたい事があります。
左近の陣は公卿の本座のある宜陽殿に近い場所にあります。
一方で右近の陣が見つけられなかったのですが、これはどちらにあったのでしょうか?
見落としでしたらご容赦を。


萬歳旛がはためく京都御所をご覧あれ!!

本日16日付、記事中の京都御所平面図に建物の名称等を付け再掲載しました。それに伴い御殿や各部屋の説明については、次回の記事に回す事にしました。重複する可能性が出てきましたので。本記事は主に萬歳旛のはためく「3DCG集」として単発記事にすることにしました。従って記事タイトルも「萬歳旛がはためく京都御所をご覧あれ!!」に短縮することにしました。よろしくお願いします。現在、京都御所の造営時の全体表示を2D...

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しまったぁ! * by 京一朗
kotodayori様

お礼のコメントのなかに人情を”刃傷”と書いてしまいました! 決して他意はありませんので。以後、気を付けます。失礼しました。

No Subject * by 京一朗
kotodayori様
コメントありがとうございます。

御所を参観しても観れないところいっぱいありますよね。でも、なおさら見てみたいのも刃傷ってものですよね。

拙い3Dですが自分なりに一羽の蝶になって宮中をフラフラ飛んでます。

春、桜の芽も出てきました。小生のお花畑も満開です! 笑。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

粋な和歌もありがとうございます。一瞬、平安の昔に戻った気分です 笑。

大内山とは内裏、宮中のことでしょうか?

これから春、桜吹雪が御所に舞って、萬歳幡が新帝を御祝しますね。平安な御代でありますように。

相変わらずハチャメチャな3Dですよ。今回ははしゃぎ過ぎたかもです。でも、いいですよね。めでたいことだし。

No Subject * by 京一朗
大原様
コメントありがとうございます。

CGですけど盛り過ぎましたかね・・・
気が付いてみると旗めいていました。めでたいことですし多少の無礼講はいいですよね。

3Dはまったくの独学です。ですからプロの方から見れば「なんだコレ?」という面もあると思いますが、

京都の失われた建物を見てみたい一心で3Dを始めました。

後、10年ぐらい経ったら公家町が蘇るといいな、と思ってます。

私の方も大原さん応援してますよ。
好きこそ物の上手なれです。

No Subject * by kotodayori
おはようございます、3DCG素晴らしいですね。
御所公開の時の通路から見える景色とは、まったく違って見えるので、何か得した気持ちになりました。
また、よろしくお願いいたします。

萬歳幡 * by 五反田猫
これは壮観です、見ていて楽しいですね。

思わず一首
「大内山 吹く春風の 強くして なほ翻る 萬歳の幡」

No Subject * by 大原
いやはや壮観でありますね!

いつ見ても京一朗さんの3DCGはすごい。
鳥になった気分ですよ(笑)
私はCGとか全く疎いので^^;

御常御殿の御座から庭と幡を見るの図が
特にお気に入りです^^

ひたすら無念無想で御所の見取り図を作っています。

つい、最近のユーチューバーの真似をして記事タイトルを「ひたすら無念無想で御所の見取り図を作っています」??、と、ステマ風に付けてみましたが、やっぱりダサイ。若者に媚びを売っている・・・、そんな気分もしないでもないです。実は、本当に今、無念無想に京都御所の見取り図を作っているのです。しかも一心不乱というか迷走してます。というのも、今回のテーマが前記事で書いた「今、書きかけなのは御所の失われた建物の平...

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No Subject * by 京一朗
えっ!3D御所も文化遺産!?、じゃ頑張ろう! 笑。

五反田猫様いつもコメントありがとうございます。

お後が宜しいようで、と、ついそんな言葉が出てきそうな五反田猫さんのタイミングよいコメントにいつも助けられてます。

体調もよくなりました。

新しく立ち上げる事業もこれから一~二か月ほどはバタバタするかもしれませんが皇太子殿下の御即位もあるので、自分も何かブログで奉祝したいですね。

今回の事業はすべて自分の裁量でやりたいと思ってやったもので人生最後のチャレンジです。
どんな事業かと言いますと、恥をかくといけないので軌道に乗ってから、にします 笑。

ブログと多少の仕事の二足の草鞋が今後続きます。どちらも中途半端にならないよう自分が最も苦手な時間管理をしっかりしたいと思ってます。

五反田猫さんも立場上、お忙しい毎日だと思いますがどうかご自愛くださいませ。

3D御所も文化遺産! * by 五反田猫
京一朗さん

寒暖の差が激しい日が続いておりますが、お元気になられたでしょうか?
新たな役割が始まるとの事で、成功をお祈りします。

東京でも、御大典に向けて、色々な奉祝行事が進んでいます。
色々な団体や人が、自分で出来る方法でお祝いしようという動きは、日頃は存在を意識しないが、いざとなると重要だと国民は意識していると、歴史のコマを感じます。

こうして3D御所のデータもおつくりになるのも、とても良い事なのだと思います。 ご無理をなさらず、お元気にお過ごし下さい。

No Subject * by 京一朗
hakka様 コメントありがとうございます。

記事でいろいろ愚痴つてしまいましたが、温かい励ましを頂きとても感謝しています。これからも頑張って続けたいと思ってます。

3Dは確かに時間、手間がかかります。良いものを作ろうと思えば余計そうです。

でも、3Dで京都を表現してゆくなかで、3Dならではの発見や疑問、着想、達成感、といろいろプラスな面もあります。

3Dもまだまだ修行が足りません。

改めてコメントありがとうございます。

hakkaさんも頑張ってくださいね。


No Subject * by Hakka
こんばんは。
安政の頃の御所には今よりもかなり多くの建物が存在していたのですね。驚きです。

京一朗さんの3D京都、他の誰もやっていない試みだと思いますし、私自身、今まで知らなかった公家の世界のことを色々と勉強させて頂いていて、いつも新鮮に感じています。

お金になるかどうかと関係なしに徹夜するまで情熱を向けられることがあって、しかもそれが他の誰もやっていないことで、さらに楽しみにしている読者の方がいるって、この上なく価値のあることだと思います。

3Dの作成は、恐ろしく時間と手間がかかるかと思いますが、この先も楽しみにしています。

即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」が完成しました 紫宸殿編

平成31年2月24日、天皇陛下の「御在位三十年記念式典」が東京の国立劇場で開かれました。2019.2.24日付、産経新聞ニュースより引用 (撮影:山口良介)テレビで拝見していて思わず涙が零れました。天皇になられてから30年、陛下は国務に精励され、災害で苦しむ人々を慰め励まし、また先の大戦で亡くなった多くの戦没者を慰霊されるため国内外を精力的に訪問されました。まさに、国民の安寧と平和を祈り続けられた30年間だったと思い...

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No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様コメントありがとうございます。
ハンドルネーム涼やかなでいいですね。

山を撮られているのですね。ケガしないよう気を付けてください。今はインドアの自分ですが元々山は大好きですよ。ネパールヒマラヤのランタンリルンへも行ったことあります(但し氷河の舌端まで)。

山も雅な御所も美しいものは美しいですね。
拙いブログですが、少しでも和まれたのなら嬉しいです。

No Subject * by sazanamijiro
いやー、禁句と言われても、侍従長くらいにはなった気分で、特別限定公開を堪能しました(^^♪
いつも山に分け入ってヒーヒー言いながら写真を撮っているので、このような優雅で厳粛な世界でほんとに癒されます。
ありがとうございました。

即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」が完成しました!

今月15日に記事にしました「ただ今、即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」を製作中」ですけど完成しましたので22日付で内容を更新しました。タイトル通り、ただ今、高御座(たかみくら)を製作中です。もちろん、まだ完成ではないです。残り部分を作って合体・完成させます。折角ですから京都御所の紫宸殿の中に設置したいと思ってます。ですので、まだ紫宸殿の殿内(とくに天井)を作り込めてないので、そちらもある程度完成させて...

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No Subject * by 京一朗
大原かずのり様
コメントありがとうございます。

昨夜は深夜3時まで紫宸殿の素材の一部を手直ししたりして夜更かししてしまいました・・・。いつもの如く妻から大目玉をくらいました・・・。今日から12時に寝ます!

>平城京大極殿ですが、奥行きは20mほど

仰る通りです。20mでした。文化庁で出している「特別史跡平城宮跡第一次大極殿正殿復原工事の記録」にて確認しました。28mは基壇部でした。記事も訂正しました。
指摘ありがとうございました。

No Subject * by 大原かずのり
高御座の記事、興味深いですね。楕円形ですか!私などは平城京行った時も立派だなと思ってただけで、おっしゃるような問題は考えたこともなかったです^^;

平城京大極殿ですが、奥行きは20mほどではなかったでしょうか。しかしおっしゃるように楕円形の方が空間に余裕ができて儀式的にも差障りがなくなる、私もこれかなと思ったりします。
しかし確信は持てませんが^^;




即位礼で用いられる「高御座」が完成しました。ですが御椅子を先に紹介します。

即位礼で用いられる「高御座」ですけど完成しました。さっそくご紹介したい所ですが、「待てよ、高御座で帝が座られる御椅子も平安朝を飾った重要な家具」との考えから、先に単独記事で書くことにしました。いつもの気紛れが出てしまって申し訳ないです。今、私たちが普通に使っている椅子ですけど、奈良朝や平安時代にかけては椅子と書いて(いし)と読みました。椅子は平安末期から鎌倉時代以降には書院造の普及と共に直接、畳(座...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

高御座ですけど、椅子(玉座)が八百年もの間なく平座だったとは知りませんでした。他にも3Dで作りながら、えっ?何で?といった発見もありました。次回、書こうと思っています。

日本は幕末まで武家政権が続きましたから、いわゆる貴族文化は発達せず、江戸城の御殿は300年間、時が止まったかのように同じ仕様の書院が延々と続きました。代わりに文化を担ったのは町民・商人たちだったと思います。近世に朝廷が政治を担ったなら、公の職務は椅子とテーブル、家に帰ったら畳に横になる、そんな職住分離が行われ、明治の極端な欧風化もなかったかもしれません。

でも、近代の日本が発展したのは官僚たちの汚職が少なかったからとも言われています。その意味では「武士は食わねど高楊枝」の侍魂があったからねんでしょうね。

まぁ、世の中、彼方を立てればこちらは立たず、で、その塩加減が難しいですね。

* by 五反田猫
京一朗さん 高御座とは、時節にあった話題ですね。
現物は、もう京都から東京に移動したのでしょうか?

畳の生活、知人の住宅管理をしている人から聞きましたが、畳の部屋は人気がなくて、リフォームで洋間にする事が多いそうです。最近、五反田から目黒に越しましたが、このアパートも畳の部屋を改造したようで、クロゼットは押入れだった後が微妙にあります。 
畳がかびるのは、昔は当たり前だった 畳を干したり上げたりしなくなったから、当然でしょうね。 

>座敷は畳以外なにもないのがスッキリして美しい
仰る通りですが、住んでいるとこれが難しいですよね。
伝統的な家では、客間が応接でもありお客様用の寝室にもなり、行事の折は季節の飾りをしていました。
結局、お客が泊まる、季節の飾りがすたれれば、無駄な部屋は不要になりますので、畳も不要になってきます。
面白いのは海外で、台湾などでは畳が人気で、金持ちの家には畳の部屋があって、夏は快適で 絨毯と違ってそのままゴロゴロ出来るのが良いみたいです。 やはり南方の文化にあったものなのかもしれませんね。

公家ロス・・・? ということで、気分転換に名古屋城へ行ってきました。

タイトル通りなんですけど、公家のお屋敷跡を巡るシリーズも終わって流石にお腹一杯気味なので、気分転換に名古屋城へ行ってきました。一連のシリーズでもっぱら文章を書いていたので、3Dを作る感覚がちょっと忘れ気味で心配ですが、これで内裏・公家町の3D作りに集中していきたいと思っています。が・・・。過去を振り返ると、エッセイ擬きの文章も結構書いてます。もっと3Dに集中すればいいのですが、つい、いろんな雑念が湧...

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No Subject * by 京一朗
Hakkaさん コメントありがとうございます。

そうですね戦災で焼けて残念です。戦災前は全国で20ほど残ってましたからね。

観光という面で言うならば、ヨーロッパの城の多くは日本のような城郭(要塞)でなく城館だから多く残って観光に役立っていると思います。とくにフランス。

ヨーロッパでも廃城令がいろいろ出ましたが、その後、城の文化的ステイタス、美としての価値が再評価され城郭風の館として多く再建されました。ちょうど、そのころ日本は反対に明治維新の廃城令でたくさんの城が壊されました。

歴史のタイムラグもあるんでしょうね。江戸時代、もし、三階以上の建物が許可されていたら、地方の大庄屋など喜んで三階櫓風の蔵を建て、プチ城館として競い合ったことでしょうね。

No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

今日はグ~んっと冷えますね。
早く名古屋城の本丸御殿行かれたらいいですよ。
二条城に比べ全体の規模、間取りのサイズは小粒になりますが、二条城の二の丸御殿のような「これでもかぁ!」とった将軍の権威を見せつけるような感じでなく、静かで優しい感じがしましたね。やはり、京への途中の宿だから見せつける必要もないんですよね。

一番豪華な上洛殿ですけど、ここは家光が上洛するために増築されたものですが、ここがまた豪華というよりも優雅で上品な感じ。女性的な感性が漂っている気がしました。

これって、家光の好み、性格が表れてるかもです。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

熊本城や篠山城とかもそうですけど、最近は天守や櫓にとどまらず、御殿が復元されるケースが増えていますよね。

復元されたものも素晴らしいですが、名古屋城の場合、天守も含め空襲にさえ遭っていなければ、と思うと溜息が出ます…

No Subject * by 大原かずのり
素晴らしいですね♪
若々しい木の香がこちらまで漂ってきましたよw

近々行こうかと考えてましたが、さらに行きたくなりました。
やはり観光客は多いのですか。

曇りのち晴れたら修学院離宮へ行こう!

昨日、京都からみえた方から「今、京都は紅葉シーズンで大変ですよ!バスも満員だらけで地元の人も乗れないような有様」と言ってみえましたが、それを聞くと、先々週に行ってきて良かったなぁ、と思いました。修学院離宮ですけど、日帰りで行ってきたのですが、天気予報は晴れ後曇り。降水確率は午後には20%と書いてあって(ネットの天気情報)、20%なら大丈夫、さぁ行こうと新幹線に乗って京都駅に着いたのは朝の8時少し前。新幹...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

窮邃亭など板壁が一部剥がれ落ちていました。
木造建築、というよりも日本の風土はメンテがたいへんだと思います。

先日、萱の群生を見ました。亜麻色に輝きとても綺麗でした。幕末・明治、日本を訪れた白人さんたちが日本のカントリーの美を賞賛していますが、やはり茅葺屋根と、里の萱山が美しかったのでしょうね。さらに炭焼きのため、結構な山が雑木林で、多分、奈良の若草山のような風景が広がっていたと思います。今のように杉の人工林ばかりだと重く暗い感じがします。痩せた土地、草しか生えない草原。そこに風が吹くとメルヘンが生まれます。

日本の深い森、豊穣はメルヘンを必要としていない。そこに日本の原初文化を解く一つの鍵があると思います。

今のパリの騒乱を見ていると複雑な気持ちですね。石畳の路は歩くととても重いですよね。

にしても、あのパリのデモ、いや暴動ですけど、デモ者たちが一様に着ている黄色のジャケットは誰が用意したものでしょうか?

修学院 素晴らしい * by 五反田猫
修学院の写真とお話し有難うございます。
二十年以上前 京都千二百年祭のドサクサで、見せて頂いた事がありましたが、その頃とも変わっているようですね。

千歳橋の鳳凰は、ピカピカですね。
網をかぶった鯉は、随分と鮮やかになった気がします。
障壁画類も、予算がついて修復されたのでしょうね。
当時聞いた話では、周辺の農地は風景に溶け込むように近代的な農耕具やビニルは使わないと感心したのですが、やはり時代の流れなのですね。 それはそれで、近代の農村風景だと受け入れる必要があるのでしょうね。

「まだまだ振り返ってはいけません」 これは当時もありました(笑)

SSLの件教えて頂きありがとうございました。 * by 京一朗
hige様 コメントありがとうございます。

SSLの件では不具合の情報頂きありがとうございました。

私の方でもクロームを立ち上げ拙ブロイグを開いたところ、確かにアドレスバーの右に×のマークがありました。いろいろ調べてみましたらi2iのアクセス解析(無料版)のタグがテンプレートのhtmlに残っていてそれが邪魔をしていました。消したら×マークも消え何とかSSL状態が保たれるようになったかと思います。教えていただきありがとうございました。

また、ブログ記事にも、higeさんのブログを引用・リンクさせて頂きました。higeさんのSSLの記事はとても有益で他の人にも伝えるべきと思ったからです。よろしくお願いします。

No Subject * by hige
 ついに桂離宮が有料になりましたか。
 宮内庁管轄の施設はずっと無料で、しかも撮影フリーだったのですが。
 大昔、私が若かった頃は入場は制限されていて一般人はなかなか入れませんでした。
 いつから入場制限が緩くなったのですかね。
 最近は、通常の神社仏閣を訪れたとき、少しでも施設の維持にお役に立てばとできるだけ拝観料を払って見る様にしています。
 修学院離宮の周辺を景観保護の為、宮内庁が買い取ったという話を私も聞きましたが、私はそのことに
は震えました。
 すごい と

 いつも、私の様な人間とは違う立場の記事を面白く拝見させていただいてます。

No Subject * by 京一朗
Hakkaさんコメントありがとうございます。

そうですよ。写真撮るの大変でした。時には最前列へ立ち、時には最後列へ潜り抜けるなど、忍者のように撮ってました。幸い、今回の参観では最後列から警護?して頂いてる皇宮警察の方かな? 男女の若いペアでしかもスーツというソフトな恰好だったので、「すみません、すみません」と言いながら結構撮らさせて頂きました。でも、池に落ちないよう気を付けないといけないですよね 笑。

修学院もぜひ行ってみてください。

No Subject * by Hakka
こんばんは。
修学院離宮、とても美しいですね。でも写真を撮るのが大変そうですね。

以前、桂離宮を訪ねたことがありますが、人は多いし、ガイドがどんどん先へ行ってしまうのでゆっくり撮っている時間はないし、大変でした。

修学院も行ってみたいし桂も再訪したいのですが、そんな訳でなかなか踏み切れずにいます。

第二弾 不肖、「3D京都」が非公開エリアの飛香舎をご案内します。

引き続き、第二弾として御所の非公開エリアの飛香舎(ひぎょうしゃ)をご案内します。後宮を中心とした俯瞰図。ここも、建築仕様は文献、一部平面図、妻側からの立面図、限られた写真等を使って3Dに仕上げました。省いた建物、わからない部分は想定復元と不正確な面も多々ありますが全体としての飛香舎の雰囲気は醸し出しておるのではと思っています。再掲ですが、飛香舎の位置を確認します。赤く囲ったところが後宮で北、奥にある...

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NoTitle * by 梅村京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

>年末まで京博で飛香舎(藤壺)の調度 の展示がされております。

そうなんですか、情報ありがとうございます。
先週、京都へ行ってきたばかりです。公家屋敷で調べたいことがありまして。丁度、時代祭りがあったんです。知らなかった・・・情報に疎い自分です。

 >つきづきしい、
おぉ、雅な言葉ですね。これも意味知らなかった。教えて頂いてありがとうございます。

NoTitle * by 梅村京一朗
はむこたん様 コメントありがとうございます。

そうですよ、>若紫を、源氏の君が見初めるシーンに繋がる前あたりでしょうか。ハイ。

でも、流石に盗み見する光源氏が登場したら、頑張って作った飛香舎の3Dが台無しですよ! 笑。

藤壺 * by 五反田猫
藤壺の雰囲気が良いですね、年末まで京博で飛香舎(藤壺)の調度 の展示がされております。 つきづきしい記事を有難うございました。

NoTitle * by はむこたん
『犬君が雀の子を逃がしたの』と言う若紫を、源氏の君が見初めるシーンに繋がる前あたりでしょうか。

細かく再現された3Dと一緒に、源氏物語のお話にもトリップできて、楽しませていただいています!

NoTitle * by 梅村京一朗
大原様 コメントありがとうございます。
そうでしたか、めでたいことですね。
来年の御大礼にも記念公開されるかもですね。

恩赦もあるようですし、新しい帝の下、日本が平安であるよう願っています。

NoTitle * by 大原かずのり
9年前の、御即位20年記念京都御所特別公開で入れたんですね。なので平成最後の特別公開!というのを待ってるんですがw
それとも新しく即位された記念に公開!とか。

もし公開されたら、梅村さんの素晴らしい投稿に大期待です^^

NoTitle * by 梅村京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

御所の後宮が一般公開されるときがあるんですね。知らなかった。次回はいつあるんでしょう? 一応、私もアンテナ張ってますが、大原さんの方が早耳そうだから、そのときは教えてくださいね 笑。

NoTitle * by 大原かずのり
後宮エリアは数年前の公開で訪問しましたが・・・・それほど記憶に残ってないです^^;
この投稿を見てから訪問たかったですね!
黒漆塗に赤漆塗飾金具をつけた蔀戸が好きですw

京都御所3D現場顛末記 対屋編 その三(3DCG)

何か急に蒸し暑くなりましたね。眠っていたエアコンをつけました。さて、顛末記も、その(三)として3Dに仕上げた東西の対ノ屋を掲載します。中の、明治天皇が住まわれた御局だけでも内部の三間作ろうかと思いましたが、列女伝の絵の内容もよくわからず今回はパス。また何れ作ろうとかと思ってます。折角の3Dだから外観だけの動画でもいいから作り込むのがその醍醐味?かと思うのですが今まで5個ほどしか作っていません。どうして...

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NoTitle * by 梅村京一朗
五反田猫様、
ふと思ったので書きます。

3Dで作ってみて思った一つに、紫宸殿前の南庭の狭さ!です。東西南北に100m満たさないです。これでは儀式の荘重さは演出できません。平安京の朝堂院など500mありましたからね。

寛政の復古内裏で朝廷も頑張ったけど、如何せん江戸期の限界かぁ・・・です。

NoTitle * by 梅村京一朗
五反田猫様コメントありがとうございます。3Dの対屋が実物とどれ程似ていたか? はわかりませんが、長~さだけは実感ですね。

皇后宮御常御殿も完成しましたが、その過程で飛香舎の資料も集めています。調べていくうちに「こここそ平安朝の雅なのだ」と思うほど、その全体構成にシビレテいます。

一つの独立した後宮のための儀式空間。そんな感じですね。

そうそう高御座の資料も集めています。なんか上手に作れたらいいなぁ、と思ってます。ご皇室に不敬になるのでは・・・と、ちょっと心配してますが、紫宸殿にはなくてならない玉座ですからね。

対屋 * by 五反田猫
対屋の3D有難うございます。
左右対称な点は御所らしいと思いますが、こういう長局の建物を見ると江戸期の建物なのだと思います。
平安・鎌倉ですと、建築技術はあっても、暖房の面でこれだけ大きな建物は、とにかく寒くて住めないと思います。
それが畳が出来て、暖房器具も増え、服飾も暖かくなって、大きな建物でも住めるようになったのだと想像しています。

こういう想像も、3Dの映像があってこそです。
文字ではなくて映像の力は凄いですね。

京都御所と江戸城を比べてみました。

あぁ・・・また台風ですね。私は愛知県在住ですが、もう台風はどっかへ去ったのかな?昨夜は今度の台風は風も強いと聞いていたので、自宅二階の窓も珍しくシャッターを閉めました。ところがです、何とシャッターの内側にアシナガバチの巣があった!!、もう、びっくり仰天、速攻で窓を閉めました。幸い、刺されませんでしたがシャッターは途中で止まったまま窓も開けることもできない。あぁ、息苦しいけど換気もできない。しかも寝...

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NoTitle * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。
”柳営”という言葉久し振りに聞きました。

仰る通りに幕府は室内での行事が多いですね。個人的にも記事に書いた覚えがありますが、文明開化でどんどん日本も洋風化されていきましたが、この室内の畳で自己完結するスタイルは欧米風には不向きですよね。ですから資産家などは応接用の洋室と生活の場としての和館を別々にしてましたよね。それが何を意味することなのか?実は現代の日本になっても、なんか歪に思えてなりません。先日も、法事でお昼をご馳走になったとき、お店の広間は畳の上に立ちの低いテーブルと椅子がありました。確かに座ると楽でいい。だったら、最初から土足でいいじゃん、とも思います。日本文化はいまだに漂流していると思います。確かな日本の未来の文化を生み出さなければ、と、つい生意気な愚痴が出てしまいます。同じ木造文化系でも中国は土足の生活。とくに清朝になってからは。韓国も李朝の官僚は机と椅子で仕事。王様の奥向きはオンドルだから床生活。そんな風に職住分離してました。でも、書物は日本も中国、韓国も横置きの積み上げでした。欧米は縦置きでした。なんで日本など東洋は積み上げ方式だったのか?それだと本を探すとき見つけにくいし、出すにも不便、何で日本は書画を床の間の掛け軸に押し込んでしまったのか?なんで、畳一間で生活できる代わり家具の少ない文化になったのか?すべてとは言いませんが畳の存在がかなり大きいと思います。そういう私もイグサの畳風スリッパを履いてます 苦笑。 一面の畳では源氏物語は生まれなかった。また、畳が部屋の座るとこだけに敷かれた平安時代、畳はカーペットであり家具だったと思います。日本の家具文化が一番輝いたのは平安時代だと思います。センスの良さは抜群です。やっぱり武士の時代が長すぎたか・・・・。でも、日本が明治維新で富国強兵を諮り西洋列強と肩を並べられるまでなったのも武士道精神の賜物。即ち賄賂や汚職が他の国と比べ圧倒的に少なかった。だから短時間で産業勃興できたと。だったら、武士文化のおかげ、という側面もあったし、実はその辺を上手く調合できたのは岩倉具視だったのではないか・・・とも思います。なんか、長文なコメントで申し訳ありません。記事にすればよかった 苦笑・・・。

NoTitle * by 五反田猫
御所と江戸城の比較、有難う御座いました。
なるほど、図面で見ないと判らない世界ですね。

表の部分は、御所の場合には南庭で、様々な行事を屋外でするので広いですね。 一方の柳営では、殆どの行事が室内ですから、構造の違いも良く判ります。
江戸城の大奥は、とてつもなく広いですね。それも、基本的に男子禁制ですから、これを女性主体で運営していたのが凄いです。 その他に、江戸城では世子などが済む西の丸にも、似たような規模のものがありました。
御所には、仙洞御所、女院御所がありましたが、これらの規模は比ぶべくもありません。  
これからも楽しみにしております。

NoTitle * by 京一朗
トルコの首都はアンカラでした。訂正します。

NoTitle * by 京一朗
AzTak様
コメントありがとうございます。
いつもブログの写真拝見してます。みなとても迫力のある写真で見ていて楽しいです。

江戸城の本丸も広いですが、紫禁城はもっと広いですね。72万5千㎡、22万坪もあって江戸城、御所の6~7倍もありますね。清朝が滅んでもよく残ったと思います。紫禁城のない北京を想像したらかなり寒いものになります。モスクワにはクレムリン、イスタンブールにはトプカピ。国の首都を象徴する建築群があるのと無いでは全然歴史の重みが違うと思います。江戸城も焼けず残っていれば・・・と残念です。前もNHKでやってましたが、いつでも史実通りに本丸御殿を再建する史料が揃ってるそうです。日本を訪れる海外の観光客が浅草の雷門だけでは物足りないと思います。再建すればきっと東京観光の目玉になると思います。

NoTitle * by AzTak
江戸城はそんなに広かったですかね。本丸跡に立つと、ここに往時のようにごちゃごちゃと建物が立ち並んでいたら、さぞかし狭苦しい空間だったんだろうなあと思います。
二条城は久しく行っていないので、どんな感想を持ったのか忘れてしまいました。

京都御所の六門と築地塀を作りました ①その前に

今回、京都御所の六門と築地塀を作りましたが、その前に、3Dで作る際に幾つか気づいたことや発見?というか実は後の祭り的ヘマや失敗の自己弁護用予防線として書きました。ですから、ここに書きました事を前提に、その②で、一気に3DCGを掲載しますのでどうか「また、やらかしたか」と思わず温かい眼でみていただけるとありがたいです 笑。さて、後の祭りの最大の案件からいきます。まず写真を見てください。御所の南に位置する正...

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方広寺大仏殿の丸瓦について

読者の方から、「方廣寺 大仏殿、と書かれた巨大な丸瓦を手に入れたが、本物でしょうか?当時の大仏殿の最大の丸瓦はどれぐらいだったと推測されるのでしょうか? 分かるようであれば、ご教授ください」との問い合わせコメントを頂きました。残念ながら方広寺の瓦の史料については持ち合わせていません。ご依頼に添えず申し訳ありません。ただ、手元に昭和55年に刊行された「東大寺金堂(大仏殿)修理工事報告書」がありまして、そ...

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京都盆地をリニューアルしました。

久し振り、京都盆地の3D地形の色直しをしました。これからもっと有効に活かそうと思いまして。あくまで、仮想空間ですけど、東西16キロ、南北20キロの範囲で実寸大で作ってあります。ですから建物を配置した場合でも、見た目の遠近感は出てくるとと思います。地形の凹凸はポリゴンが粗目なのであまり滑らかではありませんが、それでも前よりかは良くなっているかな。田園風景、それらを縁取る緑のテクスチャ(模様)は実はバングラ...

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YouTubeに古代出雲大社神殿をアップしました。

YouTubeに古代出雲大社神殿をアップしました。久し振りの動画ですが見てやってください。神代が終わって人間の時代になろうとした上古、神殿の高さは32丈、96mもあったと伝わっていますが、その姿形はわかっておりません。幻の神殿なのです。ピラミッドのパクリと思われるかもしれませんが、そうではありません。古代文明の黎明期にとって、そのピラミッドは神と人を繋ぐ共通の装置だったのです。エジプトのピラミッド、メソポタ...

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古代出雲大社神殿を復元してみた その弐

寒いですね!北海道では玉突き事故で100台もの車が立ち往生したとか。たまに観光に訪れる分には素晴らしい北の大地ですが、現地の方にはたいへんな苦労ですね。怪我された方は少しでも早く快方されるよう陰ながらお祈り申し上げます。昨年、自宅に植えたイロハモミジの紅葉を心待ちにしていましたが、いざ晩秋を迎え色づいて真っ赤に染まったのですが、どこか「京都のモミジ」とは違う。そう、鮮やかさがなく少しくすんだ感じ・・...

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NoTitle * by -
taka様
大晦日前日のお忙しいなかコメント頂きありがとうございます。
言い忘れましたが、板ガラスの来歴についてヨーロッパ、イスラム、中国、日本のそれぞれの角度から深い洞察をされ私も勉強になりました。とくにイスラムの月信仰について「なるほどなぁ」と唸ってしまいました。

こちらこそ大変お世話になりました。
来年もどうかよろしくお願い申し上げます。
taka様もご多幸ご健勝でありますように。

出雲神殿のほうですけど、動画の準備をしています。例によってというか熊野大社のヤタガラスがご案内する予定です 笑。
では。

素晴らしい復元ですね * by taka
まるで当時にタイムスリップしたかのようです。

年末を飾るに相応しいものだと思います。年末も結局騒動の連続でしたが、来年は是非良い年になってもらいたいですね。

本年も大変お世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

ブログ主様にとって来年が良い年であられますように。

それでは良いお年を

NoTitle * by -
レインボー様 
コメントありがとうございます。
虹は忘れたころにやってくる。
後、僅かで平成29年も終わりますね。
コメントのご縁でレインボー様も
さらに来年が良き年でありますように。

かなり奇天烈な神殿になってしまいましたが
お褒めを頂き嬉しい限りです。
遅筆ではありますが、コツコツとブログを重ねていきますので、また折をみてのぞいてくださいね。

鉄が主役だった * by レインボー
>では、なぜそんな強い勢力を持つ出雲が大和政権に国を譲ったのか?
 一つには出雲が多量の銅剣を抱えたころ、大和の方は銅剣を飛び越えて鉄剣にシフトしていた。鉄と銅の戦いならば鉄剣の方が圧倒的に強く結果、出雲は負けたのではと思ってます。

〇記事と立派な3D神殿図、拝見しました。
 出雲神殿、巨大ですね。感動しました。
 そして、鉄と銅の戦いがあったこと、やはり、鉄が主役だったのですね。参考になります。
 草々

古代出雲大社神殿を復元してみた その壱

前回、出雲の旅の縁もあって中古(平安時代)に高さ16丈(48m)にも達する高層の神殿が存在したことを裏付ける巨大な柱穴と柱の痕跡が発見され、俄に現実性を帯びたことから大林組が初めてその神殿を復元、ブログにも復元したイラスト図を紹介しました。(クリックすると拡大します)大林組の高さ16丈(48m)のCG復元図宇豆柱として大社境内に復元されている宇豆柱。発掘された宇豆柱(古代出雲歴史博物館)実際に大林組の復元図にも...

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松雪彩花 * by 舞川あや
藤岡静香

出雲大社 * by 出雲大社
出雲大社

管理人のみ閲覧できます * by -

桃林荘と板ガラス

私事ですみませんが、つい先週、東京の明治神宮で娘の結婚式がありました。ここは、灯篭を撮ろうと構えていたら、盗撮犯?と間違えられ、その女性(中年)から無理やりカメラの写真をチェックされるという目に合わされた地。また、何かあったら大変と、「もう明治神宮も見納めだなぁ」と思ってた矢先、何と娘からここで挙式を挙げると言ってきた。「ここで式を挙げると拝殿周囲を何回も花嫁行列するので写真パチパチ撮られて早い話、...

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NoTitle * by -
AzTak様
コメントありがとうございます。

娘に祝福を頂きありがとうございます。

AzTakさんは教会で和服で挙式をあげられた、とはホント珍しいですね。戦前からの信者さんの家系ですかね。私はキリスト教でもカトリックが好きですね。先の大戦でもチベットとならび日本を支持してくれました。プロテスタントは何か味気ない感じです。文化的にもですね。

ブログ拝見しました。
迫力ある写真で素晴らしいですね。ご自身の写真も堂々と掲載されている。怖いものなしですね 笑。

お互いですけど、ブログ頑張ってください。

今後ともよろしくお願いします。

NoTitle * by AzTak
お嬢様の結婚おめでとうございます。
私たち夫婦はカトリック教会で二人とも和服で式を挙げました。教会での和服での式は非常に珍しいことだったようで、かなり注目されました。嬉し恥ずかし状態でした。
明治神宮での挙式も似たような感じがあったことだろうと思います。それもあとになれば、懐かしい思い出に転化していくのではないでしょうか?

PS.神社本庁と共産党本部も至近距離にあります。

NoTitle * by -
takaさん誤りを指摘頂きありがとうございます。ゴシック建築でしたね。ゴシックと書いたつもりがバロックになっていたとは・・・歳だなぁ・・・。

ガラスの記事について * by taka
私の好きな 明治天皇様 の歌が紹介されていてとても喜ばしいです。自分はあと一つ
目に見えぬ かみの心に 通ふこそ  ひとの心の まことなりけれ
という歌も好きですね。明治天皇様 の御歌は深遠にして雄大、スケールが非常に大きくまた深い歌が多いので『古今和歌集』や『勅撰和歌集』よりも好きです。

続けてコメントを差し上げるのはどうかと思ったのですが、気になった点があったので。

板ガラスの話題についてなのですが、12~14世紀だとバロックではなく中世のゴシック様式の建築です。ステンドグラスに関してはサン・ドニ大聖堂やルーアンのジャンヌダルク教会等が有名ですね。ローマにはあまりステンドグラスで誇れるものは無いように思えます。

日本中国でガラス文化が反映しなかった謎を改めて考えた事はありませんから、そこに気付かされるというのは良い経験になりましたね(苦笑)

これは個人的な感想なんですが、当時のヨーロッパ、特に地中海文化から北の海の文化に変わった中世では、気候風土に加えて『聖書』の後押しもあって太陽の光を欲していたんだと思います。『新約聖書』ヨハネの「神は光である」やマタイの「あなたがたは世の光である。」という一文に、当時の寒冷気味の気候でそうなったのでしょう。

反対にイスラム圏では太陽や光は地獄だったでしょう。だから暦も純粋な太陰暦ですし、月をあがめてるというのもそこなのかも知れません。だからガラスは発達しなかった。

以上は一神教文化圏の事情ですが、中国は非常に複雑な国です。孔子自身『論語』でも占い等スピリチュアルな部分というのは「50歳になって学べばよい」という位に軽んじていて、あくまで人間の行動に重きを置いている文化という一面があります。道教等もあくまで人間の修行です。

その反面、暦というものに異常な労力を裂いていて、日食の時期を外すと最悪凌遅の刑に処される程太陽が隠れるという事に恐れを抱いていました。ただだからと言って、太陽を崇めるという事もしてないように思えます。中国の歴代の暦も科学というのに相応しいですから尊崇の念というものが根本的に無いのでしょうし、個人的にどうしても光を欲していたという感覚もないのでしょう。

日本は太陽神が最高神である事は言うまでもありませんが、多神教で自然その物に感謝の意を示して尊崇をあらわす古き良き文化です。ですので元来が恐らくあるがままを受け入れる、無理をして光を取り込まなくても良いという感覚だったのでは?

以上あくまで、個人的な感想です(汗)

最後にそれほど神社界に詳しいというわけではありません。例えば靖国神社の場合、昨今徳川宮司の発言で騒がれてますが、それ以前にハングル文字で「独島は我が領土」という絵馬の存在を指摘しても放置している事や、日本の国旗が MADE IN CHINA である事等、英霊を冒涜している行為を平気でおこなっている事に腹を据えかねてるってだけです(苦笑)

NoTitle * by -
takaさんご無沙汰しております。
娘へお祝いの詞を頂きありがとうございます。
私は先に結論を言って明確な起承転結の文章を書けばいいのですが、いつも思うまま話があちこち飛んでまとまりません。直さなければと思うのですが、なかなか癖は直りません。すると短歌なら31文字の定型ですから、これほど明瞭な起承転結はないのではないかと、また都合のいい解釈をする訳ですが、考えてみれば、短歌こそ詞の凝縮ですから、言葉を選んでいたら朝を迎えかねない・・と、取り留めもないことを呟いています。

takaさんは神社界のこと詳しそうですね。また耳よりな話あったら聞かせてください。

おめでとうございます!! * by taka
娘さんがご結婚なされたという事で、大変めでたいですね。察するに年齢的には非常に近しいんでしょうかね。

それと、神社本庁・靖国神社・そして件の宮司や、江東区民の氏子に対して言いたい事は山ほどありますし、特に今の靖国神社や件の宮司・江東区民の氏子にはどれだけの罵詈雑言を言っても言い足りない部分がありますが、流石にめでたい話題の中にこの話題を入れるというのはよくありませんね。

主さんも、何より娘さんの結婚の話題なんですから気をつけてください(苦笑)

これからも末永くお幸せになってください、と心よりお祈り申し上げます。

古代出雲大社本殿を想像してみた。

夏に山陰地方を旅し出雲大社にも参拝しました。本殿は神社建築としては全国でも最大規模を誇ります。(以下、写真をクリックすると拡大します)近年、その大社境内からスギの大木3本を鉄の輪で一組にした棟持柱(宇豆柱)が3本発見されました。宇豆柱(古代出雲歴史博物館から引用)。直径が最大で約6mもある柱穴には、大きな石がぎっしりと積み込まれ、世界にも例のない掘立柱の地下構造も明らかになりました。柱の配置や構造は、出雲...

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どうも仏塔の比較図が人気あるらしい。

今月に入っての2日の日曜日あたりから当ブログのアクセス数が急に増えてきました。多い時には一日で230PVほどのアクセスがありました。このアクセス数は同じ人が一日何度でもアクセスしても、あくまで一日/一回しかカウントされません。ブログ右カラム下にあるfc2カウンターですけど、時差等の関係もありますが、実質のアクセス数は同Fc2カウンター数よりも1.4~1.8程多いですね。ですから今週は日に200人以上の方が来訪され...

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「京都御所」というシームレスな存在

今日は京都御所について書いてみたいと思います。最近の報道によると、京都御所の一般公開を通年化する。また桂離宮や修学院離宮についても検討中とのこと。すでに京都迎賓館は決まったようですね。何というか喜ばしいですね。いままで京都へ行っても、その中心である御所を参観できるのが、年に二回のみでしたからね。ただ観光客が増えるからその分防犯とか大事になってきますね。さて、今回の記事「京都御所というシームレスな存...

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