3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 >  ★テーマ別

日本文化・美術を研究されているラウラ・サバットリィ(イタリア)さんが新刊書を出版されました。

更新が滞り申し訳ありません。さて、今回は、イタリア・ミラノの大学で日本語を教えてみえるラウラ・サバットリィ(Laura  Sabattoli)さんが日本の文化・美術について英語で書かれた本を出版されたので紹介させて頂きます。本の題名は「My Japan: A Collection of Short Stories on Japanese Culture: With Readings in Japanese and Writing Exercises - From Elementary to Intermediate Level (English dition)」。日本語訳は、...

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なぜ、前方後円墳でなければならなかったのか? 仁徳天皇陵をめぐる3D的考察 後編

さて後編では具体的に前方後円墳について考察(かなりな言い回し)してみたいと思います。まず、世界の陵墓と比べてみて唯一日本にしかない特異な形をしています(一部、朝鮮半島の南部に見られますが、そこは日本の影響下)。その特異性を物語る文系的指摘が「前方後円墳はどちらが正面かわからない」ということです。これは今だにハッキリしていません。古墳の一番重要な部分は大王の埋葬された円墳です。普通、そこが墳墓の中心・前...

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レインボー様
コメントありがとうございます。
拙い3Dですが褒めて頂きとても嬉しいです。遥かな古代に思いを馳せ作ってみました。
引用して頂ける由、ありがとうございます。
多少なりともレインボーさんの大仙陵古墳の論説に色を添えるようでしたら有難いですね。

大仙陵古墳の3DCG画像、素晴らしい * by レインボー
>以上、3DCG画像を並べてみました。

〇大仙陵古墳の3DCG画像
 拝見しました。素晴らしい出来具合に感動です。
 そして、特に古墳を囲む石壁ですが、朝鮮半島にあるツングース系の墳墓そのものの印象を受けました。
 関連し、後に引用させていただきます。
 草々
 

なぜ、前方後円墳でなければならなかったのか? 仁徳天皇陵をめぐる3D的考察 前編

前方後円墳には周濠がよく似合っていると思う。前方後円墳は水濠があることを前提とした姿形をしている。だから美しい。古代、設計した人は水濠を防御性、あるいは灌漑機能だけでなく古墳を神域として荘重に美しく見せるためには周濠が不可欠と認識していたに違いない、と、3Dで仁徳天皇陵を創りながら想像を巡らしました。大阪平野の仁徳天皇陵(大仙陵古墳)を始めとした45基からなる百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産に登録された...

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レインボー様コメントありがとうございます。
古代史のエキスパートのレインボーさんからコメント頂くとは冷や汗ものです 笑。
小生のブログでは3D制作がメインで、それに解説を添えたもので適当な部分もあるかもです。
>朝鮮半島系のツングース系大王の陵墓ではない>かと観ています
ツングース系とは思いもつきませんでした。天皇家のルーツも天孫系なので渡来民族の一派だと思いますが何処から来たものか判然としません。ひょっとして本家が戻ってきた?などということもあるかもしれないと個人的に思ってます。仁徳陵の円墳と方墳の間を”馬の背”と表現しましたが、古墳を側面から眺めていたら、何やら馬の頭と背とお尻に見えてきました 笑。また、大仙陵古墳の記事書かれましたら教えてください。

大山陵古墳はツングース系大王の陵墓では! * by レインボー
たいへん興味深い記事でした。

大仙陵古墳は拙ブログでも検討予定ですので、見ていただければ幸いです。

拙ブログでは、大山陵古墳は朝鮮半島系のツングース系大王の陵墓ではないかと観ています。

その結果、王墓名がが分からないように闇に葬られたのではないかと観ています。
草々

ショートコラム 家康殿ありがとう

つい先日の12~13日にかけて拙ブログのアクセス数が二日連続で650を数えました。普段は日当り200~400の間、たまに500越え、というのが通常のパターンなのですが、連続600は初めて。「えっ?何があったの」と鳩に豆鉄砲をくらった気分になりました。何が原因か?記事の人気ランキングを見るといきなり「飛雲閣は聚楽第の何処に存在したのだろう? 後編」がトップに出ています。そこで、察しのいい?小生は「ははぁん、そういうこ...

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五反田猫様
コメントありがとうございます。

五反田猫さんが言われるように「権威があるものには、実力を与えない」という家康の統治方法は、明治以後、戦後になっても、「キャリア官僚は実務権限はあっても報酬はほどほど」という風に現在まで続いていると思います。逆に退官して天下りからが”役得”という面があると思います。
昨日?でしたか、検察庁法改正案が著名人も交えてハッシュタグ”#検察庁法改正案に抗議します”がツィッター上で拡散され、法案の採決は見送りになりました。これも何となく検察権力にあまり力を持たせたくない、という原理がどこからか湧いたのかもしれません。安倍内閣もあっさりと引き下げました。
でもこれって一般国家公務員の65歳定年と抱き合わせですから公務員の方からすれば面白くないと思いますがどうなんでしょう?
今一、背景がよくわかりません。

いつもありがとうございます。 * by 五反田猫
京一朗さん

遅ればせながら「ビジュアル 日本の住まいの歴史 ① 古代」での資料掲載、おめでとうございます。
専門家が認めているというのは、客観的に見ても、価値があるコンテンツの証ですね。

京都新城の話も有難うございます。
何と「高臺院殿」が、そうだったのですか。
よく見ると、西に門がある点(道路付きの制限か?)なのと、南西の隅に町屋があるのが面白いですね。
流石の太閤も退けと言えなかったのか? 初期の御所もそうですが、結構 旧来の町屋の制限を受けています。
マルクス史観の人は信じませんが、当時でも個人の土地の権利というのは尊重されていたのではと想像しています。

>貴種ヒエラルキーの利用
この辺りのバランス感覚が凄いですね。
何よりも、権威があるものには、実力を与えないという原則もあります。 だから高家も公家も、中級から小旗本程度の禄高しかありません。これは政治的権力のある譜代大名も同じで石高は低い、 10万石を越える、国持ち大名などには、絶対に権威や権力も与えない。このバランス感覚が凄いと思います。

新刊書「ビジュアル 日本の住まいの歴史 ① 古代」の紹介です。

もう明後日には五月です。照葉樹林の若葉が眩しい季節、その様は私には「緑の紅葉」と思えてなりません。さて、本日はご本の紹介をさせて頂きます。㈱ゆまに書房さんから刊行されました「ビジュアル 日本の住まいの歴史 ① 古代」です。著者は家具道具室内史学会、監修が小泉和子氏、執筆者は同小泉氏と川本重雄氏、木下真理氏の御三方です。何故、本書を紹介しましたかと言いますと何の事はない、私自身の描いたイラストが掲載さ...

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お知らせ 京都のお寺さんの復元想定図(3DCG)を制作することになりました。

皆さんご承知の通り新型コロナウイルスの感染拡大に伴い政府より「緊急事態宣言」が発令されました。不要不急の外出は避け、会社や店舗も在宅勤務や一部休業になるなど、社会に様々な影響が出てきています。安倍総理は「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができる」と言われています。大阪の四天王寺も閉鎖しますが、何と聖徳太子...

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No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様 コメントありがとうございます。sazanamijiroさんの方こそ精力的に日本の古代について情報発信されていて頭が下がります。以前、「そのうち出版社から声がかかりますよ」と小生の方からsazanamijiroさんにコメントしたことがありますが、ホント素晴らしい内容です。

お互いに分野は少し違いますが、地道に続けて行きましょう。結果は後からついてきますよ。

sazanamijiroさんから、
>何よりです。嬉しいです。
と頂いたコメントが私はなによりウレシイです。ありがとうございます。

コロナで大変ですが一日も早く終息するよう願っています。sazanamijiroさんも体調には気を付けてください。

No Subject * by sazanamijiro
京一郎様
 ご活躍、何よりです。嬉しいです。
以前、京一郎様からご紹介いただきました「出雲大社」を夫と共に拝見した時に「すごい才能の方がいらっしゃるね。いつかきっと…!」と話しておりました。ある方とのご縁も大事にされ、お体にも気をつけられ、お仕事が無事終わられることをお祈りいたします。
 このような時代ですが、みんなで乗り越えていきたいですね。明るい「お知らせ」ありがとうございます。      さざなみのおばさん
 

No Subject * by 京一朗
五反田猫様
いつもコメントありがとうございます。
五反田さんの励ましにはいつも感謝しております。こうしてブログを続けて来られたのも五反田さんからの早期のコメントがいかに継続に繋がったか、今更ながら感謝に堪えないです。ありがとうございます。
五反田猫様の言われる通り、日本も昔から様々な疫病、結核、飢餓、天災と見舞われ多くの人が苦しみ亡くなってきました。しかし、それにもめげず困難を乗り越えて今の日本に繋げてきました。ご先祖様に感謝しつつ、御恩に報いる為にも、今回の武漢ウイルスに打ち勝たなければならないと思っています。

ついにお仕事に * by 五反田猫
京一朗さん
ついに、お寺さんからお仕事頂いたのですね。 素晴らしい。
やはり判る人には、よさが判るのでしょうね。
コロナで世間は大変ですが、歴史を振り返れば、戦前までは結核は不治の病、一次大戦後の「スペイン風邪」、幕末のコレラ、室町期の疫病で、平癒を祈念した祇園祭りなど、ご先祖様たちも、乗り換えてきました。 私達もぜひ乗り換えて行きたいと思っております。

ショート3D 古代出雲大社神殿をTwinmotionで想像してみました。

Twinmotionが気に入ったので以前3Dで作った古代出雲大社神殿を再掲、新しくレンダリングし直してアップします。最初の記事も良かったら読んでみてください。 古代出雲大社神殿を復元してみた その壱前回、出雲の旅の縁もあって中古(平安時代)に高さ16丈(48m)にも達する高層の神殿が存在したことを裏付ける巨大な柱穴と柱の痕跡が発見され、俄に現実性を帯びたことから大林組が初めてその神殿を復元、ブログにも復元したイ...

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京都御所の御殿へ上がってみようシリーズ Vol.2 Twinmotionでレンダリングしてみた。

今回は普段スケッチアップで作っている3Dモデルをレンダリング専用のソフト・Twinmotionを使って3Dをより質感のあるリアスティックな表現ができるようチャレンジしてみました。ブログの読者の方からの紹介です。Twinmotion前々からもっとリアルな表現で3DCG・動画にエクスポートしてみたいと思っていたのですが、重い腰が中々動かず、今回、読者の方から背中を押される感じで習い始めた次第です。モデル作りはスケッチアッ...

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Hakka様
コメントありがとうございます。
雰囲気作りですけど、ソフトの機能をいろいろ視ながら試しています。そのなかで機械的に光陰を出すのではなく、世界各地の気候や太陽、季節の推移や変化を表現する機能がありまして、日本でありながらイギリスの季節に合わせる形で表現してみると、日本であって日本でないような、ハーフ的世界が広がります。この感覚を日本建築にミックスしたら面白いかなと思っています。

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五反田猫様
コメントありがとうございます。
多少なりとも御所の3Dが小春日和に感じられた、と、言われると何か気持ちもホカホカします。御拝道廊下の畳の縁ですが、帝が通られる御拝道廊下の方は、紅絹縁(もみべり)です。隣の非蔵人廊下は蘇芳縁(すおうべり)となっています。蘇芳縁は地味ですが、御所らしい地味さでいいですね。


No Subject * by Hakka
こんばんは。

最後から2・3枚目あたり、ぱっと見、写真かと思いました笑。光と影が入ると、雰囲気だけでなく立体感や遠近感も増しますね。というか、立体感と遠近感が増すから、雰囲気が出るのか…笑

拝見している側としても、今後の3Dがさらに楽しみになります。

御拝道廊下 * by 五反田猫
光と陰が入ると、ぐっと感じが良くなりますね。
低い位置からの陽が、小春日和の夕方のような雰囲気

ところで御拝道廊下の畳の縁、見たはずなのに覚えていません。高麗縁でも無いようで、何なのでしょう。

京都御所の御殿へ上がってみようシリーズ Vol.1 大反省会

新型コロナウイルス、感染が続いています。なかなか終息しないですね。早く収まって皆が普段通りの生活に戻れるといいなぁ、と切に願います。さて、暫く間が空きましたが御所の記事をアップしたいと思います。今回は「京都御所の御殿へ上がってみよう」シリーズとして、3Dで作った御所の御殿に上がって”御殿から御殿、廊下から廊下”へと巡ってみたいと思います。続き物で何回かに分けてアップする予定です。京都御所と言えば今は通...

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YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.4-部屋紹介-後宮編」をアップしました。

ご案内の通り「京都御所3D案内 Vol.4-部屋紹介-後宮編」をYouTubeにアップしました。視て頂けたら嬉しいです。でも、書きながらやっぱり気になるのは新型コロナウイルスの感染の広がりです。世界に感染が広がっているし国内でも全国の公立小中学校が休校に入ります。北海道は非常事態宣言を出しています。今はもう感染を防ぐ水際作戦は失敗し、いかに市中感染、クラスター(集団)感染を抑え日本全体にパンデミック状態を引き起こさ...

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五反田猫様
丁寧な解説ありがとうございます。
丁寧過ぎて余計混乱してしまいました すみません冗談です 笑。
一つ自分なりに感じるのは、
例えば、京都御所の記事で天皇陛下に触れるときは、いつも帝、と書きます。天皇と書くと何となく御所に合わないというか馴染めない・・・自然と帝になってしまうのです。やっぱり御所が雅だからそうなるのかな、とも思ってます。

光格天皇様は傍系の宮家出身なので、逆に天皇の権威を高めようと努められた御方です。今の御所があるのもこの方の御蔭かと思います。

それにしても太上天皇号はホント、不思議と使われましたね。その辺も何でだろう? とつい思ってしまいます。

称号 * by 五反田猫
京一朗さん
称号の問題は難しいですよね、私も専門ではありませんがご参考まで。
今では当たり前の「天皇」「皇后」という名称。
天皇という称号は村上天皇以来900年近く絶え(後醍醐天皇、安徳天皇という例外を除く)、光格天皇で復活しました。
ですからそれ以前の江戸時代の天皇の称号は「**院」です。以後、仁孝天皇・孝明天皇の2代にも諡号
面倒くさいのは、「上皇」にあたる「太上天皇」
これは天皇号が絶えていた時期にも、太上天皇号は変わらず用いられていたので、ご存命で隠居された場合には「太上天皇」(略号は上皇)
ですから江戸期の上皇は、108後水尾上皇、109明正上皇、111後西上皇、112霊元上皇、113東山上皇、114中御門上皇、115桜町上皇、117後桜町上皇、119光格上皇となります。

皇后は、江戸時代にはおられず、正室にあたる最上位が「中宮」で、皇后は明治になり復活しました。

「准后」は、もっと面倒で、女性に限りません。
太皇太后・皇太后・皇后の三后(三宮)に准じた処遇を与えられた者という地位の称号です。
男性の場合には、臣下でも摂関を経て隠居後に准后になる場合があります。(名誉会長のようなものでしょうか?)
江戸期でも、摂家出身の男性の准后がおります。
皇族で帝位につかないが、生母や父などで准后になる場合もあります。
江戸時代では皇族女子(内親王)が准后になります。院(天皇)の御生母などは、後に格上の皇太后、女院になる場合もあります。
そして京一郎さんがお書きになった後宮出身
中宮には皇族以外でもなりますので、中宮でも御生母の場合は女院になる場合もありました。
女院になると「**門院」という院号がつき、女院御所に入られます。
以上ご参考まで

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五反田猫様
コメントありがとうございます。
五反田猫さんも武漢ウィルス気を付けてくださいね。
皇后の件ですが、
私の中では、皇后、中宮、女御、更には准皇后と混乱している面があります。皇后=中宮、その下が女御、准皇后は追号とか・・・よくわかりません。安政度内裏を見ると後宮部分を切り離している指図が意外と多いです。後宮の方は准皇后御所として半ば皇太后の御所のような感覚がしてきます。独立状態ですね。調べたら幕末の孝明名天皇は九条凪子を妃とされ皇后にしようとしましたが、幕府に断られたとのこと。何なんでしょうね。普通、王&王妃で宮廷が成り立つと思うのですが、正室なのに皇后の地位が曖昧なのは、やはり幕府の影響でしょうか?

こういう時こそ * by 五反田猫
京一朗さん いつも興味深い記事を有難うございます。
こういう時期だからこそ、記事や動画を拝見するとホットします。
ちょっとだけ気になったのが「皇后」という記載です。
江戸時代は中宮のみで皇后はおりませんよね。(死後の送皇后を除く)
現代感覚だと天皇の配偶者は皇后なのですが、当時は中宮、女院というのが相応しい気がしました。

世情喧しい時期ですが、どうぞお元気にお過ごし下さい。

YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.3 部屋紹介 中半編」をアップしました。

NHKのBSプレミアムに自分の作品が出たので、一昨日「無事、放送されました」と記事書きましたが、何と本日16日、二日も置かずに新しい記事を更新しました。ここ最近は更新頻度がメッキリ減っていたので「アレ?自分こんなに豆だったかな?」と、首を傾げつつ書いてます。これもNHKに載って有頂天になったからだと「分り易い」自分です。動画編集が少し楽しくなってきたので、YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.3 部屋紹介...

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お知らせ NHK・BSプレミアム「偉人たちの健康診断」に3D京都のイラストが出ます。

告知が遅れましたが、タイトルの通り、明日、2月13日(木)の夜8時から放映されるNHK・BSプレミアム「偉人たちの健康診断」・平清盛 体から黒煙? 怪死の真相、に自分の描いたイラストが採用され出ることになりました。イラストは平清盛の本邸であった六波羅泉殿の寝殿内部を描いたアイソメ図(等角投影図)で、私たちが想像するより意外と小振りな寝殿でした。この寝殿で清盛は高熱に魘され亡くなったと言われています。その黒煙...

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五反田猫様
コメントありがとうございます。
やっぱりメディアに出ると嬉しいですね。励みになります。今回は、川本重雄先生の推薦があってNHKにでましたが、拙ブログでも「見ている方は見ているんだなぁ」とホント思いました。そうですね、継続は力なりですね。きっと定期的にチェックしてる方もみえると思いますが、ブログの更新頻度にムラがあるワガママな自分で申し訳ないです。色々と迷走するときもあるかと思いますが、コツコツ続けていきたいと思います。

ついにメジャーデビュー! * by 五反田猫
継続は力なり、見ている人は見ておりますね。
BS歴史番組は予算も限られているので、大道具を使うよりCGは有効なのでしょうね。 それも自分達で作るよりは、出来の良いものなら使おうというのも合理的とおもいます。
CGでも趣味のイラストの如きものを描く人は多いですが、資料をきっちりとあたり作る人は稀ですから、その辺りでお声がかかったのでしょうね。
BSは視れないので残念ですが、その内 地上波で放送してくれるのを待ってみます。

YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.2 部屋紹介 前半編」をアップしました。

皆さんこんにちは、久し振りの動画アップです。今回の「京都御所3D案内 Vol.2 部屋紹介 前半編」では、京都御所の建物にはどんな部屋があったのか? その名称と用途をご説明します。幕末当時は何百もの部屋(間)があったので一回では紹介しきれず、前半、中半、後半、の三回に分けYouTubeにアップロードする予定です。初回は紫宸殿廻りの表部分についてピックアップしています。果たして盛時、どれほどの部屋があったのか見当...

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広いようで狭い京都御所

新年1月ももう半ばになって記事の更新が大幅に遅れ申し訳ありません。3D動画も続編がまだ出来てない・・・続編では御所の各建物の部屋名や用途等について、またその後では御所の室内から見た風景など、すでに失われた建物をメインにウォークスルーしようかと思ってますが3Dの場合、ちょっと集中力が必要なので少し充電してからにします。有名ユーチューバーなど毎日のように動画をアップしていますが、実際、編集にかかる時間...

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No Subject * by -
五反田猫様 コメントありがとうございます。
>「二重虹梁」は、背高になったから採用したのか、
そうですね、よく見たら二重虹梁ですね。江戸時代初期に御所の紫宸殿が現在の仁和寺へ移築され金堂となっていますが、内部も二重虹梁になっているそうです。軒先の垂木も御所だけ(紫宸殿)三重になっていて一般では許されません。やっぱり御所の格式故、このような二重虹梁を持つ回廊になったのかな、と思います。

江戸時代、御所の北東が大きく欠けていましたが、当時の人はあまり気にしなかったのでしょうか?自分だったら落ち着いておれないです 笑。幕末の公家町の絵図を見ても北東、鬼門に
あたる部分は空地もあります。江戸時代、北向き、南向き等は気にしなかったけど、鬼門だけは気にしたみたいです。そもそも城下町の武家屋敷でも拝領屋敷ですから北も南もないですよね。今は建築基準法で隣地から最低50cm離れて建てないといけないですけど、それだと、かなり狭く北側がジメジメします。北向きが嫌われるようになったのは明治以後かもしれませんね。

ご明察 * by 五反田猫
いつも興味深い内容を有難うございます。

なるほど、ご指摘されてみれば、回廊に対して日華門、月華門は、何となく背高な感じです
構造は、切妻屋根に「二重虹梁」という古式な特殊構造。
「二重虹梁」は、背高になったから採用したのか、これを採用したから背高になったのか気になる点です(笑)
 承明門と建礼門の距離は、近いなぁと思っていましたが、これもご指摘で納得です。
周囲が町屋と大路に囲まれているから、敷地が足らないと周囲を変更できない。
そうなると、限られた範囲で、復古した建物を配置してゆく。
結局 南側にしわ寄せが出てしまったのでしょうか。 本来ならば、承明門と建礼門の間には、馬場か松原などを設けたかったでしょうが、これは諦めためたのでしょうね。
こうした制限の中で、よくぞまとめられたものです。

御所が長方形になったのは、慶應になってからなのですね。
確かに、それ以前の絵図をみると、東北が欠けておりました。私達は、現在の御所しか知らないので、どうしても長方形だと思い込んでしまいますが、そうでなかった期間の方が長いのですね。

重ねて貴重な指摘と情報に感謝いたします。

令和元年ももう残すところ僅か・・・近況等

5月に改元され令和元年も後少しですね。しばらく記事を書かずにいました。何をしていたかと申しますと始めた事業に関わっていました。二つの事業から成るものですが、一方のものはすでにほぼ順調に稼働しています。問題なのは残る一つで、この方は今、話が当初計画より膨らんでいて見直しを検討している所です。どんな事業? と気になる方もおられるかもしれませんが、現段階では片肺飛行なので控えさせて頂きます。つい先日、飲...

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No Subject * by -
五反田猫様
お礼の返信遅れてすみません。
今年も宜しくお願い致します。事業の見通しについて甘く考えてました・・・。準備等で落ち着くまで暫くかかりそうです。

新たな道 * by 五反田猫
京一朗さん

新年おめでとうございます、良い一年を祈念いたします。

更新が無かったので、案じておりましたが、新たな出発をご予定でお忙しいのですね。 安心しました。

素敵なカフェです、こうして3Dになると判りやすいですね。
融資の説明、建築確認用?、従業員の教育など、色々に使えそうで、イメージと伝わりやすいです。

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Hakka様 コメントありがとうございます。ご無沙汰しております。
自分も元々本が好きなので文章から想像力を働かせるのが好きです。YouTubeでは時々思わぬ動画が飛び込んできますね。AIが勝手におススメしてくれるんですかね?最近だとインディアンダンス。本場のインドでなく、何とロシアのカレリア共和国のダンスグループが登場してきました。切れ味いい踊りしていてお気に入り、チャンネル登録しました。Indian Dance Group MAYURI といいます。良かったらHakkaさんも見てみてください。

京都御所の動画続編もまだなので作ろうと思ってます。年越えてしまいますけど。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

YouTubeは音楽関係の動画しか観ないのですが、先日知人にブログを書いているという話をしたら、「YouTubeもやりなよ」と言われました。私の場合、映像での表現はかなりハードルが高いため、当面はブログ一本で行こうと思っています。むしろ、最近はもう1つブログを立ち上げたいと思っているくらいです。実現するかは微妙ですが…笑

3D京都さんや他の方のブログを拝見しても思うことですが、自分の興味のある事柄を調べたり勉強したりするとき、やはり読み物であるブログが最も適したメディアである気がします。決してYouTubeを否定するつもりはありませんが、そこに関しては、これからも変わらないのかな、という気がしています。

ログハウスの設計、楽しそうですね。また御所や京都の方の記事も、楽しみにしています。

近況

こんにちは、しばらくブログの更新を怠っています。今月に入って、今、手掛けております事業の方が本稼働に伴う調整に手間取り、時間を取られております。10月半ば頃には落ち着き平常運転に戻ります。それ以降はブログを書く時間も余裕も出てきます。前にも書きました一日2時間の仕事量で賄える生活設計です。自分など、おこがましい事ですが、中途半端な記事を書くのも気が引けて、ズルズル更新しないまま日が経ってしまいました...

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No Subject * by -
五反田猫様 コメントありがとうございます。
リンク情報拝見しました。高御座の模型が販売!されているとは夢にも思いませんでした。世間は広~いものですね。京都御所の精密なジオラマとかもるあるかもしれませんね。情報提供ありがとうございます。

高御座 * by 五反田猫
京一朗さん、こんにちは。
お忙しいようで、何よりです。

お暇な時にでも、こんなものがあってので紹介します。3Dデータではなくて、模型ですね。
かなり細かい作業になりそうです(笑)
https://www.tenyo.co.jp/toyhobby/catalog/onsale/t-me-009m.html

謎の人物X氏より新たなミッションを受け宮内庁書陵部公文書館へ行って参りました 後編

引き続き後編ですが、〇〇卿(メールではそう呼ばせて頂いておりますが、実際にお会いした時は言いませんよ 笑)と会食した際、公家の廣幡家の話が出ました。私の方から切り出したのですが、「廣幡家といえば公家でも摂家に続く家格の清家家の名門なのに本邸が御所から1キロ以上も離れていたのは何故ですかね?」。お公家さんの本邸の殆どは現在の京都御苑にあった公家町と御苑の西に接する烏丸通、同じく御苑の北に接する今出川通...

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No Subject * by -
澪標様 コメントありがとうございます。
第54回京の冬の旅のHP貼り付けて頂きありがとうございます。光照院の一番上に出てくる書院が桂宮邸の遺構ですかね。欄間が何となく桂宮邸風です。本堂も昭和天皇即位に使われた建物も何となく近代和風な感じですね。
>なぜ、二条城に移築した後も残り続けたのか、また他の現地に残った桂宮邸がどうなったか気になりませんか?

そうなんですか、残っていたんですね。朽ち果てるままにしていたのか?何か理由があるのですかね?その理由教えてください。隣の中山邸跡も明治天皇の産湯に使われた祐井が残ってると聞いてます。他にも遺構が残っているかもです。

No Subject * by 澪標
ご無沙汰しております。
三井家は新政府に色々と貢献していますから、移築したのは雑役を担う者たちが集う部屋では無いと思いますが、いくら貢献があったとはいえ商人ですから、天皇が使用するような部屋ではなく、高級女官が使った煌びやかな障壁画がある部屋ではないでしょうか?
話が変わりますが、第54回京の冬の旅で見学した光照院(旧常磐御所)に、大正時代に京都御所の近くにあった桂宮邸を移築した書院がありました。
係員に話を聞いてみると、二条城に桂宮邸を本丸御殿を移築した後も跡地にはいくつも建物が残っていたようで、その一部を寄付されて移築したようです。
ウィキィペディアによると、桂宮邸は1847年(弘化4年)に桂宮家が京都御所の北(今出川御門内)に建てた御殿の主要部を、1894年(明治27年)に明治天皇の意向により、二条城本丸に移築したものということですので、単純計算でも20年近く主要部以外は残置されていたみたいです。
なぜ、二条城に移築した後も残り続けたのか、また他の現地に残った桂宮邸がどうなったか気になりませんか?
https://ja.kyoto.travel/specialopening/winter/2019/special/public01.php?special_exhibition_id=35

No Subject * by 京一朗
澪標様 コメントありがとうございます。
ご無沙汰ですね。

リンク先拝見しました。
まさか福井県の小浜市に幕末の御所の遺構が移築されているとは思いませんでした。情報ありがとうございます。
最初に三井家が拝領した御殿は、10畳と7・5畳の2部屋ですね。御所のどこだろう?当ててみてください 笑。拝領ということですからそれなりに立派なものを頂いたと思います。
外観はかなり改築されていますが中はどうなっているか興味尽きないですね。

No Subject * by 澪標
以前は戦時中の京都御所における建物疎開に調べていただきありがとうございました。
今回、京都御所が明治時代に建物の払い下げを行なっていたという絵図をされていますが、三井家が10畳と7・5畳の計2部屋を拝領し、東京に移築していたのを小浜市に、三井家が小浜藩の両替商だったなどの縁で、調度品とともに市に寄贈されたという記事を見つけました。
下記にネットニュースのリンクを貼っておきます。
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/927310
ご興味がおありと思い、以前のお礼としてはささやかではございますが、お伝え致します。

謎の人物X氏より新たなミッションを受け宮内庁書陵部公文書館へ行って参りました 前編

先日、謎の人物X氏より新たなミッションを与えられ宮内庁書陵部公文書館へ行って参りました。謎の人物とは誰か? まったく分かりませんが今まで京都御所に関する文献・資料について「ここに、こんな資料がありますよ。一度調べられては?」とアドバイスを非公開経由のコメントで頂き、御所の3Dを制作する上でとても役立ちました。X氏がいなかったら3Dも途中で挫折していたと思います。同氏は御所に関して非常に詳しく並みの人...

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No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。
お公家さんも長い歴史で色々とありましたが仮に公家がいなくて武士ばっかりだったら、その分、戦国時代のように、国がもっと荒れたかもしれません。
時代劇は幕末や戦国時代物ばかり多くて、たまには公家さん主役の大河ドラマやってほしいですよ。信長や秀吉、家康と同時代に生きた近衛前久とか取り上げたら面白いと思うのですが。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様、
アップして頂いたPDF「戦時下建物疎開の執行目的と経過の変容」拝見しました。眼から鱗というか、全国的に建物疎開が行われていたことがわかりました。名古屋の栄の100m道路も疎開で家が除去されたから戦後出来た面があるみたいですね。
京都はちょっと油断していたんですね。大阪や神戸が空襲にあって慌てて京都も建物疎開したんですね。消防用道路とか確かに必要ですね。でも、この混乱のなかで御所も一部が解体されたのは残念です。戦争を何とか防げなかったのかと思います。今の北朝鮮を逆に見習ってノラリクラリな外交戦術もあってもよかったと思います。米大統領が共和党に変わるまで、じっと耐えるとか・・・。
為になる情報提供ありがとうございます。

女院御所は幕末時、上皇が不在だったのでなかったのではと思います。

昭和20年のどさくさ * by 五反田猫
京一朗さん

>御一新で真っ先に解体
>皇后御常御殿のある後宮エリア
そういえば、仙洞御所は残っているのに、女院御所が残っていないのも同様な理由でしょうか?
戻らないという意味に加え、文明開化で一夫一妻制の導入というのも理由かも、気になります。

昭和20年のどさくさは、戦中体験者の聞き取りでも、色々と聞いております。
東京では1943 年(昭和 18 年)12 月の閣議決定「都市疎開実施要綱」および翌年2月の「決戦非常措置要綱」に基づいて実施。記録を見ると5万五千戸とありますが、実際はもっと多かったように思えます。 それほど記録と実体がいいかげんなのですね。

京都の場合には、こちらに資料がありますが、東京、大阪の状況もみて、木造家屋は防火帯を作る事で急いで実施。 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/76/666/76_666_1509/_pdf

他の都市にも共通していますが、場所は決めたら町内会や挺身隊などボランティア組織が実行なので記録がないのだと思います。 公務員(軍人含む)や公共施設は、国民の範となるように進んで応じると言われたので先に進められたものも多かったようです。 御所の場合には、文化財ならば名古屋城のように記録が残りますが、皇室財産だったから却って記録が残っていないのかもしれません。なにしろ当時の天皇陛下は陸海軍元帥という軍人でもありましたので。



No Subject * by 大原かずのり
長きにわたり続いてきたものは、やはり魅力がありますよね。日本は天皇家はもちろんのこと、お公家さんも本当に歴史が長い。それだけに重みを感じます。

木造の例えはなるほどと。最近、尼崎城天守が再建されましたが、その陳腐なこと(苦笑) 木造再建の大洲城の足元にも及びません。

名古屋城天守木造再建に反対する人の心理、理解できませんね。お金の問題ではなく、長きに渡り育んだ、木造文化の問題ですよね。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

御所の建物疎開ですけど、ホント、解体した部材だけでも何処か倉庫に残していたら再建もできたのに・・・と残念です。

3Dで御所を作りながら一つ思ったことなのですが、御一新で、御所のどこから先に建物が消えていったといいますと、東西の対屋、そして皇后御常御殿のある後宮エリアだと思いました。
明治2年に明治天皇が東京へ奠都した際、もう戻る意味もないよう後宮部から壊したのか?あるいは、薩長の志士たちが、富国強兵のためには、女官に囲まれた御所は軟弱過ぎると思って一目散に解体したのか?なにか意味深な所があると思いました。

過去の記録 * by 五反田猫
いつも貴重な記録の紹介を有難うございます。
明治の御所払い下げの実体が良く判りますね。

>西洞院家 38円
当時は、城、武家屋敷、公家屋敷、寺(特に廃仏運動での堂宇)は、過去の遺物として積極的に取り払わられたようですね。
建物も、移築が目的ならば良い方で、酷いのは釘や金具など金属回収が目的の場合もあったようです。
西洞院家の屋敷は普通サイズですから、他も似た様なものだったのでしょうか。 値段が安いのは、もしかすると拝領屋敷だから政府に返納という意味があったかもしれませんが不明です。 御苑として整備され御所の建物が残っただけでも岩倉公に感謝です。

>昭和20年の建物疎開
この時点は、本当に混乱して記録が残っていませんね。 松本大本営への移転話もあり、敗戦後は資料も大量に焼かれましたね。
敗戦のドサクサで、物資の横流しもあったでしょうから、当時を知る人が居なくなると闇の中でしょうか。

それにしても、こうして資料調査の結果もまとめられ、 3Dで建物を復活されると、活き活きと見えてくるものがあります。


結月ゆかりちゃん登場!

皆さんこんにちは、今、京都御所の3D動画の第二弾を製作中です。YouTubeに動画をアップするのは久し振りなので、改めてYouTubeの3D動画系の作品を色々とチェックしてみました。で、思ったのは意外と再生数が少ないんですよね。たとえば地方自治体が作ったPR作品ではお城の復元とかが多いのですが再生数を見ると多くても5万、10万越えはあるのかな?というレベルです。作品は流石にプロが作ったものが主流なので素晴らしい出来...

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タクシー

タクシーと言えば映画のカーアクションやドラマのワンシーンとして出てきたりする。現実の社会では、タクシードライバーはひたすら運転席に座ってタクシー乗り場で客を待っている。今はガソリンスタンドもセルフが主になってきたけど少し前は店員たちが立って客が給油に寄るのを誘っていた。ドライバーが立ち話しているタクシーに乗車したいだろうか? 店員が椅子に座っているガソリンスタンドに寄りたいと思うだろうか? 少なく...

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No Subject * by 京一朗
形名さま コメントありがとうございます。
野兎を見つけた時はビックリしました。嬉しかったですね。
でも、兎系は走るの得意そうじゃないし、体はフワフワしていて柔らかいし、よく外で生きていけるなぁ、と思いますね。鷹なんかに襲われそうです。
何か、人間の知らない「火事場のバカ力」的な防御方法を身に着けているかもです。

No Subject * by 形名
こんにちは。
野うさぎは群馬県でも低地ではたまに見かけますね。森林や草深い場所は嫌うんだそうです。視界の利く草原を好むそうですが、きっと敵に襲われやすい為でしょうね。

YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.1 飛翔」をアップしました。

皆さんこんにちは。三日遅れの暑中お見舞い申し上げます。京都御所の動画第一弾がようやくできあがりましたのでアップします。御所にはどんなBGMがいいかなぁ、とか、いろいろ思案の末の労作?です 笑。今回は空からの俯瞰をメインにした動画です。動画の終盤の方にちょっとしたサプライズも揃えましたので少し期待してください。動画は取り敢えず3本ほど作る予定です。まだまだ動画編集に慣れていないのでお見苦しい所もある...

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管理人のみ閲覧できます * by -

No Subject * by 京一朗
sazanamijiro 様 コメントのお礼遅れて申し訳ありません。

>あまりの完成度に絶句!
>もはやこの映像自体が文化遺産ですね。
過分なお褒め、軽い自分はすぐ舞い上がって喜んでしまいました。すぐその気になって勘違いしてしまうタイプなんです。
でも、嬉しいです、励みになります。ありがとうございます。

まだまだ完成度も低く、所々、動画がカクカクと流れが悪くなったり修正点があります。直して行こうと思ってます。
過去の動画も画質が悪いです。YouTubeの解像度も良くなって、御所の動画も以前より鮮やかになりました。古い金閣や相国寺七重塔など、もう一回、新たな動画に置き換えたいなぁ、と思っています。YouTubeのチャンネルもなぜか複数になってしまいアップ動画も分散してしまいました。

今回整理し、チャンネルは”3Dkyoto”に統一し、動画も再アップし直しました(金閣は除く)。ですのでアクセス数もリセットされてしまいました。でも、今後、ここをプラットフォームに動画を充実させていきたいと思ってます。

>御所から見て夏至の夕日の方向にある愛宕山>の山影が、ちらっとでも登場すればさらなる>感涙です。
京都へ行ったとき、山々の写真撮ってますけど中々、クリアーな写真がとれません。いい背景写真ができたら愛宕山をバックに作ってみるのもいいなぁ、思いました。けど、京都盆地から愛宕山視えるんでしたっけ?、確認もしなければ。
では、暑い夏、お互い夏バテに気を付けましょうね。

No Subject * by sazanamijiro
あまりの完成度に絶句!
もはやこの映像自体が文化遺産ですね。
もしわがままが許されるなら、いつの日か、御所から見て夏至の夕日の方向にある愛宕山の山影が、ちらっとでも登場すればさらなる感涙です。
(右京区の田舎者なので)

No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

お褒めいただき恐縮です。励みになります。
動画何とか作りました。
YouTubeだったら何かあっても動画が残るかもしれません。少し要領がわかったので次も頑張ります。
大原さんも楽しい盆休みお過ごしください。

No Subject * by 大原かずのり
最初からこの完成度は、さすがです!ドローン気分を味わえました。

特にお気に入りが、承明門が開いてシシンデンに向かう場面です。承明門から眺めるシシンデンが、特に好きなんですよね。

連日の猛暑ですが、3D動画を見たら涼しくなれました(笑)
実に心地よい動画ですね(^^)

今、京都御所の3D動画を製作中です。

今朝、テレビを視ながら、そうだった今日6日は広島に原爆が落とされた日だった・・・、すっかり忘れていました。もう、あの日から74年目を迎えるのですねぇ、ただただ、亡くなった方のご冥福を祈るばかりです。今、世界の軍事状況は、核による破壊から、電磁パルス攻撃やレールガン、レーザー兵器、あるいは宇宙空間の軍事衛星からの地上への攻撃など次の段階へと移りつつます。今は生活インフラの多くを電気に頼っています。それ...

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京都御所、御殿の中から外を見てみよう。

前記事では、京都御所第一期3Dプロジェクトの完了に伴って外観を東西南北、空から、斜めから、といろんな角度から俯瞰した3DCGをアップしましたが、本記事では今度は「京都御所 ― 御殿の中から外を見てみよう」と題して、普段、御所の建物は外からしか見学できませんが、だったら3DCGを駆使して「中から外を見みよう、どんな風景が待っているだろうか」と興味もあってチャレンジすることにしました。きっと御殿の上から御所の...

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京都御所第一期3Dプロジェクトが完了、紫宸殿から飛香舎まで渡り廊下で繋がりました!

本題に入る前に一言。何気にトータル記事数を見ましたら400記事になってました。途中、サボったりしましたが何とか400を超えることができました。読者の方のコメントや励まし、応援を頂いたからこそ続けてくることが出来たと感謝しております。ブログの人気ページランキングを見ますと、いつも上位に位置している記事を見かけます。きっと、その記事を評価する方々が順位が下がらないよう、いつもクリックして頂いているからだと思...

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No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

激励の一文とても励みになります。自分で言うのも何ですが、こうして渡り廊下で結ばれると改めて御所の美しさを感じます。江戸時代だけでも8度の火災にあってますが、その都度、類焼の恐れがあっても渡り廊下で繋いできました。帝が土を踏まれずに御所を渡られる為とも思いますが、結果的にそれが御所の美しさに反映されていると思います。
これからもコツコツと3D作りに励みます。



No Subject * by 京一朗
五反田猫様
南禅寺勅使門のこと教えて頂きありがとうございます。
さっそく写真を拝見しましたが、品格があって立派な四脚門ですね。さすが御所から拝領した門です。明正天皇からどのような経緯で拝領されたものかわかりませんがこうして寛永期の御所の建物が残っているのは喜ばしいですね。

No Subject * by 大原かずのり
400突破、そして渡り廊下の繋がり、おめでとうございます❗
3Dでコツコツ、実に頭が下がりますね。

ブログを続けるのは実に大変だなあと、私のような稚拙ブログですら思いますが、これほどの3Dを駆使した貴ブログなら、一体どれだけ大変かと思います。しかしそのお陰様で、私は楽しませて頂いております。

今後の活躍、そして500目指して頑張って下さいね(^^)

日御門 * by 五反田猫
京一朗さん
詳しいお話しを有難うございます。

建春門になったのは、安政度御所からなのですね。
門院号があるから、つい昔からあったように勘違いしてしまいますが、それ以前は日御門だったのですね。ご教示有難うございました。
それならば、南禅寺勅使門として残っております。 門には「禁中日御門拝領 寛永第十八歳舎 辛己 九月如意珠日建立 住持比丘元良誌焉」
とあります。

こちらは唐破風はありませんので、後についたのですね。
http://www.nanzen.net/keidai_chyokushimon.html


追記 * by 京一朗
五反田猫様

日御門は幕末の安政度の御所から建春門と呼ばれるようになったとも。それと公家が通用門にした日御門脇の穴門は「日御門代」でした”代”が抜けてました。失礼しました。機会があれば、各御門の使用勝手について教えてください。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

ご指摘の建春門ですが、確認しましたら、近世では皇后が出入りされた門と書かれています。節会など重要な時だけ大臣、公家の参内が許されたとか。は北の遡平門は女御など高貴ま女性が出入りしたとか。宣秋門は公家の通用門で摂政、関白、宮、大臣が出入りし、一方で建春門は有職故実の大家・裏松固禅の考証ではまだ日御門と呼ばれ、その日御門の脇に設けられた穴門(日御門)が公家たちの通用門だったと書かれています。なんだか分からなくなってきました。儀式用とか日常用とか分れていたのでしょう?
将軍が建春門から入ったとは以前読んだ本の聞きかじりです上皇もここと書いてありましたがどうなんでしょう?唐門は武家にとつては一番格式ある門なのでココを通ったと思ってました。ここだと内侍所を通るのでホントにここかなぁ、とも思いました。

五反田猫さんご指摘のように施薬院は清め衣冠に装束を替える所ですからわざわざ建春門から入る必要もないですね。いろんな本をみて混乱、間違ってました。すみません、記事、訂正します。

武家ルート? * by 五反田猫
いつも興味深い記事を有難うございます。
何と400記事とは素晴らしいアーカイブです。

本旨と関係ない部分ツッコミで恐縮ですが、疑問がありご教示頂けると嬉しいです。

江戸の御所の参内は、公家衆は西側の宣秋門より入り、御車寄より建物に入ったと思います。
所司代や高家なども、西側に武家玄関がある事から、同様とおもいます。(諸役や出入り業者は清所門)

記事には将軍は建春門より入るとありますが、この場所は東側ですよね、
ここから入ると、建物にはどこから入るのでしょうか? 
徳川家茂が230年ぶりに参内した時には、中立売門脇の施薬院に入り、単の衣冠に装束を替え、宣秋門より入り、武家玄関?より建物へ入り、麝香間で控え、小御所にてご対面のようです。
それ以前で参内したのは、家康、秀忠、家光のみ。 この時のお話しで、当時の御所の構造は全く異なり、建春門入った辺りに将軍用の玄関や建物があったのでしょうか?


No Subject * by 京一朗
Hakka 様コメントありがとうございます。
ご丁寧に祝辞も頂きとても励まされます。

非公開にした記事や下書きのまま残しているものも含めれば430記事ほどあります。

拙い記事ですが3Dで御所や他の建物を再現する過程で得た知識や自分なりの発見もあります。これらのことも参考にしてより納得できる京都の3Dを作っていきたいと思います。500記事まて達したらひょっとして読み継がれていくレベルになるかも、と思ったりしてます。ただ、fc2が消えてしまったらおじゃんですけど・・・。歴史ブログの大御所”しばやん”さんのようにWordPressの立ち上げも一つの手と思いますが、今はそれ以前のレベルなので、とにかく500記事達成に向けマイペースでやっていきます。

ところで、今朝は、地元の神社の祭礼の関係で山の上でのお籠り当番から帰ってきました。徹夜で太鼓を叩いたり酒のんだりお餅を配ったりし夜露に濡れたりとぐったりです。また8年後にあります。でも、長老から白狐に出会った昔話や伝説、知らなかったことなど聞かされそれなりに楽しくもありました。こういう昔話も段々と消えていのくでしょうね。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

戦前の住宅などで廊下の内部が畳敷と板敷で分かれているのはたまに見ますが、屋根の葺き方が左右で違うというのは、城や寺社を含め見た記憶がありません。さすが御所ですね。

3D第一期終了と400記事達成おめでとうございます。京一朗さんの記事は毎回内容がとても濃くて、勉強になります。このボリュームで400記事は真似できません。500記事達成まで、頑張って下さい。

アインシュタインが愛した京都御所-長橋局内観編

冒頭に書かずにはおれないので書きます。昨日、一人の放火犯によって、京都アニメーションのスタッフの方33名がお亡くなりになり、今も36名の重軽傷の方が病院で治療を受けておられます。火傷はとても痛ましく人に寄っては後々まで後遺症になって苦しむ場合も多いと聞きます。火傷から治ってもペンを握れない人も出てくるかもしれない。若い女性も多く、顔に火傷の後が残ったら可哀そうの一言です。昨日はNHKの取材の直前で、主要...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 いつもコメントありがとうございます。諸大夫の間ですけど、指図を見たら天井は猿頬天井と書いてありました。やはり部屋に応じて天井も差別化していたんだな、と思った次第です。

高麗縁の蘊蓄ありがとうございます。
>親王・摂関・大臣は大紋高麗縁、公卿は小紋高麗縁です。
う~ん、覚えても直ぐ忘れそうです 笑。
そのときは八条様のHPへ飛んでいきます。

繧繝縁も難しい字ですね。でも、今後の3d作りに活かしたいと思います。
色々と教えて頂き感謝しています。

車寄 * by 五反田猫
資料を見直すと以前拝観したのは「御車寄」とあり、諸大夫の間に続いているもので、ここでお書きのものとは違うかもしれません。

例により以下は、八條さんのページを参照です。
高麗縁には紋の大小があり。
親王・摂関・大臣は大紋高麗縁、公卿は小紋高麗縁です。

最上位の繧繝縁は最も格の高い畳縁で、天皇・三宮(皇后・皇太后・太皇太后)・上皇が用いました。親王や高僧、摂関や将軍などの臣下でも、「准后」(准三宮)という称号が与えられると三宮扱いとあります。


No Subject * by 京一朗
五反田猫 コメントありがとうございます。  

車寄せを拝見されたことがあるのですか?一度、見てみたいと思ってます。参内殿の前、西側一帯は幕末の頃の御所でも空いている感じです。何か理由でもあるのかな?と思ってます。
高麗縁はわかるのですが、どこまでの身分がそこまでなのか?今一、わからないとこがあります。

参内殿 * by 五反田猫
いつも素晴らしい資料を有難うございます。
参内殿は現存していますが車寄せを除き、拝観は出来ませんよね。(最近は知らないのですが)
こうして3dで拝見出来ると、大変 参考になります。 障壁画を入れた大変結構な景色です。
内部の畳は、しっかりと高麗縁で、細かい所まで行き届いております。

御所の天井を比べてみました。

なかなか京都御所から抜けられません。このままではニッチな世界をひたすら突き進んでしまう・・・。などと多少は思いますが、「思えば遠くへ来たもんだ」というのが心境です 笑。後、二か月もあれば動画も含め御所の「第一期3D制作」が終えるかな、です。本日は、長橋局の内部を中心に3DCGが出来上がりましたのでアップしようと思いましたが、悪い癖で天井の事とか書き出して、それで一記事に纏まりそうなので3DCGは次...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

日本は何事も花鳥風月の国ですから動植物の名称も多いですね。アメリカだと空母のドナルド・レーガンとか人名もありです。

明治以後、花鳥風月は古いから歌うな、と唱えた詩人もいましたが、披講のように声や楽器に合わせて唱和すると本来の和歌の響きが伝わってくるようですね。現代の日本人ももっと風流を介さないと日本に生まれた意味が薄れていくような気がします。

天井 * by 五反田猫
いつも詳しい話を有難うございます。
なるほど、竿縁にも種類があり、猿頬ですか。
格子欄間にも良く合って、御所や書院も雰囲気が出ますね。

そういえば、建築用語には動物の名称が多いですね。  千鳥格子もあるし、螻羽、鯖の尾に懸魚など。 これからも楽しみにしております。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

皇室が質素、清浄にこだわったのは、皇室のプライドというか、武家文化への抵抗みたいなものもあったのでしょうか?

二条城や名古屋城の御殿を観ると、すごいなと思う反面、建築としてはやり過ぎな気がしてしまいます。桂離宮を絶賛して陽明門を酷評したタウトの気持ちがよく分かる気がします。もっとも、彼も自身の日本での作品では結構派手なことをやっていますが…笑

やはり建築はシンプルで美しいのが良いですね。

No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

日本建築の天井の位置づけですけど、建築家によっては書院造りの定型化で天井はあまり顧みられず置き去りにされてきた・・・という見方もあります。正直言って格天井と竿縁との格差が大きすぎて、その間にもっと中間的ないろんな形の天井があっても良かったな、とは思います。日本の場合は住宅は地味目に、一方、社寺で個性を出す、という面があって、おっしゃられるように内陣、外陣に赴きのある変化を与えていますね。

多彩な天井が生まれた近代和風建築が震災で建築規制が入って以降、萎んでしまったのは残念です。

No Subject * by 大原かずのり
猿頬天井という名前は知りませんでした。お猿さん高級感ありますね。

天井は面白いですよね。仏堂でも内陣と外陣で分けて作り、内陣をより格式高くしてたり。格式高くても品があり、ケバくないのが日本の天井のように思います。

京都御所から抜け出せないのはやはり、京一朗さんの前世が関係してるでしょう(笑)

アインシュタインが愛した京都御所-参内殿廻り外観

訂正します。(令和元年7月12日付)記事中にてアップしました長橋局の屋根の煙出し屋根の位置について間違っていましたので、正しい位置に置き替えました3DCGを再アップさせて頂きます。アドバイス頂いた読者の方、ありがとうございます。事前にヤフー地図の航空写真で確認はしましたがハッキリは見えませんでした。ところがGoogleマップで見たら明瞭に視えました。最近、Googleマップの拡大倍率ですけど上がったんですかね? ...

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アインシュタインが「これまで見た建築物の中で一番美しい」と讃えた京都御所 弐-参内殿内部

引き続き本編では参内殿の内部についてご紹介します。引用させて頂いた障壁画及び解説文は、宮内庁協力・毎日新聞社刊の「皇室の至宝 御物 障屏・調度Ⅲ」です。同書に載っている参内殿の障壁画は全体の一部のみですので、室内イメージの作り込み上、襖絵等について本来の位置から別の向きに設置しているものもあります。ですので、正確な室内ではなく、あくまで3D用に変更を加えました。ただ、それ以外については出来るだけ本物...

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No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様 コメントありがとうございます。
御所も結構、漢文化というか昔の中国の文物を色々取り入れています。即位礼にも被り物など影響受けてます。紫宸殿にも古代中国の賢聖の画像32人が描かれていますよね。昔の教養人にとって孔子始め理想像を求めたのでしょうね。
自分的には清涼殿や小御所の大和絵が好きです。

No Subject * by sazanamijiro
おはようございます。sazanamijiroです。

御所に漢画とは、意外でした。
平安京に「古き良き中国」のノスタルジーを見る漢民族の知識人にも、かなりアピールしそうですね(^^♪

No Subject * by 京一朗
Hakka様 コメントありがとうございます。

今は参内殿の隣り合わせの長橋局と奏者所を作っています。どれも現存していますが、参内殿以外は瓦葺になっています。再建時は杮葺きでした。ですので杮葺きで再現しています。
3Dを作りながら、たまに「ひょっとして、こういうことでは」と自分なりに感じる時があります。また機会を見て書きます。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

縁座敷に折上げ格天井、数々の襖絵… 見事な空間ですね!本当に参内殿の中に潜入した気分です笑。3Dでしか出来ないことですね。

襖絵や杉戸絵の解説も勉強になります。ありがとうございます。

アインシュタインが「これまで見た建築物の中で一番美しい」と讃えた京都御所 壱-参内殿外観

皆さん、あのアインシュタイン博士が京都御所のことを「これまで見た建築物の中で一番美しい」と日記の中で書き残しているのをご存じですか? 御所の事を調べていたら偶然、知った挿話です。アインシュタイン博士。アインシュタイン博士といえば誰もが知ってる相対性理論(物理的理論は別)で世界的に有名な方ですよね。ノーベル物理学賞も受賞し、天才、人類の叡智とまで言われた御仁です。その方が京都御所を一番美しいと讃えた、...

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自宅朝食無用論

やっぱり御所の参内殿と長橋局、奏者所も3Dで作ることにしました。今、参内殿の屋根が出来上がったところ、あっ、車寄せの唐屋根はまだです。作り始めて分ったのですが、参内殿って色んな意味で特徴があるというか背伸びしている御殿だなぁ、と思いました。何処が?と書きたいところですが、次回に御殿が完成したら話しますね。さて、御殿が出来上がるまでの暫し、暴論、奇論、極論の類になってしまいますが、タイトル通り「朝食...

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No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

思いっきりトンでも話をしてしまいました。
でも、確かに言われるように特に中国からの観光客は日本人の多くが自宅で朝食を取るのを結構、奇異に思うみたいです。

一方、自分など、中国の人が街で立って食べてる姿を見て下品だなぁ、と思ってました。
でも、考えてみたら日本でも祭りや縁日の屋台で、あるいは朝市で普通に立って食べてますよね。

そんなこと思うと、日本の朝も外で朝食を楽しみながら勤務先に行く食文化があってもいいなぁ、と思いました。活気づくし。見習う所は見習うべきですね。

No Subject * by 大原
中国、そして東南アジアとかもそうですよね。朝食の屋台や店が充実している感じがしました。

日本はそれらがちょっと寂しい気がします。朝も忙しそうな人々の往来しか目につかず、海外から帰ると一番違和感が感じるのが、それですね。
外国からの客も、日本の朝食の選択肢の少なさや、不便さを感じていると思います。