3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 3D

YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.4-部屋紹介-後宮編」をアップしました。

ご案内の通り「京都御所3D案内 Vol.4-部屋紹介-後宮編」をYouTubeにアップしました。視て頂けたら嬉しいです。でも、書きながらやっぱり気になるのは新型コロナウイルスの感染の広がりです。世界に感染が広がっているし国内でも全国の公立小中学校が休校に入ります。北海道は非常事態宣言を出しています。今はもう感染を防ぐ水際作戦は失敗し、いかに市中感染、クラスター(集団)感染を抑え日本全体にパンデミック状態を引き起こさ...

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五反田猫様
丁寧な解説ありがとうございます。
丁寧過ぎて余計混乱してしまいました すみません冗談です 笑。
一つ自分なりに感じるのは、
例えば、京都御所の記事で天皇陛下に触れるときは、いつも帝、と書きます。天皇と書くと何となく御所に合わないというか馴染めない・・・自然と帝になってしまうのです。やっぱり御所が雅だからそうなるのかな、とも思ってます。

光格天皇様は傍系の宮家出身なので、逆に天皇の権威を高めようと努められた御方です。今の御所があるのもこの方の御蔭かと思います。

それにしても太上天皇号はホント、不思議と使われましたね。その辺も何でだろう? とつい思ってしまいます。

称号 * by 五反田猫
京一朗さん
称号の問題は難しいですよね、私も専門ではありませんがご参考まで。
今では当たり前の「天皇」「皇后」という名称。
天皇という称号は村上天皇以来900年近く絶え(後醍醐天皇、安徳天皇という例外を除く)、光格天皇で復活しました。
ですからそれ以前の江戸時代の天皇の称号は「**院」です。以後、仁孝天皇・孝明天皇の2代にも諡号
面倒くさいのは、「上皇」にあたる「太上天皇」
これは天皇号が絶えていた時期にも、太上天皇号は変わらず用いられていたので、ご存命で隠居された場合には「太上天皇」(略号は上皇)
ですから江戸期の上皇は、108後水尾上皇、109明正上皇、111後西上皇、112霊元上皇、113東山上皇、114中御門上皇、115桜町上皇、117後桜町上皇、119光格上皇となります。

皇后は、江戸時代にはおられず、正室にあたる最上位が「中宮」で、皇后は明治になり復活しました。

「准后」は、もっと面倒で、女性に限りません。
太皇太后・皇太后・皇后の三后(三宮)に准じた処遇を与えられた者という地位の称号です。
男性の場合には、臣下でも摂関を経て隠居後に准后になる場合があります。(名誉会長のようなものでしょうか?)
江戸期でも、摂家出身の男性の准后がおります。
皇族で帝位につかないが、生母や父などで准后になる場合もあります。
江戸時代では皇族女子(内親王)が准后になります。院(天皇)の御生母などは、後に格上の皇太后、女院になる場合もあります。
そして京一郎さんがお書きになった後宮出身
中宮には皇族以外でもなりますので、中宮でも御生母の場合は女院になる場合もありました。
女院になると「**門院」という院号がつき、女院御所に入られます。
以上ご参考まで

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五反田猫様
コメントありがとうございます。
五反田猫さんも武漢ウィルス気を付けてくださいね。
皇后の件ですが、
私の中では、皇后、中宮、女御、更には准皇后と混乱している面があります。皇后=中宮、その下が女御、准皇后は追号とか・・・よくわかりません。安政度内裏を見ると後宮部分を切り離している指図が意外と多いです。後宮の方は准皇后御所として半ば皇太后の御所のような感覚がしてきます。独立状態ですね。調べたら幕末の孝明名天皇は九条凪子を妃とされ皇后にしようとしましたが、幕府に断られたとのこと。何なんでしょうね。普通、王&王妃で宮廷が成り立つと思うのですが、正室なのに皇后の地位が曖昧なのは、やはり幕府の影響でしょうか?

こういう時こそ * by 五反田猫
京一朗さん いつも興味深い記事を有難うございます。
こういう時期だからこそ、記事や動画を拝見するとホットします。
ちょっとだけ気になったのが「皇后」という記載です。
江戸時代は中宮のみで皇后はおりませんよね。(死後の送皇后を除く)
現代感覚だと天皇の配偶者は皇后なのですが、当時は中宮、女院というのが相応しい気がしました。

世情喧しい時期ですが、どうぞお元気にお過ごし下さい。

YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.3 部屋紹介 中半編」をアップしました。

NHKのBSプレミアムに自分の作品が出たので、一昨日「無事、放送されました」と記事書きましたが、何と本日16日、二日も置かずに新しい記事を更新しました。ここ最近は更新頻度がメッキリ減っていたので「アレ?自分こんなに豆だったかな?」と、首を傾げつつ書いてます。これもNHKに載って有頂天になったからだと「分り易い」自分です。動画編集が少し楽しくなってきたので、YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.3 部屋紹介...

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無事、放送されました。

12日(火曜)にお知らせしました、NHK・BSプレミアム「偉人たちの健康診断」・平清盛 体から黒煙? 怪死の真相、に自分の描いたイラストが使われる件ですけど、昨日13日夜、無事、放映されました。番組の中では画面一杯に大きく取り上げられ、画面右下のクレジットには「CG制作 梅村京一朗 3D京都 監修 川本重雄」と表示され、やぁー、うれしかったです。使用されたCG、アイソメ図(等角投影図)は平清盛の住まいであった...

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五反田猫様
コメントありがとうございます。

五反田猫さんから教えて頂けるまで、和歌と現代短歌の本当の違いについて分かりませんでした。学校では学びませんから。
詩人の中野重治が「花鳥風月」を詠うな、と言いましたが、五反田猫さんの言われる「現代短歌は単独で鑑賞できるものを重視しますが、古典和歌は披露される場(饗応や歌会)があって存在するもの」という解説を改めて伺って、成程なぁ、と頷いている次第です。
もっと日本の古典について理解を深めないといけないですね。

たとえば、普段している挨拶のお辞儀ですが、あんなに昔からペンギンのようにヒョコヒョコ頭を下げていたんですかね?何かあんまりみっとも良くないです。
外国人などよく日本人のお辞儀の真似をしたりしますが多少、侮蔑の感情が入っている感じがします。品のある所作とか、礼法とか昔の日本人にはあったと思います。
幕末、アメリカを訪問した幕府の侍たちの立派な挙手、振る舞いに感心したとか聞いたことあります。いろいろと温故知新を掘り返すのが大切だな、と思いました。

五反田猫さんも新型コロナには気を付けてくださいね。

色々な事があったのですね * by 五反田猫
残念ながら番組は見られませんでしたが、お話しを伺うだけでも興味深いです。
川本重雄先生は、建築の専門家ですが、生活 特に饗応という観点で貴族邸宅を研究されており、独自の視点がとても興味深いです。
和歌の世界も共通したものがあり、現代短歌は単独で鑑賞できるものを重視しますが、古典和歌は披露される場(饗応や歌会)があって存在するもの。何か共通したものを感じます。

京一朗さんも、文献も御覧になり指図から3Dをおこされているので、専門家の話から対応が容易に出来るのですね。これも素晴らしい。
アイソメ図というと聞きなれませんが、まさに絵巻に出てくる寝殿の図。
屋根を取り払って内部を描き、斜め上からの視点で関係する人物を描く。

>インフルエンザや感染症
清盛も、当時最先端であった中国との貿易。 利益の面でも技術の面でも得るものは多かったのでしょう。 同時に疫病も呼び込んだのは、奇しくも現在の日本と同じですね。
コロナウイルスは密閉環境で感染するので、むじろ隙間風の吹く開放環境の方が感染防止には良いかもしれません。 2月の和歌関連のイベントが2つありますが、現状ですとどうなるか不明です。とは言え、出来るだけの準備をしております。
京一朗さんも、どうぞお元気でお過ごし下さい。

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AzTak様コメントありがとうございます。
過分な言葉を頂き恐れ入ります。
果たせない夢だからブログで作ってみようと始めましたが何とか途中、休みつつもここまで続けてきました。私は AzTakさんの鉄のような意思で続けられている日々のブログこそ尊敬しております。きっと何か突き動かせるものがご自身にあるからだと思います。私も少しある気がします。

素晴らしいです * by AzTak
NHKの番組内で使用され、しかも、その作品を見ながら重鎮の住まいの先進性についての解説まであったようで、素晴らしいことだと思います。真似しようにもできない高みを極めたレベルだと思います。
ただただ仰天する場なりです。

YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.2 部屋紹介 前半編」をアップしました。

皆さんこんにちは、久し振りの動画アップです。今回の「京都御所3D案内 Vol.2 部屋紹介 前半編」では、京都御所の建物にはどんな部屋があったのか? その名称と用途をご説明します。幕末当時は何百もの部屋(間)があったので一回では紹介しきれず、前半、中半、後半、の三回に分けYouTubeにアップロードする予定です。初回は紫宸殿廻りの表部分についてピックアップしています。果たして盛時、どれほどの部屋があったのか見当...

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結月ゆかりちゃん登場!

皆さんこんにちは、今、京都御所の3D動画の第二弾を製作中です。YouTubeに動画をアップするのは久し振りなので、改めてYouTubeの3D動画系の作品を色々とチェックしてみました。で、思ったのは意外と再生数が少ないんですよね。たとえば地方自治体が作ったPR作品ではお城の復元とかが多いのですが再生数を見ると多くても5万、10万越えはあるのかな?というレベルです。作品は流石にプロが作ったものが主流なので素晴らしい出来...

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YouTubeに「京都御所3D案内 Vol.1 飛翔」をアップしました。

皆さんこんにちは。三日遅れの暑中お見舞い申し上げます。京都御所の動画第一弾がようやくできあがりましたのでアップします。御所にはどんなBGMがいいかなぁ、とか、いろいろ思案の末の労作?です 笑。今回は空からの俯瞰をメインにした動画です。動画の終盤の方にちょっとしたサプライズも揃えましたので少し期待してください。動画は取り敢えず3本ほど作る予定です。まだまだ動画編集に慣れていないのでお見苦しい所もある...

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管理人のみ閲覧できます * by -

No Subject * by 京一朗
sazanamijiro 様 コメントのお礼遅れて申し訳ありません。

>あまりの完成度に絶句!
>もはやこの映像自体が文化遺産ですね。
過分なお褒め、軽い自分はすぐ舞い上がって喜んでしまいました。すぐその気になって勘違いしてしまうタイプなんです。
でも、嬉しいです、励みになります。ありがとうございます。

まだまだ完成度も低く、所々、動画がカクカクと流れが悪くなったり修正点があります。直して行こうと思ってます。
過去の動画も画質が悪いです。YouTubeの解像度も良くなって、御所の動画も以前より鮮やかになりました。古い金閣や相国寺七重塔など、もう一回、新たな動画に置き換えたいなぁ、と思っています。YouTubeのチャンネルもなぜか複数になってしまいアップ動画も分散してしまいました。

今回整理し、チャンネルは”3Dkyoto”に統一し、動画も再アップし直しました(金閣は除く)。ですのでアクセス数もリセットされてしまいました。でも、今後、ここをプラットフォームに動画を充実させていきたいと思ってます。

>御所から見て夏至の夕日の方向にある愛宕山>の山影が、ちらっとでも登場すればさらなる>感涙です。
京都へ行ったとき、山々の写真撮ってますけど中々、クリアーな写真がとれません。いい背景写真ができたら愛宕山をバックに作ってみるのもいいなぁ、思いました。けど、京都盆地から愛宕山視えるんでしたっけ?、確認もしなければ。
では、暑い夏、お互い夏バテに気を付けましょうね。

No Subject * by sazanamijiro
あまりの完成度に絶句!
もはやこの映像自体が文化遺産ですね。
もしわがままが許されるなら、いつの日か、御所から見て夏至の夕日の方向にある愛宕山の山影が、ちらっとでも登場すればさらなる感涙です。
(右京区の田舎者なので)

No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

お褒めいただき恐縮です。励みになります。
動画何とか作りました。
YouTubeだったら何かあっても動画が残るかもしれません。少し要領がわかったので次も頑張ります。
大原さんも楽しい盆休みお過ごしください。

No Subject * by 大原かずのり
最初からこの完成度は、さすがです!ドローン気分を味わえました。

特にお気に入りが、承明門が開いてシシンデンに向かう場面です。承明門から眺めるシシンデンが、特に好きなんですよね。

連日の猛暑ですが、3D動画を見たら涼しくなれました(笑)
実に心地よい動画ですね(^^)

京都御所、御殿の中から外を見てみよう。

前記事では、京都御所第一期3Dプロジェクトの完了に伴って外観を東西南北、空から、斜めから、といろんな角度から俯瞰した3DCGをアップしましたが、本記事では今度は「京都御所 ― 御殿の中から外を見てみよう」と題して、普段、御所の建物は外からしか見学できませんが、だったら3DCGを駆使して「中から外を見みよう、どんな風景が待っているだろうか」と興味もあってチャレンジすることにしました。きっと御殿の上から御所の...

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京都御所第一期3Dプロジェクトが完了、紫宸殿から飛香舎まで渡り廊下で繋がりました!

本題に入る前に一言。何気にトータル記事数を見ましたら400記事になってました。途中、サボったりしましたが何とか400を超えることができました。読者の方のコメントや励まし、応援を頂いたからこそ続けてくることが出来たと感謝しております。ブログの人気ページランキングを見ますと、いつも上位に位置している記事を見かけます。きっと、その記事を評価する方々が順位が下がらないよう、いつもクリックして頂いているからだと思...

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No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

激励の一文とても励みになります。自分で言うのも何ですが、こうして渡り廊下で結ばれると改めて御所の美しさを感じます。江戸時代だけでも8度の火災にあってますが、その都度、類焼の恐れがあっても渡り廊下で繋いできました。帝が土を踏まれずに御所を渡られる為とも思いますが、結果的にそれが御所の美しさに反映されていると思います。
これからもコツコツと3D作りに励みます。



No Subject * by 京一朗
五反田猫様
南禅寺勅使門のこと教えて頂きありがとうございます。
さっそく写真を拝見しましたが、品格があって立派な四脚門ですね。さすが御所から拝領した門です。明正天皇からどのような経緯で拝領されたものかわかりませんがこうして寛永期の御所の建物が残っているのは喜ばしいですね。

No Subject * by 大原かずのり
400突破、そして渡り廊下の繋がり、おめでとうございます❗
3Dでコツコツ、実に頭が下がりますね。

ブログを続けるのは実に大変だなあと、私のような稚拙ブログですら思いますが、これほどの3Dを駆使した貴ブログなら、一体どれだけ大変かと思います。しかしそのお陰様で、私は楽しませて頂いております。

今後の活躍、そして500目指して頑張って下さいね(^^)

日御門 * by 五反田猫
京一朗さん
詳しいお話しを有難うございます。

建春門になったのは、安政度御所からなのですね。
門院号があるから、つい昔からあったように勘違いしてしまいますが、それ以前は日御門だったのですね。ご教示有難うございました。
それならば、南禅寺勅使門として残っております。 門には「禁中日御門拝領 寛永第十八歳舎 辛己 九月如意珠日建立 住持比丘元良誌焉」
とあります。

こちらは唐破風はありませんので、後についたのですね。
http://www.nanzen.net/keidai_chyokushimon.html


追記 * by 京一朗
五反田猫様

日御門は幕末の安政度の御所から建春門と呼ばれるようになったとも。それと公家が通用門にした日御門脇の穴門は「日御門代」でした”代”が抜けてました。失礼しました。機会があれば、各御門の使用勝手について教えてください。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

ご指摘の建春門ですが、確認しましたら、近世では皇后が出入りされた門と書かれています。節会など重要な時だけ大臣、公家の参内が許されたとか。は北の遡平門は女御など高貴ま女性が出入りしたとか。宣秋門は公家の通用門で摂政、関白、宮、大臣が出入りし、一方で建春門は有職故実の大家・裏松固禅の考証ではまだ日御門と呼ばれ、その日御門の脇に設けられた穴門(日御門)が公家たちの通用門だったと書かれています。なんだか分からなくなってきました。儀式用とか日常用とか分れていたのでしょう?
将軍が建春門から入ったとは以前読んだ本の聞きかじりです上皇もここと書いてありましたがどうなんでしょう?唐門は武家にとつては一番格式ある門なのでココを通ったと思ってました。ここだと内侍所を通るのでホントにここかなぁ、とも思いました。

五反田猫さんご指摘のように施薬院は清め衣冠に装束を替える所ですからわざわざ建春門から入る必要もないですね。いろんな本をみて混乱、間違ってました。すみません、記事、訂正します。

武家ルート? * by 五反田猫
いつも興味深い記事を有難うございます。
何と400記事とは素晴らしいアーカイブです。

本旨と関係ない部分ツッコミで恐縮ですが、疑問がありご教示頂けると嬉しいです。

江戸の御所の参内は、公家衆は西側の宣秋門より入り、御車寄より建物に入ったと思います。
所司代や高家なども、西側に武家玄関がある事から、同様とおもいます。(諸役や出入り業者は清所門)

記事には将軍は建春門より入るとありますが、この場所は東側ですよね、
ここから入ると、建物にはどこから入るのでしょうか? 
徳川家茂が230年ぶりに参内した時には、中立売門脇の施薬院に入り、単の衣冠に装束を替え、宣秋門より入り、武家玄関?より建物へ入り、麝香間で控え、小御所にてご対面のようです。
それ以前で参内したのは、家康、秀忠、家光のみ。 この時のお話しで、当時の御所の構造は全く異なり、建春門入った辺りに将軍用の玄関や建物があったのでしょうか?


No Subject * by 京一朗
Hakka 様コメントありがとうございます。
ご丁寧に祝辞も頂きとても励まされます。

非公開にした記事や下書きのまま残しているものも含めれば430記事ほどあります。

拙い記事ですが3Dで御所や他の建物を再現する過程で得た知識や自分なりの発見もあります。これらのことも参考にしてより納得できる京都の3Dを作っていきたいと思います。500記事まて達したらひょっとして読み継がれていくレベルになるかも、と思ったりしてます。ただ、fc2が消えてしまったらおじゃんですけど・・・。歴史ブログの大御所”しばやん”さんのようにWordPressの立ち上げも一つの手と思いますが、今はそれ以前のレベルなので、とにかく500記事達成に向けマイペースでやっていきます。

ところで、今朝は、地元の神社の祭礼の関係で山の上でのお籠り当番から帰ってきました。徹夜で太鼓を叩いたり酒のんだりお餅を配ったりし夜露に濡れたりとぐったりです。また8年後にあります。でも、長老から白狐に出会った昔話や伝説、知らなかったことなど聞かされそれなりに楽しくもありました。こういう昔話も段々と消えていのくでしょうね。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

戦前の住宅などで廊下の内部が畳敷と板敷で分かれているのはたまに見ますが、屋根の葺き方が左右で違うというのは、城や寺社を含め見た記憶がありません。さすが御所ですね。

3D第一期終了と400記事達成おめでとうございます。京一朗さんの記事は毎回内容がとても濃くて、勉強になります。このボリュームで400記事は真似できません。500記事達成まで、頑張って下さい。

アインシュタインが愛した京都御所-長橋局内観編

冒頭に書かずにはおれないので書きます。昨日、一人の放火犯によって、京都アニメーションのスタッフの方33名がお亡くなりになり、今も36名の重軽傷の方が病院で治療を受けておられます。火傷はとても痛ましく人に寄っては後々まで後遺症になって苦しむ場合も多いと聞きます。火傷から治ってもペンを握れない人も出てくるかもしれない。若い女性も多く、顔に火傷の後が残ったら可哀そうの一言です。昨日はNHKの取材の直前で、主要...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 いつもコメントありがとうございます。諸大夫の間ですけど、指図を見たら天井は猿頬天井と書いてありました。やはり部屋に応じて天井も差別化していたんだな、と思った次第です。

高麗縁の蘊蓄ありがとうございます。
>親王・摂関・大臣は大紋高麗縁、公卿は小紋高麗縁です。
う~ん、覚えても直ぐ忘れそうです 笑。
そのときは八条様のHPへ飛んでいきます。

繧繝縁も難しい字ですね。でも、今後の3d作りに活かしたいと思います。
色々と教えて頂き感謝しています。

車寄 * by 五反田猫
資料を見直すと以前拝観したのは「御車寄」とあり、諸大夫の間に続いているもので、ここでお書きのものとは違うかもしれません。

例により以下は、八條さんのページを参照です。
高麗縁には紋の大小があり。
親王・摂関・大臣は大紋高麗縁、公卿は小紋高麗縁です。

最上位の繧繝縁は最も格の高い畳縁で、天皇・三宮(皇后・皇太后・太皇太后)・上皇が用いました。親王や高僧、摂関や将軍などの臣下でも、「准后」(准三宮)という称号が与えられると三宮扱いとあります。


No Subject * by 京一朗
五反田猫 コメントありがとうございます。  

車寄せを拝見されたことがあるのですか?一度、見てみたいと思ってます。参内殿の前、西側一帯は幕末の頃の御所でも空いている感じです。何か理由でもあるのかな?と思ってます。
高麗縁はわかるのですが、どこまでの身分がそこまでなのか?今一、わからないとこがあります。

参内殿 * by 五反田猫
いつも素晴らしい資料を有難うございます。
参内殿は現存していますが車寄せを除き、拝観は出来ませんよね。(最近は知らないのですが)
こうして3dで拝見出来ると、大変 参考になります。 障壁画を入れた大変結構な景色です。
内部の畳は、しっかりと高麗縁で、細かい所まで行き届いております。

御所の天井を比べてみました。

なかなか京都御所から抜けられません。このままではニッチな世界をひたすら突き進んでしまう・・・。などと多少は思いますが、「思えば遠くへ来たもんだ」というのが心境です 笑。後、二か月もあれば動画も含め御所の「第一期3D制作」が終えるかな、です。本日は、長橋局の内部を中心に3DCGが出来上がりましたのでアップしようと思いましたが、悪い癖で天井の事とか書き出して、それで一記事に纏まりそうなので3DCGは次...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

日本は何事も花鳥風月の国ですから動植物の名称も多いですね。アメリカだと空母のドナルド・レーガンとか人名もありです。

明治以後、花鳥風月は古いから歌うな、と唱えた詩人もいましたが、披講のように声や楽器に合わせて唱和すると本来の和歌の響きが伝わってくるようですね。現代の日本人ももっと風流を介さないと日本に生まれた意味が薄れていくような気がします。

天井 * by 五反田猫
いつも詳しい話を有難うございます。
なるほど、竿縁にも種類があり、猿頬ですか。
格子欄間にも良く合って、御所や書院も雰囲気が出ますね。

そういえば、建築用語には動物の名称が多いですね。  千鳥格子もあるし、螻羽、鯖の尾に懸魚など。 これからも楽しみにしております。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

皇室が質素、清浄にこだわったのは、皇室のプライドというか、武家文化への抵抗みたいなものもあったのでしょうか?

二条城や名古屋城の御殿を観ると、すごいなと思う反面、建築としてはやり過ぎな気がしてしまいます。桂離宮を絶賛して陽明門を酷評したタウトの気持ちがよく分かる気がします。もっとも、彼も自身の日本での作品では結構派手なことをやっていますが…笑

やはり建築はシンプルで美しいのが良いですね。

No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

日本建築の天井の位置づけですけど、建築家によっては書院造りの定型化で天井はあまり顧みられず置き去りにされてきた・・・という見方もあります。正直言って格天井と竿縁との格差が大きすぎて、その間にもっと中間的ないろんな形の天井があっても良かったな、とは思います。日本の場合は住宅は地味目に、一方、社寺で個性を出す、という面があって、おっしゃられるように内陣、外陣に赴きのある変化を与えていますね。

多彩な天井が生まれた近代和風建築が震災で建築規制が入って以降、萎んでしまったのは残念です。

No Subject * by 大原かずのり
猿頬天井という名前は知りませんでした。お猿さん高級感ありますね。

天井は面白いですよね。仏堂でも内陣と外陣で分けて作り、内陣をより格式高くしてたり。格式高くても品があり、ケバくないのが日本の天井のように思います。

京都御所から抜け出せないのはやはり、京一朗さんの前世が関係してるでしょう(笑)

アインシュタインが愛した京都御所-参内殿廻り外観

訂正します。(令和元年7月12日付)記事中にてアップしました長橋局の屋根の煙出し屋根の位置について間違っていましたので、正しい位置に置き替えました3DCGを再アップさせて頂きます。アドバイス頂いた読者の方、ありがとうございます。事前にヤフー地図の航空写真で確認はしましたがハッキリは見えませんでした。ところがGoogleマップで見たら明瞭に視えました。最近、Googleマップの拡大倍率ですけど上がったんですかね? ...

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アインシュタインが「これまで見た建築物の中で一番美しい」と讃えた京都御所 弐-参内殿内部

引き続き本編では参内殿の内部についてご紹介します。引用させて頂いた障壁画及び解説文は、宮内庁協力・毎日新聞社刊の「皇室の至宝 御物 障屏・調度Ⅲ」です。同書に載っている参内殿の障壁画は全体の一部のみですので、室内イメージの作り込み上、襖絵等について本来の位置から別の向きに設置しているものもあります。ですので、正確な室内ではなく、あくまで3D用に変更を加えました。ただ、それ以外については出来るだけ本物...

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No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様 コメントありがとうございます。
御所も結構、漢文化というか昔の中国の文物を色々取り入れています。即位礼にも被り物など影響受けてます。紫宸殿にも古代中国の賢聖の画像32人が描かれていますよね。昔の教養人にとって孔子始め理想像を求めたのでしょうね。
自分的には清涼殿や小御所の大和絵が好きです。

No Subject * by sazanamijiro
おはようございます。sazanamijiroです。

御所に漢画とは、意外でした。
平安京に「古き良き中国」のノスタルジーを見る漢民族の知識人にも、かなりアピールしそうですね(^^♪

No Subject * by 京一朗
Hakka様 コメントありがとうございます。

今は参内殿の隣り合わせの長橋局と奏者所を作っています。どれも現存していますが、参内殿以外は瓦葺になっています。再建時は杮葺きでした。ですので杮葺きで再現しています。
3Dを作りながら、たまに「ひょっとして、こういうことでは」と自分なりに感じる時があります。また機会を見て書きます。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

縁座敷に折上げ格天井、数々の襖絵… 見事な空間ですね!本当に参内殿の中に潜入した気分です笑。3Dでしか出来ないことですね。

襖絵や杉戸絵の解説も勉強になります。ありがとうございます。

アインシュタインが「これまで見た建築物の中で一番美しい」と讃えた京都御所 壱-参内殿外観

皆さん、あのアインシュタイン博士が京都御所のことを「これまで見た建築物の中で一番美しい」と日記の中で書き残しているのをご存じですか? 御所の事を調べていたら偶然、知った挿話です。アインシュタイン博士。アインシュタイン博士といえば誰もが知ってる相対性理論(物理的理論は別)で世界的に有名な方ですよね。ノーベル物理学賞も受賞し、天才、人類の叡智とまで言われた御仁です。その方が京都御所を一番美しいと讃えた、...

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実は京都御所は江戸城より豪華だった! 前編

24日、皇居の本丸北に位置する宮内庁の公文書館へ行ってきました。同館は宮内庁書陵部に属し明治以後の宮内省・宮内府・宮内庁が作成又は取得し,同館に移管された特定歴史公文書等を所蔵している所です。同じ書陵部には明治以前の代々皇室に伝わってきたものを中核とする古典籍・古文書類を所蔵している図書寮があります。どちらも同じ書陵部の建物の中にあります。以前、数度、図書寮の方へは行ったことがありますが公文書館の方...

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読者の方から情報を頂きました!

情報を下さった方ありがとうございます。とても有益な情報です。さっそく、前記事の屋根の記述について間違いがわかりこの場で訂正させて頂きます。宣秋門側の切手番所。切手番所の屋根ですが、前記事では「入母屋の屋根は明治以後に改造に伴って付け足され、下の庇の方が創建当初からあった寄棟屋根」というふうに書きましたが、それは間違いでした。頂いた情報の古写真から、最初から写真で見るような入母屋屋根に庇が付くもので...

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どなたか教えてください!

本記事では「賄い部屋」を作る予定で準備を進めていますが、今、屋根の形状をどうしたらよいか思案に暮れています。どんな箇所? と聞かれれば一口では言い表せません・・・。日本建築にとって屋根の占めるウェイトはとても大きいものがあると思います。その屋根について分からない点が多く自分の不甲斐なさを情けなく思っているところです。最初に一言、お願いさせて頂きますと、近代以前の日本建築に詳しい方教えてください!と...

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戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ! 武家溜まり間

「溜まり場」と「溜まり間」とどう違うのだろう? そんな軽い疑問から始まった武家溜まり間(正確には溜まり之間)の3Dが完成しました。溜まり場、というと何となく良いイメージがありません。○○の溜まり場になっている、最近だと”半グレ”の集団がたむろしている場とか、という感じ。語源を調べると「仲間がいつも寄り集まる一定の場所」とか「なすべき物事が処理されず、しだいに増えていったりとどこおったりしたままである」と...

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戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ! 武家玄関&休息所

大台所廻りの一つ、武家玄関及び式台、休息所が完成しました。武家玄関・式台及び休息所位置図(出典:京都御所 完-大正3年/日本皇道會編)上記周辺詳細図。赤く囲ったところが該当する建物です。この武家玄関・式台は御所に伺候する幕府方のトップ・禁裏附武家の出入りする所です。禁裏附は役料千石、公家の摂家よりも威張っていたといいます。ここから奥・東に向けて幕府武家方の口向役人、即ち金勘定から日々の暮らしの用向き、...

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No Subject * by 京一朗
分部光隆様 コメントありがとうございます。

武家玄関は御所に勤務する幕府方口向役人のトップ・禁裏附旗本の出入りする玄関で直ぐ隣の内玄関が部下たちの入り口だと思います。摂家や宮家は隣の参内殿から上がり帝に年賀のご挨拶とかしました。大名・高家は、現在の御所の見学でも最初に目に入る諸太夫の間の車寄せから入ったと思います。
将軍は御所の東側にある唯一の門、また唯一の唐門でもある建春門から入ったようです。

そうすると所司代はどこから上がったか迷う所ですね・・・。調べておきます。

洋館は一度3Dで作ってみたいと思ってます。洋館は色んなデコ・スタイルで飾っていますが建物自体は直線、曲線含め左右対称が多いので
意外と作り易いかもです。和風建築の反りやむくり屋根の方が表現しずらい面があると思います。

流石に明治宮殿や伏見宮等の宮邸まで3Dで作るとなると、来世になってしまいます 笑。

宮内庁の公文書館には明治以後の皇室関連の書籍や記録が沢山残っています。もちろん明治宮殿や他の宮邸、離宮など多くの写真も保存さています。

同公文書館のHPのデーターベースで”写真”で検索すると公開されているものが見られます。

宜しかったら見てみてください。

No Subject * by 分部光隆
誤りがありました。千駄ヶ谷時代の徳川宗家邸です。十万坪の敷地に屋根がひしめき合う大邸宅だったようです。

No Subject * by 分部光隆
大変勉強になりました。ありがとうございます。

武家玄関は京都所司代や高家が使用していたのですかね(他の記事で既にご説明済みでしたら申し訳ありません)。将軍は車寄からでしょうかね?

御所の中を所司代は籠で移動できたと言う話が「幕末の宮廷」(高額なのでCiNiiで引用論文を読む程度ですが)にあったかと思いますが、実際の武家玄関の写真を見ると色々と想像が膨らみますね。公家の秩序に照らすと四位侍従以下の諸大夫たる怪き譜代大名に公家はどれだけ悔しい思いをしたでしょうか。

話は全く変わりますが、いつか明治宮殿や東京の旧伏見宮系の諸宮家の邸宅や代々木時代のの徳川宗家の邸宅も3Dで再現された様子を是非見てみたいです。

No Subject * by 京一朗
Hakka様 コメントありがとうございます。

台所廻りの武家関連建物ですけど、玄関横(南)の武家溜まり之間が完成しました。後ほどアップしますので、もうちょっと賑やかになると思います。

同じ玄関棟等ですけど、檜皮葺バージョンも作ってみました。比較すると面白いかも。3Dならでは?というところですかね。

No Subject * by 京一朗
五反田猫 様 コメントありがとうございます。

御所の建物を3Dで作っていると御所風というのが何となくわかる気がします。

屋根の格付けでいうと明治以前は寄棟より切妻屋根の方が格が上なんですね。江戸城の本丸御殿など主要御殿以外は寄棟が多い印象です。

御所は蔵以外、意外と寄棟が少なく、最も格上の入母屋が多いのは、やっぱり御所の拘りだと思います。

他にもいろいろありますが、

我々が考えている以上に御所は拘りの宮殿だと思います。

ところで、簾懸渡翠簾直打四尺の現物はどんなものでしょうか?
また機会があったらネットで見れる所とか教えてください。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

玄関棟が加わって、一気に雰囲気が増しましたね。入母屋が連続する様が見事ですし、杮葺と瓦葺とのアクセントも美しいです。

桂離宮や修学院離宮もそうですけど、皇族ゆかりの建築は武家の御殿と違って過度な装飾がなく、それでいて美しいのが良いですね。

武家玄関 * by 五反田猫
京一朗さん

いつも興味深く、勉強になるお話しを有難うございます。

禁裏附旗本や高家など、「幕末の宮廷」でも出て来ますが、幕府の威を背負って凄かったでしょうね。
その専門玄関ですから、当然に二条城書院の大玄関のようなものを想像していたのですが、何と杮葺きですか。
実は、明治の古写真は見たので、「やはり武家玄関は瓦葺き」と思い込んでいました。 こうして資料を元にしたお話しを伺えると、大変勉強になります。 有難うございます。
二条城と違い唐破風や欄間が無いのが、御所らしくて良い感じです。

>簾懸渡翠簾直打四尺
これも凄いですね、実際に見てみると良く判ります。

ミラノ発オンラインマガジンに3D京都のCGが載りました

ついに「3D京都」がグローバルデビューしました!などと”小っ恥ずかしい”こと書いてしまいましたが、実はイタリアのミラノで発行されている「SirK online magazine」というオンラインマガジンの5月号に小生の作りました3D作品のCG画像が二枚掲載されました。正確には、サバットリ・ラウラ(SABATTOLI   Laura)さんというイタリア人の女性学者の方が同マガジンに寄稿されました日本の「布団」について書かれた記事のなか...

... 続きを読む

No Subject * by 京一朗
たっつん様

コメントありがとうございます。
元々、失われた京都への憧れからブログを始めましたが
外国の方でも日本の歴史や文化に関心をもって頂けることをとても嬉しく思っています。

今回のラウラさんも源氏物語絵巻を見たのがきっかけで日本に興味を持ち留学までされました。

自分の力量もまだまだ未熟ですので、
レベルを上げ、外国の方の眼にもとまるよう3D作りに励みたいと思っています。

No Subject * by たっつん
おはようございます。

CG画像の掲載おめでとうございます。
しかも、海外ということで凄いことですね。

これからのご活躍をお祈り申し上げます。

No Subject * by 京一朗
kotodayori 様 コメントありがとうございます。

文章よりも3DCGの方が視覚的に分かり易いですから、それがたまたま目に留まったのかなと思います。

CGだけでなく写真や絵等の視覚的なものの方が世界には伝わりやすいと感じました。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

豊富な資料に基づいて3Dを作るのも逆にあり過ぎて下手なものつくれないなぁ・・・と思うと同時にまったく資料のないものを一から作る時は100%の空想ではなく「こんな感じだったんだろう」と思わせるような3Dを作れるよう目指していますが、時に集中力も必要ですし、なかなか前進しません・・・

でも、時間は有限ですから出来る所まで焦らずコツコツやっていこうと自分自身に言い聞かせています。

今回のラウラさんは源氏物語絵巻を見たのが縁で日本に興味を持たれたそうです。

その事を聞いた時、匂うがごとくの平安の王朝文化は、太陽王レイ14世も生み出せなかった独自な官能の世界だったと思いました。

鎌倉時代の白木の禅宗様が武士世界に浸透したとき、平安以来の王朝文化は断絶し、二度と第二の源氏物語絵巻は生み出せなかった・・・。

良くも悪くも、禅宗文化は現代に及ぶまで日本を老成の文化へと変えていったのではとふと思いました。

No Subject * by kotodayori
こんにちは、イタリアのマガジンへの3DCG掲載おめでとうございます。ブログ制作の励みになりますね。今は、ネットで世界中から見てもらえているのですね。これからも楽しみに読ませていただきます。
またよろしくお願いいたします。

おめでとうございます * by 五反田猫
京都や古建築が好きな人は多いですが、
単なるイメージイラストではなくて、資料にも辺り、建築に関する知識もあって作成されている3Dですから、海外の方にも響くものがあるのでしょうね。


No Subject * by 京一朗
Hakka様コメントありがとうございます。

「グローバルデビュー」などと調子に乗ったことを書いてしまいました。忘れてください。

> 外国人の視点での日本文化の考察は、私たち日本人にとって新しい発見がありそうな気がします。

そうですね、まったく仰る通りです。
桂離宮の名を世界に広めたのもドイツの建築家のブルーノ・タウトでしたから。

アメリカにも日本庭園専門の雑誌がありますし。

私個人も海外を旅したとき、日本的感性には独自なものがあるなぁ、と思いました。

古代世界において、神への御供え物として動物や人間の生贄を捧げる儀式が広く伝番していましたが、日本の縄文・弥生時代の神への捧げものはお米や野菜、乾物、昆布などの海山の幸でした。五穀豊穣を願う穏やかなものでした。

その系譜を今も日本人は心に宿していると思います。

海外の方から色んなヒントを頂き、日本文化の再発見に触れてみたいと思っています。

No Subject * by Hakka
こんばんは。
海外デビューおめでとうございます。外国の方の目に留まるなんて、凄いことですし、嬉しいことですね。

ラウラさんの記事も面白そうですね。外国人の視点での日本文化の考察は、私たち日本人にとって新しい発見がありそうな気がします。

日本庭園なんかも、外国人の方達が興味を持ってくれたお陰で、最近では少しずつ日本の若い方たちにも関心が広がっているのかな、という気もします。

No Subject * by 京一朗
AzTak様 コメントありがとうございます。

小生もマガジン掲載の写真を見てどれもプロ級だなぁと感心しました。ミラノ、あるいはイタリア内でも評価の高いマガジンかなと思いました。

たまたま自分の3DCGがラウラさんの眼に留まりましたが日本文化の紹介に少しはお役にたったかな、と手前味噌ですが喜んでいます。

No Subject * by 京一朗
遠太 様 コメントありがとうございます。

仰る通りブログは国を越え世界と繋がっていますね。日本に興味を持っている方も沢山みえるんだなぁ、と思いました。ブログのタイトル名に英語表記を付け加えた方がよりいいかなと思いますが、肝心の英語力がないので差し控えています・・・。

ありがとう平成、ようこそ令和

本日、2019年5月1日、平成から新しい元号「令和」に改元されました。先の帝の上皇様による譲位を受け新天皇が同じく本日、即位されました。崩御に伴う践祚ではないので重苦しい雰囲気もなく、まるで新年を迎えるような喜びと躍動が湧きたちます。今上陛下は第百二十六代目の天皇にあたられます。本年は皇紀で言うならば2679年になります。心より新天皇の御即位をお祝い申し上げます。どうか令和の時代が上皇様も退位の儀で言われた...

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No Subject * by 京一朗
TAKATSUKASA 様 コメントありがとうございます。

一、巷の人間がご皇室の後継について心配するなど僭越だと思いますが、正直心配でなりません。もし女系の天皇に変わってしまったら、先の大戦で亡くなった多くの兵隊さん、民間人の方、そしてご先祖様に顔向けできません。どうか八百万の神々様、御国をお守り給えの心境です。

平成から令和元年へ * by TAKATSUKASA
事実上、秋篠宮家の悠仁親王殿下のみが皇統を継ぐ日嗣の御子であることに、少なからず不安も御座います。しかしながら後桃園天皇に御子が居らず、傍系の閑院宮家より光格天皇を戴き、その後も仁孝天皇、孝明天皇、明治天皇、大正天皇と日嗣の御子はお一人で紡がれてきた事実も、また現在の皇室事情と変わらないのではないかと。悠仁親王殿下ご成人の後、多くのお子様に恵まれ、明るい未来が訪れることに、期待するばかりです。

No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様
ご丁寧に連絡頂きありがとうございます。

大目どころか拙ブログを紹介して頂きありがとうございます。


No Subject * by sazanamijiro
こんにちは、sazanamijiroです。

すみません、京一朗さんのネタを断りもなく勝手に使っております。
ただ今アップしましたので、まずいところがあっても大目に見てください(^^♪

No Subject * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

恐れ多くも御所の即位礼の3Dを作ってしまいました。一生に幾度もない改元のタイミングなので自分なりに何とかお祝いの気持ちを表したいと思いました。

上皇后は確かに初めて聞く尊称名ですね。皇太后とどう違うのか素人にはよくわかりません。秋篠宮様もてっきり皇太弟かと思いましたが皇嗣殿下となられましたね。どちらも”太”の字が無くなりましたが何か理由があったのでしょうか?。
でも、上皇后もいい響きです。

奉祝 * by 五反田猫
素敵な御大礼の3D 拝見しました、有り難うございます。 昨日は諸行事でテレビに釘付けになりたかったのですが、あれこれ用事があって録画をじっくりみたいと思います。 光格院以来の上皇様で、耳新しい事も多く、上皇の和語が「おおきすめらみこと」だと知りました。これは万葉集に例があるので伝統の読み。上皇后(じょうこうごう)というお名前ができたとの事です、大変 畏れ多いですが、新語なので和語では何と読むか不明です。皇太后様は「おほきさいのみや」と言う例があるのですが。 伝統と新たな事例、色々と学ぶことが多いです。

私も、個人的には京一朗さんと同じ意見で、京都で御大礼をして頂きたいと思いますし、桜町行幸図のように行列されたら素敵だと思います。

追伸 上皇后の和語も皇太后と同じく「おほきさいのみや」、皇嗣殿下の和語も東宮と同じ「ひつぎのみこ」なのだそうです。
   漢語をどういじろうが、和語の世界では変わらないのが、痛快です。

戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ! 清所編

前回の御台所に引き続き東に隣接する清所の3Dが完成しました。清所は囲炉裏があって魚を焼いたり身体を温めたり、食膳の用意・盛り付け、食事などする場所で現代で言うなら社員食堂。台所では大釜五つを使って沢山のご飯を炊き御所のみんなのお腹を満たしました。当時、御所での給食はとても有難いものでした。安月給の人が多かったから・・・です。念のため位置図を載せます。 御所の3D作成計画図。右が南にあたります。...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 情報提供ありがとうございます。

連子窓というと何となく社寺の回廊の窓とか思い浮かべてしまうのですが、一般住宅でもいろいろ使われているのですね。参考HPとしてブックマークさせて頂きます。

木格子連子窓 * by 五反田猫
想像するに木格子連子窓ではありませんか。 
こんな感じでしょうか?
ハズレていたらすみません。
https://www.tanihata.co.jp/monyou/senbonkousi.htm

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。
>テラスというか、ウッドデッキというか..
そうですね。ウッドデッキと言った方が解りやすいですね。

台所の北側ですけど実際には禁裏附きの武家の各部屋が廊下を挟んで戸障子で仕切られてましたけど、今回は台所だけなので壁と格子窓でぐるっとまとめました。安政度の造営図誌の絵でみると格子窓の位置が結構高く描かれていたのでそうしましたが、作った後で高すぎたなぁ・・・と思いました。

指図の建具名について判読不明や何?という部分もあって自分もまだ勉強中です。”キ?コウシレンシ”? 何だろう? 連子窓?、他の所には”上コウシ”とかあってこれが小壁の上の明り取り窓かなぁ、と手探りです。どうか、教えてください 笑。

清所 * by 五反田猫
いつも興味深い内容の再現、有難うございます。

食堂のような普通の設備は、遺構が少ないですね。
それだけに、このような再現は参考になります。

北側の建物は、塗籠の中部辺りに、明かり取りの障子があるのでしょうか? 大きな壁面ですから、明かり取りがないとまっくらですよね。 下から高さがあるので、開閉が大変そうです。

テラスというか、ウッドデッキというか..
BBQがしたくなる雰囲気、または傘つきテーブルとイスでお茶をしたいですね。



No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様
コメントありがとうございます。

sazanamijiroさんは洛中様だったんですね 笑。

簀子テラスには朝顔とか、いろんな花の棚や鉢植えもあったでしょうね。江戸時代の人は花好きでしたから。

今は想像できない御所の普段の暮らし振りなど3Dマンガで描きながら浸っています。

sazanamijiroさんは毎日でも御所へ行ける?と思いますので、いろんなネタを探して記事にしてください。楽しみにしてます。

No Subject * by 京一朗
Hakka 様
コメントありがとうございます。
嬉しいと言って頂き嬉しいです 笑。

>煙出しの下見板ですが、無塗装という選択肢は無しでしょうか?京都の冷泉家住宅にも、無塗装の下見板張りの部分があるようなので…

そうなのですか、以前撮った冷泉家の写真見直しましたら内玄関の横の角あたりそれらしき板(縦の羽目板ぽいですね)が漆喰壁にありました。

改めて冷泉家の写真を見ましたら漆喰壁の長押塀や石の井戸もそっくり!いろいろ共通点があるなぁ、と思いました。

ただ、公家屋敷は屋根が”むくり”好みですが御所はみな反っていますね。一か所、兜屋根風の廊下があったような・・・

昔の建物は興趣があって尽きないですねぇ。やめられませんわぁ 笑。

No Subject * by sazanamijiro
かつて、旧大極殿跡の並びに邸宅があったsazanamijiroです。
(実は、昔住んでいた狭い借家の位置が、たまたま大極殿跡のはるか真西にあることを発見しました(^^♪

それにしても85坪の簀子テラスには驚きました。長屋だった我が家がいったい何軒このスペースに乗るかな、などと想像してしまいます。

御所って、なかなかナウい(昭和世代なもので)造りだったんですね。
そのうちウン十年ぶりに御所行って、ブログのネタにしようと企んでおります。

「ブログ読者の皆さんはご存じないと思いますが、御所には簀子テラスなどもありました。旧御所のナラビに邸宅のあった私はそのへんのことはよく知っているのですが・・・・」
なんて書いたら、共通の読者の方から総スカンを食らいそうなので、我慢します。



No Subject * by Hakka
こんばんは。

清所が付いて、一気に立派になりましたね。自分が作った訳でもないのに、なんだか嬉しくなりました笑

煙出しの下見板ですが、無塗装という選択肢は無しでしょうか?京都の冷泉家住宅にも、無塗装の下見板張りの部分があるようなので…

戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ! 御台所編

皆さんこんにちは、御所の大台所(御台所)の3Dが完成しましたのでCG画像を幾つかアップします。タイトルが今回は「戦前まで残っていた京都御所の大台所廻りの3Dにチャレンジ!」と、”大台所”が”大台所廻り」”に変わっています。これは台所単体ではなく付属する清所や武家玄関、賄い部屋、そして渡り廊下等を合わせて再現する方が御所の構成美が引き立つと思いそうすることにしました。やはり御所の美しさは各殿舎を繋ぐ渡り廊下...

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No Subject * by 京一朗
kotodayori 様
コメントありがとうございます。

3Dですけど最近は結構楽しみながら作っています。作るなりの発見とかあって自分で満足してる面があります。小生のホームグランドは京都御苑。いつかバーチャル公家屋敷で埋めたいと思っています。

No Subject * by kotodayori
こんにちは、3D画像、イメージがわきやすくて、わかりやすいです。でも、大変な手間をかけられているのですね、ご苦労様です。そして、御所に下見板で張った壁や塀は見かけないのですね。いままで全く気付かなかったので、こんど入る機会があったら、見てみます。
また、よろしくお願いいたします。

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『令和』萬歳!!

本日、午前11時30分に新元号『令和』が菅官房長官より発表されました。初めてその名を聞いた時、「あぁ、いい響きだなぁ」と思ったのが第一印象でした。五月一日より、皇太子殿下の御即位と共に新しい令和の時代が始まります。とても喜ばしく慶賀にたえません。「令和」には人々が美しく心を寄せ合う中で新たな時代を切り開いていくという思いが込められているとのことです。典拠は奈良時代に完成した日本に現存する最古の歌集「万...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

万葉集はおおらかな歌が多いですね。そして韻をふんでいる。

「梅をかざして楽しく飲まめ」とか今の花見と変わらないですね。

改めて梅の花32首を読んでみて思ったのは梅の花を詠いながら実は桜の花を思い浮かべていた、そんな感覚です。

散歩道で咲く紅梅をみて美しいなぁ、と思うと同時に、つい出た言葉が「満開の粒」でした。梅は房、粒単位で咲くので満開なのにどこか空いている気がする・・・

桜の満開は来るべくして来たものと思います。

だから梅は頭にかざして踊り歌えが相応しく、万葉集には梅で良かったと思います。

No Subject * by 五反田猫
新元号の典拠は、万葉集の梅の宴の歌 三十二首
奇しくも、花見の季節で、梅が櫻に変われど、今この時にはふさわしいし、東京オリンピックまでの盛り上がりにも相応しいですね。(その後は...?)

三十二首から、浮かれ気分な歌をいくつか
「梅の花咲きたる園の青柳を縵(かづら)にしつつ遊び暮らさな 」 酔っ払いが、頭にネクタイ撒いた感じ!

「梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべく成りにてあらずや」 梅見の後は、櫻で宴会の気分満々

「年のはに春の来らばかくしこそ梅を挿頭して楽しく飲まめ」説明不要

「万代に年は来経(きふ)とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし 」 御代替りに相応しい歌ですねぇ

No Subject * by 京一朗
Hakka様
コメントありがとうございます。

平成も今月で終わりますね。東日本大震災始めたくさんの災害がありました。昔だったら何度も改元されたでしょうね。一条天皇の御代(藤原道長の頃)も天災が多く一条帝の間に六度も改元されたそうです。
言霊にどれだけの力があるかわかりませんが、
新しい令和の時代が恙なく平安であるようにと願っています。

これは個人的なことですが、
学生時代に海外へ放浪旅をしたとき唯一持って行った文庫本が万葉集でした。

その万葉集から令和が紡ぎ出されたことをとても嬉しくてなりません。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

正直、ヤフーニュースで新元号を知った時は違和感を覚えましたが、漢字の意味や由来を知ったら、とても素敵な元号に思えてきました。

今まで日本の国書から選ばれたことがなかったというのも不思議ですが、そこも含めて、良い元号ですね。

平成が終わってほしくないような、でも早く令和が来てほしいような、複雑な気分です…

萬歳旛がはためく京都御所をご覧あれ!!

本日16日付、記事中の京都御所平面図に建物の名称等を付け再掲載しました。それに伴い御殿や各部屋の説明については、次回の記事に回す事にしました。重複する可能性が出てきましたので。本記事は主に萬歳旛のはためく「3DCG集」として単発記事にすることにしました。従って記事タイトルも「萬歳旛がはためく京都御所をご覧あれ!!」に短縮することにしました。よろしくお願いします。現在、京都御所の造営時の全体表示を2D...

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しまったぁ! * by 京一朗
kotodayori様

お礼のコメントのなかに人情を”刃傷”と書いてしまいました! 決して他意はありませんので。以後、気を付けます。失礼しました。

No Subject * by 京一朗
kotodayori様
コメントありがとうございます。

御所を参観しても観れないところいっぱいありますよね。でも、なおさら見てみたいのも刃傷ってものですよね。

拙い3Dですが自分なりに一羽の蝶になって宮中をフラフラ飛んでます。

春、桜の芽も出てきました。小生のお花畑も満開です! 笑。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

粋な和歌もありがとうございます。一瞬、平安の昔に戻った気分です 笑。

大内山とは内裏、宮中のことでしょうか?

これから春、桜吹雪が御所に舞って、萬歳幡が新帝を御祝しますね。平安な御代でありますように。

相変わらずハチャメチャな3Dですよ。今回ははしゃぎ過ぎたかもです。でも、いいですよね。めでたいことだし。

No Subject * by 京一朗
大原様
コメントありがとうございます。

CGですけど盛り過ぎましたかね・・・
気が付いてみると旗めいていました。めでたいことですし多少の無礼講はいいですよね。

3Dはまったくの独学です。ですからプロの方から見れば「なんだコレ?」という面もあると思いますが、

京都の失われた建物を見てみたい一心で3Dを始めました。

後、10年ぐらい経ったら公家町が蘇るといいな、と思ってます。

私の方も大原さん応援してますよ。
好きこそ物の上手なれです。

No Subject * by kotodayori
おはようございます、3DCG素晴らしいですね。
御所公開の時の通路から見える景色とは、まったく違って見えるので、何か得した気持ちになりました。
また、よろしくお願いいたします。

萬歳幡 * by 五反田猫
これは壮観です、見ていて楽しいですね。

思わず一首
「大内山 吹く春風の 強くして なほ翻る 萬歳の幡」

No Subject * by 大原
いやはや壮観でありますね!

いつ見ても京一朗さんの3DCGはすごい。
鳥になった気分ですよ(笑)
私はCGとか全く疎いので^^;

御常御殿の御座から庭と幡を見るの図が
特にお気に入りです^^

ひたすら無念無想で御所の見取り図を作っています。

つい、最近のユーチューバーの真似をして記事タイトルを「ひたすら無念無想で御所の見取り図を作っています」??、と、ステマ風に付けてみましたが、やっぱりダサイ。若者に媚びを売っている・・・、そんな気分もしないでもないです。実は、本当に今、無念無想に京都御所の見取り図を作っているのです。しかも一心不乱というか迷走してます。というのも、今回のテーマが前記事で書いた「今、書きかけなのは御所の失われた建物の平...

... 続きを読む

No Subject * by 京一朗
えっ!3D御所も文化遺産!?、じゃ頑張ろう! 笑。

五反田猫様いつもコメントありがとうございます。

お後が宜しいようで、と、ついそんな言葉が出てきそうな五反田猫さんのタイミングよいコメントにいつも助けられてます。

体調もよくなりました。

新しく立ち上げる事業もこれから一~二か月ほどはバタバタするかもしれませんが皇太子殿下の御即位もあるので、自分も何かブログで奉祝したいですね。

今回の事業はすべて自分の裁量でやりたいと思ってやったもので人生最後のチャレンジです。
どんな事業かと言いますと、恥をかくといけないので軌道に乗ってから、にします 笑。

ブログと多少の仕事の二足の草鞋が今後続きます。どちらも中途半端にならないよう自分が最も苦手な時間管理をしっかりしたいと思ってます。

五反田猫さんも立場上、お忙しい毎日だと思いますがどうかご自愛くださいませ。

3D御所も文化遺産! * by 五反田猫
京一朗さん

寒暖の差が激しい日が続いておりますが、お元気になられたでしょうか?
新たな役割が始まるとの事で、成功をお祈りします。

東京でも、御大典に向けて、色々な奉祝行事が進んでいます。
色々な団体や人が、自分で出来る方法でお祝いしようという動きは、日頃は存在を意識しないが、いざとなると重要だと国民は意識していると、歴史のコマを感じます。

こうして3D御所のデータもおつくりになるのも、とても良い事なのだと思います。 ご無理をなさらず、お元気にお過ごし下さい。

No Subject * by 京一朗
hakka様 コメントありがとうございます。

記事でいろいろ愚痴つてしまいましたが、温かい励ましを頂きとても感謝しています。これからも頑張って続けたいと思ってます。

3Dは確かに時間、手間がかかります。良いものを作ろうと思えば余計そうです。

でも、3Dで京都を表現してゆくなかで、3Dならではの発見や疑問、着想、達成感、といろいろプラスな面もあります。

3Dもまだまだ修行が足りません。

改めてコメントありがとうございます。

hakkaさんも頑張ってくださいね。


No Subject * by Hakka
こんばんは。
安政の頃の御所には今よりもかなり多くの建物が存在していたのですね。驚きです。

京一朗さんの3D京都、他の誰もやっていない試みだと思いますし、私自身、今まで知らなかった公家の世界のことを色々と勉強させて頂いていて、いつも新鮮に感じています。

お金になるかどうかと関係なしに徹夜するまで情熱を向けられることがあって、しかもそれが他の誰もやっていないことで、さらに楽しみにしている読者の方がいるって、この上なく価値のあることだと思います。

3Dの作成は、恐ろしく時間と手間がかかるかと思いますが、この先も楽しみにしています。

即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」が完成しました 紫宸殿編

平成31年2月24日、天皇陛下の「御在位三十年記念式典」が東京の国立劇場で開かれました。2019.2.24日付、産経新聞ニュースより引用 (撮影:山口良介)テレビで拝見していて思わず涙が零れました。天皇になられてから30年、陛下は国務に精励され、災害で苦しむ人々を慰め励まし、また先の大戦で亡くなった多くの戦没者を慰霊されるため国内外を精力的に訪問されました。まさに、国民の安寧と平和を祈り続けられた30年間だったと思い...

... 続きを読む

No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様コメントありがとうございます。
ハンドルネーム涼やかなでいいですね。

山を撮られているのですね。ケガしないよう気を付けてください。今はインドアの自分ですが元々山は大好きですよ。ネパールヒマラヤのランタンリルンへも行ったことあります(但し氷河の舌端まで)。

山も雅な御所も美しいものは美しいですね。
拙いブログですが、少しでも和まれたのなら嬉しいです。

No Subject * by sazanamijiro
いやー、禁句と言われても、侍従長くらいにはなった気分で、特別限定公開を堪能しました(^^♪
いつも山に分け入ってヒーヒー言いながら写真を撮っているので、このような優雅で厳粛な世界でほんとに癒されます。
ありがとうございました。

即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」が完成しました!

今月15日に記事にしました「ただ今、即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」を製作中」ですけど完成しましたので22日付で内容を更新しました。タイトル通り、ただ今、高御座(たかみくら)を製作中です。もちろん、まだ完成ではないです。残り部分を作って合体・完成させます。折角ですから京都御所の紫宸殿の中に設置したいと思ってます。ですので、まだ紫宸殿の殿内(とくに天井)を作り込めてないので、そちらもある程度完成させて...

... 続きを読む

No Subject * by 京一朗
大原かずのり様
コメントありがとうございます。

昨夜は深夜3時まで紫宸殿の素材の一部を手直ししたりして夜更かししてしまいました・・・。いつもの如く妻から大目玉をくらいました・・・。今日から12時に寝ます!

>平城京大極殿ですが、奥行きは20mほど

仰る通りです。20mでした。文化庁で出している「特別史跡平城宮跡第一次大極殿正殿復原工事の記録」にて確認しました。28mは基壇部でした。記事も訂正しました。
指摘ありがとうございました。

No Subject * by 大原かずのり
高御座の記事、興味深いですね。楕円形ですか!私などは平城京行った時も立派だなと思ってただけで、おっしゃるような問題は考えたこともなかったです^^;

平城京大極殿ですが、奥行きは20mほどではなかったでしょうか。しかしおっしゃるように楕円形の方が空間に余裕ができて儀式的にも差障りがなくなる、私もこれかなと思ったりします。
しかし確信は持てませんが^^;




即位礼で用いられる「高御座」が完成しました。ですが御椅子を先に紹介します。

即位礼で用いられる「高御座」ですけど完成しました。さっそくご紹介したい所ですが、「待てよ、高御座で帝が座られる御椅子も平安朝を飾った重要な家具」との考えから、先に単独記事で書くことにしました。いつもの気紛れが出てしまって申し訳ないです。今、私たちが普通に使っている椅子ですけど、奈良朝や平安時代にかけては椅子と書いて(いし)と読みました。椅子は平安末期から鎌倉時代以降には書院造の普及と共に直接、畳(座...

... 続きを読む

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

高御座ですけど、椅子(玉座)が八百年もの間なく平座だったとは知りませんでした。他にも3Dで作りながら、えっ?何で?といった発見もありました。次回、書こうと思っています。

日本は幕末まで武家政権が続きましたから、いわゆる貴族文化は発達せず、江戸城の御殿は300年間、時が止まったかのように同じ仕様の書院が延々と続きました。代わりに文化を担ったのは町民・商人たちだったと思います。近世に朝廷が政治を担ったなら、公の職務は椅子とテーブル、家に帰ったら畳に横になる、そんな職住分離が行われ、明治の極端な欧風化もなかったかもしれません。

でも、近代の日本が発展したのは官僚たちの汚職が少なかったからとも言われています。その意味では「武士は食わねど高楊枝」の侍魂があったからねんでしょうね。

まぁ、世の中、彼方を立てればこちらは立たず、で、その塩加減が難しいですね。

* by 五反田猫
京一朗さん 高御座とは、時節にあった話題ですね。
現物は、もう京都から東京に移動したのでしょうか?

畳の生活、知人の住宅管理をしている人から聞きましたが、畳の部屋は人気がなくて、リフォームで洋間にする事が多いそうです。最近、五反田から目黒に越しましたが、このアパートも畳の部屋を改造したようで、クロゼットは押入れだった後が微妙にあります。 
畳がかびるのは、昔は当たり前だった 畳を干したり上げたりしなくなったから、当然でしょうね。 

>座敷は畳以外なにもないのがスッキリして美しい
仰る通りですが、住んでいるとこれが難しいですよね。
伝統的な家では、客間が応接でもありお客様用の寝室にもなり、行事の折は季節の飾りをしていました。
結局、お客が泊まる、季節の飾りがすたれれば、無駄な部屋は不要になりますので、畳も不要になってきます。
面白いのは海外で、台湾などでは畳が人気で、金持ちの家には畳の部屋があって、夏は快適で 絨毯と違ってそのままゴロゴロ出来るのが良いみたいです。 やはり南方の文化にあったものなのかもしれませんね。

修学院離宮 甦る止々斎

先回の記事で修学院離宮へ行ったことを書きましたが、制作していた3Dが出来上がりましたのでスクリーンショットを何枚かアップロードします。アップするのは止々斎という建物。修学院離宮の創建当時に上御茶屋の浴龍池側に建てられた数寄屋建築です。今は存在していません。ここで、改めてというか修学院離宮についてざっと纏めてみます。修学院離宮は京都の北部、比叡山麓に、17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4年)...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

「斎」は書斎の斎か、勉強になります。としますと、止々斎とは文人墨客がしばしば脚を止めて風情を愛でる、みたいな感じですかね。

3D制作で戸袋を作るのをしばしば忘れてしまいます。昔の人は雨戸と舞良戸が兼用で内側が明障子になっている場合が多く、用心も含めて雨に関係なく夜間は締めていたのではと思います。

露台はオマケで付けました。露台へ出る戸口を作ろうかと思いましたけどカット。

実際の止々斎の位置はちょっと岸から高く、外からヨッコイショ、っていう想定です 笑。

止々斎 * by 五反田猫
森 蘊さんの庭園や建物に関する本、良いですね。 私も好きでした。
止々斎の3D有難うございます、瓦葺の土間とは!
水位が上がった場合を考えてか、足が濡れても大丈夫!? とか、想像を掻き立てられます。

斎号は、部屋が転じて書斎・居間の意味で、医者や芸術家に与えられたと聞きました。 構造から考えれば、書斎、居間なのでしょうね。 座敷から庭を見た開放感は素晴らしいのですが、風雨の時が気になってしまいます。
雨戸などはあるのでしょうね。

正面左に露台がありますが、ここへのアクセスが気になります。 瓦の土間から入れるのか、それとも外から回ってお供が待つ場なのか、色々 想像して楽しんでおります。

第二弾 不肖、「3D京都」が非公開エリアの飛香舎をご案内します。

引き続き、第二弾として御所の非公開エリアの飛香舎(ひぎょうしゃ)をご案内します。後宮を中心とした俯瞰図。ここも、建築仕様は文献、一部平面図、妻側からの立面図、限られた写真等を使って3Dに仕上げました。省いた建物、わからない部分は想定復元と不正確な面も多々ありますが全体としての飛香舎の雰囲気は醸し出しておるのではと思っています。再掲ですが、飛香舎の位置を確認します。赤く囲ったところが後宮で北、奥にある...

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NoTitle * by 梅村京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

>年末まで京博で飛香舎(藤壺)の調度 の展示がされております。

そうなんですか、情報ありがとうございます。
先週、京都へ行ってきたばかりです。公家屋敷で調べたいことがありまして。丁度、時代祭りがあったんです。知らなかった・・・情報に疎い自分です。

 >つきづきしい、
おぉ、雅な言葉ですね。これも意味知らなかった。教えて頂いてありがとうございます。

NoTitle * by 梅村京一朗
はむこたん様 コメントありがとうございます。

そうですよ、>若紫を、源氏の君が見初めるシーンに繋がる前あたりでしょうか。ハイ。

でも、流石に盗み見する光源氏が登場したら、頑張って作った飛香舎の3Dが台無しですよ! 笑。

藤壺 * by 五反田猫
藤壺の雰囲気が良いですね、年末まで京博で飛香舎(藤壺)の調度 の展示がされております。 つきづきしい記事を有難うございました。

NoTitle * by はむこたん
『犬君が雀の子を逃がしたの』と言う若紫を、源氏の君が見初めるシーンに繋がる前あたりでしょうか。

細かく再現された3Dと一緒に、源氏物語のお話にもトリップできて、楽しませていただいています!

NoTitle * by 梅村京一朗
大原様 コメントありがとうございます。
そうでしたか、めでたいことですね。
来年の御大礼にも記念公開されるかもですね。

恩赦もあるようですし、新しい帝の下、日本が平安であるよう願っています。

NoTitle * by 大原かずのり
9年前の、御即位20年記念京都御所特別公開で入れたんですね。なので平成最後の特別公開!というのを待ってるんですがw
それとも新しく即位された記念に公開!とか。

もし公開されたら、梅村さんの素晴らしい投稿に大期待です^^

NoTitle * by 梅村京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

御所の後宮が一般公開されるときがあるんですね。知らなかった。次回はいつあるんでしょう? 一応、私もアンテナ張ってますが、大原さんの方が早耳そうだから、そのときは教えてくださいね 笑。

NoTitle * by 大原かずのり
後宮エリアは数年前の公開で訪問しましたが・・・・それほど記憶に残ってないです^^;
この投稿を見てから訪問たかったですね!
黒漆塗に赤漆塗飾金具をつけた蔀戸が好きですw