2018-12-17 (Mon)
「別に間違いを見つけるために150年前の幕末京都にタイムスリップした訳じゃなかった。でも結果的にそうなった」。こんな書き出しで今回のその(五)は書いてみようと思います。結果から先に言いますと、タイトル通り「河野じゃなく阿野さんだった!」ということです。その(四)で相国寺東隣の「塔之段薮下町」にあった公家・小倉家そして河野家を訪ねましたが、実は河野家という姓の公家は存在しないということを旅の記事を書きなが...
No Subject * by -
hige様コメントありがとうございます。
さっそくアクセスしてみました.
平安京オーバレイマップは先回教えて頂きました。「なかなか興味深い記事があります」というのはひょっとして別の記事のことですか?
こちらの勘違いだったらすみません。
オーバレイマップは平安京と現代が比較でき見ていても楽しいです。でも、作るのに大変だったでしょうね。
さっそくアクセスしてみました.
平安京オーバレイマップは先回教えて頂きました。「なかなか興味深い記事があります」というのはひょっとして別の記事のことですか?
こちらの勘違いだったらすみません。
オーバレイマップは平安京と現代が比較でき見ていても楽しいです。でも、作るのに大変だったでしょうね。
No Subject * by hige
すでにご存じかもしれませんが
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/
というなかなか興味深い記事があります。
先般、冷泉家内部の一般公開があったのですが、内部の撮影は全面禁止だと云うことで、観覧しませんでした。
京都といえど文化財がそのまま残っているところはなかなかないようで、京一朗氏のアプローチはすごく興味深いです。
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/
というなかなか興味深い記事があります。
先般、冷泉家内部の一般公開があったのですが、内部の撮影は全面禁止だと云うことで、観覧しませんでした。
京都といえど文化財がそのまま残っているところはなかなかないようで、京一朗氏のアプローチはすごく興味深いです。
No Subject * by -
五反田猫さま
コメントありがとうございます。
河野さんの事ですけど、前半、御苑外で訪ねたお公家さんは、山本、石野、石井、小倉、入江さん、と、どちらかと言うと公家らしくない姓が多かったので、河野もアリかなとそのまま現地を訪ねました。これが大炊御門家とか聞けば一発で公家変換できますが、そういう名は御苑内に多いんですよね 笑。
でも、ネットで「山本家」と検索するとグーグルでもトップページの一番に載ります。それだけ歴史的重みがあるんでしょうね。
来年の大嘗祭では一部、ベニア板が使われるとか、一世一元のそれこそ日本の将来を占うような大事な祭祀なのに何か悲しくなってきますよ。合板では神気が滞ってしまう・・・。
「もっと他にケチる所いっぱい在るだろう!」といいたくなりますよ。日本がどんどん溶解していくようで堪りません。
すみません、思わず愚痴ってしまいました。
「磯高の冠」、ググってみました。有職故実に拘った家なんですね。勉強になります。
コメントありがとうございます。
河野さんの事ですけど、前半、御苑外で訪ねたお公家さんは、山本、石野、石井、小倉、入江さん、と、どちらかと言うと公家らしくない姓が多かったので、河野もアリかなとそのまま現地を訪ねました。これが大炊御門家とか聞けば一発で公家変換できますが、そういう名は御苑内に多いんですよね 笑。
でも、ネットで「山本家」と検索するとグーグルでもトップページの一番に載ります。それだけ歴史的重みがあるんでしょうね。
来年の大嘗祭では一部、ベニア板が使われるとか、一世一元のそれこそ日本の将来を占うような大事な祭祀なのに何か悲しくなってきますよ。合板では神気が滞ってしまう・・・。
「もっと他にケチる所いっぱい在るだろう!」といいたくなりますよ。日本がどんどん溶解していくようで堪りません。
すみません、思わず愚痴ってしまいました。
「磯高の冠」、ググってみました。有職故実に拘った家なんですね。勉強になります。
いつもながら丁寧の調査です * by 五反田猫
資料をしっかりあたるのは重要ですよね。
特に、崩し字を翻字する時には、専門家でも間違いますので。
こうして、関連資料を当たられて、実地も見られて、頭が下がります。
今回 資料に出た勧修寺流の「某家」は、ご子孫にご縁があって、色々と教授頂きました。息子さん方は今も立派に御用を御勤めされております。
江戸末の宮中の絵巻を見ると、勧修寺家は「磯高の冠」という他家と違う冠をかぶるのですぐに判ります。 こういう他家と違うのは、大名もそうですが、大変大事だったみたいですね。
特に、崩し字を翻字する時には、専門家でも間違いますので。
こうして、関連資料を当たられて、実地も見られて、頭が下がります。
今回 資料に出た勧修寺流の「某家」は、ご子孫にご縁があって、色々と教授頂きました。息子さん方は今も立派に御用を御勤めされております。
江戸末の宮中の絵巻を見ると、勧修寺家は「磯高の冠」という他家と違う冠をかぶるのですぐに判ります。 こういう他家と違うのは、大名もそうですが、大変大事だったみたいですね。
前にも紹介しているのでしたか。
これは失礼しました。
年取ると物忘れが激しくて。