3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 聚楽第

聚楽第に在った頃の飛雲閣を想像してみた 内部編

以前書きました「秀吉の聚楽第にあった頃の飛雲閣 外観編」ですが、この度、やっと「内部編」を完成させました。聚楽第に在った頃、と銘打っているように、あくまで私の想像の範囲内での「模擬飛雲閣」です。本来なら北面二階の壁に描かれている三十六歌仙の絵も描いてありません。その代わり、「秀吉の御所参内・聚楽第行幸図屏風」に描かれているように、秀吉の御伽衆であった大村由己が著わした「『聚楽行幸記」の記述にある、...

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飛雲閣は聚楽第の何処に存在したのだろう? 後編

今、後編を書き出しているところですが、14日のブログで東京帰りのついでに背景用写真を撮ってこよう、と書きましたが確かに撮ってきました。足に豆ができるほど歩きました。でも、皇居東御苑は金曜はお休みで入れないんですよね、知らなかった。いきなり出鼻をくじかれた感じ。仕方なく明治神宮に移動。そこでパシャパシャ撮ってましたが、そのときのこと。灯篭を撮っていたら突然背後から40代くらいの女性から「今、撮りましたよ...

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飛雲閣は聚楽第の何処に存在したのだろう? 中編

前編に引き続き後編です、もとい中編になりました。前編で『そもそも聚楽第には飛雲閣自体が存在しなかった。天守さえも存在しなかった?』、について、その書きかけというかまだ、ほとんど入口にも入っていない状況ですが、一つづつ解明?してゆきます。というか書きながらどういう方向へいくのか?自分でもわからないです。そもそも浅学菲才の私が聚楽第に挑もう?と思うこと自体が間違っていますが、3Dで再現するとう流れのな...

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飛雲閣は聚楽第の何処に存在したのだろう? 前編

前回も申しましたが、あくまで「飛雲閣は聚楽第に存在した」、ということを前提に「事実」はわからないままですが、今回は自分なりに論点整理して飛雲閣の数奇な物語?に取り組んでみたいと思います。何度も書きますが、飛雲閣が聚楽第からの移築か?いまだ事実は定まっていません。ただ西本願寺の寺伝を根拠とするものであり、これまでの修築によれば移築の痕跡はなかった・・・従って移築ではなく、最初から同本願寺の回遊式庭園...

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秀吉の聚楽第に在った頃の飛雲閣を想像してみた 「外観編」

一応、飛雲閣の外観3Dができたので3DCG図をアップしてみます。今回はCG図をメインにアルバム風に載せます。飛雲閣についての「聚楽第からの移築説」や「聚楽第の何処に存在したのか?」、「そもそも存在したのか?」などの考察については次回私見も含め書いてみたいと思っています。まずは現在の飛雲閣の姿から、現在の飛雲閣聚楽第は関白になった豊臣秀吉の政庁兼邸宅として天正15年(1587年)9月に完成されました。した...

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聚楽第・伏見城の遺構を探す旅 その(二) 果たして飛雲閣は聚楽第からの移築か!?

世に聚楽第の遺構といわれる建築物は幾つかあると思います。中には、それはないでしょう?というものもありますが、今回はある意味異色の楼閣・飛雲閣を取り上げてみたいと思います。 まずは普段は非公開で見学できない飛雲閣について管理人の持っている資料の範囲内でご紹介しますね。最初に飛雲閣のある西本願寺の境内図から。これは同本願寺の公式HPに載っている案内図です。 この図で見ると左下の庭園・滴翠園のなかのまた左...

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聚楽第・伏見城の遺構を探す旅 その(一) 聚楽第編

今現在、合間をみて再び二条城の天守閣の3D製作にチャレンジ、今度は天守閣だけでなく本丸全体を再現しようと思って頑張ってます。完成したら、また東寺の塔から眺めてみたいです(笑)。そうそう二の丸の方は現存しさんざん紹介されているので今回は割愛。それと今、三つのちょっとしたシリーズ物を3D製作の合間に書こうと考えています。一つは今回の「聚楽第・伏見城の遺構を探す旅」、数回に分ける予定です。も一つは京都の門...

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