今回、金閣・北山第の3D再現(宇治上神社から金閣に飛んでしまってすみません。ムラキなもんで・・・)をしようと思って関連本・資料など読み漁っているうち、金閣に代表される日本の楼閣建築の起源・流れはどうだったんだろう?、 という興味がフツフツと湧いてきて、上記、タイトル「日本の楼閣の起源はいつだろう?」となった次第です。 ところで、まったく関係ないのですが、 先ほど、金閣関連の本云々と書きましたが、書斎(っ...
2013-12-03 (Tue)
2012-02-14 (Tue)
江戸期・慶安二年(1649)の幕府による三階建て禁止令により、原則、それ以降三階建ては、武家屋敷、町屋共に建てられなくなりました。京では本二階さえも通りに面しては建てなくなりました(これは町組による自主規制、ただし、通りから入った裏手には本二階を建てていた)。ちなみに屋根の低い厨子二階といわれる京独自の低い統一した町並みは、一つには町衆の大火の後の建設予算の節約の為そうなった側面があると言われています。で...
お礼 * by 深澤光佐子
さっそくのお返事ありがとうございました。写真集は持っていますが、資料所在調査報告はしらなかったので、大変参考になりました。ありがとうございました。
Re: 3D京都を拝見して * by 梅のコージ
Fさま、
拙ブログを訪問していただきありがとうございます。
メール宛へ返信しようとしたらアドレスの後半部分が文字化けしていましたので、当ブログ経由で返信いたします。
お問い合わせの件ですが、手元にある山階宮関係の資料はブログに掲載した旧山階宮邸の移築写真と、後、吉川引文館から出版されている、学習院大学史料館 編『写真集 近代皇族の記憶 山階宮三代』だけです。もし、同写真集をお持ちでないようでしたら(持っていたらごめんなさい)、購入か、県図書館クラスへ行けば蔵書があると思います。
後、手元に、同じく学習院大学史料館から刊行されている「旧華族家資料所在調査報告」がありますが、そこに載っている山階宮家から臣籍降下され、華族となられた山階家、筑波家、
鹿島家、葛城家の各家の調査報告を参考にされたら、ひょっとして、山階宮晃親王までたどり着く資料が見つかるかもしれません。
同旧華族家資料所在調査報告、は、私も学習院大学史料館へ行ってコピーしてきました。ただコピーしたのは公家関係だけでしたので、臣籍降下された宮家出身の華族の資料はありません。一度、学習院大学史料館へ行かれてみるのも良いかと思います(これも、すでにコピー済みでしたらごめんなさい)。
以上です。お役に立てず申し訳ありません。どうか研究テーマの方、頑張ってください。
また、当ブログに良かったら寄ってください。
「3D京都」管理人(梅のコージ)
拙ブログを訪問していただきありがとうございます。
メール宛へ返信しようとしたらアドレスの後半部分が文字化けしていましたので、当ブログ経由で返信いたします。
お問い合わせの件ですが、手元にある山階宮関係の資料はブログに掲載した旧山階宮邸の移築写真と、後、吉川引文館から出版されている、学習院大学史料館 編『写真集 近代皇族の記憶 山階宮三代』だけです。もし、同写真集をお持ちでないようでしたら(持っていたらごめんなさい)、購入か、県図書館クラスへ行けば蔵書があると思います。
後、手元に、同じく学習院大学史料館から刊行されている「旧華族家資料所在調査報告」がありますが、そこに載っている山階宮家から臣籍降下され、華族となられた山階家、筑波家、
鹿島家、葛城家の各家の調査報告を参考にされたら、ひょっとして、山階宮晃親王までたどり着く資料が見つかるかもしれません。
同旧華族家資料所在調査報告、は、私も学習院大学史料館へ行ってコピーしてきました。ただコピーしたのは公家関係だけでしたので、臣籍降下された宮家出身の華族の資料はありません。一度、学習院大学史料館へ行かれてみるのも良いかと思います(これも、すでにコピー済みでしたらごめんなさい)。
以上です。お役に立てず申し訳ありません。どうか研究テーマの方、頑張ってください。
また、当ブログに良かったら寄ってください。
「3D京都」管理人(梅のコージ)
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2012-02-04 (Sat)
寒いし気分転換に銀閣に銀箔を貼ろう・・・としたんですけど、ふと、数年前NHKの「銀閣寺特集」を放映していたのを思い出しました。確か銀箔は貼ってなかった・・・けど、ある意味それ以上の貼り細工がしてあった・・・と。んで、さっそくネットで調べました。そしたらわかりました。往時の銀閣は何と二層の壁一面に、黒漆の下地、そしてガラス質の「白土」に「ミョウバン」を混ぜた白土が塗られていたのです。壁に光が当たると...
銀閣の3D化を試みた梅のコージさんへ * by 後藤久太郎
ここに、梅のコージさんへのコメントを書き込むのは無粋ですが、りせさんお許し下さい。最近亡くなった建築史家(専門は中世住宅史)川上貢先生の論文・著書を読まれましたか。特に博士論文を手直しして出版された「中世住宅史の研究」を一度読んで見て下さい(と言っても大部ですし、出版元の墨水書房が無くなってしまい新本は手に入りません)。視野が広がりますよ。りせさんは古代建築に興味があるのでしょうか。それについて一言。現在の中国には当時の建造物はほとんど残っていません。そこで、中国の研究者は日本に来て研究していると言うようなことを、故太田博太郎先生が話しておられました。文献・遺構とも日本の方が豊富にあるのです。そのため、太田先生は、ご自分の所に送られてくる「修理工事報告書」を、目を通した後、中国(北京大学だったか
他の大学だったか記憶が曖昧です)へ送られていました。
他の大学だったか記憶が曖昧です)へ送られていました。
こんばんは~♪ * by りせ
梅のコージさん 初めまして♪
拙ブログに来ていただきまして有難うございます。m(_ _)m
このような切り口で京都を捉えられて・・・素晴らしいですね。
リンクして下さって光栄です。有り難うございます。当方もリンクさせていただきました。
タイトルのバック写真・・・法勝寺八角九重塔なのですね。中国が出現したみたいです。現存していたら・・・
これからもどうぞ宜しく。
拙ブログに来ていただきまして有難うございます。m(_ _)m
このような切り口で京都を捉えられて・・・素晴らしいですね。
リンクして下さって光栄です。有り難うございます。当方もリンクさせていただきました。
タイトルのバック写真・・・法勝寺八角九重塔なのですね。中国が出現したみたいです。現存していたら・・・
これからもどうぞ宜しく。