3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 後白河天皇

後白河法皇の法住寺殿に最勝光院が完成しました。

記事のタイトル通り最勝光院が取り合えず完成しました。指図は参考にしましたが立面はまったくわからず100%想像力で造りこみました。もし、本物の設計者さんが見たらどう思うだろう?改めて思うのは、まったくの白紙から斬新な建築を設計することはとても難しいことだということです。どうしても既存の固定観念に縛られてしまいますからね。そういうことで、まったく別物の最勝光院かもしれませんが見てやってください(笑) ところ...

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法住寺殿に三十三間堂や塔が出来ました。

今日は春の嵐と呼ぶにはあまりにも暴風雨が吹きあふれた一日でしたね。中には強風で亡くなった方もみえました。大地だけでなく空も今の時代に震えているのですかね・・・。 さて人も亡くなったのに時候代わりに使ってすみません。ご冥福をお祈り申し上げます。 法住寺殿の方ですけど、初代三十三間堂や五重塔が出来ましたのでアップします。当時は朱塗りの寺院が定番でしたからそうしました。まだ最勝光院とか残っているので頑張っ...

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もう一つの平家物語の舞台 法住寺殿南殿の完成です。

前回一期工事で法住寺殿南殿の建物の方を取り合えず3Dで製作してみました。室内は未定ですけど、いずれかの機会、寝殿造りの室内を造作してみたいと思ってます。 で、今回、建物周りの外溝工事をメインに大池や中島、二階釣り殿、門や塀などを造りこみました。外溝についてはわからない事も多く、多分に想像力で造ってみましたので、あるいは史実とずれているところもあろうかと思いますけど、そこは単純に目の保養と思って見て...

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法住寺殿南殿3D製作 第一期工事完了です。

法住寺殿南殿の3D製作のうち、 第一期分の工事が完了しましたのでパース図をアップします。 実際に寝殿造りのホンマものの遺構は残っていませんから、指図やいろんな資料の画像等みて、だいたい、こんなんでは+比較的手早く(失礼)ということで製作しました。まだ、南殿一つとっても広い池や反り橋、二重楼閣もこれから製作です。法住寺殿のは広いです!(笑)。 今回、正殿である寝殿の間口は約22メートルほどにしました。指図の...

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後白河法皇の法住寺殿・南殿の間取り図を作成してみました。

京都千年というといつの時空に飛ぼうかと迷うときがありますが、今年は大河が「平清盛」を取り上げているということで、やはり注目の目は院政及び源平期にいってしまう面があります。今、流行のものに合わせて点数稼ごう・・・などとどこか世間に「阿る(おもねる)」気持ちが自分にあるのかぁ・・・とも思ったりしてますけど、そう思う自分こそが「何様のつもり?」とまぁ、あれこれ自問自答してますけど、そんなことより乗り出した...

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後白河法皇の法住寺殿はどんなイメージだったのだろう?

NHKの大河の方もこれから清盛と後白河法皇との丁々発止が展開されてゆきますが、その舞台ともなった後白河法皇の院御所である法住寺殿はどのようなイメージだったのだろうか?管理人も当然、そんな興味があったのでここで一つ無謀にも「法住寺殿」を再現してみよう!ということになりました。なにせ、当時、治天の君とも言われた最高権威・後白河法皇の御所ですから方十町四方と広いこと広いこと!御所内には、広い池から三十三...

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院政期 八条院領と長講堂領についての閑話

次の3D製作の対象として後白河法皇の院御所・法住寺殿を取り上げてみようと思っていますが、その前に院政期の白河、鳥羽両上皇、そして後白河法皇の権力の基盤ともなった院の御領(荘園)について後白河法皇を中心にお話してみたいと思います。 何故ならば、なぜ、後白河法皇は白河、鳥羽両上皇に比べ独裁権力を発揮できなかったのか?また武士の台頭をなぜ許したのか?それから何故南北朝に皇統が分裂したのか?また室町幕府は何...

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Re: お礼 * by 梅のコージ
M.K さま、

コメントありがとうございます。
少しでも参考になれば幸いです。

また、今後も、当ブログに起こしください。


> 八条院領と長講堂領がわからなくていろいろみてまわっていました。
> このページが一番わかりやすかったです。
> やっと理解することができました。
> ありがとうございました。


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* by Gくん
こんにちは!

本記事、興味深く拝見いたしました。