3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 廣幡家

謎の人物X氏より新たなミッションを受け宮内庁書陵部公文書館へ行って参りました 後編

引き続き後編ですが、〇〇卿(メールではそう呼ばせて頂いておりますが、実際にお会いした時は言いませんよ 笑)と会食した際、公家の廣幡家の話が出ました。私の方から切り出したのですが、「廣幡家といえば公家でも摂家に続く家格の清家家の名門なのに本邸が御所から1キロ以上も離れていたのは何故ですかね?」。お公家さんの本邸の殆どは現在の京都御苑にあった公家町と御苑の西に接する烏丸通、同じく御苑の北に接する今出川通...

... 続きを読む

No Subject * by -
澪標様 コメントありがとうございます。
第54回京の冬の旅のHP貼り付けて頂きありがとうございます。光照院の一番上に出てくる書院が桂宮邸の遺構ですかね。欄間が何となく桂宮邸風です。本堂も昭和天皇即位に使われた建物も何となく近代和風な感じですね。
>なぜ、二条城に移築した後も残り続けたのか、また他の現地に残った桂宮邸がどうなったか気になりませんか?

そうなんですか、残っていたんですね。朽ち果てるままにしていたのか?何か理由があるのですかね?その理由教えてください。隣の中山邸跡も明治天皇の産湯に使われた祐井が残ってると聞いてます。他にも遺構が残っているかもです。

No Subject * by 澪標
ご無沙汰しております。
三井家は新政府に色々と貢献していますから、移築したのは雑役を担う者たちが集う部屋では無いと思いますが、いくら貢献があったとはいえ商人ですから、天皇が使用するような部屋ではなく、高級女官が使った煌びやかな障壁画がある部屋ではないでしょうか?
話が変わりますが、第54回京の冬の旅で見学した光照院(旧常磐御所)に、大正時代に京都御所の近くにあった桂宮邸を移築した書院がありました。
係員に話を聞いてみると、二条城に桂宮邸を本丸御殿を移築した後も跡地にはいくつも建物が残っていたようで、その一部を寄付されて移築したようです。
ウィキィペディアによると、桂宮邸は1847年(弘化4年)に桂宮家が京都御所の北(今出川御門内)に建てた御殿の主要部を、1894年(明治27年)に明治天皇の意向により、二条城本丸に移築したものということですので、単純計算でも20年近く主要部以外は残置されていたみたいです。
なぜ、二条城に移築した後も残り続けたのか、また他の現地に残った桂宮邸がどうなったか気になりませんか?
https://ja.kyoto.travel/specialopening/winter/2019/special/public01.php?special_exhibition_id=35

No Subject * by 京一朗
澪標様 コメントありがとうございます。
ご無沙汰ですね。

リンク先拝見しました。
まさか福井県の小浜市に幕末の御所の遺構が移築されているとは思いませんでした。情報ありがとうございます。
最初に三井家が拝領した御殿は、10畳と7・5畳の2部屋ですね。御所のどこだろう?当ててみてください 笑。拝領ということですからそれなりに立派なものを頂いたと思います。
外観はかなり改築されていますが中はどうなっているか興味尽きないですね。

No Subject * by 澪標
以前は戦時中の京都御所における建物疎開に調べていただきありがとうございました。
今回、京都御所が明治時代に建物の払い下げを行なっていたという絵図をされていますが、三井家が10畳と7・5畳の計2部屋を拝領し、東京に移築していたのを小浜市に、三井家が小浜藩の両替商だったなどの縁で、調度品とともに市に寄贈されたという記事を見つけました。
下記にネットニュースのリンクを貼っておきます。
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/927310
ご興味がおありと思い、以前のお礼としてはささやかではございますが、お伝え致します。

京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅 その(四)

帰ってまいりました。「京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅」。今回は、その(四)として中院家、入江家、広幡家、小倉家、河野家の五家について巡ってみたいと思います。京都御苑の外にあった宮家・公家屋敷跡の一覧図。                    © OpenStreetMap contributors青で丸く囲った所が訪問先。というか、その(三)から暫く間が空き旅の記憶が段々と薄れ気味・・・・どこまで書けるか心配ですが行け...

... 続きを読む

No Subject * by -
TAKATSUKASA様 

コメントありがとうございます。

いろいろ公家繋がりで深いものがありますね。
河野さんの事ですけど誰の屋敷かわかりました!
今、記事に書いてます。ここでは明かしませんよ、お楽しみに 笑。

小倉家 河野家 * by TAKATSUKASA
相変わらず楽しく拝見させ頂いております。小倉家の第23代当主、小倉長季の実父は橋本實久で、實久の妹、伊与子が家慶時代に大奥で絶大な権勢を振るった姉小路で、更に實久の娘、経子は和宮親子内親王の生母という、なかなかに面白い血筋の方ですね。河野家は、どこでしょうね。読み方、漢字を間違えて交野家(かたの)とか河端家と高野家と書き間違えたのでしょうか。特に交野家は、ご推察されています西高辻家とほぼ同じ石高なので。そういうのを色々と調べてみたり、推測してみたりも、本当に楽しいものですね。

No Subject * by -
hige様 

平安京オーバレイマップの紹介も合わせありがとうございます。

京都アスニーの復原模型や立命館大のバーチャル3D、書籍等では見知っているつもりでしたがネット上でバーチャル平安京マップが見れるとは知りませんでした。

やっぱり京都へ移住しないとダメですかね 笑。

冷泉家は以前行きまして写真もたくさん撮りましたが、外から室内を撮るのもダメになったのですか?

どんどん室内撮影禁止とか増えてますね。もう3Dで作って室内見るしかないですね。でも、それだと100年かかる。せめて御所と公家町の三十邸ぐらいは作ってあの世へ行きたいと考えております。

いつも為になること教えて頂きありがとうございます。

京の旧家 * by hige
 京の公家屋敷はいくつか残ってるみたいですが、京都御苑の中はひとつを除いて全滅ですね。
 江戸への遷都で公家も江戸へ移住。で御苑が荒廃。
 で、天皇が京都御苑の整備を指示。
 今の京都御苑がある。みたいな歴史があるようです。

 冷泉家の一般公開がありまして、行ったのですが内部は全面撮影禁止と言うことでしたので、入らずよそへ行きました。

 最近のカメラマンたちのマナーの悪さは私も実感しています。外人も含む一般人のスマホやタブレットでの撮影。
 なかなかむつかしい問題と思ってます。

 京のレトルトな建物や、昔はどうなのが興味深いです。

 で、ご存じかもしれませんが
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/