3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 小壁

後藤久太郎氏から「小壁」について指摘がありました。

ご無沙汰しておりました。管理人の梅のコージです。 訪問者の方からもご心配や励ましのメールを頂きとても感謝しております。今後もライフワークの一つとして波はあるかもしれませんが頑張ってゆきますので今後とも宜しくお願い致します。 さて以前、「小 壁」の誇り・・・もしくは矜持、というタイトルで装飾小壁についての考察と起源について私見を述べましたが、とくに起源について、宮城学院女子大学教授の後藤久太郎先生から...

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「小 壁」の誇り・・・もしくは矜持

天皇家と徳川将軍家ってどう違うの?と言っても全然違うので今回は住宅史のある一面から、その違いをちょっと浮き彫りにしてみたいと思います。表記のタイトル「小壁」ですが「こかべ」と言います。まずはこの「小壁」とは何ぞや?から入っていきたいと思います。建築用語辞典によれば、鴨居から天井までの間の壁のことを「小壁」というそうです。じゃ、その小壁が天皇家と将軍家に何の関係があるの?となってくるわけですが、まず...

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Re: 内法長押上小壁の装飾 * by 梅のコージ

後藤さま、
ご返事遅れて申し訳ありません。体調の方もほぼ前に戻り元気になりました。
11月1日付でブログ記事をアップ致しましたので、宜しかったら覗いてみてください。
ありがとうございました。

>  装飾小壁の初見は、伏見城では無く、元和3年~造営計画が始まった徳川和子(まさこ)の入内に備えた御殿だと思われます。
>  川上先生が最初に伏見城説を日本建築学会の大会で発表されたのですが、この時後藤も装飾小壁・絵天井の初見は、伏見城では無く、元和の徳川和子入内御殿群中の小堀遠州が奉行を務めた御殿である由の発表を行いました。
>  川上先生と後藤の間で議論になり、伏見城の御殿の装飾小壁は内法長押の上の小壁で有ることは証明できず、史料上では元和の御殿であることで両者の見解が一致しました。
>  これについては、日本建築学会の大会の梗概集に載っておりますが、残念ながら日本建築学会のデ-タベースには入っておりません。もしご希望なら論文をpdf化してお送りしますので、PCのアドレスをお知らせ下さい。ただこれでは議論の様子は分かりません。当時の発表に立ち会った、当事者で無い在命の研究者にお尋ね下さい。例えば京都女子大学の斎藤英俊教授などは現役ですので答えてくれると思います。

内法長押上小壁の装飾 * by 後藤久太郎
 装飾小壁の初見は、伏見城では無く、元和3年~造営計画が始まった徳川和子(まさこ)の入内に備えた御殿だと思われます。
 川上先生が最初に伏見城説を日本建築学会の大会で発表されたのですが、この時後藤も装飾小壁・絵天井の初見は、伏見城では無く、元和の徳川和子入内御殿群中の小堀遠州が奉行を務めた御殿である由の発表を行いました。
 川上先生と後藤の間で議論になり、伏見城の御殿の装飾小壁は内法長押の上の小壁で有ることは証明できず、史料上では元和の御殿であることで両者の見解が一致しました。
 これについては、日本建築学会の大会の梗概集に載っておりますが、残念ながら日本建築学会のデ-タベースには入っておりません。もしご希望なら論文をpdf化してお送りしますので、PCのアドレスをお知らせ下さい。ただこれでは議論の様子は分かりません。当時の発表に立ち会った、当事者で無い在命の研究者にお尋ね下さい。例えば京都女子大学の斎藤英俊教授などは現役ですので答えてくれると思います。