3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 修学院離宮

曇りのち晴れたら修学院離宮へ行こう!

昨日、京都からみえた方から「今、京都は紅葉シーズンで大変ですよ!バスも満員だらけで地元の人も乗れないような有様」と言ってみえましたが、それを聞くと、先々週に行ってきて良かったなぁ、と思いました。修学院離宮ですけど、日帰りで行ってきたのですが、天気予報は晴れ後曇り。降水確率は午後には20%と書いてあって(ネットの天気情報)、20%なら大丈夫、さぁ行こうと新幹線に乗って京都駅に着いたのは朝の8時少し前。新幹...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

窮邃亭など板壁が一部剥がれ落ちていました。
木造建築、というよりも日本の風土はメンテがたいへんだと思います。

先日、萱の群生を見ました。亜麻色に輝きとても綺麗でした。幕末・明治、日本を訪れた白人さんたちが日本のカントリーの美を賞賛していますが、やはり茅葺屋根と、里の萱山が美しかったのでしょうね。さらに炭焼きのため、結構な山が雑木林で、多分、奈良の若草山のような風景が広がっていたと思います。今のように杉の人工林ばかりだと重く暗い感じがします。痩せた土地、草しか生えない草原。そこに風が吹くとメルヘンが生まれます。

日本の深い森、豊穣はメルヘンを必要としていない。そこに日本の原初文化を解く一つの鍵があると思います。

今のパリの騒乱を見ていると複雑な気持ちですね。石畳の路は歩くととても重いですよね。

にしても、あのパリのデモ、いや暴動ですけど、デモ者たちが一様に着ている黄色のジャケットは誰が用意したものでしょうか?

修学院 素晴らしい * by 五反田猫
修学院の写真とお話し有難うございます。
二十年以上前 京都千二百年祭のドサクサで、見せて頂いた事がありましたが、その頃とも変わっているようですね。

千歳橋の鳳凰は、ピカピカですね。
網をかぶった鯉は、随分と鮮やかになった気がします。
障壁画類も、予算がついて修復されたのでしょうね。
当時聞いた話では、周辺の農地は風景に溶け込むように近代的な農耕具やビニルは使わないと感心したのですが、やはり時代の流れなのですね。 それはそれで、近代の農村風景だと受け入れる必要があるのでしょうね。

「まだまだ振り返ってはいけません」 これは当時もありました(笑)

SSLの件教えて頂きありがとうございました。 * by 京一朗
hige様 コメントありがとうございます。

SSLの件では不具合の情報頂きありがとうございました。

私の方でもクロームを立ち上げ拙ブロイグを開いたところ、確かにアドレスバーの右に×のマークがありました。いろいろ調べてみましたらi2iのアクセス解析(無料版)のタグがテンプレートのhtmlに残っていてそれが邪魔をしていました。消したら×マークも消え何とかSSL状態が保たれるようになったかと思います。教えていただきありがとうございました。

また、ブログ記事にも、higeさんのブログを引用・リンクさせて頂きました。higeさんのSSLの記事はとても有益で他の人にも伝えるべきと思ったからです。よろしくお願いします。

No Subject * by hige
 ついに桂離宮が有料になりましたか。
 宮内庁管轄の施設はずっと無料で、しかも撮影フリーだったのですが。
 大昔、私が若かった頃は入場は制限されていて一般人はなかなか入れませんでした。
 いつから入場制限が緩くなったのですかね。
 最近は、通常の神社仏閣を訪れたとき、少しでも施設の維持にお役に立てばとできるだけ拝観料を払って見る様にしています。
 修学院離宮の周辺を景観保護の為、宮内庁が買い取ったという話を私も聞きましたが、私はそのことに
は震えました。
 すごい と

 いつも、私の様な人間とは違う立場の記事を面白く拝見させていただいてます。

No Subject * by 京一朗
Hakkaさんコメントありがとうございます。

そうですよ。写真撮るの大変でした。時には最前列へ立ち、時には最後列へ潜り抜けるなど、忍者のように撮ってました。幸い、今回の参観では最後列から警護?して頂いてる皇宮警察の方かな? 男女の若いペアでしかもスーツというソフトな恰好だったので、「すみません、すみません」と言いながら結構撮らさせて頂きました。でも、池に落ちないよう気を付けないといけないですよね 笑。

修学院もぜひ行ってみてください。

No Subject * by Hakka
こんばんは。
修学院離宮、とても美しいですね。でも写真を撮るのが大変そうですね。

以前、桂離宮を訪ねたことがありますが、人は多いし、ガイドがどんどん先へ行ってしまうのでゆっくり撮っている時間はないし、大変でした。

修学院も行ってみたいし桂も再訪したいのですが、そんな訳でなかなか踏み切れずにいます。

修学院離宮 甦る止々斎

先回の記事で修学院離宮へ行ったことを書きましたが、制作していた3Dが出来上がりましたのでスクリーンショットを何枚かアップロードします。アップするのは止々斎という建物。修学院離宮の創建当時に上御茶屋の浴龍池側に建てられた数寄屋建築です。今は存在していません。ここで、改めてというか修学院離宮についてざっと纏めてみます。修学院離宮は京都の北部、比叡山麓に、17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4年)...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

「斎」は書斎の斎か、勉強になります。としますと、止々斎とは文人墨客がしばしば脚を止めて風情を愛でる、みたいな感じですかね。

3D制作で戸袋を作るのをしばしば忘れてしまいます。昔の人は雨戸と舞良戸が兼用で内側が明障子になっている場合が多く、用心も含めて雨に関係なく夜間は締めていたのではと思います。

露台はオマケで付けました。露台へ出る戸口を作ろうかと思いましたけどカット。

実際の止々斎の位置はちょっと岸から高く、外からヨッコイショ、っていう想定です 笑。

止々斎 * by 五反田猫
森 蘊さんの庭園や建物に関する本、良いですね。 私も好きでした。
止々斎の3D有難うございます、瓦葺の土間とは!
水位が上がった場合を考えてか、足が濡れても大丈夫!? とか、想像を掻き立てられます。

斎号は、部屋が転じて書斎・居間の意味で、医者や芸術家に与えられたと聞きました。 構造から考えれば、書斎、居間なのでしょうね。 座敷から庭を見た開放感は素晴らしいのですが、風雨の時が気になってしまいます。
雨戸などはあるのでしょうね。

正面左に露台がありますが、ここへのアクセスが気になります。 瓦の土間から入れるのか、それとも外から回ってお供が待つ場なのか、色々 想像して楽しんでおります。

創建時の「修学院離宮」を再現してみました。

まずは修学院離宮の景色で一番よく知られる上茶屋の浴龍池越しに見た離宮の写真を一枚。今回は再現ということですが、実際は離宮内に今も現存する建物、そして廃絶した建物を案内図や航空写真地図に配置して二次元的に再現したものです。それなりに往時の姿を想像する手立てにはなると思いますので読んでみてください。で、離宮について概要を述べておきますね。修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや...

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