元和9年(1623年)7月16日、徳川家光の将軍宣下が伏見城で実施されましたが、これが伏見城の最後の姿でした。これ以降、一国一城令の主旨からも城を維持するのは困難とし、1619年(元和5年)には伏見城の廃城が決まり、翌年から城割りが始まりました。城の遺構は福山城や淀城など全国八十余箇所にも運ばれ移築が行なわれたと言います。 当時の幕府が400年後のお城ブームを見越して伏見城を残していてくれればとは、いささか虫の良...
勝手に自分で第一期分と呼んでいるのですが、伏見城の主だった内郭・外郭の石垣と櫓、天守などを完成させたのでブログにアップすることにしました。 前回の記事でも書いたのですが、法住寺殿から望む伏見方面の地形・風景が美しかったのと、先日、京都へ行った際も模擬天守ではありますが、京都盆地から望む伏見城のシルエットがとても良かったので、取り合えずでも、各曲輪・内郭と石垣、その上に佇む櫓群、そして天守だけでも再...
3Dによる再現は興味深いですね。当時の面影が良く理解できると思います。
当方からもリンクさせていただきましたので、今後ともよろしくお願いします。
前回記事で法住寺殿から望む伏見方面の3D地形図がとても綺麗なので、思わず「伏見城出て来い!」と心のなかで叫んでしまい、後で後悔・・・そうですよね、現実に存在しないんだから。あっ模擬天守は存在しますけど今は閉鎖してるんですよね?確か遊園地だったんですよね。 そこで3Dのお出ましです。現実にないのなら3Dで作ってしまう。模擬とどこが違うん?と聞かれても3Dはディスプレイの中とお答えします(笑) とにかく、...
世に聚楽第の遺構といわれる建築物は幾つかあると思います。中には、それはないでしょう?というものもありますが、今回はある意味異色の楼閣・飛雲閣を取り上げてみたいと思います。 まずは普段は非公開で見学できない飛雲閣について管理人の持っている資料の範囲内でご紹介しますね。最初に飛雲閣のある西本願寺の境内図から。これは同本願寺の公式HPに載っている案内図です。 この図で見ると左下の庭園・滴翠園のなかのまた左...
今現在、合間をみて再び二条城の天守閣の3D製作にチャレンジ、今度は天守閣だけでなく本丸全体を再現しようと思って頑張ってます。完成したら、また東寺の塔から眺めてみたいです(笑)。そうそう二の丸の方は現存しさんざん紹介されているので今回は割愛。それと今、三つのちょっとしたシリーズ物を3D製作の合間に書こうと考えています。一つは今回の「聚楽第・伏見城の遺構を探す旅」、数回に分ける予定です。も一つは京都の門...