金閣も室内作成が完成したので、動画用にアニメーション作りをしようと思ったら、な、なんと、そのアニメーション作成のアプリがお試し期間過ぎてました・・・。 購入することにしましたが、しばらく間が空くので、動画編で書き込もうと思っていた金閣の内部の感想について先に書くことにしました。 で、その前に宣伝というか、オリジナル短歌をカテゴリーの「私歌集」に幾つか追加しましたので、もし宜しかったら覗いてみてくださ...
前編の最後部分で「龍馬と親しかった佐々木高行が宴会の席で龍馬が酔いに任せて言った一言が、後の暗殺に繋がったのではないか?と思われる節があるのです。」と書きましたが、 その佐々木高行と龍馬が親しくなったきっかけの一つがイカルス号水夫殺人事件です。 同事件は、慶応3年(1867)7月6日深夜、長崎の花街、遊女屋引田屋の裏路地で、英国軍艦イカルス号の水夫、ロバート・フォードと、ジョン・ホッチングスが殺害された事...
もっと突っ込んで言えば寺田屋事件で三人が暗殺されたと言われておりますが個人的には二人、一人は不運な事故死だと思っております。というのも中岡慎太郎は不幸にも亡くなりはしましたが、焼き飯を食べるほど一時期回復していたそうです。死因も恐らく出血多量という事であり、非常に怪しむべき人物と言えるでしょうね。記事の最後の方にも書かれていましたが、人間の価値観というのはそうは変わらないと思っています。龍馬主導の商業・政治活動でしたが、所詮は無礼討ちも自由に出来る上士とは違い郷士風情という事でしょう。
吉田神道が黒幕というのも的を得ていると思います。天明の飢饉時、偉大な光格天皇の時代の事は
blogs.yahoo.co.jp/rosetemjp/333841.html
このブログが詳しいですが、この動きに吉田神道という公儀御庭番に匹敵する組織が関わっている可能性も考えると、坂本龍馬暗殺にも大きな役割を果たしうるだけの力があった事は否定できませんね。
また日露戦争前に田中宮内大臣伯爵達が坂本龍馬を持ち上げ始めた、というのも日本伝統の御霊信仰、直接的な敗者を神として祀る、という文化的な面があったのかもしれません(つまりは元勲が勝者であり、坂本龍馬が敗者)
コメントありがとうございます。
平田篤胤については膨大な著述を前にして表面的に捉えるだけでしたが、より詳細な内容を教授頂きありがとうございます。
また、土佐の隠れキリシタンの件も情報ありがとうございます。
山の民とはサンカのことかなぁ?と思いますが、昔は戸籍がなかったと言われますが、現代でもそんな人いるんですかね・・・?
後、てき屋と寺社の関係とか興味尽きないですね。
梅のコージ
仁淀川河口から少し上にいった右岸に「八十」ヤソと言う字地名がありそこには小さなヤソ神社があります。土佐にも一時期隠れキリシタンがいたのかもしれません。
バックアップのネットワークを広げた元は、霊能真柱が好まれてたこと。山で暮らす民には口コミですでに幽明一如の信仰は、救いのように広く広がってたと思います。
伊予大洲藩が天皇の東京行幸の先頭になったのは、彦根藩伊井家のような小藩に権威指南役を与えるやり方だと思いますが、平田篤胤の養子の鐵胤や矢野玄道が出た藩だったから選ばれた理由ももあるかもしれないな、と思ってます。
実は高杉晋作はなぜ、「NHKの大河ドラマで主役として取り上げられないのか?」 その理由を書いてみたいと思っていたのですが、 高杉のことを調べるうち、高杉と同様に、まるで役割を終えて彗星のごとく去っていった坂本龍馬の暗殺の謎がどうにも気になって調べてみました。 (坂本龍馬) そしたら、共に暗殺された中岡新太郎の黒幕説まで飛び出しているなど、諸説・混乱していることを知りました。 (中岡慎太郎)それら各黒幕...
一枚の古い写真を巡って調べていたら新島八重と出会いました。 その古写真とは、幕末、摂家・九条家の河原町別邸と思われる写真です。 (九条家河原町別邸と思われる古写真) この写真は国立国会図書館が所蔵する写真で、以前から気になっていた写真でした。明確に「九条家」の河原町別邸とは確認できなかったからです。 しかし、今回、改めて幕末の御所周辺地図と現在の地図及び所在地の住所など調べるうち、ほぼ九条家の河原町別邸...
世界の近代建築の三大巨匠といえば、フランク・ロイト・ライト、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエの三人とも言われていますが、そのなかでも特にフランク・ロイト・ライトは好きな建築家です。というか彼は天性のデザイナーで建築はその表現手段の一つかもしれません。 若いころの写真です。彼は91歳まで生きました。生涯1000軒もの建築を設計したといいます。 今回の記事「もしフランク・ロイド・ライトが日本に生...
手元を確認してみたら建築画報社刊の「ジョサイア・コンドル」持ってました。以前、購入したの忘れてました。改めて読んで、というかページをめくってみます。
モダニズム建築ですが、
淡交社刊の「阪神間モダニズム」という本もおもしろいですよ。このなかに、あめりか屋設計の住宅とかあるかもです。
> 初めてお邪魔します。
> 公家屋敷という検索ワードから辿り着きました。公家屋敷を3D再現した画像に、目が釘付けになってしまいました。公家おたく、建築おたくでもある者として大感激です。
>
> ところで、上記記事でご紹介の帝国ホテルの本、私も持っているのですが、余りにも装飾的、趣味的なディティールであり、一般的にはよく言われるモダニズムの作例としてカテゴライズすることが本当に適切なのか甚だ疑問に感じます。私は西洋建築ではモダニズム以前の装飾豊富な様式建築が好みなのですが、機能・実用性よりデザイン重視、装飾性という傾向は、モダニズムの主流とは正反対であり、異端という感じがします。
>
> 日本好きな外国人建築家としては、日本に永住し、東京・護国寺に墓があるジョサイア・コンドルもそうですね。コンドルはまだ様式建築の世代ですが。コンドルは日本におけるアカデミックな建築の系譜の親玉、創始者にあたるような人物ですから、そのような大物が、日本好きで、絵師の河鍋暁斎に入門したり、日本人を妻としている事実は大変興味深いです。
>
> そういえば香川県多度津の武田という富豪が大正末期に建てた大邸宅(たぶん現存せず)が、じつに奇妙な建築で、明らかに大名屋敷のような和風大邸宅らしい平面を持ちながら、各部分のデザインは和風だけでなく、ライト風だったり、新古典主義風だったりして、もし完存していたら観光価値も高かったであろうと思われます。設計は、あめりか屋とのこと。もしライトが日本に生まれていたら・・・例えばこんな建築を設計したのでは、と思います。
公家屋敷という検索ワードから辿り着きました。公家屋敷を3D再現した画像に、目が釘付けになってしまいました。公家おたく、建築おたくでもある者として大感激です。
ところで、上記記事でご紹介の帝国ホテルの本、私も持っているのですが、余りにも装飾的、趣味的なディティールであり、一般的にはよく言われるモダニズムの作例としてカテゴライズすることが本当に適切なのか甚だ疑問に感じます。私は西洋建築ではモダニズム以前の装飾豊富な様式建築が好みなのですが、機能・実用性よりデザイン重視、装飾性という傾向は、モダニズムの主流とは正反対であり、異端という感じがします。
日本好きな外国人建築家としては、日本に永住し、東京・護国寺に墓があるジョサイア・コンドルもそうですね。コンドルはまだ様式建築の世代ですが。コンドルは日本におけるアカデミックな建築の系譜の親玉、創始者にあたるような人物ですから、そのような大物が、日本好きで、絵師の河鍋暁斎に入門したり、日本人を妻としている事実は大変興味深いです。
そういえば香川県多度津の武田という富豪が大正末期に建てた大邸宅(たぶん現存せず)が、じつに奇妙な建築で、明らかに大名屋敷のような和風大邸宅らしい平面を持ちながら、各部分のデザインは和風だけでなく、ライト風だったり、新古典主義風だったりして、もし完存していたら観光価値も高かったであろうと思われます。設計は、あめりか屋とのこと。もしライトが日本に生まれていたら・・・例えばこんな建築を設計したのでは、と思います。
三十才前のお年とは知りませでした。お若いです。浦山氏です(笑)。将来、末恐ろしい学者になられるかも。
自分は中年と申しておきましょう。残念ながら住居は京都ではありません。中部地方です。しがない会社の役員をしております。
でも距離的には名神の新高速を使えば最速1時間半でいけます。
多宝塔についてコメント頂きありがとうございます。鳥羽離宮の塔群については、院家建築の研究や寝殿造りの研究、平安京提要、その他の文献を飛ばし読みしながら3Dを作っていたので頭が混乱してしまいました。確か三重塔を建立した後、多宝塔に変更した場合もあり、同じ三塔でも時期により、三重塔が二基林立したこともあったかと?
ライトの件ですが、実は自宅も、ちょっとライト風に造りました。書斎にもライト風スタンドが鎮座してます。名刺もそうです。でも、薄くて使いにくいです。ライトのはデザイン優先であんまり実用的ではありません。でも、ライトデザインのボールペンとか贈答にいいかもです。
貧乏旅行については、学生のころ、深夜バイトなどで稼いで、一年休学、ヨーロッパからトルコ、中東、パキスタン、インド、ネパールと旅をしました。そのころは山賊はいましたが、毛派とか過激なテロリストはいませんでした。
インドはいろんな意味で面白いですよ。
でも現在は結構、変貌してるでしょうね。
ところで、鳥羽離宮シリーズが終わったら、羅生門と前、書きましたが、何かその旅行記書いてみたくなりました。そのときはよろしくです。
それでは、彼女と楽しいクリスマス・イブをお楽しみませ。
ただライト本人と米国の名誉の為に言っておくと、確かに欧米人にとって日本人やアジア人は黄色い猿・非キリスト者という感覚は持ってはいたでしょうが、日本好きと言わなかったのはプライドであって、好きと言える頃にはすでに敵国としての偏見に満ちていたのかもしれません。
実際ヘレン・ケラーは日本好きを公言してアメリカ国内でも受け入れられていましたし、太平洋戦争中ですら硫黄島の栗林中将は名将として尊敬されておりましたから。
ところで、梅のコージさんは京都にお住まいですよね? ではついでに、ロイドの建物を一度見学されてはいかがでしょうか? 阪急電車だとホームを変える事なく一本でいけますよ。ヨドコウ迎賓館は阪急芦屋川駅を下車して山側に向かって歩くと割りと近いですし、タクシーでもワンメーターだったはずです。
次の3D製作の対象として後白河法皇の院御所・法住寺殿を取り上げてみようと思っていますが、その前に院政期の白河、鳥羽両上皇、そして後白河法皇の権力の基盤ともなった院の御領(荘園)について後白河法皇を中心にお話してみたいと思います。 何故ならば、なぜ、後白河法皇は白河、鳥羽両上皇に比べ独裁権力を発揮できなかったのか?また武士の台頭をなぜ許したのか?それから何故南北朝に皇統が分裂したのか?また室町幕府は何...
コメントありがとうございます。
少しでも参考になれば幸いです。
また、今後も、当ブログに起こしください。
> 八条院領と長講堂領がわからなくていろいろみてまわっていました。
> このページが一番わかりやすかったです。
> やっと理解することができました。
> ありがとうございました。
本記事、興味深く拝見いたしました。
コメントありがとうございます。お礼のコメント遅くなり申し訳ありません。紹介いただいたブログ読まさせていただきました。光格天皇様の事績が詳述されていてとても参考になりました。また、改めてtakaさんの博識には頭が下がります。