3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > 中御門家

京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅 (最終話)  哀しからずや染殿町

「京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅」もついに、というほどでもないですけど「最終話」を迎えました。当初、その(四)ぐらいで終わるだろう、と思っていた読みも完全なる私の甘々でした。思いのほか、御苑外の公家屋敷って多かったですね。数を稼ぐため、結構、Wikipediaに頼ってしまい申し訳ありませんでした。いずれ機会があったら個々の公家さんをもっと掘り下げてみたいと思ってます。さて、タイトルにも書きました...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。
>京都の家元で茶道研修をしていた時に、早朝に染井の水を汲みに行きました。

いろんなことされてますね。京都は地下水の都でもありますから、御所でも築地塀の中と外では高さ違うんですよね。明治のころまで京都は多くの掘割に水が流れ、内裏も公家町もたくさんの泉水がありましたから、高低差を緻密に設計した用水が流れていたと思います。

庭田家だと、和宮様のお付きの女性いましたよね。

江戸の当時からすでに参内行列は人気があって庶民も手弁当片手に見物したとか、屋台も出たそうです。公家の姫たちも物見からその様子を見るのが気晴らしだったとか。江戸時代、公家町が意外とオープンだったのは、公家、庶民それぞれに見るのが楽しかったんでしょうね。

そうそう、後桜町上皇(女帝)様など林檎を集まった庶民たちに配った逸話がありましたね。

染殿町 * by 五反田猫
いつも興味深い記事を有難うございます。

>梨木神社
30年以上前、京都の家元で茶道研修をしていた時に、早朝に染井の水を汲みに行きました。 女性に力仕事をさせる訳にも行かず、巨大なポリバケツをリヤカーに積んで早朝5時前(寅の刻に汲むのが最上らしい)に汲みに行きました。
早朝でも近隣の人から、料理屋、豆腐屋など、結構 多くの人でにぎわっていたのですが、今ではどうなったのでしょうね。 当時は、そんなマンションは無かったので時代の変遷を感じます。

>庭田さんの建物
流石に宇多源氏のトップですから、立派なものですね。
こうした建物が、御苑の中に再興出来ると、とても良い観光資源になると思っています。 建物だけでなく、参内の行列などがあれば、とても素敵でしょうね。

No Subject * by 京一朗
Hakkaさん
コメントありがとうございます。

Hakkaさんに「好きなシリーズだったので少し寂しい」とのコメント頂いてとても嬉しいです。連載した甲斐があります。

お公家さんは昔から興味もってましたが、一つには、いつも戦後大名とか武士ばかり取り上げられてきたので判官びいきな面もあります。

これからも京都を自分なりの視点で書いていきたいと思ってます。
Hakkaさんも為になる情報発信、今後も期待しております。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

公家屋敷の旅、終わってしまうんですね。好きなシリーズだったので少し寂しいですが、また3Dの方も楽しみにしております。