3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

 > エッセー

見果てぬ夢 岩倉具視と一枚の肖像写真

今回、岩倉具視のことを書こうと思ったのは、京都御所の3Dを作る過程のなかで、京都御所が今日まで残ったのには、岩倉具視による熱心な保存事業があったからこそ。という事実を知ったからです。経緯は明治天皇が京都を行幸されたとき、御所の傷みを憂い、保存を命じましたが、それを中心となって進めたのが岩倉公でした。当時は西欧化に追い着き追い越せ、という気風のなかで日本の伝統的なものが軽視されました。御所でさえ、桑畑...

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NoTitle * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

後宮の記事にコメント頂いたのに何か岩倉公の記事に付いてしまい失礼しました。ブログのスタイルシートの記事№の更新を忘れてました。

帝の御常御殿の御寝所ですけど、襖12面に虎の絵が描かれて怖いですよね。不届き者から帝をお守りする絵ですけど、女官も怖がるかもです。

NoTitle * by 五反田猫
京一朗さん 建築から見た比較というのは面白い観点ですね。 今まで宮廷の後宮についての論文もありますが、文学関連が多いので、新しい見方で楽しみです。

全編の図面をみて感じるのは、江戸の居住環境は貧しいですね。
急成長の都市では宿命なのですが、庶民は六畳一間に家族が住んでいるのですから、大奥でも似たようなものですね。
その点 御所では和歌を詠むには自然が必要で...壺は大事ですよね。

後半を楽しみにしております。

NoTitle * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。
伊勢にお参りすると、神域の厳かさと御神楽の音曲・舞に感激しますが、明治の日本、国家神道の導入、過激過ぎたかな。現在、信仰の自由の見地から公の機関が神社に地鎮祭をお願いしたりすると、左派の人たちから「憲法違反、信仰の自由を守れ!」とか声が出ますが、これも過激過ぎると思います。日本はやはり神道と仏教をベースに続いてきたのですから、この宗教風土を行政サイドでも大切にするのは大事だと思います。日本においての信仰の自由とは、その神道・仏教を風土のベースにしながら、一方で他宗教も自由に認める寛容さ。そのバランスが必要だと思います。何でも反対ではダメだと思います。

廃仏毀釈 * by 五反田猫
今でも海外で国宝級の仏像がオークションに出て話題になりますが、これらの殆どは、その時に流出したものですね。
大規模なものは、八幡、熊野、愛宕、厳島、諏訪など、明治以前は寺が主体だったものや、神仏習合だったものを、神社にするんだと塔や堂宇を毀った時に中にあったものです。
影響を受けたのは仏教だけでなく、伊勢講などは、伊勢神宮を天皇家の神社にする為に廃止、御師達は神宮神職になるか廃業の二択を迫られました。

明治維新の文明開化は西洋知識だけでなく、外来ではなく日本固有の神道への宗教革命でもありました。 キリスト教に対抗できる日本の国教を作ろうと壮大な構想のもとに、神祇官が復興、これは教部省となり、最後は内務省社寺局へとスケールダウンしました。 結局、国家が宗教に手を出して成功した例は少ないですから、日本でも同じでした。
江戸時代まで天皇家も公家も仏教の信徒でしたし、伝統仏教には、それだけの伝統の積み重ねとノウハウがあったのですね。 結局 信仰の問題は、心の中のものですしね。

明治の宗教改革は、調べているので、つい熱くなってしましました。
 

NoTitle * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

明治維新で神仏分離令が出され、政府の意図を越えて廃仏毀釈が燎原之火のごとく全国に飛び火しましたが、あれは何だったんでょうか?

自分だったら、ご先祖様の位牌が眠る代々の菩提寺の仏様やお堂を壊すなど考えられません。ご先祖様が泣いているゾ、とは思わなかったのでしょうか?

それとも檀信徒の反感を買うほどお寺の檀家制度は腐敗していたのでしょうか?

それとも、神官たちが仏僧の上に位しようと煽動したのでしょうか?
それとも、維新に乗り遅れまいと、個々の人たちが暴走したのでしょうか?
日本らしくもっと宗教に寛容なはずが、維新は人の心まで変えてしまったのでしょうか?

先の大戦で、あれほど鬼畜米兵と言っていたのにイザ負ければ掌返しに戦前は軍国主義の悪い国だったと競って言い合うなど、何か情けないですね。
また、愚痴でした。すみません。
台風気を付けてください。

NoTitle * by 五反田猫
尊敬する岩倉公の事を取り上げて頂き、有難うございます。
この人の先進性は、王政復古といいつつ、旧来の公家社会の問題点を理解し、排除した事とおもいます。
すでにお書きになっているように、摂家による二重支配「門流」の廃止。 そして臣下による摂政と、関白の廃止。

これにより、天皇の元に臣下が働く体制、ここに四民平等が加われば、立派な近代的国家の基礎が出来ました。
今の大河ドラマでは、何とも怪しいオッサンで、金に汚いように描かれていますが、多分 明確なビジョンは持っていたと思います。 それだけに、維新後の京都の凋落や、公家文化の衰退には心を痛めていたようですね。

多くの人々が「文明開化」の名の元に、古いものを捨て、新しいものを求めてゆく中で、失ってはいけないものに目を向けていたのは、やはり素晴らしいと思います。



京都御所と江戸城を比べてみました。

あぁ・・・また台風ですね。私は愛知県在住ですが、もう台風はどっかへ去ったのかな?昨夜は今度の台風は風も強いと聞いていたので、自宅二階の窓も珍しくシャッターを閉めました。ところがです、何とシャッターの内側にアシナガバチの巣があった!!、もう、びっくり仰天、速攻で窓を閉めました。幸い、刺されませんでしたがシャッターは途中で止まったまま窓も開けることもできない。あぁ、息苦しいけど換気もできない。しかも寝...

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NoTitle * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。
”柳営”という言葉久し振りに聞きました。

仰る通りに幕府は室内での行事が多いですね。個人的にも記事に書いた覚えがありますが、文明開化でどんどん日本も洋風化されていきましたが、この室内の畳で自己完結するスタイルは欧米風には不向きですよね。ですから資産家などは応接用の洋室と生活の場としての和館を別々にしてましたよね。それが何を意味することなのか?実は現代の日本になっても、なんか歪に思えてなりません。先日も、法事でお昼をご馳走になったとき、お店の広間は畳の上に立ちの低いテーブルと椅子がありました。確かに座ると楽でいい。だったら、最初から土足でいいじゃん、とも思います。日本文化はいまだに漂流していると思います。確かな日本の未来の文化を生み出さなければ、と、つい生意気な愚痴が出てしまいます。同じ木造文化系でも中国は土足の生活。とくに清朝になってからは。韓国も李朝の官僚は机と椅子で仕事。王様の奥向きはオンドルだから床生活。そんな風に職住分離してました。でも、書物は日本も中国、韓国も横置きの積み上げでした。欧米は縦置きでした。なんで日本など東洋は積み上げ方式だったのか?それだと本を探すとき見つけにくいし、出すにも不便、何で日本は書画を床の間の掛け軸に押し込んでしまったのか?なんで、畳一間で生活できる代わり家具の少ない文化になったのか?すべてとは言いませんが畳の存在がかなり大きいと思います。そういう私もイグサの畳風スリッパを履いてます 苦笑。 一面の畳では源氏物語は生まれなかった。また、畳が部屋の座るとこだけに敷かれた平安時代、畳はカーペットであり家具だったと思います。日本の家具文化が一番輝いたのは平安時代だと思います。センスの良さは抜群です。やっぱり武士の時代が長すぎたか・・・・。でも、日本が明治維新で富国強兵を諮り西洋列強と肩を並べられるまでなったのも武士道精神の賜物。即ち賄賂や汚職が他の国と比べ圧倒的に少なかった。だから短時間で産業勃興できたと。だったら、武士文化のおかげ、という側面もあったし、実はその辺を上手く調合できたのは岩倉具視だったのではないか・・・とも思います。なんか、長文なコメントで申し訳ありません。記事にすればよかった 苦笑・・・。

NoTitle * by 五反田猫
御所と江戸城の比較、有難う御座いました。
なるほど、図面で見ないと判らない世界ですね。

表の部分は、御所の場合には南庭で、様々な行事を屋外でするので広いですね。 一方の柳営では、殆どの行事が室内ですから、構造の違いも良く判ります。
江戸城の大奥は、とてつもなく広いですね。それも、基本的に男子禁制ですから、これを女性主体で運営していたのが凄いです。 その他に、江戸城では世子などが済む西の丸にも、似たような規模のものがありました。
御所には、仙洞御所、女院御所がありましたが、これらの規模は比ぶべくもありません。  
これからも楽しみにしております。

NoTitle * by 京一朗
トルコの首都はアンカラでした。訂正します。

NoTitle * by 京一朗
AzTak様
コメントありがとうございます。
いつもブログの写真拝見してます。みなとても迫力のある写真で見ていて楽しいです。

江戸城の本丸も広いですが、紫禁城はもっと広いですね。72万5千㎡、22万坪もあって江戸城、御所の6~7倍もありますね。清朝が滅んでもよく残ったと思います。紫禁城のない北京を想像したらかなり寒いものになります。モスクワにはクレムリン、イスタンブールにはトプカピ。国の首都を象徴する建築群があるのと無いでは全然歴史の重みが違うと思います。江戸城も焼けず残っていれば・・・と残念です。前もNHKでやってましたが、いつでも史実通りに本丸御殿を再建する史料が揃ってるそうです。日本を訪れる海外の観光客が浅草の雷門だけでは物足りないと思います。再建すればきっと東京観光の目玉になると思います。

NoTitle * by AzTak
江戸城はそんなに広かったですかね。本丸跡に立つと、ここに往時のようにごちゃごちゃと建物が立ち並んでいたら、さぞかし狭苦しい空間だったんだろうなあと思います。
二条城は久しく行っていないので、どんな感想を持ったのか忘れてしまいました。

不自由の美

今、御所の陣座という建物を3Dで作ってます。そんなにかからないかな、とタカをくくっていたら、屋根に少々手こずってます。屋根の形状がアンバランスなんですね。和風建築の命は「屋根」の表現力なので、木子文庫の指図、一部・立面図を参考に作ってますが、他の建物との寸法合わせや立面図も一方向だけなので、御所で写した写真や写真集などの本とか見て作ってます。ここをこうすればヨカッタなぁ、とか、もっとスピードアップし...

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NoTitle * by 京一朗
takaさん コメントありがとうございます。
名古屋の香道、調べました。
蜂谷家(志野流)ですよね。土岐源氏の流れを汲む方ですかね。香道というと三条西さんぐらいしか思い浮かばず、takaさんの博識には毎度頭があがりません。

香道の流派ですが聞いてみます。

自分は鼻の感覚が鈍いので実際嗅いでみたらどんな香なのか想像もできません。ましては嗅ぎ分けるとか。そもそも、「嗅ぐ」という字でいいのかもわかりません。

線香の香に似てるのかな?

いろいろと教えて頂いてありがとうございます。


核心をつく意見ですね * by taka
大変素晴らしいですね。

私自身大変気に入らないですが、それでも認めなければならない部分があります。
それは、日本は中国文化の影響があったからこそ日本の文化の基礎があるという事です。

しかし中国文化について、日本は独自のセンスで取捨選択をしてきたという事実は非常に大きいです。

代表的なのが専門分野でお解りと思いますが、五反田さん も仰られているように 誌の規制ですね。漢誌の絶句・律詩の様な決まりはあれど比較的自由な誌というものは排除され、独自の発展を築きあげています。まあ怨霊信仰の面から、慰霊の為に必死に和歌の文化を築きあげたとも言えますが。

このように日本は江戸時代以前までは、そういう自由と規制、そして外国文化の適切な取捨選択が出来ていたという点が尊敬に値すると思います。

それと座、ですが、戦国江戸時代の女性は胡坐というよりは片膝を立てる座り方が正式みたいですね。確かに胡坐もあったんでしょうが、北政所浅野ねねを始めあの当時の肖像がのほとんどがそれみたいですね。

江戸時代までの日本を学ぶと、現在もてはやされている日本文化というのはほとんどが江戸文化であるとつくづく実感しますね。「髭は闘争心を高めるので禁止」「平和な世界にすぐ立ち上がることが出来るような胡坐はいらない。正座にしろ」、北朝鮮式統治機構の江戸時代はある意味自由さを欠いた時代と言えるかも知れませんね。

話は変りますが、五反田さん の香道はどの流派なんでしょう?
非常に興味あります。

梅村さん は愛知県でしたよね? 名古屋には武家香道の家元が居住していますよ。歴史の連続性では一番長く続いているはずです。

NoTitle * by 京一朗
五反田猫様

コメントありがとうございます。
私は不器用で「お題を決めるから短歌を作れ」と言われてもできません・・・。何か心に感じるものがあって初めて心情を歌に託す、といった風ですね。平安の歌合せとか、百人一首のカルタと一緒で「何々~」と言うと、すぐさま俊成卿から習った古今和歌集から下の句を扇子で口を隠しながら応えるとか、そんな返歌できませんから、やっぱり平安時代に生まれていたら落第生ですね 笑。

雅楽は伊勢神宮の御神楽が素晴らしいですね。
人長舞というのだそうですけど、検非違使の装束の舞人が舞うのはいいですね。倭舞も。

香道はお線香で代用してます??

足裏胡坐できるよう鍛えねば。
では、今夜はごきげんよう


NoTitle * by 五反田猫
いつも興味深いお話しを有難うございます。 不自由の美、まさに短歌にも共通しており、五七五七七の定型に加え、兼題、返歌など、状況に応じたルールが加わる事で、それを乗り越える事が創造にもつながりますよね。

胡座は、雅楽やお香でも基本姿勢です。 
私の習っている御家流ですと、本香を焚き始めると足を崩せるので、胡座で楽にさせて頂きます。
 しかし、若い人には出来ない人が多く、足の角度が45度以上(両方で直角)、男よりも柔軟性が高い女性でも出来ない人が増えてきました。 畳の生活が無く、椅子が主体だと股関節を使いませんので、当然の事なのかもしれません。 

雑草の森

イングリッシュガーデンを雑草の森と言い換えたら叱られるだろうか?近くで眼科を開業している女医さんも、そのイングリッシュガーデンが大好き。自宅兼医院なので受付までのプロムナードはキンギョソウやチューリップ、コニファーといった草花で満ち溢れている。時には背を屈めて通るときもある。でも、最近は女医さんもお年を召してあまり手入れできなくなった。いつのまにか蔓植物やチガヤ、地面にはドクダミ、アワダチソウとど...

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NoTitle * by 京一朗
レインボーさん コメントありがとうございます。
グミ美味しそうですね。

実はレインボーさんが「日本人の縄文思想と稲作のルーツ」のブログ主さんであることを今日知りました・・・。今頃すみません。
fc2の訪問者リストの機能も最近知って、へぇ、いろんな方がいらっしゃってたんだなぁ・・・と感慨。同時に自分の鈍さを嘆いている次第です。

ですので、レインボーさんとブログが今日繋がりました。

一年と二か月で170記事とは凄いですね!
私なんか5年で300記事。頭下がります。レインボーさんのブログと肩を並べるのは夢のまた夢ですよ。

菜園で美味しい野菜、果実作って、元気もりもり、読者さんに良い記事を書いてください。
私も何とか頑張ります。

そうそう、秋田美人のルーツ、早く知りたいですね 笑。

イングリッシュガーデン * by レインボー
>イギリスの人にとってイングリッシュガーデンは「鉢のない盆栽文化」・・・、そう思えてきた。

〇イングリッシュガーデン
 手をかけない管理で美しいガーデン、ご指摘のとおりだと思います。
 その意味でイングリッシュガーデンは日本では無理。
 しかし、ガーデンではないですが、我が菜園でも手をかけない管理で美しい菜園を目指しています。
 草々

友、遠方より来たる

★ 卒業して いつでも会えると 三十余年 一番の友と 昨日会えり大学に入学して最初のオリエンテーションで隣の席が君だった。最初、どんな会話をしたのかもう覚えていない。とにかく意気投合したのだろう。以来、大学時代、一番親しくしていた友と三十幾年振り、昨日、再会した。彼はとても堅実な考えの持ち主で、卒業したら就職して二十代半ばで結婚して子供を二人以上授かり、平凡だけど幸せな家庭を築く、そんな自分の将来...

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NoTitle * by 京一朗
zTak様 コメントありがとうございます。

AzTakさんは私の兄のような親友の立場なんですね。チラッとAzTakさんのブログで拝見するお顔はとても強そうですもんね 笑。
今はAzTakさんの方がアチコチ飛び歩いてモデルの写真?とか撮って人生を謳歌してるのかな。この前みたいに体調崩さず元気に東奔西走してください。

NoTitle * by AzTak
私はその友人氏のような感じでしょうか?こちらは卒業後四十数年経過。仙人のようだった友人が京都に住んでいます。還暦を過ぎてから時々会うようになりました。性格はかなり違うはずなのに、妙に気が合います。
彼の方が今は何故だか堅実な生活を送っているようです。

枯山水

★ 枯山水 白い砂地を 歩いたら どんな緑が 見えてくるのだろう 枯山水といえば京都の龍安寺が有名だ。練り壁に囲まれた白い砂地にたった15個の石組だけで庭を表現している。水がなくても橋が架かっていれば、その下には水が、池があると見なす抽象的な庭。龍安寺は空池さえもない。15個の石組は何を表現しているのだろう?禅問答のようで凡人の私にはわからない。枯山水は室町時代に特に禅宗寺院で多く作庭された。禅宗の大本...

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家紋って何で丸々?

この一週間、ブログ制作や引っ越しやで疲れちゃいました・・・。ゴールデンウイークは混んでるし近場の潮干狩りにでも家族で行こうと思ってます。自分自身は元々旅好きで学生時代の海外放浪旅や就職して以後の個人、会社絡みの旅も含めれば西欧、アジア地域やアメリカ・カナダ、国内だと北は北海道、南は沖縄まで一応一周してます。昨年は山陰にも行ったし、もう家族旅行以外では、個人的に京都日帰り旅行ぐらいでもう満足、といっ...

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hikakin君、3D京都も頑張ってるよ! (ただし金閣寺のみ・・・)

今日は雨模様だし、時間もあるし、何か別なこと書きたくなって急遽、ユーチューバーのトップランナー hikakinさんの事を書くことにしました。絵図の記事は次にということでご容赦を。ホント、ムラッ気で困ります。と、その前に以前、記事で自分が新しい事業を始める云々のこと書いたので、少しそちらについても補足しておきます。その事業ですが国から正式に認可が下りました。「農+α」的な営農です。全国的にも事例の少ないスタ...

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『地表の楽園』 仙洞御所参観の旅

また先日、京都御所と仙洞御所へ行って参りました。タイトル、「『地表の楽園』 仙洞御所参観の旅、と名付けましたが「地上の楽園」の誤りではありません。本当に仙洞御所を巡ったとき、感動して思わず「地表の楽園」!と心のなかで呟いたのです。それほど美しかった!今までいろいろ(海外含め)観た庭園のどれよりも素晴らしいと感じました。ただ、私の撮影技術が追い付かなかった・・・後ほど、写真をアップしますが期待しないで...

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NoTitle * by 梅村京一朗
まゆごろう様
わざわざ返信いただきありがとうございます。
さっそく行かれたのですね。素早い! 笑。

に、しても、国立国会図書館にもミスあるんですね。
それでは頑張ってください。
宜しかったら、また、拙ブログへお越しください。

中井家文書 * by まゆごろう
早速、昨日図書館に行き、中井家文書の研究を
見て参りました。
それと照合したところ、国立国会図書館の仙洞御所絵図が
寛政度の絵図であることがわかりました。
国立国会図書館の解題にはミスがあったようです。

情報をいただきありがとうございました。

Re: 追伸 * by 梅村京一朗
> 寛政度の仙洞御所の敷地図を探しているのですが、
> どの書物にのっているか、ご存知ありませんか?

まゆごろう様、

寛政度の仙洞御所ですが、「中井家文書の研究」の第七巻に載っています。

NoTitle * by 京一朗
まゆごろう様
コメントありがとうございます。

仙洞御所の指図ですが、中井家文書の研究の口絵にカラーの仙洞御所とか指図が掲載されていますが、小さすぎて判読はできません。ですので、幾つか分割して掲載されています。ですので複数枚に渡るので、同文書が置いてある(県図書館等)図書館で直接、探されるのがいいと思います。

せっかく拙ブログを読んで頂きながら、十分なお返事できず申し訳ありません。

管理人のみ閲覧できます * by -

仙洞御所 見取り図 * by まゆごろう
こんにちは

まゆごうろうと申します。

素晴らしい記事をありがとうございます。
仙洞御所の昔の見取り図を探していてこの記事にたどり着きました。

記事中に、「中井家文書の研究」から当時の見取り図が引用されています。端のほうが切れているのと、解像度の関係で細かい字が読み取れません。

もし、このご本をお持ちでしたら、図を拡大して下さいませんか?

同じ頃と思われる「仙洞御所絵図」とどんな関係なのか興味をもっています。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1286217

公家史観

今、「平成版 内裏・公家町御絵図」の中心となる紫宸殿の作成に取り掛かっているところです。3Dは多少の集中力が必要なので少し充電しています。私は「公家町再建プロジェクト」と題してカテゴリー欄のなかにチョコチョコ記事を載せていますが、具体的にはどう表現していくのか、ハッキリしたことはあまり考えていませんでした。それが最近、近世・幕末の内裏・公家町絵図を見比べているうち、「私の求めていた公家町はこうなん...

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あの青い空の波の音が聞こえるあたりに

何かとんでもない落とし物を僕はしてきてしまったらしい透明な過去の駅で遺失物係の前に立ったら僕は余計に悲しくなってしまった谷川俊太郎処女詩集「二十億光年の孤独」の中の一篇「かなしみ」から。この詩は理系の乾いた透明感を漂わせる私の好きな詩の一つです。「青空」を「青い空」に分けると、その隙間から射ってくる喪失感・・・新たな「宇宙風のかなしみ」の感覚を謳いあげた谷川俊太郎は詩を愛好する者ならば誰もが認める...

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「恵まれなかったから今がある」

今年ももう1月の下旬、あっという間に過ぎて二月の声を聴いたら、もう平成30年の大晦日を迎えるような、そんな錯覚を覚える時の経過の加速感です。「自分は何をしているのか」と自問自答ばかりしています。そんな先日の夜、妻から「いい番組だから来て観て」と言われ、リビングのテレビを見たら、テレビ東京の「カンブリア宮殿」を放送してました。久しぶりに観ます。村上龍も「限りなく不透明に近い」ような人生に揉まれた顔をし...

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たまには株の話でも

今朝のニュースを見たらトランプ米大統領が北朝鮮のテロ支援国家を再指定したそうですね。北朝鮮の強い反発が懸念されます。株価にまたどう影響するのか?見守るしかないですね。今、引き続き出雲大社古代神殿の3D制作を続けています。大国主様には失礼な物言いですが、当初は「丸太を何本か建てればいいや」みたいに気軽に考えてました。ところがどっこいヤッパリ奥深いですね。しばらくかかりそうです。今回は上空からの遊覧のよ...

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浮遊するゼリー

今、出雲大社の古代神殿の3Dを作ってます。どんな感じになるか分かりませんが頑張ってみます。リアルでありアニソンの世界観を併せ持ったような何らかのメッセージを伝えたいですね。先日、ちょこっとゼリーのこと書きましたけど、しばしその話を。私の好きなゼリーには季節はありません。しかし、世間は違います。冬になるつれスーパーから減って行きます。あるいは隅っこへと追いやられます。種類も減る。夏場には、それこそノ...

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NoTitle * by -
take様
コメントありがとうございます。
拙作の短歌お褒め頂き感謝しております。
私の短歌について、読まれる方がどのように思われているのかコメントも少ないのでありがたいです。いまさら結社には属さず自由に詠っていきたいと思います。私にとって短歌とは、作る義務ではなく、「感動」という自己表現の発露です。それなりに浮かんだときは、なんか普段とは別物の至福感がありますね。ゼリーと短歌だったら迷わず短歌を選びますね 笑。また、この短歌はダサイとかここが良いとかあったらコメントください。

出雲大社3D * by taka
とても楽しみにしています。

しかしよくもここまで歌があふれでてきますね。背景が目に浮かぶようで良い歌だと思います。

それぞれの天気にそれぞれの良さがある、というのは良いですね。絵画や写真等も決して晴ればかりではなく、曇りや雨の良さを最大限引き出しています。

子供の頃は晴を待ち遠しく思っていましたが、大人になるとそれぞれの良さが解かる様になってくるものですね。

ちなみに自分は基本ゲーム趣味ですが、アウトドアでは山よりはむしろ海派です。夏場の賑やかで太陽が照りつける海も良いですし、冬場の誰も居ない寒々とした、水平線上に雨か雪が降っていると思われる灰色な風景も大好きですね。

山陰の旅 萩、秋吉台、山口編

旅も四日目、ついに維新回天の地・萩に到着しました。ここも是非一度訪ねたいと思っていた所です。いつか行ってみたいと思っていたら歳月ばかりが流れてしまった・・・そんな距離感を感じさせる観光地の一つだと思いましたね。地理的にも不利かな。市街自体には前日の午後には着いてました。萩の第一印象は、日本海の内湾に面した自然豊かで穏やかでのんびりした地方都市。ここが維新胎動の長州藩の地、吉田松陰や高杉晋作、木戸幸...

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何か凄い事を言いたいですが * by taka
私にもその辺の事情は解からないのですみません(汗) ただ予想としては、諸事情諸事情ですが、ベースとして家格があるのではと思います。別の所で「加賀藩家老は全て華族に云々」とありますが、正確には加賀八家は全員ですがその下の万石家老の中で横山蔵人家と本多図書家は授与されておりません。元津田家の斯波蕃は授与されておりますが、これも恐らく戊辰戦争の活躍が無ければ授与されなかったでしょう。そうなると、家格条件に当てはまらないのは授与後も山林技手・技師を務めていた変り種の今枝直規男爵のみだと思います。

薩摩藩も一門四家は確実に授与されていますし、筆頭格の北郷・種子島両氏も授与されています。小松伯爵家は末席で万石以下すが、やはり維新の功があるからこそ授与されました。家格は条件はクリアしていましたが、万石条件から外れているのが日置島津家のみですね。日置の場合は久光公の時代も変わらず大久保・西郷等に慕われていて、斉彬公の時代は主席家老、久光公の時代は疎んじられていましたが薩英戦争では薩軍の総大将だった事も大きかったかと。

長州藩の一門八家は、家格条件はクリアで万石条件で別れてますね。

肥後細川家も一門・上卿三家は両方クリアされているので授与、佐賀藩は御三家は別家大名なのでともかく白石村田両鍋島他親類同格衆も授与されてます。

最も顕著なのが紀州藩で家老筆頭の三浦氏は授与されてますが、久野家は万石でも授与されておりません。

以上を考えると複合条件と都合の良い物言いになりますが、ベースはやはり家格でそこに功績があるかないか?だと推察されます。

NoTitle * by -
take様
コメントありがとうございます。出雲大社本殿の3D制作を続けてますが、いろいろヤボ用もあって遅れ気味・・・。「清との密貿易に黄檗宗の大陸人を使う必要があったかと想像しますね」とは何か慧眼というか発想が素晴らしいですね。いつもながら敬服です。
明治維新時、1万石を超える諸藩の家老でも華族になれなかった人が他にもあったみたいですね。何かの事情ですかね?

NoTitle * by taka
毛利公が本拠を山口に移したのは、まさしく現在にまで恩恵をもたらす英断だったと思います。津和野と並ぶ貴重な萩城下町が残り、観光産業にも大きく貢献していますから。

>藩主・毛利家の菩提寺でここは珍しく黄檗宗の寺であり

自分もそこは珍しく感じましたが、恐らく一つの理由はやはり黄檗宗が大陸直系の宗派だと。清との密貿易に黄檗宗の大陸人を使う必要があったかと想像しますね。

もう一つは毛利氏に柳沢一族の家臣が居る事が何らかの関係を及ぼしているのかもしれません。東光寺を造営したのは 毛利吉就公、ちょうど五代将軍綱吉の時代ですね。それに柳沢氏の治世について甲府時代には永慶寺が建立され、悦峯道章の綱吉目通りを実現させ、息子の吉里の大和郡山転封でも永慶寺を今の大和郡山市に移転させる程の信者でしたから。

福原家書院のありさまは非常に残念ですね。こういうのを見ても、いかに 安倍首相の忖度政治 が馬鹿げた妄想なのかが解かります。もう少し忖度していただきたいとこの写真を見てつくづく思います。

松陰先生の松下村塾を立派に整備しているのには感動しました。ですが松陰先生の思想は、ある意味弟子達とは対立していて弟子と名乗られるのには複雑な心境です(苦笑)

あと、別のコメの質問ですが、福原俊丸公は男爵貴族院議員になられていますよ。

NoTitle * by -
ぽむ様 コメントありがとうございます。いろいろ写真は撮りましたが、見てみると建築系の細部ばかり撮っていて、風景写真、斜めから寫した写真は少なかったです。もっと思い出の風景を撮らなければ。反省です。でも瑠璃光寺五重塔はどう見ても正面から撮りますからちゃんと残しましたよ 笑。

NoTitle * by ぽむ
京都の記事を探していたら、こちらのブログにたどりつきました。萩、長門は仕事でよく行っていたので、懐かしく写真を拝見しました。
特に瑠璃光寺五重塔は私個人の中では最も質素で美しいと思っていますので、写真を拝見し嬉しく思いました。

これからも楽しみにしています

NoTitle * by -
AzTak 様
コメントありがとうございます。
確か以前、会津と長州が仲直りするイベントがあったと思いますが、会津の方が「萩へ行ってきた」なんて同郷の人に言えない雰囲気とかあるのでしょうかね? 今の萩は静かな地方都市でそっとしておきましょう 笑。

NoTitle * by AzTak
萩は妻の祖先が住んでいた里です。ある和風旅館で天皇陛下(昭和天皇)が泊まられた部屋を見せてもらいました。『あなたたちもここに留まりなさい』と言われましたが、遠慮して隣の部屋にしておきました。素晴らしい部屋でしたし、素晴らしい旅館でした。
福原家の書院が今も残っていますか。確か、加賀藩は家老職にあった者もみな爵位を授与されたと思いますが、長州藩はどうだったのでしょう?はるか昔のことになりつつありますね。

私自身は福島県の出身なので、長州にはあまり行きたくなかったんです。ちょっと節操がなかったかもしれません。が、家庭不和を作り出すよりはマシかと。

山陰の旅 日御碕、松江、津和野編

出雲大社の参拝を終え、日御碕神社へ行きます。島根半島の岩場の続く西海岸をほんの十数キロ、半島の西端にあっと言う間に着きました。こちらの神社は大社とは打って変わって鮮やかな朱塗り造りの社殿。ここは出雲大社の祖神にあたるところだそうです。ここには下の本社(日沈の宮:祭神は天照大御神。伊勢の天照大御神が昼を守る立場なのに、なぜ宮の名が日沈の宮?)と上の本社(神の宮:祭神は須佐之男命)の二つの本殿からなり、日...

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NoTitle * by -
take様
コメントありがとうございます。お礼の返事遅れて申し訳ありません。例によって出雲大社本殿の3D制作を続けています。
「松江城の鯱は国内最大の木造の鯱」とは知りませんでした。だから写真は撮ってません。takeさんは博識ですね。歴史ブログランキングのトップブロガー レベルだと思いますよ。私もチョコチョコ、トップランキングのブログ読みますけど、その博識と行動力には脱帽です。

NoTitle * by taka
松江城や武家屋敷の無粋さ、言いたい事は解かります(笑)

だけど公務員の体質というか、日本社会にはびこる「無事これ名馬」的な体質で思い切って「この部屋は鶴の間だから鶴を書きましょう!!」と行動するのははっきり言って無理かと(汗) もちろんそういう人も居ないわけではないでしょうが、やっぱり公務員は民間人と違ってすぐ責任問題に繋がるという環境だから冒険が出来ないんでしょうね。「これ、本当はこうだから書き直せ」とか「曖昧な物に無駄な税金を使って」とか(苦笑)

それに上司自体が文化に興味を持っているからこれをやりたい、のではなく単に持ち回りでっていうのも問題ですよね。教育委員会等もエリートの総務に行きたいのに文化財課の課長にまわされた、とかそういった感じの人が上司についていた場合は専門職の部下もやる気がなくなります。

そうそう松江城の鯱は国内最大の木造の鯱ですけど、それは写真に撮りました? 石垣はやっぱり元が織田系武将が築城したので、典型的な穴太積ですよね。

山陰は細長いというのは同感ですね。元々島根県は出雲と石見に別れていて、石見弁は広島弁に近く同じ石見ですら石東(太田市等)や出雲弁とは別の文化圏というふうになるくらい離れてますからね。

津和野と言われてイメージするのは自分は城下町・亀井氏・モデルでタレントの森泉さん、森星さん姉妹ですね~ まあこの姉妹は正確には隣の吉賀町なんですが。恐らく西周男爵・森鴎外と同じ一族かも、という事でそういうイメージになりました。

NoTitle * by -
コメントありがとうございます。
行きと帰りは航空便、新幹線でしたが、それ以外はレンタカーでぐるっと巡りました。中国山地の真珠の小箱のような小京都を旅するのもいいですよ。日御碕もずっと岩場が続きいかにも日本海らしいダイナミックさがありました。でも冬は荒れた海に戻るのでしょうね。

NoTitle * by AzTak
この記事の書かれてあるところでは、津和野だけ行きました。妻の親せきがいるので、次回以降の萩にも行きました。でも、出雲大社から松江までは行ったことがありません。そのうち、行く機会はいくらでもあるだろうと、後回しにしてきたのですが、ついぞ機会はありませんでした。
個人的には日御碕に立ち寄ってみたいものです。パック旅行で行くしかありませんかねえ。純粋な公共交通機関を利用する個人旅行は、時間のロスが多そうで、…。

山陰の旅 出雲編

台風一過、綺麗に洗い流した青空が広がりました。日中の温度は盛夏を思わせるものがありましたが、それも束の間、秋の風が汗を消し去ってしまいます。盛夏の山陰の旅、9月下旬でも小旅行記を書きたくなったのは、山陰の旅がとても印象的だったからです。(中国地方全般を含めて)。今年の夏は東京では長雨が続きましたが山陰は比較的晴れていました。ここが山陰? 山陰でも山陽でもない中性的な穏やかさを感じました。 さて、三泊四...

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NoTitle * by taka
出雲大社の記事、楽しく読ませていただきました。

最近は山陰も人気がある、と思っておりましたがやはり門前町の整備についてはまだまだ考える必要があるかも知れませんね。

出雲大社も神仏習合によって天台宗の管理下に置かれると、山王神道の影響を受けて祭神がスサノオに変化する等紆余曲折もありましたが、こうして現在まで命脈を保っている姿を見ると嬉しいものが感じられますね。

ちなみに島根県は二国から構成されていて関係も微妙ですが、個人的には旧石見は親大和だと思っています(旧石見人的見方 笑) 石見国の一宮が物部氏なのが何よりの証拠だと思います。

ハザードサインのやさしさ

最近、胸へんが張るので、残っていた「逆流性食道炎」の薬を飲んだら、スーぅという感じで治ったので、味を占めて病院へ薬をもらいにいきました。「薬だけでいいです」、「は~い、わかりました、カルテ見てみますね。ちょっとお待ちください」。しばらく待っていると看護師さんが「○○さんにはこの薬お出ししたことありませんよ」、私、「はぁ?」、しばし狐につまされた感じ。でも、だんだん、じわ~っと思い出されてきた。「うわ...

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私の旅は『ヒッピーロードの旅』だったのだ。

木、金曜と東京へ所用があって出かけるのですが、帰りのついでに写真を撮って帰ろうと思ってます。最近、ファイルサイズが6000ピクセルまで写せるデジタルの一眼レフを買いました。今まで背景用に撮っていた写真がパソコン画面で見るとボケてしまい「使えないなぁ・・・」と常常思ってましたがこれで解決、と密かに楽しみにしています。で、効率よく撮ろうということで、都心の皇居東御苑、新宿御苑、明治神宮と、ワイドな和風庭園...

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山陰あっての山陽、山陽あっての山陰、両方あっての日本の旅。 

知人が眠い眠いと言うので、「春眠暁を覚えず」と言ったら、「春じゃない、明日は6月だぞ」と返ってきた。そういえばそうだ、6月はマリッジブルーというし、春が過ぎたのに夏は直ぐは来ない。だから心も体調も不安定になるのかな?そんなとき、ふと思うのは梅雨という季節を直に認めることだ。雨が降れば降るほど、あの鮮やかなアジサイの花を想起せよ・・・と。さて、飛雲閣の聚楽第バージョン・外観編を作って、ふと思ったのは、...

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畳考

まずは3D制作現場から、今、制作中の楼閣3Dですけど屋根が一揃いできました。一口に屋根と言っても入母屋や切妻、方形、唐破風、千鳥派風、むくり屋根とフタを開けたら15パターンもの屋根ができました。単体の楼閣だからと甘く考えていたのは間違いでした。この楼閣、かなり複雑な外観をしていて完成したら「一ひねり考えた記事名」にしようと思っています、なんか、「あぁ、あの楼閣かぁ」と多分わかってみえるかなぁ、と思って...

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孫を歌うな、老いを歌うな、夫婦を歌うな・・・

まずは現場レポートから、「インスタやるとAHOになる?」で書いた某楼閣の3D作りですが、とりあえず幾つかある屋根の一つが出来ました・・・、ホントはもっと屋根を作る予定だったのですが、ここ二日、熱が出てしまい作る気になれませんでした・・・。体力無い割に食欲は普通にあるのですが、自分の場合、疲れてくると喉が炎症を起こす癖があって、怠け心に余計拍車をかけている次第で面目ないです。※ 後ですね、書体も人気...

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NoTitle * by 梅村京一朗
春日さま コメントありがとうございます。

自作の短歌ですよね。しずかに情景が湧いてくる歌ですね。「広ごる」がいいです。
同じ短歌を詠まれる方がみえてウレシイです。

白波というと、斎藤茂吉の最上川の逆白波の歌を思い起こします。白色には人の心を浄化してくれる治癒力があるのですね。

宜しかったらまたお越しください

              かしこ

返歌 * by 春日
白波…に因んで短歌一首です、

湖の面(も)は微かなる風を受け静かに白き波が広ごる

インスタやるとAHOになる??

しばらく3D制作をサボっていたので今、新しい作品に取り掛かっています。前、新選組の最後の本営・不動堂村屯所の間取り図を作成、さあ、これから3Dで立体化・・・・というところで止まったまま。結構な制作日数がかかる予感がして怖気づいて結局そのまま放置状態で今日を迎えました。相変わらずの怠け者です。いずれ、作って完成させる予定ですが、今回は先にコンパクトな亭閣を一つ制作開始しました。何を?、と問われても申...

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NoTitle * by 管理人
たま様
コメントありがとうございました。
たまさんはアフィリエイトのサイトを運営されているんですね。いやー、プロの前で偉そうなこと書いてしまいました。また、よかったら当ブログ覗いてください。

こんにちは★ * by たま
こんにちは!
「人気ブログランキング」から来ました♪
たまと言います。
ちょこちょこ遊びに来させて頂いてます!
とても見やすく綺麗なサイトですね。
勉強になります。
綺麗なサイト作りを私も目指しています。
また遊びに来ます!
良かったら遊びにも来てくださいね♪
ポチッ!応援完了です★
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「上皇様」とお呼びしてよろしいですか?

今月6日、天皇陛下の譲位などを検討する政府の有識者会議が、天皇陛下の退位後の称号を「上皇」とする方向で最終的な調整が進められる方向、との報道がありました。正式には太上天皇、略して上皇さまの尊号は江戸時代の光格上皇以来、ずっと空位のままでしたがこれで、もし平成30年、今上陛下が譲位されたら約二百年振りの「上皇」位の復活です。まさか、歴史上でしか接することができなかった上皇様を、この目で拝見できる機会が...

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先程の管理者専用への投稿は * by taka
ミスでした。すみません。

管理人のみ閲覧できます * by -

NoTitle * by -
takaさんコメントありがとうございます。赤い皇族? ちょっと禁忌ですよ・・・笑。私も誰かなぁ・・・と気になる方はいます。戦後、バイニング夫人等の米国型民主主義の影響もあるかもしれません。現皇太子殿下がご結婚前に登山をされた際に随伴した記者の一人が「この御方のためなら命を投げ出してもいい!」とまで週刊誌に書いた記事を読んだことがあり、殿下は人を惹きつける天子の徳をもった御方だなぁ、と今も思っています。殿下は水運の歴史にも造詣が深く、山がちで狭い国土の日本において、いかに水運が重要な役割を果たしてきたか、きっと明察されたのでしょう。
後、これは私もご皇室に不遜ではと思いますが一つ気になったことがまります。
今般、秋篠宮家ご長女の眞子内親王様が一般人の小室さんと婚約されましたが、正直、今一盛り上がってない気がします。美智子皇后様のご成婚のときの「民間出身で初めて!」と戦後日本の民主主義の浸透を讃え盛大に盛り上がりましたが、今回は静かです。出雲大社の千家家へ嫁がれた高円宮憲仁親王の次女・典子さまの方がニュースで話題になったほどです。時代は普通の恋愛から高貴、名家なる成婚を望む一つの新しい潮流が出始めた気がします。時代の潮目といいますか、戦後民主主義が色褪せてきたかのかな?
願わくば、不敬ですが敢えて申しますと、眞子内親王様は旧宮家の方とのご結婚をして頂きたかった。旧宮家の存在が俄に皇室安定の先鞭となったかもしれないからです。
なんか、コメントの返事というよりも記事みたいですね。今度、コメント頂いたら記事に書こうかな?どうです。

NoTitle * by taka
遅まきながらコメントを。旧宮家の復帰というのは私は条件付賛成ですね。
現在非常に不遜ながらも言わせて頂くと、『赤い皇族』の一族の存在があり
非常に不愉快に思っています。革命論者の様な主張は致しませんが、粛々
とご退場願いたいというのが個人的な感想です。

現皇族ですらそのようなお方が存在するくらいですから、旧宮家に至って
は当然そのようなお方が存在する可能性も高いでしょう。誰とは言いませ
んよ。決してJOCのトップだなんて、そんな事を言うつもりは全くあり
ませんとも。

そして最近良くテレビ出演なさられておられる旧宮家の方、あの方も一見
愛国者・愛皇室者の様な顔をしていて実際はその正反対だと私は思って
おります。当然その様な方の宮家復帰等、獅子身中の虫を増やすだけだと
思っております。

しかし美濃部達吉をある程度評価している、とは驚きでした。似非愛国者
の中には彼の名前が出るだけで左翼扱いですからそこは凄いと思ってます。
天皇陛下に絶対忠誠という事は、陛下が大国主の決断をしたとして無条件
で賛成するのか? という危機感から来た愛国心から来たものだと思います。
最も息子さんの方はどうしようも無い方ですが。ただ彼の主張は実質
御前会議の存在がある時点で杞憂というか、戦前はある意味憲法違反状態の
政治制度が確立していたんですけどね。

まあとにかく、宮家復興は『血統性』と『世襲王家』の両輪で行うべきで
しょうね。もし『血統性』だけ主張して伏見宮家を語ると、『西陣南帝』
の子孫はどうした、なんて事を言う人が出てきかねませんからね。

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