3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

京都御所ってどんな部屋があったの? さっそく見てみよう! 表方編

皆さんこんにちは本記事に入る前に一つご紹介したいことがありまして先に書きますね。ブロガーの”しばやん”さんてご存知ですか?ブログの歴史好きな方ならきっと知ってみえるかと思いますが、人気ブログランキングの歴史部門で常にトップを走り、人文系全体でも最上位クラスを維持され、多くの読者さんからも支持のあるブログ「しばやんの日々」を運営されている、そう、その、しばやんサンがご本を出版されました!題して『大航海...

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萬歳幡がはためく京都御所をご覧あれ!!

本日16日付、記事中の京都御所平面図に建物の名称等を付け再掲載しました。それに伴い御殿や各部屋の説明については、次回の記事に回す事にしました。重複する可能性が出てきましたので。本記事は主に萬歳幡のはためく「3DCG集」として単発記事にすることにしました。従って記事タイトルも「萬歳幡がはためく京都御所をご覧あれ!!」に短縮することにしました。よろしくお願いします。現在、京都御所の造営時の全体表示を2D...

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しまったぁ! * by 京一朗
kotodayori様

お礼のコメントのなかに人情を”刃傷”と書いてしまいました! 決して他意はありませんので。以後、気を付けます。失礼しました。

No Subject * by 京一朗
kotodayori様
コメントありがとうございます。

御所を参観しても観れないところいっぱいありますよね。でも、なおさら見てみたいのも刃傷ってものですよね。

拙い3Dですが自分なりに一羽の蝶になって宮中をフラフラ飛んでます。

春、桜の芽も出てきました。小生のお花畑も満開です! 笑。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様
コメントありがとうございます。

粋な和歌もありがとうございます。一瞬、平安の昔に戻った気分です 笑。

大内山とは内裏、宮中のことでしょうか?

これから春、桜吹雪が御所に舞って、萬歳幡が新帝を御祝しますね。平安な御代でありますように。

相変わらずハチャメチャな3Dですよ。今回ははしゃぎ過ぎたかもです。でも、いいですよね。めでたいことだし。

No Subject * by 京一朗
大原様
コメントありがとうございます。

CGですけど盛り過ぎましたかね・・・
気が付いてみると旗めいていました。めでたいことですし多少の無礼講はいいですよね。

3Dはまったくの独学です。ですからプロの方から見れば「なんだコレ?」という面もあると思いますが、

京都の失われた建物を見てみたい一心で3Dを始めました。

後、10年ぐらい経ったら公家町が蘇るといいな、と思ってます。

私の方も大原さん応援してますよ。
好きこそ物の上手なれです。

No Subject * by kotodayori
おはようございます、3DCG素晴らしいですね。
御所公開の時の通路から見える景色とは、まったく違って見えるので、何か得した気持ちになりました。
また、よろしくお願いいたします。

萬歳幡 * by 五反田猫
これは壮観です、見ていて楽しいですね。

思わず一首
「大内山 吹く春風の 強くして なほ翻る 萬歳の幡」

No Subject * by 大原
いやはや壮観でありますね!

いつ見ても京一朗さんの3DCGはすごい。
鳥になった気分ですよ(笑)
私はCGとか全く疎いので^^;

御常御殿の御座から庭と幡を見るの図が
特にお気に入りです^^

ひたすら無念無想で御所の見取り図を作っています。

つい、最近のユーチューバーの真似をして記事タイトルを「ひたすら無念無想で御所の見取り図を作っています」??、と、ステマ風に付けてみましたが、やっぱりダサイ。若者に媚びを売っている・・・、そんな気分もしないでもないです。実は、本当に今、無念無想に京都御所の見取り図を作っているのです。しかも一心不乱というか迷走してます。というのも、今回のテーマが前記事で書いた「今、書きかけなのは御所の失われた建物の平...

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No Subject * by 京一朗
えっ!3D御所も文化遺産!?、じゃ頑張ろう! 笑。

五反田猫様いつもコメントありがとうございます。

お後が宜しいようで、と、ついそんな言葉が出てきそうな五反田猫さんのタイミングよいコメントにいつも助けられてます。

体調もよくなりました。

新しく立ち上げる事業もこれから一~二か月ほどはバタバタするかもしれませんが皇太子殿下の御即位もあるので、自分も何かブログで奉祝したいですね。

今回の事業はすべて自分の裁量でやりたいと思ってやったもので人生最後のチャレンジです。
どんな事業かと言いますと、恥をかくといけないので軌道に乗ってから、にします 笑。

ブログと多少の仕事の二足の草鞋が今後続きます。どちらも中途半端にならないよう自分が最も苦手な時間管理をしっかりしたいと思ってます。

五反田猫さんも立場上、お忙しい毎日だと思いますがどうかご自愛くださいませ。

3D御所も文化遺産! * by 五反田猫
京一朗さん

寒暖の差が激しい日が続いておりますが、お元気になられたでしょうか?
新たな役割が始まるとの事で、成功をお祈りします。

東京でも、御大典に向けて、色々な奉祝行事が進んでいます。
色々な団体や人が、自分で出来る方法でお祝いしようという動きは、日頃は存在を意識しないが、いざとなると重要だと国民は意識していると、歴史のコマを感じます。

こうして3D御所のデータもおつくりになるのも、とても良い事なのだと思います。 ご無理をなさらず、お元気にお過ごし下さい。

No Subject * by 京一朗
hakka様 コメントありがとうございます。

記事でいろいろ愚痴つてしまいましたが、温かい励ましを頂きとても感謝しています。これからも頑張って続けたいと思ってます。

3Dは確かに時間、手間がかかります。良いものを作ろうと思えば余計そうです。

でも、3Dで京都を表現してゆくなかで、3Dならではの発見や疑問、着想、達成感、といろいろプラスな面もあります。

3Dもまだまだ修行が足りません。

改めてコメントありがとうございます。

hakkaさんも頑張ってくださいね。


No Subject * by Hakka
こんばんは。
安政の頃の御所には今よりもかなり多くの建物が存在していたのですね。驚きです。

京一朗さんの3D京都、他の誰もやっていない試みだと思いますし、私自身、今まで知らなかった公家の世界のことを色々と勉強させて頂いていて、いつも新鮮に感じています。

お金になるかどうかと関係なしに徹夜するまで情熱を向けられることがあって、しかもそれが他の誰もやっていないことで、さらに楽しみにしている読者の方がいるって、この上なく価値のあることだと思います。

3Dの作成は、恐ろしく時間と手間がかかるかと思いますが、この先も楽しみにしています。

風邪を引いてしまいました。

小生のブログを読んで頂いてる方、いつもありがとうございます。そろそろ新しい記事を書こうかな・・・と思っているうち風邪を引いてしまい今、ベットから起きたり書斎でボーとしたりしてます。ですので、書きかけの記事のアップは少し遅れますのでよろしくご承知おきください。楽しみにしていた読者の方には申し訳ないです。滅多に風邪など引かず引いても一日寝れば治まるタイプでしたが、今回は少し油断しました。花粉症も合わせ...

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No Subject * by 京一朗
kotodayori様

お気遣いありがとうございます。
お陰様で今日になって昨日が嘘のように回復してきました。

ただ、眠い。薬の残りのせいか、ひたすら睡魔が襲ってきます。もう寝ます。というか、ついさっき、不覚にも椅子に座ったまま寝てしまいました。このままなら、立っていても寝れそうです 笑。

今後は夜更かししないよう気を付けます。

それでは、おやすみなさいませ。

No Subject * by kotodayori
こんにちは、いつも弊ブログへのご訪問ありがとうございます。お風邪の具合いかがでしょうか?つらいですよね、
音楽が好きなので、Loveland・Islandをじっくりと拝聴、拝見させてもらいました。なかなか良い映像ですね。

またよろしくお願いいたします。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様コメントありがとうございます。
雛祭りも詠わず薬のせいか眠たいです。

短歌の感想も頂き励ましも頂きありがたいです。

速く風邪がよくなるよう、もう、寝ます 笑。

お見舞い申し上げます * by 五反田猫
京一朗さん お風邪お見舞い申し上げます。

春になったとはいえ、寒暖の差が激しい日が続いていますね。
どうぞお体大切に。

素敵な短歌を有難うございます。
私の和歌の先生は、和歌は伝統的なSNSだと仰っていますが、ご自身の感覚を、あのように、さらりと表現できるのが羨ましくなります。

輪ゴムの思い出

少し風邪を引いた。寒気がする。咳も出る。記事を書く元気もない。でも、二月も今日で終り。しばらく詠っていない。風邪よりも詠いたい気分が勝った。拙い短歌ですけど綴ります。 思い出を 束ねた輪ゴムの 不意に切れ 散った手紙を 拾う躊躇(ためら)い  老いて細くなった輪ゴムがある日、不意に切れた。床に散らばった手紙の束。拾おうか、それとも処分してしまおうか、それ程、もう歳月の経った手紙。残すことで縛られ...

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即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」が完成しました 紫宸殿編

平成31年2月24日、天皇陛下の「御在位三十年記念式典」が東京の国立劇場で開かれました。2019.2.24日付、産経新聞ニュースより引用 (撮影:山口良介)テレビで拝見していて思わず涙が零れました。天皇になられてから30年、陛下は国務に精励され、災害で苦しむ人々を慰め励まし、また先の大戦で亡くなった多くの戦没者を慰霊されるため国内外を精力的に訪問されました。まさに、国民の安寧と平和を祈り続けられた30年間だったと思い...

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No Subject * by 京一朗
sazanamijiro様コメントありがとうございます。
ハンドルネーム涼やかなでいいですね。

山を撮られているのですね。ケガしないよう気を付けてください。今はインドアの自分ですが元々山は大好きですよ。ネパールヒマラヤのランタンリルンへも行ったことあります(但し氷河の舌端まで)。

山も雅な御所も美しいものは美しいですね。
拙いブログですが、少しでも和まれたのなら嬉しいです。

No Subject * by sazanamijiro
いやー、禁句と言われても、侍従長くらいにはなった気分で、特別限定公開を堪能しました(^^♪
いつも山に分け入ってヒーヒー言いながら写真を撮っているので、このような優雅で厳粛な世界でほんとに癒されます。
ありがとうございました。

即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」が完成しました!

今月15日に記事にしました「ただ今、即位礼で用いられる天皇の玉座「高御座」を製作中」ですけど完成しましたので22日付で内容を更新しました。タイトル通り、ただ今、高御座(たかみくら)を製作中です。もちろん、まだ完成ではないです。残り部分を作って合体・完成させます。折角ですから京都御所の紫宸殿の中に設置したいと思ってます。ですので、まだ紫宸殿の殿内(とくに天井)を作り込めてないので、そちらもある程度完成させて...

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No Subject * by 京一朗
大原かずのり様
コメントありがとうございます。

昨夜は深夜3時まで紫宸殿の素材の一部を手直ししたりして夜更かししてしまいました・・・。いつもの如く妻から大目玉をくらいました・・・。今日から12時に寝ます!

>平城京大極殿ですが、奥行きは20mほど

仰る通りです。20mでした。文化庁で出している「特別史跡平城宮跡第一次大極殿正殿復原工事の記録」にて確認しました。28mは基壇部でした。記事も訂正しました。
指摘ありがとうございました。

No Subject * by 大原かずのり
高御座の記事、興味深いですね。楕円形ですか!私などは平城京行った時も立派だなと思ってただけで、おっしゃるような問題は考えたこともなかったです^^;

平城京大極殿ですが、奥行きは20mほどではなかったでしょうか。しかしおっしゃるように楕円形の方が空間に余裕ができて儀式的にも差障りがなくなる、私もこれかなと思ったりします。
しかし確信は持てませんが^^;




即位礼で用いられる「高御座」が完成しました。ですが御椅子を先に紹介します。

即位礼で用いられる「高御座」ですけど完成しました。さっそくご紹介したい所ですが、「待てよ、高御座で帝が座られる御椅子も平安朝を飾った重要な家具」との考えから、先に単独記事で書くことにしました。いつもの気紛れが出てしまって申し訳ないです。今、私たちが普通に使っている椅子ですけど、奈良朝や平安時代にかけては椅子と書いて(いし)と読みました。椅子は平安末期から鎌倉時代以降には書院造の普及と共に直接、畳(座...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

高御座ですけど、椅子(玉座)が八百年もの間なく平座だったとは知りませんでした。他にも3Dで作りながら、えっ?何で?といった発見もありました。次回、書こうと思っています。

日本は幕末まで武家政権が続きましたから、いわゆる貴族文化は発達せず、江戸城の御殿は300年間、時が止まったかのように同じ仕様の書院が延々と続きました。代わりに文化を担ったのは町民・商人たちだったと思います。近世に朝廷が政治を担ったなら、公の職務は椅子とテーブル、家に帰ったら畳に横になる、そんな職住分離が行われ、明治の極端な欧風化もなかったかもしれません。

でも、近代の日本が発展したのは官僚たちの汚職が少なかったからとも言われています。その意味では「武士は食わねど高楊枝」の侍魂があったからねんでしょうね。

まぁ、世の中、彼方を立てればこちらは立たず、で、その塩加減が難しいですね。

* by 五反田猫
京一朗さん 高御座とは、時節にあった話題ですね。
現物は、もう京都から東京に移動したのでしょうか?

畳の生活、知人の住宅管理をしている人から聞きましたが、畳の部屋は人気がなくて、リフォームで洋間にする事が多いそうです。最近、五反田から目黒に越しましたが、このアパートも畳の部屋を改造したようで、クロゼットは押入れだった後が微妙にあります。 
畳がかびるのは、昔は当たり前だった 畳を干したり上げたりしなくなったから、当然でしょうね。 

>座敷は畳以外なにもないのがスッキリして美しい
仰る通りですが、住んでいるとこれが難しいですよね。
伝統的な家では、客間が応接でもありお客様用の寝室にもなり、行事の折は季節の飾りをしていました。
結局、お客が泊まる、季節の飾りがすたれれば、無駄な部屋は不要になりますので、畳も不要になってきます。
面白いのは海外で、台湾などでは畳が人気で、金持ちの家には畳の部屋があって、夏は快適で 絨毯と違ってそのままゴロゴロ出来るのが良いみたいです。 やはり南方の文化にあったものなのかもしれませんね。

「御所の台所を見てみたい」とのコメントにお応えします-翻刻・安政御造営図志の紹介

 読者の方からコメントを頂き、「御所の台所を見てみたい」というリクエストを頂きました。残念ながら現在の京都御所には御台所は存在しません。先の大戦の建物疎開で撤去されたからです。存在しないなら、せめて戦前の写真や当時の絵図なり外観・指図、またそれに基づいて作成した3Dの台所を見てみたい、というのが読者の方のお気持ちだと思います。しかし私の手元にも平面図しかなく当時の御台所がどのような外観・内観を...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

引越しで忙しいなか、しかもネット環境が不便ななか、わざわざコメ頂き恐縮です。

名古屋城の本丸御殿は素晴らしかったですよ。言われる通りに日本の伝統技能を継承していく上でもこのような復興事業は欠かせないですよね。前、建築史家の平井聖先生が「江戸城本丸御殿はいつでも創建当時のままに建てれますよ。それだけ資料が整ってます」と言われてましたが、だと、すると今度は江戸城の番ですね。天守閣だと揉めるかもしれませんが、本丸御殿でしたら官民力を合わせできると思います。完成したら「ここが松の廊下かぁ」、「ここが大奥かぁ」と見学するのも楽しくなります。NHKさんも喜びますよ。大河のロケにいつでも使えますから。

あの、安政御造営図志の中の絵ですが、原典の方の絵は京都本が白黒、書陵部本がカラーになっていて、絵については書陵部本を採用したそうです。翻刻された方も書かれていますが、絵の方はイマイチで素人ぽい感じなんだそうです。間違った描写もあるそうです。当時の正規の担当者が描いたのではない気がします。

ただ、小生にとっては間取りも細かい仕様・寸法もわかるのでお宝です。

早くネット繋がるといいですね。

名古屋城と大太鼓 * by 五反田猫
引っ越しで通信環境が無かったので暫くアクセスできませんでした。(まだネット開通していません 怒)

名古屋城の建築復興は、行政が行う事業としてすばらしいですね。
河村市長の英断だと思います。
短期的には、観光客を呼べるのは言うまでも無く、仕事が無くて苦労している伝統工芸の人々に、安定して長期的に仕事を生み出す事が出来ます。 これにより、経済が回るだけでなく、幅広い伝統の継承や保護が出来ます。 ハコモノ行政としても、数十年で使えなくなる建物ではなくて、数百年先にも伝えられる建築を目指すのは素晴らしい事ですね。

御所の台所のお話しも有難うございます。 調度類のお話しも素敵です。
本旨に関係ないツッコミで恐縮ですが、雅楽の太鼓の絵が気になります。
右側は、二つ巴に鳳凰に月がお約束ですが、飾り物がどうにも太陽に見えてしまいます。
現代のものは銀色なのですが、当時はこれでも月だったのでしょうか。
左と比較すると、多分 旭日を表す棒が多いとかあるのでしょうね。

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公家ロス・・・? ということで、気分転換に名古屋城へ行ってきました。

タイトル通りなんですけど、公家のお屋敷跡を巡るシリーズも終わって流石にお腹一杯気味なので、気分転換に名古屋城へ行ってきました。一連のシリーズでもっぱら文章を書いていたので、3Dを作る感覚がちょっと忘れ気味で心配ですが、これで内裏・公家町の3D作りに集中していきたいと思っています。が・・・。過去を振り返ると、エッセイ擬きの文章も結構書いてます。もっと3Dに集中すればいいのですが、つい、いろんな雑念が湧...

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No Subject * by 京一朗
Hakkaさん コメントありがとうございます。

そうですね戦災で焼けて残念です。戦災前は全国で20ほど残ってましたからね。

観光という面で言うならば、ヨーロッパの城の多くは日本のような城郭(要塞)でなく城館だから多く残って観光に役立っていると思います。とくにフランス。

ヨーロッパでも廃城令がいろいろ出ましたが、その後、城の文化的ステイタス、美としての価値が再評価され城郭風の館として多く再建されました。ちょうど、そのころ日本は反対に明治維新の廃城令でたくさんの城が壊されました。

歴史のタイムラグもあるんでしょうね。江戸時代、もし、三階以上の建物が許可されていたら、地方の大庄屋など喜んで三階櫓風の蔵を建て、プチ城館として競い合ったことでしょうね。

No Subject * by 京一朗
大原様 コメントありがとうございます。

今日はグ~んっと冷えますね。
早く名古屋城の本丸御殿行かれたらいいですよ。
二条城に比べ全体の規模、間取りのサイズは小粒になりますが、二条城の二の丸御殿のような「これでもかぁ!」とった将軍の権威を見せつけるような感じでなく、静かで優しい感じがしましたね。やはり、京への途中の宿だから見せつける必要もないんですよね。

一番豪華な上洛殿ですけど、ここは家光が上洛するために増築されたものですが、ここがまた豪華というよりも優雅で上品な感じ。女性的な感性が漂っている気がしました。

これって、家光の好み、性格が表れてるかもです。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

熊本城や篠山城とかもそうですけど、最近は天守や櫓にとどまらず、御殿が復元されるケースが増えていますよね。

復元されたものも素晴らしいですが、名古屋城の場合、天守も含め空襲にさえ遭っていなければ、と思うと溜息が出ます…

No Subject * by 大原かずのり
素晴らしいですね♪
若々しい木の香がこちらまで漂ってきましたよw

近々行こうかと考えてましたが、さらに行きたくなりました。
やはり観光客は多いのですか。

京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅 (最終話)  哀しからずや染殿町

「京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅」もついに、というほどでもないですけど「最終話」を迎えました。当初、その(四)ぐらいで終わるだろう、と思っていた読みも完全なる私の甘々でした。思いのほか、御苑外の公家屋敷って多かったですね。数を稼ぐため、結構、Wikipediaに頼ってしまい申し訳ありませんでした。いずれ機会があったら個々の公家さんをもっと掘り下げてみたいと思ってます。さて、タイトルにも書きました...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。
>京都の家元で茶道研修をしていた時に、早朝に染井の水を汲みに行きました。

いろんなことされてますね。京都は地下水の都でもありますから、御所でも築地塀の中と外では高さ違うんですよね。明治のころまで京都は多くの掘割に水が流れ、内裏も公家町もたくさんの泉水がありましたから、高低差を緻密に設計した用水が流れていたと思います。

庭田家だと、和宮様のお付きの女性いましたよね。

江戸の当時からすでに参内行列は人気があって庶民も手弁当片手に見物したとか、屋台も出たそうです。公家の姫たちも物見からその様子を見るのが気晴らしだったとか。江戸時代、公家町が意外とオープンだったのは、公家、庶民それぞれに見るのが楽しかったんでしょうね。

そうそう、後桜町上皇(女帝)様など林檎を集まった庶民たちに配った逸話がありましたね。

染殿町 * by 五反田猫
いつも興味深い記事を有難うございます。

>梨木神社
30年以上前、京都の家元で茶道研修をしていた時に、早朝に染井の水を汲みに行きました。 女性に力仕事をさせる訳にも行かず、巨大なポリバケツをリヤカーに積んで早朝5時前(寅の刻に汲むのが最上らしい)に汲みに行きました。
早朝でも近隣の人から、料理屋、豆腐屋など、結構 多くの人でにぎわっていたのですが、今ではどうなったのでしょうね。 当時は、そんなマンションは無かったので時代の変遷を感じます。

>庭田さんの建物
流石に宇多源氏のトップですから、立派なものですね。
こうした建物が、御苑の中に再興出来ると、とても良い観光資源になると思っています。 建物だけでなく、参内の行列などがあれば、とても素敵でしょうね。

No Subject * by 京一朗
Hakkaさん
コメントありがとうございます。

Hakkaさんに「好きなシリーズだったので少し寂しい」とのコメント頂いてとても嬉しいです。連載した甲斐があります。

お公家さんは昔から興味もってましたが、一つには、いつも戦後大名とか武士ばかり取り上げられてきたので判官びいきな面もあります。

これからも京都を自分なりの視点で書いていきたいと思ってます。
Hakkaさんも為になる情報発信、今後も期待しております。

No Subject * by Hakka
こんばんは。

公家屋敷の旅、終わってしまうんですね。好きなシリーズだったので少し寂しいですが、また3Dの方も楽しみにしております。

京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅 その(十) 今出川通界隈

前記事で、御苑外の公家屋敷シリーズもその(十)で最終話となる旨お伝えしましたが、どうも無理筋に思えてきまして二話に分けることにしました。いつもの気まぐれで申し訳ない・・。ということで今回は御苑の北に接する今出川沿いの公家屋敷跡、及び室町時代に足利義満によって建立された相国寺七重塔のあった塔ノ段町近辺にあったと思われる六角家の屋敷跡を巡ってみたいと思います。            &#...

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追記 * by 京一朗
五反田猫様、

記事のなかの冷泉家ですけど、”直系子孫”から”嫡流子孫”に訂正しました。

No Subject * by 京一朗
五反田猫様 いつもコメントありがとうございます。

冷泉家のご当主と面識があるとは知らず失礼なこと書きましたかね・・・。

現在のご当主ですけどBSで拝見したことあります。お婿さんであるとは知っていましたがどこぞのお公家さんの子孫にあたる方ですか?

私のなかでは公家社会は養子にでたり、また入ったりと女系で継いでいるお家もけっこうあり、元を辿れば皆公家の出ということであまり女系に拘りはなかったのかな、と思ってます。

戦国時代、上冷泉家は北陸へ下向していましたが、そのときは大事な古典籍の山はどう守っていたんでしょうね?

馬や荷車に積んで避難したのか、内裏に置かして頂いたり?とか、どうなんでしょう? まだ戦国時代は耐火性に優れた蔵はあまり無かったと思いますし。

六角氏ですけど、どうしても鎌倉、室町期の守護大名を連想してしまい、公家さんイメージ少ないですね。家禄30石もまだ蔵米ならそれなりに安定してますけど知行30石だと収入ゼロもあり得るし暮らしも大変だったんだろうなぁ、と平公家の苦労が偲ばれます。

でも、私なりの価値観のなかでは六角氏>徳川宗家なのですよ。日本の貴族は帝との距離で決まると思ってますから。

あれこれ * by 五反田猫
京一郎さま、 まさにお名前に相応しい京の公家屋敷のお話し、写真と合わせて楽しみました。 有難うございます。

>冷泉さん
ご当主とは和歌関連でご面識がありますが、「冷泉家は二番手主義」だと仰っていたのが印象的でした。
和歌宗家は、長く二条流、京極流だったのですが、結局 トップに立つと風当りも強くいのですね。 明治になって二条流の中心 三条西家は歌道宗家の役割を終え、地道に歌道をつないだ冷泉家は、現代では定家の流れを伝える家となりました。 現代のお公家さん達のご子孫は女系が多いのですが、冷泉さんの所もずっと女系ですね。 それでも代々 優秀な男性が婿として入られるので、それも素晴らしいと思います。

>竹内家、六角家
足利将軍家の侍が、公家になった家で、こういう家の存在自体、室町時代は公家と室町武家の境目が曖昧になっていたのでしょうね。 お公家さんでも将軍についてって戦死したり、御所よりも将軍家に入り浸って親を嘆かせたりなど。
江戸になると固定化しますが、それでも武士から公家侍への転身は続いているのですね。

次回でまとめになるとの事で楽しみです。

お知らせ

読者の皆様方には日頃、拙いブログではありますがご愛顧頂きありがとうございます。さて、降ってわいたような「お知らせ」に、何? と当惑される方もみえるかもしれません。が、実はそんなに大袈裟なことではないのですが、当ブログの都合でブログのレイアウト、というよりもブログパーツの配置換えを行いました。従来より、メインの記事欄の右サイドバーにプロフィール、ランキングバナー、人気ページランキング等のブログパーツ...

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No Subject * by 京一朗
hige様コメントありがとうございます。

弊ブログへ夜来られた読者の方の内訳はPC52%、スマホ48%。流石に夜はpcの方が若干多いです。

でも、私のような人文系のブログはPCからのアクセスが多いと思っていましたが時代は変わっているのですね。

ブログのテンプレートもレスポンシブタイプに変えたので安心仕切っていましたが油断は禁物ですね。スマホにはスマホの特性があるので、これからも注意してより見やすいよう努めます。

などと神妙なこと書いてますけど、今回はランキングのことばかり気にしてカスタマしていました。

higeさんの言われるように、スマホをいかに読みやすくするか、読まれる人の視線で自分もアレンジしなければ、と少々、反省してます。

>ブログ管理者が気にしてるほど訪問者は気になってないというか

そうですね、じゃ自分は他のブログを読んで気にしているかというと無自覚な所があります。

今まで生きてきて、自分なりの処世訓にしているのは、「自分が理解されようと求めるよりも、関わった人、相手の方を理解することに努めよう」です。そう思うと何か心が軽くなります。

それでは、おやすみなさい。

モバイル対応は重要ですよね。 * by hige
 スマホで自サイトがどう表示されるのかは、今では最重要事項と私は思ってます。あとタブレットも。
 モバイルの訪問者が50%は多いですね。私のブログでは30%ぐらいですが、それでももう無視はできないです。
 なので文字の大きさとか、リンク部分がタップできる様に周囲との離隔が確保できているとかには結構対処しました。
 時々、自サイトがスマホでどう表示されるのかを確認してますが、でも私が望んでる表示と、訪問者が望んでる表示は違うのかもしれない。ここら辺は私と訪問者の評価はめっちゃ評価がずれるかもしれません。

 あとカウンターはある日、私もPVにしました。
 あるカテゴリーの記事を集中して次々に読んでいただける事が多かったのに気づいてからです。京一郎さんがおっしゃる様に、カウンターは所詮自己満足の世界ではあります。

 で、ねえ、
 じつは、ブログ管理者が気にしてるほど訪問者は気になってないというか。
 

京都御苑の外にあった公家屋敷の跡を巡る旅 その(九) 陰陽師 VS 吉田神道

公家屋敷の跡を巡る旅 その(九)では公家のなかでも特別に異能な存在である吉田家とその分家・萩原家、そして土御門家、そして久世家と西大路家の五家を取り上げます。そのなかでも、吉田家は吉田神道の総本家であり江戸時代、全国の神社、神職の任命権を持つ絶大な権力を持ちました。一方、土御門家は平安時代の陰陽師としてカリスマ的存在の安倍晴明の子孫であり、江戸時代、朝廷に天文、暦道で仕え国家に変事が起きたときは吉...

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No Subject * by 京一朗
五反田猫様 コメントありがとうございます。

御師の屋敷ですけど、拙ブログで、「新選組のまぼろしの本営・不動堂村屯所を想像復元してみる」 https://3dkyoto.blog.fc2.com/blog-entry-223.html と題して伊勢の御師屋敷を参考に平面図ですけど再現してみました。宜しかったら読んでみてください。

稲住神社は絶対メジャーにはならないです。現地に行かれたら分りますが何か妖気が漂っている・・・雰囲気ですから。

神道の変遷 * by 五反田猫
現代の神道(神社本庁系)では経典や戒律などの縛りが希薄なのが特徴ですが、吉田神道では仏教や儒教に対抗できるように、経典やドグマを整備したのですよね。
明治維新では廃仏面のみが印象に残りますが、江戸期の教派神道である吉田神道、伊勢神道なども、ほぼ廃絶されたのですね。
お伊勢さんに行くと、江戸期に存在した御師の屋敷は消滅。
吉田家の明治以降の衰微を見ると、同様なのだと良く判りました。 「魔王尊」とは、何やら封じられているのでしょうか? これも珍しいものを有難うございます。

色々と気になる記事は沢山あるのですが、とりあえず御礼まで。

>土御門家
まさに仰る通り、天地明察! 西欧の科学を取り入れて日食を見事予測し、正しい暦を復活。 これぞ江戸の陰陽術と思いきや、科学は独占出来ず、当然 カレンダーも同じ。
明治以降は大きく衰退しましたね。

稲住神社のお話し有難うございます。
不審者と誤解されたようで、お気の毒様でした。
京都の清明神社は大人気ですが、本来はこちらのお社の方が所縁は深そうですね。