3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

キャンパー3D京都号、これぞ『動くビルトインホテル』!?

キャンパー3D京都号の製作もいよいよ景況を迎える段となってきました。取り敢えずダイネット、キャビン周りの形が出来上がってきたので報告がてら、また、これからオーダーメイドでのキャンピングカー購入を検討している方に多少でも参考になればとも思い画像や記事にしてみますね。フロント側から見たダイネットとキャビン。だいぶ形が出来てきました。もう少し拡大しますね、同じくフロント側から見たダイネットとキャビン。ダイ...

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反りと龍とモールディング

今、依頼を受けて明治の近代洋風建築群を3Dにて製作していますが、それに関連して以前から漠然と思っていた和風と洋風建築の違いについて、一つ、”軒周り”から焦点をあてて書いてみたいと思います。とくに資料もなく自分の頭に未整理のまま終っておいたものなので話が飛ぶかもしれませんがご承知おきのほどを。「反りと龍とモールディング」とは何ぞや? ということなんですが。それは、まず反りは日本の社寺建築に代表される屋根...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
漆喰ですが、京都御所の蔵の漆喰壁ですが太陽に反射しても全くといっていいほど表面の凹凸が見当たりません。御所は建物の隅々まで大工さんたちの精緻な技量が発揮されていて感嘆します。単調な白一色でも御所透かしの松越しに見るととても艶やかなになるのは流石だと思います。
日本の建築も日光東照宮から桂離宮の両域まであって良かったです。そのどちらが欠けていてもお互いの素晴らしさを認識することは能わなかったかもしれません。

和辻哲郎 * by 五反田猫
京一朗さん
お返事ありがとうございます。
>和辻哲郎の古寺巡礼
これは独特の世界のようでありながら、欧州でもグロッタとか意図的な廃墟を庭園に造るという手法がありますね。 似たようでも両者の違いはご指摘の通り「チャレンジしない」という点かもしれません。

白壁:これで一番驚いたのは名古屋城
小天守の御殿側が窓の無いノッペリな白壁
御殿を見下さないという配慮と聞きましたが、建築としての単調さは問題にしない。
名古屋城の櫓や天守の狭間や石落とし
「土戸」という白い内窓があって、これを閉めると白く塗りつぶされる。単調なものを更に同じ色で塗りつぶすという美観が面白いと思いました。

 

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
何と言ったらいいか・・・自分で記事を書いておきながら五反田卿に何と申し上げたらいいのか・・・言葉が出てこない感じです。思うに日本のアニメやマンガは独自のデフォルメ感があって、それは江戸の浮世絵、さらに源氏物語絵巻まで遡ってそのルーツがあるような気がしますが、事、建築に関しては日本は異形のものはあまりチャレンジしないような。ある建築史家が日本には建築を仰ぎ見るという感覚がなかった、なぜなら山を見上げればそれで済んだから、と? 日本の社寺というと鎮守の森の中にある感じですが、京都の清水寺は珍しく楼門から三重塔へと続くなか森に覆われていません。開放的なまるでスペイン広場のような明るさがあります。塗り直した鮮やかな朱色と相まって海外の方にも人気です。清水寺にはそれを分かっていた人がいると思います。

かつては和辻哲郎の古寺巡礼のように歴史のある寺は苔がはえ、漆喰が剥げ、丹塗りもすっかり褪せている・・・それが、いにしえの美としてとらえる審美眼がありましたが、今は鮮やかな朱色を好む時代になっていますね。時代とともに感性は変わっていくものですね。

和様モールディング * by 五反田猫
いつもながら興味深いお話を有難うございます。

和様モールディング、城郭建築などの白壁も単調ですよね。 だから、「海鼠壁」とか、破風、格子窓が出来たような気がします。
町屋ですと、ウダツとか、格子窓が、用途だけでなく装飾としての役割をもっていたような気もしますが、如何でしょうか?

中国の屋根勾配が一番きつくて、次が韓国、そして日本のような気がします。
中国の場合には、軒飾りとして「小兽」「吻兽」などと呼ばれる人物や動物の像が、軒の上に乗っています。日本では沖縄のシーザー、京都の鍾馗さんなどが、伝来の例なのでしょうね。
なぜか、日本では普及せず。
何となく、日本はシンプルな景色を好むのでしょうか? 取り留めないコメントで済みません。

キャンパー3D京都号、順調に製作中!

キャンパー3D京都号、絶賛製作中! ということで今日も冷凍ブルーベリーを差し入れに持って地元ビルダーさんを訪ねてまいりました。訪れたのは10日振りほど、3Dを製作中でブルーベリー農園の摘み取り後の後処理もあったりして何かと忙しいのです。生まれて初めて腱鞘炎になってしまいました・・・。ブルーベリーなど小さい実でも摘み取り作業をずっと繰り返したりしてると腱鞘炎になる時もあるそうです。治すのは休息が一番ということ...

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No Subject * by 蔵人
ありがとうございました。
やはり個室を形成する屋内の壁は類例が無いのですね。
いやはや思い知らされました。

No Subject * by -
蔵人さま コメントありがとうございます。
奈良時代など貴族は大陸風を真似て壁で囲まれた家に住んでいましたが、平安時代になると外壁は取っ払い柱だけになり、そこに上げ下げできる蔀戸と妻戸(妻側の開き戸)を用いました。母屋内の一部だけ塗籠の漆喰壁を設け(二間四方ほど)そこは主に寝室か納戸部屋に使われました。仕切りは屛風や几帳で隠しました。現代で言うパーテーション、展示場のブース感覚ですね。母屋と廂(とくに北廂)との境には現代の襖の原型である鳥居障子が設けられ壁代わりになっていました。

平安後期になると大工工具の発達もあって外回りに、とくに北側は引き戸(舞良戸)が多用されるようになり室町中期には銀閣寺の東求堂のように室内を襖で仕切る簡易個室になり外回りも引き戸で囲まれ書院造りへと変化していきました。

主屋は建具を取っ払えば一部壁と柱だけ・・という原則は平安から江戸時代まで変わっていないと思います。おおよそこんな感じでよろしいでしょうか。

No Subject * by 蔵人
はじめまして。
京一朗さんは日本の古い建築についてかなりお詳しい方と聞き及びました。
差し支えなければ内壁についてご教授賜りたいです。
日本の伝統建築では個室の概念がなく、屋内には間仕切りとなる壁すら類例がないと言う話を聞きました。
これは平安時代等の大昔でも共通してるのでしょうか?

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
キッチンはありません。強いていうならば電子レンジとシンクがキャンピングカーの要件の一つなので一応これでキッチンに相当します。

シンクは10Lの給排水タンクがあって使うのは歯を磨いたり、お茶やコーヒーのカップを洗ったり、髭剃ったり、顔や手洗ったりするだけです。それでけでも助かります。

トイレは、座席シートの下にラップポンという簡易トイレを収納できるようにスペースと配線をお願いしています。

キャンピングカーだけでなく、災害などの緊急時にもシェルターとして使えるようにも想定しています。アイドリング、あるいはソーラーパネルで充電できるので携帯の充電やケトルの湯沸かし、電子レンジmテレビ、冷蔵庫ぐらいはしばらく使えると思います。

後、国内では350か所ほどARパークがありまして、そこで外部電源からの充電やタンクの補給、給排水、ごみ処理、風呂など利用できます。大型のキャンピングカーにはとても助かると思います。

こりゃ凄い * by 五反田猫
キッチン付きですか?
水タンクと排水タンクもあって、トイレは?

知人で米国製を輸入した人がおりましたが、上水と下水のアタッチメントが合わないで苦労していました。 それ以上に、給水、下水の排水が出来る施設が無いので困っていました。
昨今はキャンプブームだから、国内でも設備が整ってきたのでしょうか?

キャンパー「3D京都号」製作スタートしました!

先日、ずぶ濡れになって素材の撮影・取材旅行から帰ってきました。と言っても日帰りの強行軍でした。ブルーベリーの収穫後の夏剪定もやり残していたので。電車はあまり好きではないのでマイカーで行こうと思いましたが肝心のマイカーがない・・・、買取業者さんに売ってしまったものですから。農作業用の軽トラしかありません。なんで売ったかと言いますと、ジャ〜ん、キャンピングカーを買うことにしたからです。この突然、降って...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
カスタム製作をお願いしているビルダーの社長さんはとてもオープンな方で工場内を撮っても全然大丈夫という事なのでブログにもアップしました。工場の内外にはいろんなキャンピングカーが置かれています。まるで展示会場のようです。近いしリアルに製作過程がわかるので勉強にもなりますし楽しいです。

いいじゃないですか! * by 五反田猫
京一朗さん カスタムメイドのキャンピングカー、いいですねぇ。 方向性は人それぞれですが、自分の欲しいものをカスタムで作って手に入れるのは、とても楽しいですよね。
ましてや、それが家族と楽しめて、色々な所にゆけるなら、猶更です。

納車が楽しみですね。

17日木曜夜9時、BS朝日「あなたの知らない京都旅」に作品が出ます。

今月、8月17日木曜夜9時放送のBS朝日『あなたの知らない京都旅 1200年の物語』に3D京都の作品が出ることになりました。今回の放送では「秀吉が創った京都」と題して俳優の水谷豊さんと檀れいさんが”京都の町の大改造プロジェクト”の全貌を探ります(番組レビューより引用)。BS朝日「あなたの知らない京都旅」_番組HPより引用。風情ある京都の街並みは、豊臣秀吉が戦で荒れ果てた京都を復興させるために作り上げたものでした。今回...

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にゃにゃ様、以前より拙ブログにみえていただいたんですね、ありがとうございます。

九條家は維新後に東京に移った際も公家町の屋敷の一部を東京に移築し住んだそうです。また生活や言葉も京風(公家風)を維持したそうです。流石、槐門のお家、プライドも人並みではありません。

明治以後ですと、大正天皇とご成婚された貞明皇后様は九條家の出身ですね。華族は多いときは1000家を数え、うち公家華族は分家等も含めて200家ほど、五分の一ですからその分ご皇室と通婚する割合は低くなると思います。

ご皇室が公家との通婚を避けていた? かは、私にはわかりません。一つ言えるのは戦争(大東亜戦争)に負けた・・・という事実です。
旧公家の集まりである堂上会の方々は今も年賀の拝謁を賜っているそうです。繋がりは続いています。

私個人としましてはご皇室の弥栄を心より願っています。

初めまして * by にゃにゃ
初めまして。数年前から楽しく拝見しています。公家文化を愛する者として、こちらを見つけたときは誇張ではなく狂喜乱舞いたしました。
「九条の家風は堅苦しく古風で鷹司のように当世風にいかない」と幕府は観察していましたけど、やっぱりそうなんでしょうか。
明治以降の皇室は、公家との通婚を避けているみたいですけど、なぜでしょうか。小田部雄次氏は、軍人になるために大名の姫を妃としたのではと言いますが、戦後の事例が説明出来ません。常陸宮妃はもとより、上皇さまのお相手候補にも公家はいないようであり、何より数十人に及んだ今上のお妃候補のうち公家の姫は二人いるかいないかです。どう思われますか?

シリーズ公家町 其十八 江戸時代の寝殿造ってどんな感じ? 後編。

記事の更新がかなり遅れ申し訳ありません。急遽、中編を差し込み三部作となりました。後編では「寝殿造」の規範ともなった『本槐門新槐門図』の本家本元、九條家の寝殿造、そして特に天明の大火以後、裏松固禅(光世)による平安内裏の考証を基に復古様式で造営された寛政度内裏(1790年)の影響を受け、その後、幕末にかけ復古寝殿造に情熱を注ぎこんだ鷹司家についても寝殿造巡りをしてみたいと思います。江戸期の復古寝殿造に対する...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。台風の影響で収穫も小休止、家の書斎でのんびりしてます。これから台風7号も決ますし大雨と強風にならないといいですけど・・・心配ですね。

鷹司家ですけど禁門の変ではどうも全焼ではなく屋敷の南側の方が焼けたみたいです。なので元治の指図も余計、混乱しているのかもです。ブログで記事ばかり書いていると公家町の3D制作がどんどん遅れてしまいます。後、100家造らなければ・・・。公家町で内容が一番不明なのか門跡寺院の里坊群です。それ系の指図がまったく残っていません。一つ、それらしきものもありますが、VR公家町では奥向きの代わりに持仏堂の規模を差別化することで対処しました。そうそうVR公家町ですが、あれから冷泉家のご当主が関西の旧華族の家系の方に声かけてみなさん鑑賞されたそうです。そして、さる高貴な方も観ていただいて、制作スタツフの一員として名誉なことと喜んでおります。五反田卿のお屋敷も営為作ってまいりますので暫しお待ちください(3D京都版の方です) 笑。 そうそう、宮内庁書陵部のデータベース経由で公家の高松家の指図と思われる目録を見つけました。家禄30石のお公家さんの屋敷がどんなものか興味が尽きません。

お疲れ様でした * by 五反田猫
京一郎さま 複数巻になっている古文書でも前後関係が不明とか、繋がりがオカシイものがあるのですが、図面でも同じ事があるのですね。
何とも困ったものですし、それらを整合させるのはさぞや大変だったと思います。

寝殿造りのまとめ有難うございます。
近衛さんは復古にシランプリだった理由も判る気がします。 だって寝殿造りはデッドスペースが多すぎ。 あれだけ大きな建物なのに、中心の塗籠部分の何と小さい事。加えて蔀戸の重くて開閉が困難な事。
平井氏の論文「居住機能と無縁になっていた寝殿の流れ」というのは、まさにその通り。

九條家の奥向小書院のご夫妻の楽しそうな事。
襖と蔀を比較したら、使い易さは格段に違います。結局、寝殿造りは実用性の無さから消滅、というよりも書院建築の方が日常の生活空間としても使えるから、これに置き換わるのは当然なのですね。

まだまだ暑い日が続いております、どうぞお元気でお過ごしください。

暑中お見舞い申し上げます。

拙ブログへご訪問の皆さま方、「暑中お見舞い申し上げます」。天候不順から急に暑くなりました。熱中症などくれぐれもご自愛ください。と書きながら、自分自身もその暑い日中のさなか、ブルーベリー農園にて毎日汗をかいております。ここしばらく記事をアップしていなかったので、暑中お見舞いに事寄せて一筆啓上いたします。私は会社を退職後はブルーベリーの農園を営んでおります。夏季は収穫の真っ最中で一日置きに摘み取りを行...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
山ですかぁ、いいなぁ!
実は個人的に恥ずかしながらキャンピングカーを買いました。と、言いましても納車は11月です・・・。突然、自分でも何だかわかりませんが急に買いたくなったのです。バンクベットの付いた本格的なものではなくタウンエースがベースのキャンピングカーです。一応、冷蔵庫や電子レンジやエアコン、FFヒーターとか一式揃っています。妻と二人、もしくは独り旅でどこかへフラフラって行く予定ですが、ホントに行くのでしょうか? 衝動が過ぎ去った後の現実が怖いです・・・苦笑。
また、納車されましたら五反田卿の山へもお訪ねしてみたいと思っております。その節はどうかよろしくお願いします 笑。

ブルーベリーですけど、根が浅い植物なのでコガネムシ(幼虫)にやられやすいし天敵です。今まではチェックして手で捕〇しておりましたが、今回は米糠にある土壌剤を混ぜてポットに撒いてます。でも、たとえ昆虫でも捕〇するのはイヤですね・・・。いつも「ごめんなぁ」と言いながら捕〇してます。農業もたくさんの生命を犠牲にしないと美味しいものはできないので、普段、食べるときは万物に感謝しながら頂こうと心掛けております。 ※ 〇にしないと認証されないみたいです。

暑いですね * by 五反田猫
京一郎さま 暑中見舞い申し上げます。
先週から山におりますが、昼間は30℃近くなり熱いです。冷房が無いから、ある意味大変かも。

コガネムシ、私の所でも山野草がやられております。 庭で秋の七草を揃えたのですが、ワレモコウが葉を全て食べられて棒になっております(泣)
他にも丸坊主になった草が多い。
時間があれば除虫剤を撒いていますが、殺虫でないので効果はそれなり。専門家に聞くと餌になる植物の地面に卵を産んで幼虫の時は根を食べるらしい。京一郎さんの所は鉢植えですが被害のひどい株には幼虫や卵があるかもしれません。 ご注意を

シリーズ公家町 其十七 江戸時代の寝殿造ってどんな感じ? 中編。

※ 前編、後編の二回に分けて記事をまとめる予定でしたがかなり難渋しました。結果、ただただ冗長な内容になってしまいました。ですので、今回は中編とし、次回の後編で九條家の寝殿造に触れ締めたいと思います。よろしくお願いいたします。前編で、「寝殿造という名称が使われるようになったのは、江戸時代の国学者・故実家である沢田名垂の著わした『家屋雑考』という書物が初見とされています」云々と寝殿造に関して一般的な通...

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No Subject * by -
五反田猫様 コメントありがとうございます。
何だかんだ槐門造でなくて寝殿造でよかったですね 笑。泉殿ですが、高床の下に鑓水とか通ってたからでしょうか? 固禅公が実証主義の人でよかったですね。この人がいなかったら今の京都御所がまったく無骨なものになっていたかもしれません。大内裏、とくに朝堂院、大極殿など後白河法皇が命じられた年中行事絵巻がなかったら、これも味気ないものになっていかたもしれません。文字だけでなく絵として記録に残すのは大事だなぁ、と改めて思います。

江戸期の公家邸宅 * by 五反田猫
京一郎さま 中編のUp有難うございます。

釣殿も含め、寝殿造りの原点は中国の池泉楼閣にあるとの御指摘、なるほどと気づきました。
釣台から釣殿という流れ、寝殿造りにある両翼と中門の関係。

江戸期の公家屋敷の構成要件のまとめ:寝殿にプラスα中門廊は、なるほど3D京都をおつくりになった経験からと納得です。
釣殿、泉殿という離れの存在は、東屋や茶席というのも興味深い指摘ですね。
そういう意味では、茶庭の枝折戸と垣根などは、中門の侘びたものと言えるのかもしれません。

釣殿が釣という行為からというのは納得できそうですが、ならば泉殿は?という疑問は、少し残っていますが、何より「家屋雑考」に基づく寝殿造りの公家屋敷が存在しないのですから、それを言っても無意味なのだというのは理解できました。

>裏松固禅
この人は宝暦事件で処分され落飾、固禅となったのですね。
垂加神道のような神道原理主義に嵌ったのではなく、文献に基づく故実研究と御所の復興という学問的な功績で蟄居を解かれ、平安内裏の様式の再現を行ったのは何よりです。

シリーズ公家町 其十六 江戸時代の寝殿造ってどんな感じ? 前編。

最近の学校教科書では「寝殿造」についてどう書かれているのでしょうか? 寝殿造は平安時代から中世にかけての上層住宅の建築様式であり、貴族当主の住居兼儀式の場である寝殿を中心に、①左右に90度傾けた東対と西対の御殿があって寝殿とは其々、透渡廊、渡殿で繋がっている。②透渡廊には反り橋があって鑓水が流れている。③寝殿の前には南面して大きな園池がある。④その園池に向けて東西の対から中門廊が園池まで伸びている。⑤中...

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No Subject * by 蔵人
大変助かりました。
ついに日本伝統建築の個室が確認できて感無量です。

探しても見つからなかった時は「移築を基準としたから壁がなかったのか?」等と戯けた事を考えていましたが、見つかって一安心です。
吉村家住宅の女中部屋や、庄屋職の式台の様な所に内壁がある為、内壁は身分差別を表す物などとも誤解してました。

貴族様ともあればちゃんと個室のある家に住んでらっしゃったんですね。

No Subject * by -
蔵人様 コメントありがとうございます。
東三条殿の塗籠は他の寝殿造と同じように漆喰で塗った内壁の個室のことです。流石に盗人に寝込みを襲われたり、宝物を盗まれないようここだけは壁がありました。内倉のようなものです。

No Subject * by 蔵人
以前「日本建築の個室」についてお話しいただきました蔵人です。

偶然こちらの記事を見ていて、一番最初の平面図「東三条殿平面図」に「塗籠」という箇所を見つけましたが、これは内壁による個室とは違う構造なのでしょうか?

差し支えなければ空間の用途等もご教授下さい。

No Subject * by -
五反田猫様 コメントありがとうございます。
釣殿と泉殿の違いですけど、自分は正直、あまり違いはないと思います。次の後編の記事でその辺も含めて書こうかと思ってます。暫しお待ちください。

泉殿の謎? * by 五反田猫
京一郎さん 寝殿造りのお話有難うございます。
掲載の「寝殿造り」、古典授業の副読本でおなじみでしたが、いつも疑問なのは「釣殿」と「泉殿」の違い。古典の先生に聞いても不明。元図は、御指摘の「家屋雑考」で、この図から見ると東が泉殿、西が釣殿。 辞書を引くと、どちらも寝殿造りで池の上に作られた建物とあるが、泉殿と釣殿の違いは不明。 構造上はどちらも高床、位置で言えばどちらも池(泉)の上にあります。
わざわざ、泉殿と釣殿と書き分ける理由をご存じでしょうか?

御椅子(ごいし)の文化

日本人にとって椅子とは長い間「床几(しょうぎ)」のことを意味しました。床几とはよく戦国時代の合戦に出てくる武将たちが座っている折り畳みの簡易椅子のことです。武田信玄像_土佐光起筆_山梨県立博物館蔵。床几は何も戦国時代だけのものではなく遠く平安時代から儀式で臣下が並ぶときなどにも使われていました。平安時代以来の即位式の伝統を引き継ぐ正殿中庭の旙と文武百官が座る床几。椅子といえば現代人からすればお尻を置...

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No Subject * by 蔵人
畳の上に座ったり寝転がるのは涼しいのですが、いざ江戸期の民家建築等を調べると「畳が敷かれた間は武家身分が来客の場合のみ用いられ、通常の生活では使う事はなかった」という説明が散見されます。
そして囲炉裏がある空間は板敷きで、何か座る道具を使う余地はありそうでした。
江戸中期の古民家で寝転がりましたが、板敷きはさほど気持ちよくなかったです。

茶の湯の侘数寄の思想は「無駄を削ぐ」というマイナスなのですが、これって江戸時代の文化の指向性とかなり一致します。

個室の件も然りで、省いて軽くする「軽妙洒脱」が好まれたのかもしれません。

No Subject * by -
蔵人様 コメントありがとうございます。
貴殿のサイト拝見しました。とても詳しく日本の椅子、腰掛の文化と種類について解説されていてとても勉強になりました。蒸し暑い日本の風土にとって昔から畳に胡坐をかくのは気持ちのいいものでした。でもイグサの畳は模様を入れることはできないので床の文化は畳に終始しました。床に椅子を置く文化がなかったのは、一つの因として、江戸時代に明確な官僚制度がなかったからかもしれません。幕府の武断政治は体質的に職住が一体化していましたから。そして鎖国ですか、後、禅や茶道、床の間の花一輪のようなミニマムな志向性もあった気がします。

No Subject * by 蔵人
大変感じ入りました。
私も日本の古典文化に於ける生活水準を学んでいるのですが、度を越した法令が床座習慣にも関係していたのですね。

私のサイトでも椅子や腰掛といった文化について記しているのですが、差し支えなければ参考にリンクさせて下さい。

https://clothroad.hatenablog.jp/entry/2022/10/30/181803

No Subject * by -
五反田猫様 コメントありがとうございます。
生かじりの勢いで小袖と袴のことまで書いてしまいました。有紋の袴で、共布で作った靴がセットなのですねぇ、どんな感じになるか見てみたいものですね。弓道女子の袴姿も凛とした雰囲気がいいです。これからもより多彩な袴の着こなしが増えて和装文化に華をそえるといいなぁ、と思っています。

宮中の和装ですが今は皇居の奥深く三殿の方で引き継がれていると思いますが、いつか表でも見られるようになったらいいなぁ、とこれも思ってます。

椅子と袴 * by 五反田猫
椅子から座り方、袴の話まで有難うございました。

女性の小袖に足りないのは袴。
仰る通りで、だから明治以降のハイカラさん達は、着物に袴をつけたのですよね。 今でも卒業式や成人式では、小袖に袴をつける女性がおります。
写真の「女官袿袴礼服」、これがある意味 礼服の最終形なのですが、現在の宮中礼装には無いのが残念なのです。とてもお洒落で、有紋の袴で、共布で作った靴がセットなのです。ハイカラさん達はブーツや編み上げ靴なのですが、袴と合わせた靴があればおしゃれだと思います。

京都御苑世界文化遺産化計画私案

京都には古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)として、現在、17件の寺社と城郭が「世界文化遺産」としてユネスコに登録されています。上賀茂神社や東寺、清水寺、延暦寺、平等院、西芳寺、天龍寺、金閣寺、龍安寺、西本願寺、二条城と、その多くは京都市に点在しています。登録の基準は、国宝建造物があるか、庭園が特別名勝に指定されているか、が判断基準とされ登録された寺社、城郭はいずれも由緒ある有名な観光スポット...

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No Subject * by -
たかさのれんせい様 コメントありがとうございます。台湾からありがとうございます。というか、日本に住まわれているのですか?

二条城はすでに古都・京都の世界遺産に含まれているので入れるのは無理ですね。鴨川沿いとなるとかなり近代化されているので無理かなぁ、高床の納涼床とか風情ありますけど、それだけでは・・・という感じです。鴨川の河原は歴史的に処刑場となった過去があるので夜歩くのは物騒・・・です。

No Subject * by たかさのれんせい
こんにちは、私は台湾出身の日本史ファンです!

でも、せっかくなので、二条城や鴨川の川沿いも計画に入れたらどうでしょう?

No Subject * by -
五反田猫様 賛同ありがとうございます! さっそく世話人の役、よろしくお願いします 笑。

宴の松原は何か夢心地の広場のようです。公家の参内風景もいい観光アピールになりますね。再現した公家町に伝統芸能、有職関連の職人さんの工房や舞台の場を提供するのもいいですよね。とにかく京都御苑をもっと世界に紹介し活用したいですよね。

大賛成 * by 五反田猫
京一郎さんの計画に大賛成

広場が必要なのは、流石 建築に造詣が深い観点。
それが宴の松原なのも素敵です。
摂家、宮家と堂上屋敷の再現も良いですね。
内部を再現して拝観も良いですが、3D再現されたような公家行事の活きた展示も良いですね。
これに公家の参内が加われば観光資源にもなります。

建物の一部は塀と門だけ再現して、一部は伝統芸能の工房にするのも良いと思います。有職関連の職人さんは、需要が限られているので副業で生活している人が多いです。それだけに、工房や住居を提供できれば、とても良い支援になるし、仕事も提供できると思います。

BS「放送大学」に3D京都のCGが出ることになりました。

通信制の大学として知られる「放送大学」のBSチャンネルに拙ブログの3DCG画像が出ることになりました。番組(授業)のタイトルは「古代中世の日本」第8回「院政の時代」。放送日はBS232チャンネル(サブチャンネル)が今月(5月)の26日(金曜)17:15〜18:00、BS231チャンネル(メインチャンネル)が同日深夜(27日未明)3:00〜3:45分となっています。いずれも無料公開で視聴できます(BSのチューナー等必要ですが)。BS23...

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シリーズ公家町 其十五 秘すれば花 世阿弥のシークレット能は御所に伝わっていた!?

以前にも京都御所に能舞台があったことは散発的に記事にしたことはありますが、一つの記事にまとめたことはなかったので今回は「秘すれば花 世阿弥のシークレット能は御所に伝わっていた!?」と題して記事にすることにしました。”シークレット能”とは秘密、秘めた、幽玄、などの意味合いを含めた私の勝手な造語紛いな類語ですが、”なぜ御所にシークレット能なのか?” 順を追って紐解いていきます。私も能については実際に観劇し...

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No Subject * by -
五反田猫様 コメントありがとうございます。今回も色々と教えていただきありがとうございます。能楽カルタがあるとは知りませんでした。教養人になれそうです 笑。

後白河法皇も今様が大好きだったそうですが、今様も昔で言う猿楽の一種なんですよね? その意味でいうと、当時の貴族たちからみれば、法皇の今様好きは異様にみえたでしょうね。

能楽と雅楽の関係 * by 五反田猫
京一郎さま いつも興味深いお話を有難うございます。 江戸時代は、色々と固定的になりましたが、室町は朝廷と幕府(武家)は、とても近かったのです。 同じように雅楽と能楽の関係も近かったと聞いております。 芸能史から見ると、応仁の乱で朝廷が衰微して、碌も仕事を失った雅楽師達が能楽の元を作ったと聞いておりますし、地方の里神楽の誕生にもつながったと聞いております。
能楽「翁」の元は、舞楽の「採桑老(さいそうろう)」と言われております。
能楽「羽衣」の元は、神楽の「東遊(あずまあそび)」である事も知られております。
そういう意味では、雅楽と能楽も近いものなのです。
しかし江戸時代になって、平和になると、色々とお約束が増えて、能楽は武家のモノだというような決まりが出来たのかもしれませんね。
とは言え明治維新になると、公家の家職が消えたので、能楽の立ち位置も自由になりました。
戦前までは皇室でも「能楽カルタ」で遊ばれたようで、昭和天皇も楽しまれたと聞いています。

シリーズ公家町 其十四 近衛家と舟橋家の二百年間切っても切れない関係とは?

150年振り、京都御苑に公家町が甦りました!!環境省京都御苑管理事務所は、閑院宮邸跡収納展示館及び拾翠邸の改修工事を進めていましたが此度完成。同展示館に新設されたシアタールームにて『京都御苑|VR公家町』が4月よりオープン上映されることになりました。VRとは”バーチャル・リアリティー”の略で対象となるものを仮想空間を通じて疑似体験できるものです。今回は今はない公家町をVRで再現し在りし日の姿を横7m、縦1.5mの...

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No Subject * by -
五反田猫卿 コメントありがとうございます。
>門流は、幕府による公家支配体制だと思います。
そうなんですね!流石、教えて頂きありがとうございます。幕府の摂家を使った間接支配なんですね。まるで英国みたい、現在の日米も?かもしれません。

>関係は装束でも明確で、冠についている嬰が門流の家のなって、一目でわかるようになっています。
なるほど、そうなんですね。色々と為になります。これからもよろしくお願いします。

入れ子な屋敷 * by 五反田猫
京一朗さま いつも有難うございます。
入れ子な屋敷は、あまり多くないのですね。
古地図だと某家も花山院さんに入れ子になっている気がします(笑)

門流は、幕府による公家支配体制だと思います。だからWin&Winだったのは幕府と摂家です。幕府は摂家の門流として統制する事で、幕府は摂家と門流に属さない精華や一部の家のみ統制すれば、後は朝廷内部の問題になります。
摂家は門流の公家に対して力を保持する事が出来、実質家来のようなものなのです。
関係は装束でも明確で、冠についている嬰が門流の家の紋で(誤記訂正)、一目でわかるようになっています。
お書きのように廷臣八十八卿列参事件は、幕府と摂家による統制に対する対抗でもあり、公家たちは摂家の家来ではなく、朝臣だという意識の表れでもありました。そういう意味では公家も、幕末になって本来の朝臣になれたのだと思います。 だからこそ王政復古の大号令の時に、真っ先に門流と摂関が廃止され、天皇と朝臣がフラットな関係となりました。