3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

学校教育で『披講』をぜひ取り入れるべきだと提案します。

先の記事で、史料収集のため宮内庁書陵部へ赴いたことを書きましたが、実はその折に旧知の方から和歌の『披講』の会の新年の歌会始があるから一度、参加してみませんか? とのお誘いを受け初参加させていただく機会を得ました。そのときに初めて見学した『披講』の素晴らしさにいたく感銘を受け、その思いを記事にしたく書きました。新参者の私が”披講のどこがわかる?”と誹りを受けるかもしれませんが、実際に参加してみて感銘を...

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披講学習会様 コメントありがとうございます。
披講がもっと世の中に広まるといいなぁ、と改めて思います。また、機会がありましたら歌会にも参加させていただきます。その節はよろしくお願いします。

有難うございます * by 披講学習会
京一朗さま

参加のご感想有難うございます。
こうして拝読すると、映像と画像と文章が相まって、判りやすく心に残る文章ですね。
さすが3D時代の物書きさんです。
読んでいて、ジーンと来ました。

「和」の歌、とても素敵です。
機会がありましたら、今度はぜひ 歌会でご参加下さい。

キャンピングカーに乗って宮内庁書陵部に行って参りました。

実は先月、公家屋敷の指図について気になっていることがあって実際に宮内庁書陵部に確認しに行ってきました。そしたら、新たな公家屋敷の指図を複数を見つけ、しかも内容も良かったため「これは何回か書陵部に通わないといけないなぁ」と思い昨日の2月1日、改めて同書陵部へ閲覧しに行ってきました(閲覧予約済)。今回の資料の発見は自分的にはかなりな出来事で、その内容の概要についてブログでも書こうと思っていますが、まずは指...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
そうですね、先週でよかったです。首都高もまだ一部閉鎖しているみたいですね。宮内庁書陵部は次の予約も取りました。今月中に行く予定です。書陵部も図書の整理、清掃と忙しいそうです。今回のドカ雪の影響が無ければいいですが・・・と心配ではあります。

ご無事でなにより * by 五反田猫
さっそくキャンピングカーで取材だったのですね。
無事にお帰り何よりでした。
先週だったのは、運が良かったですね。

昨日2月5日から6日は、東京は雪で大混乱。
首都高も東名も、雪が降る前から閉鎖。
この為 一般道は大渋滞しておりました。



頑張って公家町作ってます。

遅ればせながら明けましておめでとうございます。本年最初のブログ記事になります。いつもながら遅筆にてすみません。今、オーダーいただいた3D制作もほぼメドが立ち、現在、頑張って公家町の3Dを作っています。今月中には絶対に完成させる! の、意気込みで作っています。制作途中ですが、公家町の進捗状況を一枚アップ。上空から見た俯瞰CGです。制作中の公家町。地割図はTOPPAN株式会社(旧名:凸版印刷)の文化事業推進本部で制...

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No Subject * by コトタマ
コトタマノマナビ

神は細部に * by 五反田猫
書陵部の資料も確認とは、本格的で素晴らしいですね。 良い資料が見つかることをお祈りします。

>公家町の治安
地家には検非違使もいるはずですが、どうも町方の幕府役人が中心で治安を守っていたようですね。 おかきになっている地図でも木戸の存在が判りますし、何よりも築地と門があるから治安は良かったのだと思います。
江戸時代では宮中行事は公開で、町民が自由に御所に出入りし見学していたと聞きます。
今の皇居御苑のように、札を渡して残留者がいないかしっかり管理していたのか不明ですが、それなりに治安は守られていたと思います。
とは言え幕末になると、賭場を開く公家や、浪士の隠れ家になったから、結構物騒になるのですよね。


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五反田猫さま コメントありがとうございます。
貴兄におかれましても良い年でありますように。

公家町の通りは確かに整然とはしていませんよね。逆に泥棒にとっては隠れやすいと思うのですが、実際に治安はどうだったのでしょうか? 戦のない時代が二百年以上も続いたのですからきっとノンビリしていたんだろうなぁ、と思います。

そうそう、公家町の3D化ですが、調べていたら新しい公家屋敷の指図の可能性があるのが幾つも出て来て、しかも、某典侍のお局屋敷や里坊まであるみたいで、それが、どこまでのものか、今月中に一度、東京へ行く予定です。宮内庁書陵部の予約も取れました。

そういうことで、結果しだいでは公家町の3Dの見直しもする必要があり、それだと、完結するのは延びそう・・・です。でも、作る以上は江戸時代当時のものをできるだけ再現したいと思っていますので、それはそれで、自分のライフワークに終わりはない・・・ということで、あぁ、これも良きかなと思ってます。

楽しみです * by 五反田猫
京一朗さま

遅ればせながら、本年の良い年でありますように。

幕末の公家町のデータ、素敵ですね。
楽しみに待っております。

今更ですが、平安京は大内裏へ続く長大な朱雀大路がありましたが、江戸の公家町の道は、城下町のごとく曲がりくねり見通せず、かろうじて東西の道が見渡せるだけ。
特に御所正門である建礼門の前は塀で、東にシフトして大通りがある。再現地図を見れば、御所から仙洞へ行く道だと良く判ります。
現在の京都御所では、建礼門前に広い道があるから、昔からそうだったと勘違いしますが、随分と違う景色だったのですね。
こうして3D化頂くと当時の雰囲気が良く判ります。

貴方は龍の聲を聴いたことはありますか?

『貴方は龍の聲を聴いたことはありますか?』 突厥にそんなことを伺ってもおそらく”ある”という方は居ないと思います。もちろん、小生も聴いたことはありません。ただ、”ひょっとしてこの鳴き聲は龍かもしれない?”と思わせるような良い響きの聲を偶々聴いたので、そのことについてきょうは書いてみたいと思います。龍は想像上の動物で、その姿は大蛇や大蜥蜴に似ていると言われています。神話・伝説上の生きものとして、また、神...

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寒鴉 葦考 蔵人 様 コメントありがとうございます。雅楽について、とくに平安の昔と江戸、あるいは明治以後との違いについて説明していただきとても勉強になりました。最後の視聴版を聴きますと何となくオリエントな響きにも聴こえます。

「平安時代の雅楽を遅く演奏したのが現代雅楽」・・・、何となく平安時代の方がノンビリしていたから雅楽ももっと遅く演奏していたに違いない、と、つい社会通念でそう思ってしまいますが、これはもう眼に鱗です。

雅楽という音楽が単に歌や演奏を楽しむだけでなく、何かほかにも他界からのメッセージ、土着信仰に基づいた言笛とか、現代にはない要素がありそうで興味が尽きないですね。

応仁の乱以降、途絶えかけた雅楽を徳川幕府は支え再興しましたが、その過程で演奏法が変わった、ということもあるかもしれませんね。

No Subject * by 寒鴉 葦考 蔵人
雅楽のお話になっていたので、ついでに宣伝を

雅楽と言うとたしかに不協和音的な音楽と評される事もありますね
しかしこれ、平安時代にはなかったと言う説があります
簡単に言うと

「平安時代の雅楽を遅く演奏したのが現代雅楽」
https://www.youtube.com/watch?v=OlzbWqgiUR4
という経緯があると言う説です
かなり有力な説で当時の古譜が遺っており、再現すると全く別の曲になります

「越天楽」
現代
https://www.youtube.com/watch?v=I_MiYkVGN_E

平安時代
https://www.youtube.com/watch?v=hOa9jxqrZ0g
DTMによる再現
https://www.youtube.com/watch?v=z-E6QGk9F7E

もしかしたら竜笛の音色も大分雰囲気が違ったかもしれません

↓こちらは特に聞き取りやすい試聴版です
https://www.youtube.com/watch?v=-aUlllJ_n_E

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五反田猫様 雅楽に留まらず、音楽全般の歴史と特質について教えて頂きありがとうございます。不協和音を放置している・・・という見方はとても斬新というか驚きました。それが、近代の西欧の音楽にも影響してストラビンスキーの「春の祭典」に繋がるとは・・・とにかく驚きです。また一つ自分の教養にプラスされた感じです。最近の若い歌手・グループの曲にも転調が非常に多く使われている感じがします。時に不協和音気味に聞こえ、歌下手だなぁ、と思ったりしますが、よく聴くといや上手いやん、と感心したりもします。

雅楽は篳篥と笙、笛自体の音色が好きなのでたまに聴くと心が落ち着きます。上古の時代から続く雅楽の背景についてまだまだ興味が尽きないですね。また、色々と教えてください。

お返事 * by 五反田猫
京一朗さま

>不協和音となるとの事ですが、それはワザとでしょうか?
雅楽の合奏では、不協和音が出る場合があります。雅楽旋律は純正律なので転調すると合わない音が出ます。
これはルネサンス以前の純正律の音楽にも共通した問題です。ですからチェンバロなどは曲調ごとに演奏者が、不協和音が出ないように再調律していました。弦楽器は調律が可能ですが、雅楽では音程がいい加減な篳篥を除いた笛と笙は音の変化は困難なのです。雅楽でも古くは何等かの方法で合わせた(調ごとに楽器を変えるか調律する)かもしれませんが、近世の雅楽では、不協和音を放置しています。だって曲調ごとに楽器を変えるのは大変すぎますから。(私の想像)

西欧の音楽では転調しても再調律不要な「平均律」の採用により不協和音問題を解消しました。(ベートーベン以降)
西欧で平均律が当たり前になってから、作曲家ドビッシーやストラビンスキーは、パリ万博で雅楽に触れ、独特な和声に衝撃を受けたと聞きます。 
近世雅楽は不協和音を放置したが、それは西欧の作曲家には、とても斬新で新しく聞こえたのでしょうね、とても面白いと思います。
ストラビンスキーは「春の祭典」で不協和音を大胆に取り入れましたが、初演では大不評。
しかし現代では斬新だと名曲となりました。
時代とともに価値観は変わるのでしょうね。

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五反田猫様 コメントありがとうございます。龍の鳴き声がチーターだ、などと書いてしまい失礼しました。いつも衝動を起点に書いているので感覚オンリーになる場合もあります。
そばで篳篥を吹いておられると龍笛の音色はうるさいですか・・・でも、篳篥は雅楽の管弦の中でも花形だと思いますよ。あんなに細い小さい縦笛からあんなに大きい音がでるのは驚きです。

龍笛が旋律をずらして重ね吹くと不協和音となるとの事ですが、それはワザとでしょうか? 昔の人もやはり不協和音と思ったのでしょうか? なにか理由があるからそう吹いていると思うのですが、龍が現れる前の嵐の音とか? 想像は尽きません。

雅楽のなかでは、右方還城楽が観ていて舞がユニークで好きですね。雅楽の入門編としては一般の人に馴染み易いかもです。

龍の声 * by 五反田猫
京一朗さま 雅楽関連のお話有難うございます。
演奏していると、笛は音が通るのでうるさいです。
特に舞楽のはじめの舞人登場部分で「かけ吹き」として、同じ旋律をずらしながら重ねて吹く場合。(蘭陵王の舞人登場の時が典型)
不協和音が出るので、とにかくうるさいです。
私が篳篥吹きで地面を這っている立場なので、天を飛ぶ龍はうらやましいのもありますが(笑)

鳴き竜 建物でもありますよね。
日光東照宮・薬師堂
京都では大徳寺法堂
どちらも天井に龍の絵があり、下で手を叩くと良く響きます。 ここで龍笛を「かけ吹き」をやったら凄いことになるでしょうね。

『Camper 京』号が納車されました!

キャンパー3D京都号改め『Camper 京』号が納車されました! 8ナンバー登録のキャンピングカーです。”京”と書いて”けい”と呼びます。京の字を少し崩し”Camper”と釣り合うようにしました。もっとも納車は既に一週間前に済んでいたのですが、ブルーベリーの苗木の定植に向けた準備に追われていました。今年の夏も猛暑のせいもあって枯れてしまったブルーベリーも多く50本ほど新しい苗を購入しました。『Camper  京』号 地元の...

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五反田猫様 ささやかなキャンピングカーですが褒めていただきありがとうございます。今まで家なども見た目重視で機能とか利便性とかあまり考えず後で後悔するのが自分の悪い癖でした。

なので、今回は機能性を重視しました。リアを塞ぐことはそこからの景色が視えないということですが景色も三日見たら飽きるとか、例えば家のリビング越しにウッドデッキに座ってコーヒーを味わう・・・とか、そんな心地よい日も数えたら年に数回かも・・・と思うとやはり機能重視に目覚めます 笑。
五反田猫様の励ましでもう10年ブログを続けることが出来ました、感謝です。筆まめではありませんが、でも、たまに何か書きたくなる衝動に駆られます。

書き続けるその先には一体なにが待っているのでしょうか? えっ! お迎え・・・? 確かにそうですがそれまでにまた短歌が詠えるようになったらいいです。

納車おめでとうございます * by 五反田猫
素晴らしい車ですね。「京」のロゴが素敵!!
 地元でしっかりとサポートして貰えるのは何よりです。 手術があったのに納期を守ろうとは何とも真面目な方です。ブルーベリーのプレゼントは優しいお礼ですね。

インテリアのデザインも機能性も素晴らしいが、リアを開けてメンテがし易いのは、使い勝手が考慮されて、とても良心的なつくりだと思います。

加えて、ソーラーパネルもあって、災害時にも役に立つ。キャンプ場でも、必ずしも電源が貰えると限らないから、これは良いですね。
換気扇も重要で、暑さ対策だけでなく、車内で調理や宴会をすると、これは必須なのだと思います。
細かい所まで、行き届いた素晴らしい車でした。

ガウディの憂鬱

ここ数年、まったく短歌ができません・・・、この前も室町期の絵巻物に出てきた青竹の美しさに感動を覚え歌にしようと思ったのですが五七五の後の七七の部首がどうしても思い浮かびません、齢とともに感性が鈍ってきたのでしょうか? お気に入りの小さな湖にも最近は行っていません。一周廻れば短歌の一、二首ができた魔法の湖なのに・・・、暇でいてそうでもないような最近の身辺事情は寂しくもあります。『ガウディの憂鬱』とは...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
四方八方飛ぶような記事書いてしまい失礼しました。今、仕事で制作している3Dが明治洋風建築の影響なのか、たまたまガゥディの憂鬱という言葉が浮かびました。、どうしてガゥディが憂鬱なのか?それは記事に書いていったら分かるかもしれない、と書きだした次第です。まぁ、いつも、このような見切り発車で記事書いています。

浅間公園の五重塔は残念ですねぇ、ちょっと想像を膨らませれば、この公園の位置する場所の象徴性に気づいたと思います。どなたかお金持ちの篤志家の方、今からでも遅くないですから新しい五重塔を寄付してほしいですね。人はみな何れ死にますが素晴らしいモニュメントは未来に引き継がれます。

No Subject * by 五反田猫
京一朗さま

中身が濃くて簡単にコメントできないので、まずは組み物のお話のみ。

日本の場合は、これを景色として好みますよね。
それもご指摘の通り、屋内のものを見せたがる。
昨今 人気の古民家でも、かならず「立派な梁」が話題になりますし、わざわざ天井をなくして見せている場合もあります。
そのルーツが塔の組み物だと言われれば、なるほど適切なご指摘と感心しております。

浅間公園の塔は、せめて最上階の屋根の勾配をもう少しつければ、もっと良い姿になったと残念です。 高さ制限でもあったのか、それとも九輪を支える構造上複雑になるから避けたのか? コンクリートだと心柱不要だから、予算もあって無駄な構造にしたくなかったような気もします。下から見上げる分には頂上の屋根勾配は判らないのですよね。


キャンパー3D京都号、これぞ『動くビルトインホテル』!?

キャンパー3D京都号の製作もいよいよ景況を迎える段となってきました。取り敢えずダイネット、キャビン周りの形が出来上がってきたので報告がてら、また、これからオーダーメイドでのキャンピングカー購入を検討している方に多少でも参考になればとも思い画像や記事にしてみますね。フロント側から見たダイネットとキャビン。だいぶ形が出来てきました。もう少し拡大しますね、同じくフロント側から見たダイネットとキャビン。ダイ...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
キャンピングカーですけど昨年の始めに俄かに目覚めた? というか急に欲しくなり老後の資金から捻出して買ってしまいました。このような場合、熱が冷めるのも早い・・・とも申しますが流石に云百万かけて買ったので大切に乗り継ぎたいと思っています。でも、なんで急に欲しくなったのでしょう? 人生は分からないものですね 笑。

色々重なって、その人生において三度、家を建てました。最初は結婚のタイミングで洋菓子のような家、次にフランクロイド・H・ライト風の家、そして父が亡くなり母が認知症になったため実家に戻り数寄屋風情の家を建てました。二度目のライト風の家が気に入った人がいて結構な値段で売れました。なので終の棲家も和風で建てることができました。

しかし、振り返ると三回とも見てくれ重視で建てたと思います。娘夫婦が建てた新居を訪ねたとき、その、あまりにも機能的で生活の動線が暮らし安く設計された家にビックリしました!   三回建てた自分は何だったのか・・・?、

二回目は物干し竿の位置が低すぎると言われ三回目は高すぎると言われ、妻からは色々とお叱りを受けています。見てくれ重視の自分が悪かったと反省してます(娘はそもそも室内乾燥機で乾かすので竿などありません、自分が古い人間なのだと痛感することしきり)。

まぁ、キャンピングカーが届いたら自由な風に乗って気ままに旅をし山川の慈しみを短歌に詠ってみたいと夢を描いています。最上川 逆白波の立つまでに ふぶく夕べと なりにけるかも 茂吉翁。

ビルダーさん * by 五反田猫
車でも、専門家によるフルカスタムは良いですね。
機能と美しさが共存しております。

>地元ビルダーさん
このお話は住宅とも共通ですね。
大手の系列だと、そこのものから選ぶ事になる。
他社を一部だけ入れると却って高くなります。
色付きで無い場合だと、キットで無く現場に合わせて自分で作れる能力が必須。
こういう職人さんは希少だから、あちこちから引っ張りだこ。

良い業者さんを見つけられたのは流石です。

反りと龍とモールディング

今、依頼を受けて明治の近代洋風建築群を3Dにて製作していますが、それに関連して以前から漠然と思っていた和風と洋風建築の違いについて、一つ、”軒周り”から焦点をあてて書いてみたいと思います。とくに資料もなく自分の頭に未整理のまま終っておいたものなので話が飛ぶかもしれませんがご承知おきのほどを。「反りと龍とモールディング」とは何ぞや? ということなんですが。それは、まず反りは日本の社寺建築に代表される屋根...

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No Subject * by 寒鴉 葦考 蔵人
ふとモールディングの文字が見えたので

私も京一郎さんの言う「和様モールディング」等は量産化で、文化的な景観の町並みが創られる事が望ましいと考えています

ただヨーロッパの真似や対抗意識で「モールディング」という文化を取り入れるのではなく、あくまで日本の文化資源の中から採用するのが好ましいと推察します

他の方のご意見にもある海鼠壁もそうですが、雨弾き等はいかがでしょう?
海鼠壁等の腰巻と言われる部分の境界線にある雨除けの装置です

私のTwitterなのですが、CGで「もしも江戸期の階層制限がなく、蔵造りが多層建築になったら?」というテーマで未来の文化的景観を構想しています
https://twitter.com/PwQn1z/status/1740326340136726805/photo/1

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
漆喰ですが、京都御所の蔵の漆喰壁ですが太陽に反射しても全くといっていいほど表面の凹凸が見当たりません。御所は建物の隅々まで大工さんたちの精緻な技量が発揮されていて感嘆します。単調な白一色でも御所透かしの松越しに見るととても艶やかなになるのは流石だと思います。
日本の建築も日光東照宮から桂離宮の両域まであって良かったです。そのどちらが欠けていてもお互いの素晴らしさを認識することは能わなかったかもしれません。

和辻哲郎 * by 五反田猫
京一朗さん
お返事ありがとうございます。
>和辻哲郎の古寺巡礼
これは独特の世界のようでありながら、欧州でもグロッタとか意図的な廃墟を庭園に造るという手法がありますね。 似たようでも両者の違いはご指摘の通り「チャレンジしない」という点かもしれません。

白壁:これで一番驚いたのは名古屋城
小天守の御殿側が窓の無いノッペリな白壁
御殿を見下さないという配慮と聞きましたが、建築としての単調さは問題にしない。
名古屋城の櫓や天守の狭間や石落とし
「土戸」という白い内窓があって、これを閉めると白く塗りつぶされる。単調なものを更に同じ色で塗りつぶすという美観が面白いと思いました。

 

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
何と言ったらいいか・・・自分で記事を書いておきながら五反田卿に何と申し上げたらいいのか・・・言葉が出てこない感じです。思うに日本のアニメやマンガは独自のデフォルメ感があって、それは江戸の浮世絵、さらに源氏物語絵巻まで遡ってそのルーツがあるような気がしますが、事、建築に関しては日本は異形のものはあまりチャレンジしないような。ある建築史家が日本には建築を仰ぎ見るという感覚がなかった、なぜなら山を見上げればそれで済んだから、と? 日本の社寺というと鎮守の森の中にある感じですが、京都の清水寺は珍しく楼門から三重塔へと続くなか森に覆われていません。開放的なまるでスペイン広場のような明るさがあります。塗り直した鮮やかな朱色と相まって海外の方にも人気です。清水寺にはそれを分かっていた人がいると思います。

かつては和辻哲郎の古寺巡礼のように歴史のある寺は苔がはえ、漆喰が剥げ、丹塗りもすっかり褪せている・・・それが、いにしえの美としてとらえる審美眼がありましたが、今は鮮やかな朱色を好む時代になっていますね。時代とともに感性は変わっていくものですね。

和様モールディング * by 五反田猫
いつもながら興味深いお話を有難うございます。

和様モールディング、城郭建築などの白壁も単調ですよね。 だから、「海鼠壁」とか、破風、格子窓が出来たような気がします。
町屋ですと、ウダツとか、格子窓が、用途だけでなく装飾としての役割をもっていたような気もしますが、如何でしょうか?

中国の屋根勾配が一番きつくて、次が韓国、そして日本のような気がします。
中国の場合には、軒飾りとして「小兽」「吻兽」などと呼ばれる人物や動物の像が、軒の上に乗っています。日本では沖縄のシーザー、京都の鍾馗さんなどが、伝来の例なのでしょうね。
なぜか、日本では普及せず。
何となく、日本はシンプルな景色を好むのでしょうか? 取り留めないコメントで済みません。

キャンパー3D京都号、順調に製作中!

キャンパー3D京都号、絶賛製作中! ということで今日も冷凍ブルーベリーを差し入れに持って地元ビルダーさんを訪ねてまいりました。訪れたのは10日振りほど、3Dを製作中でブルーベリー農園の摘み取り後の後処理もあったりして何かと忙しいのです。生まれて初めて腱鞘炎になってしまいました・・・。ブルーベリーなど小さい実でも摘み取り作業をずっと繰り返したりしてると腱鞘炎になる時もあるそうです。治すのは休息が一番ということ...

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No Subject * by 蔵人
ありがとうございました。
やはり個室を形成する屋内の壁は類例が無いのですね。
いやはや思い知らされました。

No Subject * by -
蔵人さま コメントありがとうございます。
奈良時代など貴族は大陸風を真似て壁で囲まれた家に住んでいましたが、平安時代になると外壁は取っ払い柱だけになり、そこに上げ下げできる蔀戸と妻戸(妻側の開き戸)を用いました。母屋内の一部だけ塗籠の漆喰壁を設け(二間四方ほど)そこは主に寝室か納戸部屋に使われました。仕切りは屛風や几帳で隠しました。現代で言うパーテーション、展示場のブース感覚ですね。母屋と廂(とくに北廂)との境には現代の襖の原型である鳥居障子が設けられ壁代わりになっていました。

平安後期になると大工工具の発達もあって外回りに、とくに北側は引き戸(舞良戸)が多用されるようになり室町中期には銀閣寺の東求堂のように室内を襖で仕切る簡易個室になり外回りも引き戸で囲まれ書院造りへと変化していきました。

主屋は建具を取っ払えば一部壁と柱だけ・・という原則は平安から江戸時代まで変わっていないと思います。おおよそこんな感じでよろしいでしょうか。

No Subject * by 蔵人
はじめまして。
京一朗さんは日本の古い建築についてかなりお詳しい方と聞き及びました。
差し支えなければ内壁についてご教授賜りたいです。
日本の伝統建築では個室の概念がなく、屋内には間仕切りとなる壁すら類例がないと言う話を聞きました。
これは平安時代等の大昔でも共通してるのでしょうか?

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
キッチンはありません。強いていうならば電子レンジとシンクがキャンピングカーの要件の一つなので一応これでキッチンに相当します。

シンクは10Lの給排水タンクがあって使うのは歯を磨いたり、お茶やコーヒーのカップを洗ったり、髭剃ったり、顔や手洗ったりするだけです。それでけでも助かります。

トイレは、座席シートの下にラップポンという簡易トイレを収納できるようにスペースと配線をお願いしています。

キャンピングカーだけでなく、災害などの緊急時にもシェルターとして使えるようにも想定しています。アイドリング、あるいはソーラーパネルで充電できるので携帯の充電やケトルの湯沸かし、電子レンジmテレビ、冷蔵庫ぐらいはしばらく使えると思います。

後、国内では350か所ほどARパークがありまして、そこで外部電源からの充電やタンクの補給、給排水、ごみ処理、風呂など利用できます。大型のキャンピングカーにはとても助かると思います。

こりゃ凄い * by 五反田猫
キッチン付きですか?
水タンクと排水タンクもあって、トイレは?

知人で米国製を輸入した人がおりましたが、上水と下水のアタッチメントが合わないで苦労していました。 それ以上に、給水、下水の排水が出来る施設が無いので困っていました。
昨今はキャンプブームだから、国内でも設備が整ってきたのでしょうか?

キャンパー「3D京都号」製作スタートしました!

先日、ずぶ濡れになって素材の撮影・取材旅行から帰ってきました。と言っても日帰りの強行軍でした。ブルーベリーの収穫後の夏剪定もやり残していたので。電車はあまり好きではないのでマイカーで行こうと思いましたが肝心のマイカーがない・・・、買取業者さんに売ってしまったものですから。農作業用の軽トラしかありません。なんで売ったかと言いますと、ジャ〜ん、キャンピングカーを買うことにしたからです。この突然、降って...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
カスタム製作をお願いしているビルダーの社長さんはとてもオープンな方で工場内を撮っても全然大丈夫という事なのでブログにもアップしました。工場の内外にはいろんなキャンピングカーが置かれています。まるで展示会場のようです。近いしリアルに製作過程がわかるので勉強にもなりますし楽しいです。

いいじゃないですか! * by 五反田猫
京一朗さん カスタムメイドのキャンピングカー、いいですねぇ。 方向性は人それぞれですが、自分の欲しいものをカスタムで作って手に入れるのは、とても楽しいですよね。
ましてや、それが家族と楽しめて、色々な所にゆけるなら、猶更です。

納車が楽しみですね。

17日木曜夜9時、BS朝日「あなたの知らない京都旅」に作品が出ます。

今月、8月17日木曜夜9時放送のBS朝日『あなたの知らない京都旅 1200年の物語』に3D京都の作品が出ることになりました。今回の放送では「秀吉が創った京都」と題して俳優の水谷豊さんと檀れいさんが”京都の町の大改造プロジェクト”の全貌を探ります(番組レビューより引用)。BS朝日「あなたの知らない京都旅」_番組HPより引用。風情ある京都の街並みは、豊臣秀吉が戦で荒れ果てた京都を復興させるために作り上げたものでした。今回...

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にゃにゃ様、以前より拙ブログにみえていただいたんですね、ありがとうございます。

九條家は維新後に東京に移った際も公家町の屋敷の一部を東京に移築し住んだそうです。また生活や言葉も京風(公家風)を維持したそうです。流石、槐門のお家、プライドも人並みではありません。

明治以後ですと、大正天皇とご成婚された貞明皇后様は九條家の出身ですね。華族は多いときは1000家を数え、うち公家華族は分家等も含めて200家ほど、五分の一ですからその分ご皇室と通婚する割合は低くなると思います。

ご皇室が公家との通婚を避けていた? かは、私にはわかりません。一つ言えるのは戦争(大東亜戦争)に負けた・・・という事実です。
旧公家の集まりである堂上会の方々は今も年賀の拝謁を賜っているそうです。繋がりは続いています。

私個人としましてはご皇室の弥栄を心より願っています。

初めまして * by にゃにゃ
初めまして。数年前から楽しく拝見しています。公家文化を愛する者として、こちらを見つけたときは誇張ではなく狂喜乱舞いたしました。
「九条の家風は堅苦しく古風で鷹司のように当世風にいかない」と幕府は観察していましたけど、やっぱりそうなんでしょうか。
明治以降の皇室は、公家との通婚を避けているみたいですけど、なぜでしょうか。小田部雄次氏は、軍人になるために大名の姫を妃としたのではと言いますが、戦後の事例が説明出来ません。常陸宮妃はもとより、上皇さまのお相手候補にも公家はいないようであり、何より数十人に及んだ今上のお妃候補のうち公家の姫は二人いるかいないかです。どう思われますか?

シリーズ公家町 其十八 江戸時代の寝殿造ってどんな感じ? 後編。

記事の更新がかなり遅れ申し訳ありません。急遽、中編を差し込み三部作となりました。後編では「寝殿造」の規範ともなった『本槐門新槐門図』の本家本元、九條家の寝殿造、そして特に天明の大火以後、裏松固禅(光世)による平安内裏の考証を基に復古様式で造営された寛政度内裏(1790年)の影響を受け、その後、幕末にかけ復古寝殿造に情熱を注ぎこんだ鷹司家についても寝殿造巡りをしてみたいと思います。江戸期の復古寝殿造に対する...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。台風の影響で収穫も小休止、家の書斎でのんびりしてます。これから台風7号も決ますし大雨と強風にならないといいですけど・・・心配ですね。

鷹司家ですけど禁門の変ではどうも全焼ではなく屋敷の南側の方が焼けたみたいです。なので元治の指図も余計、混乱しているのかもです。ブログで記事ばかり書いていると公家町の3D制作がどんどん遅れてしまいます。後、100家造らなければ・・・。公家町で内容が一番不明なのか門跡寺院の里坊群です。それ系の指図がまったく残っていません。一つ、それらしきものもありますが、VR公家町では奥向きの代わりに持仏堂の規模を差別化することで対処しました。そうそうVR公家町ですが、あれから冷泉家のご当主が関西の旧華族の家系の方に声かけてみなさん鑑賞されたそうです。そして、さる高貴な方も観ていただいて、制作スタツフの一員として名誉なことと喜んでおります。五反田卿のお屋敷も営為作ってまいりますので暫しお待ちください(3D京都版の方です) 笑。 そうそう、宮内庁書陵部のデータベース経由で公家の高松家の指図と思われる目録を見つけました。家禄30石のお公家さんの屋敷がどんなものか興味が尽きません。

お疲れ様でした * by 五反田猫
京一郎さま 複数巻になっている古文書でも前後関係が不明とか、繋がりがオカシイものがあるのですが、図面でも同じ事があるのですね。
何とも困ったものですし、それらを整合させるのはさぞや大変だったと思います。

寝殿造りのまとめ有難うございます。
近衛さんは復古にシランプリだった理由も判る気がします。 だって寝殿造りはデッドスペースが多すぎ。 あれだけ大きな建物なのに、中心の塗籠部分の何と小さい事。加えて蔀戸の重くて開閉が困難な事。
平井氏の論文「居住機能と無縁になっていた寝殿の流れ」というのは、まさにその通り。

九條家の奥向小書院のご夫妻の楽しそうな事。
襖と蔀を比較したら、使い易さは格段に違います。結局、寝殿造りは実用性の無さから消滅、というよりも書院建築の方が日常の生活空間としても使えるから、これに置き換わるのは当然なのですね。

まだまだ暑い日が続いております、どうぞお元気でお過ごしください。

暑中お見舞い申し上げます。

拙ブログへご訪問の皆さま方、「暑中お見舞い申し上げます」。天候不順から急に暑くなりました。熱中症などくれぐれもご自愛ください。と書きながら、自分自身もその暑い日中のさなか、ブルーベリー農園にて毎日汗をかいております。ここしばらく記事をアップしていなかったので、暑中お見舞いに事寄せて一筆啓上いたします。私は会社を退職後はブルーベリーの農園を営んでおります。夏季は収穫の真っ最中で一日置きに摘み取りを行...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
山ですかぁ、いいなぁ!
実は個人的に恥ずかしながらキャンピングカーを買いました。と、言いましても納車は11月です・・・。突然、自分でも何だかわかりませんが急に買いたくなったのです。バンクベットの付いた本格的なものではなくタウンエースがベースのキャンピングカーです。一応、冷蔵庫や電子レンジやエアコン、FFヒーターとか一式揃っています。妻と二人、もしくは独り旅でどこかへフラフラって行く予定ですが、ホントに行くのでしょうか? 衝動が過ぎ去った後の現実が怖いです・・・苦笑。
また、納車されましたら五反田卿の山へもお訪ねしてみたいと思っております。その節はどうかよろしくお願いします 笑。

ブルーベリーですけど、根が浅い植物なのでコガネムシ(幼虫)にやられやすいし天敵です。今まではチェックして手で捕〇しておりましたが、今回は米糠にある土壌剤を混ぜてポットに撒いてます。でも、たとえ昆虫でも捕〇するのはイヤですね・・・。いつも「ごめんなぁ」と言いながら捕〇してます。農業もたくさんの生命を犠牲にしないと美味しいものはできないので、普段、食べるときは万物に感謝しながら頂こうと心掛けております。 ※ 〇にしないと認証されないみたいです。

暑いですね * by 五反田猫
京一郎さま 暑中見舞い申し上げます。
先週から山におりますが、昼間は30℃近くなり熱いです。冷房が無いから、ある意味大変かも。

コガネムシ、私の所でも山野草がやられております。 庭で秋の七草を揃えたのですが、ワレモコウが葉を全て食べられて棒になっております(泣)
他にも丸坊主になった草が多い。
時間があれば除虫剤を撒いていますが、殺虫でないので効果はそれなり。専門家に聞くと餌になる植物の地面に卵を産んで幼虫の時は根を食べるらしい。京一郎さんの所は鉢植えですが被害のひどい株には幼虫や卵があるかもしれません。 ご注意を

シリーズ公家町 其十七 江戸時代の寝殿造ってどんな感じ? 中編。

※ 前編、後編の二回に分けて記事をまとめる予定でしたがかなり難渋しました。結果、ただただ冗長な内容になってしまいました。ですので、今回は中編とし、次回の後編で九條家の寝殿造に触れ締めたいと思います。よろしくお願いいたします。前編で、「寝殿造という名称が使われるようになったのは、江戸時代の国学者・故実家である沢田名垂の著わした『家屋雑考』という書物が初見とされています」云々と寝殿造に関して一般的な通...

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五反田猫様 コメントありがとうございます。
何だかんだ槐門造でなくて寝殿造でよかったですね 笑。泉殿ですが、高床の下に鑓水とか通ってたからでしょうか? 固禅公が実証主義の人でよかったですね。この人がいなかったら今の京都御所がまったく無骨なものになっていたかもしれません。大内裏、とくに朝堂院、大極殿など後白河法皇が命じられた年中行事絵巻がなかったら、これも味気ないものになっていかたもしれません。文字だけでなく絵として記録に残すのは大事だなぁ、と改めて思います。

江戸期の公家邸宅 * by 五反田猫
京一郎さま 中編のUp有難うございます。

釣殿も含め、寝殿造りの原点は中国の池泉楼閣にあるとの御指摘、なるほどと気づきました。
釣台から釣殿という流れ、寝殿造りにある両翼と中門の関係。

江戸期の公家屋敷の構成要件のまとめ:寝殿にプラスα中門廊は、なるほど3D京都をおつくりになった経験からと納得です。
釣殿、泉殿という離れの存在は、東屋や茶席というのも興味深い指摘ですね。
そういう意味では、茶庭の枝折戸と垣根などは、中門の侘びたものと言えるのかもしれません。

釣殿が釣という行為からというのは納得できそうですが、ならば泉殿は?という疑問は、少し残っていますが、何より「家屋雑考」に基づく寝殿造りの公家屋敷が存在しないのですから、それを言っても無意味なのだというのは理解できました。

>裏松固禅
この人は宝暦事件で処分され落飾、固禅となったのですね。
垂加神道のような神道原理主義に嵌ったのではなく、文献に基づく故実研究と御所の復興という学問的な功績で蟄居を解かれ、平安内裏の様式の再現を行ったのは何よりです。