3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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第二期鳥羽離宮の3Dパノラマ画像です (後編)

前編に続き鳥羽離宮の後編をご紹介いたします。
鳥羽離宮も、あれこれ数えて12回ほど記事を書いてます。もちろん、同離宮は、何回書いても語り尽くせないほど広大で興味の尽きない離宮ですが今回でひとまず完結させて頂きます。PCの負担の件もありますから。

それでは前置きはこのへんにして、早速、後編のアップを致します。

まず、鳥羽離宮の湖面に揺らぐ竜頭船と貴族?たち。
2-①貴族の舟遊び
竜頭船は箱根神社の竜頭船をお借りしました。
貴族たちの姿というか、いでたちですけど白拍子や桃山期の衣装では?、髪が短くないか?、と、突っ込みどころ満載ですけど、いい写真がありませんでした。

次に、鳥羽離宮で最も荘厳な寺院であった金剛心院を南から見た姿を。
2-②金剛心院

もう見飽きましたかね?

次、北から見た経蔵など。
2-③北から見た経蔵など
南方面は広大な湖が広がりちょっと平べったくなったかな?

次、東方面の東殿周辺に散在する三塔です。何れも白川、鳥羽、近衛の三天皇さまの御陵です。
2-④鳥羽離宮の三塔

次は、夕暮れどきの東殿周辺の風景です。
2-⑤東殿方面を見る
もう少し、パソコンの能力があれば、東殿周りもいろいろ飾りつけですたのですけど、ただ、広い湖と草原「が広がるばかりですみません。

次は、東殿越しに見る三重塔です。夕映えに相輪が輝いていますね。
2-⑥夕暮れの東殿
夕映えに三重塔の相輪が輝いていますね。

次は田中殿の釣殿風景です。
2-⑦鳥羽離宮田中殿の釣り殿
田中殿は金剛心院に付属した御所で鳥羽法皇が愛された御所でした。

次に多宝塔越しに離宮の西方面を眺めた眺望です。
2-⑧東から見た俯瞰図
塔と御所、寺院の甍が直列に並んでいい眺め?ですね^^。

では、最後の〆として南から見た離宮全体の俯瞰図です。
2-⑨南から見た鳥羽離宮の全体俯瞰

以上、長々と写真の連射で失礼しました。
まだまだ不十分な鳥羽離宮ですが、また、PCの性能アップと共に甦るかもです。

ではでは、みなさん、楽しい休日をお過ごしなさいませ。

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コメント

寒くなってきましたね 

takaさま、
こちら愛知は初雪?が降りました。
朝、起きると屋根にうっすらと積もっておりました。
寒いには違いないのですが、なにか歌心を誘うものがあります。
そんなこと言ったら、東北や北海道の大雪み見舞われている方々に申し訳ないですけどね。

改めて、3Dについて評価頂きありがとうございます。本当はもっと完成度を高めたかったのですが、我が技術とパソコンの能力が足りませんでした。

おいおい腕を磨き、パソコンも能力アップします。

ところで、足利氏がこちら愛知県の三河の八条院の地頭職だったとは知りませんでした。地元では吉良様は名君と言われて銅像まであります。

室町のころはバサラ大名の佐々木道誉とかのさばって下克上の戦国へと突き進んでいきましたね。

日本にとって幸せだったのは、武士の棟梁が皇室の男系子孫である源氏と平家に束ねられていたことですね。

もうちょっと、道誉のような人間が増えていたら、とんでもないことでした。やれやれ、綱渡りの日本ですね。

では御身大切に頑張ってください。
  • 梅のコージ 
  • URL 
  • 2012年12月10日 22時14分 
  • [編集]
  • [返信]

鳥羽離宮、見事な出来です 

本当に素晴しい技術力をお持ちで羨ましい限りです。また鳥羽離宮をこの様に復元していただき、まさに感謝感激の言葉でいっぱいになります。

残念ながら南北朝の兵乱で南朝方の拠点の一つであったために焼失してしまい非常に残念な気持ちでしたが、このように実際に在りし日の姿を見る事が出来て感動しています。

ところでこれに伴って今年3月28日の記事、院政期 八条院領と長講堂領、非常に興味深く読ませていただきました。特に後白河天皇の上皇時の勢力拡大の失敗に対する考察は非常に興味深いですし、これは主要な要因の一つであると私も同じ考えです。

この頃の事を語ると長くなりますので、室町幕府に対する疑問について。答えは簡単です。足利家はs下野足利荘はじめ、三河においても足利一族の大半が八条院領における地頭なのです。また高師直こそ「王など必要ない」等と妄言を並べ立てていますが、大半の考えは公家社会保守主義=後醍醐天皇vs武家社会保守主義=朝廷からの任命→武家源氏棟梁政治足利尊氏という対立軸に過ぎません。

従って当初は後の守護大名における荘園を没収するような過激な行動はしていませんし、恐らく八条院領没収という考え自体そもそも思いつかなかったのではないのではないか?と考えております。

また仮にそういう構想を思いついたとしても、承久の乱後の足利側が言う簒奪者の北条氏と同じ手法を取るのか? といわれると、そうではないと思います。


  • taka 
  • URL 
  • 2012年12月09日 11時54分 
  • [編集]
  • [返信]

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