3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。随筆、短歌も詠みます。

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串団子と水煙

相変わらず鳥羽離宮が続きます。
今回は鳥羽離宮に存在した三重を3Dで作ってみました。
もちろん、当時の建物はないので、現存三重で年代的に一番近い興福寺三重を参考にしました。

三重及びその関連記述については、今回、堀内明博氏の「日本古代都市史研究」の鳥羽離宮編に絞って参考にさせて頂き、文章も引用させて頂きました。

現在、白川法皇、鳥羽法皇、そして近衛天皇の御陵が安楽寿院及び周辺に存在しています。
白川法皇の御陵は離宮当時、三重の周囲に幅8mの濠を廻らし、しかもその内側には巨大な石組みの護岸を施していたそうです。規模的にも鳥羽、近衛両天皇の陵墓を合わせた程の規模の大きいものだったようです。

安楽寿院に現存する近衛天皇の多宝は慶長年間、豊臣秀吉によって建てられたもので、創建当初は三重塔でした。また鳥羽法皇も三重塔を陵墓とされており、三天皇とも当時は三重塔を陵墓とされていたと言えます。ですから白川法皇が建立された三塔のうち一塔は多宝塔でしたので離宮の変遷のなかで塔も変容があったようです。


では、鳥羽離宮ご用達の三重塔を披露します。
興福寺三重塔
総高19m、興福寺三重塔を模しましたが、一重周り縁に高欄を設けるなど離宮用にバージョンアップ?しました。


では、斜めの角度から見た姿、
興福寺三重塔(斜め)


そして興福寺三重塔の現在の姿です。創建当初は鮮やかな朱色に彩られていたんでしょうね。
現在の興福寺三重塔


ついでに参考にした立面図を載せます。「日本建築基礎史料集成・塔婆編」から引用しました。
興福寺三重塔立面図


さて、タイトルにあります「串団子と水煙」ですが、なんのこと?と思われたでしょうね。
実はまったく個人的な3D製作上の違いのことで、実に変なタイトルを載せて申し訳ないです。

三重塔の相輪上部には、塔婆用語で言う「水煙」という水の飛沫状の装飾金具が付いています。火事の連想を避け、同時に水難をおさえる意味をこめて名づけられたといわれています。

その水煙ですが、3D製作時、時間を省くため、要は手抜きですが、ただの円筒にしてしまいました。で、塔の完成時、全体像をみてみたら、そのあまりの格好悪さに「思わず串団子だ!」と思ったしだいです。

その「串団子」状の水煙をアップします。
興福寺三重塔(串団子)
どうです。釣鐘にも見えますが、どうみても水煙には見えませんよね・・・。

そこで作り直しました。
その水煙がこちら。
興福寺三重塔(水煙)
結構違うでしょう。この変更により三重塔のプロポーションもだいぶ良くなりました。

今回、反省点として、省けてもいいところは省いても、全体のバランス上、要所な部分はちゃんと作ろう、ということです。
ということで、「串団子と水煙」でした。

最後に写真を背景にした三重塔をお見せしたいと思っていますが、その前にちょっと余談を。

白川、鳥羽法皇など、上皇のことを「院」と呼称しますが、そもそもの意味は、太上天皇(譲位された天皇に送られる尊号)の住まわれた居所のことを「院」と呼ぶことから、たとえば院政とか言われるようになりました。また鳥羽離宮のことを、たまに「鳥羽殿」と呼びますが、これも本来、「木造床のある基壇建ての居住用建物」のことを指し、いわゆる寝殿造り(土盛基壇)などもそうです。殿上人などと呼ぶのも、ここから由来してるかもです。

では、背景写真のアングルから。
一枚目は平城京の大極殿をバックに、
平城宮大極殿と三重塔

次に、同じく平城宮の朱雀門をバックに、
平城宮朱雀門を望む三重塔
いかがでしたか?ありえないアングルですが、少しでも目の保養になれば、これ幸いです(笑)。


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コメント

綺麗な三重塔です 

串団子、受けました。受けすぎました^0^ 確かに水煙というのはある意味大事な部分、全体像を見てこれではやはり見栄えが悪すぎますね~ しかし、本当に見事な出来栄えです。素晴しいです。

院号に関しては確かに記述の通りなのですが、院という号自体やはり仏教の影響がかなり強く現れております。実際寺院と言われるように、寺の中でも特に格式の高い物は院という言葉が使用されていましたし、即位の礼では即位灌頂と呼ばれる仏教様式の儀礼が中心だったようです。

ちなみに明治になるまで第六十三代冷泉天皇から第百十八代後桃園天皇までは、安徳・後醍醐両天皇を除いて全て○○院という諡号でした。それを○○天皇と本来のあるべき姿に戻したのは、偉大とも言える第百十九代光格天皇陛下です。

それと、梅のコージさんは中部地方で京都出身じゃなかったんですね。中部地方と言えば、私の母方の実家が名古屋ですから良く行くんですよ。ちなみにハーフとは言っても味噌煮込みは大好きですし、手羽先は綺麗に食べられますよ。
  • taka 
  • URL 
  • 2012年11月27日 09時59分 
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