3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

Entries

多宝塔を作ってみました。

鳥羽離宮には、当時、三つのが建っていました。多宝が二つ、三重が一つ。現在の安楽寿院があるあたりに建っていました。鳥羽殿で言う東殿、泉殿の区画で同離宮の東側にありました。

白川上皇はこの東殿付近に三を建てました。天仁二年(1109年)建立の三重から天永三年(1112年)にかけての二基の多宝です。上皇は大治4年(1129年)崩御され、この三重塔を御墓所とされました。で、管理人もよくわからないのですが、保延五年(1139年)藤原家成が三重塔を安楽寿院に寄進していることです。白川上皇建立の塔は焼けてしまったのでしょうか?

まぁ、とにかく、鳥羽上皇は寄進されたこの三重塔に崩御後葬られました。また、ここには美福門院のための多宝塔も建立されましたが、事情で、近衛天皇の御陵となりました。

一つ言えることは鳥羽離宮には常?に三塔が存在したことです。白川院から鳥羽院までの間で焼亡を経ていたのかもです。

今回の多宝塔は、鳥羽離宮に存在した多宝塔を3Dで製作する、というコンセプトですが、実際には、比較的年代が近い石山寺の現存多宝塔を参考にしました。しかも、ちょっと豪勢にしました。これで鳥羽離宮のパノラマ上に載せると米粒みたになってしまいます。ですから例によってサイズを大きくして載せようと思っています。なんせ、院政期の大離宮なんですから。

で、多宝塔を作るのは今回初めてです。
当初、二重構造だから、そんなに手こずらないと高をくくっていましたが、とんでもない?円形の建物って、意外と難しいですね。現代でも丸いビルは四角いビルの二倍工費がかかるとも言われていますから。はしなくも今回の3D製作で身にしみた訳です。

でも、円形の建物の作り方もそれなりに習得しました。また、屋根の作り方も変え、より曲線の滑らかな和風建築をできるようになりました。

それでは多宝塔をアップします。まず正面からです。いずれもクリックすると拡大します。
鳥羽離宮多宝塔
軒先の軸組み等はかなり省略しました。正直、テスクチャで逃げている部分もあります。しかし、それなりに見えるのでは、と思っています。

次に斜めから。
鳥羽離宮多宝塔(斜め)
あんまり斜めだとボロがでそうですが載せます。

二重目の白い漆喰部分はそれなりに円形ですが、その上の壁部分は正確には10角形になります。壁のテスクチャを貼り付けるのに、そのぐらいの粗い円でないと上手くできなかったからです。もっとも、これは、管理人のこどだけかもしれませんが。どなたか球形への貼り付け方教えて頂けるとありがたいです。マヤとか、それこそ、風に揺れる女の子の髪まで微細に表現できる3Dソフトもありますが、定価100万です。とても手が出ません。というか高度過ぎて自分には無理です。

次に嵯峨野の田園風景に建つ多宝塔の仮想空間です。
鳥羽離宮多宝塔(嵯峨野)
グーグルアースなどで嵯峨野上空を見ますと、田圃が不規則に並んでいます。昨今のキチンと区画整理された田ではありません。でも風情の点から見ると、間違いなく不ぞろいの田畑の方が美しいです。それゆえ嵯峨野はこうして残っているのでしょうね。京都で、せめて嵯峨野だけは貴重な田園風景を今後も残していってほしいです。

次は、これまた、かなり仮想空間ですが、北アルプスを背景にした多宝塔です。
鳥羽離宮多宝塔(北アルプス)
どうでしょうか?これが、ホントの「浮身堂」です(笑)。

管理人は山も好きで北アルプスもたまに行きます。いわゆる登山ではなく周遊するといった感じです。ちなみに管理人が一番最高点に登ったのはネパールのランタンリルン峰の氷河です。海抜5000メートルほどです。いわゆるヒマラヤのヒマラヤ襞がとても美しく、近くでゴーンと鳴る雪崩の音も不思議と怖くありません。大自然のなかで、ただ茫然自失とその美しさに見とれているんです。若きころ、ユーラシアを貧乏旅行したころの思い出です。

さて、このアルプスのアングルは白馬村の大出のつり橋から撮影したものです。ここは撮影スポットとして有名な所です。

でも管理人は北アルプスの峰々を望む筑摩山地の山村を周遊するのが好きです。ここには誰にも知られない内緒の別天地があるんです。そして、帰らせてくれないお年寄りから昔話を聞く山里でもあります。

以上失礼しました。

下のバナーをクリックして頂けると泣けるほど嬉しいです。ランキングアップしますから。

第二目標は5位以内!、どうか目標を達成するため、

謹んで

謹んで

謹んで


お願い申し上げます! 拍手もできれば押して下さい。本当は拍手が一番嬉しいんです。
お年玉をもらった子供ように嬉しいんです。

ブログランキングに参加しています。気に入ったらポチッとよろしくお願いします。





記事のコメント待ってます。とても励みになります。下のコメントバナーをクリックして下さい。
関連記事
スポンサーサイト
  • タグリスト
  • [

コメント

いやあ 

この多宝塔も素晴らしい物ですね~ 同時代の建築物なら、恐らく細かい所まで二基とも全く一緒だと思いますよ。

ところで中御門中納言が寄進した三重塔について一言。三重塔は結局焼けましたが、三重塔が焼失したので寄進したわけではありません。当時天皇陵は白河天皇の例にならって三重塔を造営する事になっておりました。

で、梅のコージさんの仰っていた三重塔も先帝の例にならい安楽寿院に本御塔と新御塔を保延五年(1139)に建立されました。

そして本御塔が鳥羽天皇陵=安楽寿院陵となり、新御塔は記述どおり美福門院陵となるはずが遺言によって高野山に葬られたため、近衛天皇陵=安楽寿院南陵となったのです。したがって新御塔は多宝塔ではなかったと記憶しておりますが。

ちなみに白河天皇陵の三重塔は天永二年(1111)に建立され、建長元年(1249)に焼失しております。

梅のコージさんはネパールにも行った事あるんですね~ 私もインド・ブータン・ネパールには行ってみたいと思っていますが、今のネパールは中国の犬毛主義派が跋扈していますので行けそうにもありません。

一応30代になるまではインド・ブータンに行こうか?とは思っているのですが。
  • taka 
  • URL 
  • 2012年11月24日 09時54分 
  • [編集]
  • [返信]

コメントの投稿

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

トラックバック

トラックバック URL
»»この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

左サイドMenu

たまに短歌

2017年5月8日更新

※ 短歌集はカテゴリー欄にあります。

タグ一覧


全記事(数)表示

全タイトルを表示

※表示しきれない記事タイトルは「前ページ」で見れます。

今日の運勢

今日の言葉

京都お役立ち情報

アンケート

ご意見・メールお寄せください

名前:
メール:
件名:
本文:

マーケット情報

プロフィール

梅村京一朗

Author:梅村京一朗
(けいいちろう)、
寝つきの悪い夜は、いにしえの京を想いながら寝ます。すると鼓の音のように京の日々歳々が甦ってきます。・・・浅き夢みし男のブログ語りです。

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

ブロぐるめLite


写真提供 ホットペッパー.jp
Powered byリクルートWEBサービス
developed by 遊ぶブログ

右サイドメニュー

最新記事

カテゴリー

  ※ 表示しきれない記事タイトルは「前ページ」で見れます。

人気ページランキング

開始日:2016/11/6

ブログパーツ

キーワード別記事リスト

最新コメント

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索・買物に利用して下さい

人気ブログランキング

FC2カウンター