3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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鳥羽離宮・勝光明院(平等院鳳凰堂のそっくりさん)が完成しました。

衆議院もようやく解散の運びとなりました。野田総理には「近いうちに・・・」に言われ続け、本当に年内?とヤキモキしていましたが、この師走、本当に約束を守ったわけですね。やれやれ、気ぜわしい年末になりそうです。

今回、鳥羽離宮の北殿に付属する勝光明院の3Dを作りましたが、テレビで国会議事堂を見てると、何となく勝光明院(実際には平等院鳳凰堂)と似てるなぁ?と思いました。なんか、似てるのは「左右対照だけだ!」とツッコミを入れられそうですが、どうでしょうか?

ちなみに、戦前の同議事堂を新築したときの応募のコンテ作品を見たことがありますが、もう奇想天外なものが多かったです。結局、現行案に決まった訳ですが、正直言って、管理人からみたら今の議事堂は、少々、無骨で堅くあんまり好きではありません。鳳凰堂みたいに、もうちょっと流麗なものにして欲しかったです。

さて、本題に入ります。
何度も言いますが、今回作ったのは平等院鳳凰堂ではなく、あくまで鳥羽離宮の勝光明院です。ただ、勝光明院が発掘調査でも概容が掴めず、ただ、当時の貴族の日記に「平等院鳳凰堂に似せて作った」とあり、それだけの根拠で「じゃあ、平等院鳳凰堂を参考に3Dを作ろう」と言う訳になった次第で、実際は平等院鳳凰堂そのものです。

あぁ・・・このロジック、永遠のループ・・・管理人は何言いたいのだろう?・・・と言われそうです。

でも、そうなんです。勝光明院なんだけど、平等院鳳凰堂でもある。

でもですね、当時の治天の君(上皇様たち)の建立ですから、きっと藤原頼道の建てた平等院よりも大きく雄大なものを造っただろう・・・と管理人は想像しています。ですから後に鳥羽離宮のパノラマ画像を「3D京都」でアップするときもサイズを大きめに考えています。

当時、奥州の平泉でも宇治の鳳凰堂の二階廊は飾りだけど、平泉の無量光院の方は実際に二階廊までちゃんと上ることが出来、歩くこともできた。だから、鳥羽離宮もそうなんだろうなぁ、と思う次第です。

先ほど、勝光明院は北殿に属すると書きましたが、鳥羽離宮で最初に建てられたのは南殿の御所と、それに付随する証金剛院。その後、北殿・勝光明院が建てられました。当時、南殿は鳥羽離宮の中心的な御所で、白川、鳥羽の両上皇も50歳の祝儀などをここで行なっています。

ちなみに、この南殿の北側にあった当時の広大な庭の築山跡が今も「秋の山」といわれ、現在、地上に残る唯一の離宮の痕跡と言われます。規模は東西約40m、南北30m、高さ4mほど。当時はもっと高かったかもしれません。

で、今回の勝光明院は保延二年(1136年)の建立、鳥羽法皇の発願です。

参考までに、平等院鳳凰堂の規模ですが、高さ(鳳凰を除く)約13.5m、幅(南北)約47m、奥行き(東西)約35mほどあります。今回もその原寸大に基づきました。ただ後ろの尻尾?のような回廊というか渡り廊下は割愛しました。なぜなら管理人の想像する勝光明院には、その尻尾がないからです(笑)

そうそう、今回の3D製作は都合四日ほどかかりました。屋根作りに二日半ほど、その他が一日半ほど、やっぱり屋根に時間がかかりますね。それだけ素晴らしい屋根を作れば、日本建築の場合、そのプロポーションが決まるかもです。寸法などすべて尺からcmに換算。分からないときは定規で測りました。

ブログを始めて初期の頃、岡崎の地の法勝寺八角九重塔を作成しましたが、今見ると、ホント情けないほど下手くそです。ブログを始めた御蔭で3Dも自分なりに進歩してる気がします。いわゆる裏技が増えてきましたね(笑)。

さて前口上が長くなりました。表題の勝光明院の3Dをアップします。実際の平等院の池を借景にしてます。クリックすると以下、いずれの写真も拡大します。
池から見た勝光明院
一瞬、新たに朱色を塗った?とは思わないか・・・でも3Dだから真新しいですよ。

次に改めて鳥羽離宮の全体概容図を載せます。出典元は「平安京提要(角川文庫)」です。
鳥羽離宮概略図 
これで、勝光明院の位置関係がわかると思います。

次に、池の側面から見た勝光明院??(鳳凰堂)です。

池の東から見た勝光明院
前述しました、尻尾(渡り廊下)は造ってありません。旧来の鳳凰堂のがあるだけです。コントラストの違いがわかりますか?


さらに借景なしに正面から見たアングル。
勝光明院正面
池がないと寂しいですかね?

次は少々ロマンチックに、夜明け(夕暮れ?)を望むシルエットです。
夜明けの勝光明院 

次はちょっと地味ですが後ろ側から見た御堂です。
北から見た勝光明院 

最後にこれまたロマンチックな構図ですけど、星を見上げる勝光明院(平等院鳳凰堂)です。
星空に浮かぶ勝光明院

いかがでしたでしょうか?外観ばかりですみません。今回の作品も一応、中央の阿弥陀堂は壁があって内部も部屋空間になっています。内部も作ろうと思えば出来ますが、今後の目標の一つとして、室内を描きウォーキングスルーできるような作品も作ってみたいと思っています。

今回、これで勝光明院が出来、前回の金剛心院に次ぐものです。次回は両院が並び建ち、離宮の苑池も含めたパノラマをお見せしたいと思っています。そしてさらに南殿御所の作成。残る三重塔や多宝塔も造って完成です。それで、やっと鳥羽離宮シリーズの終わりです。


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コメント

素晴しい 

出来ですね~ 感動した、の一言につきます。まさに当時の皇族を中心とした新しい政治を作ろうと意欲に燃えた強い意志がこちらにもヒシヒシと伝わって来るようです。

これだけの壮麗な建物、芸術性に加えて院政の中心地という歴史的な価値がありながら南北朝の兵火で焼けたという事に対しては残念の一言ですね。

>>テレビで国会議事堂を見てると、何となく勝光明院(実際には平等院鳳凰堂)と似てるなぁ?と思いました。

日本の国会議事堂は渡辺福三氏デザイン設計を元にされています。今の日本の教科書は勝手に「1928年(昭和三年)に完成したロス市庁舎を参考にした」等と勝手に妄言を吐いているみたいですが、日本人のデザインで大蔵省建築局が所々改変したのであれば平等院は絶対に参考にしたと思います。

何故なら平等院の建物というのは、英国建築の所謂シンメトリー、とくにジョージアンスタイル建築にも通じるものがあるからだと思うからです。

民主党政権は本当に最低な政権でしたがw 惑星直列の年に解散してくれて良かったと個人的には思います。独身の私も一人ジックリ考えて投票しなければなりませんね^^

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