3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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梅村京一朗短歌集


2014年12月18日 今年初めての雪   飛鳥古京の旅と短歌

久しぶりの更新です。

実はここしばらく恥ずかしながら株に手を染めていました。
元々は株など興味なかったのですが、ひょんなことから始めました。
一つの事を始めるとそればっかりに目がいってしまう癖があって、
ほぼ毎日株の勉強とトライ、自分なりの投資法を模索していました。

それでも、エボラ出血熱やウクライナ情勢、直近では原油価格の暴落や株の世界同時安、ルーブルの下落
など悪材料がいっぺんに出て、株価もだだ下がりです。

それが、アメリカFRB連邦銀行の会見内容の好意的評価や原油価格がほぼ底値をついたとの思惑からか、
今朝(12月18日)には逆に爆上げしました。
昨夜、18日は重い値動きになるだろう・・・と言っていた証券アナリストの予想はなんだったのか??

と、まぁ、思ったのは誰も明日のことはわからない・・・ということでした。

それでも自分なりに勉強になりました。

さて、タイトルの「飛鳥、古京の旅」ですが、今年、5月に奈良地方へ行ったときの感想です。
今頃すみません。

飛鳥の地は、奈良県の南部、紀伊山地との山間にある丘状の小盆地で、
推古天皇元年(593年)に聖徳太子が摂政になってから、持統天皇8年(694年)の藤原京への移転までの、約102年間ここに都が置かれました。四方4キロ程の狭い空間です。

さっそく、前から見学したいと思っていた飛鳥板葺宮へ行ったのですが、入り口がまったくわかりません。
そうこうするうちに宮を離れ集落へと通じる農道に迷い込んでしまいました。
この辺は古都保存法の景観維持のため区画整理もされず狭い道がクネクネ交差しているんですね。
板葺き宮跡

で、なんとか集落を通り抜けようと思ったのですが、車では絶対、無理と思い、引き返そうとした矢先、
間髪をいれず地元のオバサマが「大丈夫、みなさん通っていますよ」と言われ、有無を言わさず
チャレンジすることにしました。
そしたら何と無事に抜けました!
あのオバサマは飛鳥の語り部だったのか?とついつい思ったりしました。

余談はさておき、次にあの石舞台古墳を訪ねました。
ここは蘇我馬子(そがのうまこ)の墓と伝えられ〈6世紀末~7世紀前期〉、わが国最大の方墳であり、30数個の岩の総重量は約2300トンにもなるそうです。
ここも入り口がわかりずらく、一周グルリと大きく回り、元にもどったと思ったらそこが入り口でした。ヤレヤレ。

石舞台古墳


石室内部
石舞台古墳石室内


そして、いよいよお目当ての甘樫の丘。
甘樫の丘 

甘樫丘は、7世紀前期に当時の有力者であった蘇我蝦夷(そがのえみし)、入鹿(いるか)親子が大邸宅を構えていた場所で、眼下に飛鳥古京(明日香村)の集落や藤原京跡(橿原市内)をはじめ、雄大な展望が楽しめる展望広場があります。
展望広場(標高148m)からは遠く金剛山系から大和三山、藤原京、飛鳥京など大和国原の美しい風景を望むことができます。
奈良盆地


展望台には、飛鳥時代の宮都や川原寺、飛鳥寺、大官大寺などの遺跡群を指し示す復元図があって、改めて飛鳥の地
を見下ろすと、この狭い4キロ四方の盆地に100mを越える九重塔のあった大官大寺など多くの甍が居並んでいたのが
とても想像できない、そんな狭小な土地と景観でした。
飛鳥京案内図


甘樫の丘からは、645年(皇極天皇4年)の乙巳の変で、中大兄皇子・中臣鎌子(藤原鎌足)が、当時、専横を極めていた蘇我入鹿を暗殺し、蘇我蝦夷を自殺に追いやった事件の場、飛鳥板蓋宮も見えます。
飛鳥京遠望


ここ甘樫の丘に登ってみるとよくわかるのですが、大和盆地が一望に望める軍事上の要であると同時に飛鳥の地・都を指呼の間に見下ろす、まさに権力者のための丘という面でした。

飛鳥の主人公は当然、天皇です。
しかし、この甘樫に邸宅を構えた蘇我親子は、天皇を凌ぐ事実上の最高権力者だったと思います。
当時、地方豪族の力もつよく、まだ十分に天皇の王権も確立していなかったと思います。

そんなとき、中大兄皇子たちが蘇我入鹿を暗殺したときの、あまりある危機感、配下の部下が恐れおののいて、
手出しできない中、皇子自ら刃を向け王権を守ろうとした胸中、
それら当時の飛鳥朝の緊迫感が、
この甘樫の丘からは臨場感をもって肌で感じられるのです。

あの石舞台古墳も、表土が取り払われ墓石が完璧までに露出しているのも、当時の飛鳥朝の人々の蘇我一族への怨念の表れとも言われていますが、実際、見てみると甘樫の丘の存在と合わせて、まさにその通りだ!、と、これも肌で感じました。

この狭い飛鳥の地は、いっぺんの書物を読むよりも、この目で確かめること。それがなにより飛鳥時代の背景と息吹が
伝わると思うのでした。


  ★ 甘樫の 丘に登れば 見晴るかす 飛鳥古京に ただ思い馳せ



2014-03-01(平成26年) 曇り時々晴れ 少し寒い ウクライナ情勢心配。


  ★ 年老いた 父母に付き添い 御神楽の 音に涙する 伊勢参りの旅


先日、伊勢参りに行ってきました。
両親が元気なうちにお伊勢に連れてってあげようと思いまして。
今回は、ご祈祷、御神楽を奉納しました。

神恩感謝と両親の健康長寿、そして御皇室の弥栄え、日本の平安を祈願させて頂きました。
内宮でのご祈祷、御神楽は初めてで、神官、楽師さんの朗々とした声と歌、どこか懐かしさと高貴さを感じる雅楽の演奏、
さらに巫女さんたちの大和舞と、その長袴の美しい裾引き、身体の軸を崩さない凜とした所作と礼法、
なにもかもが美しく感動し、思わず涙が出てきました。 何度でも見たいと思いました。両親も見惚れていました。


  ★ 御仏に 歯があることの いまさらを なぜか見いいる 粉雪の降る夜

夜、仏像の写真集を見ていたら、何となく出来ました、しんしんと粉雪がチラつくなかで、御仏も人間も根源は一緒なんだなぁ~~~と。
でも、お伊勢さんと御仏さんと自分の歌も忙しいです。


  ★ ファスナーの 真一文字に 締め上げば 験を担ぐほどに きょうは春々と

不器用な自分は袋のチャックやジャンパーのファスナーなど締めるのが下手糞ですが、
とある日は一発で締めれたので気持ちよく、きょうは験を担ごうと思った次第です。天気も良く二月の割りに暖かかったから。


  ★ 我が犬の 助手席に乗せれば 警告音 シートベルトを いかに締めようか

すみません、載せなかった方がよかったかも、駄犬と駄人の意気はなかなか合いそうになく。


  ★ 看板に 化粧品を掲げた ご近所の 埃の舞えば 職を閉じたと聞く   

ご近所も自分の家と同じようにいろんなことがあるのだろうなぁ~~~と思いつつ、目に触れた化粧品メーカーの看板の埃に感じるものがあって。



  ★ 枇杷の花 うす淡い空に 溶け込んで ただ香りだけが 冬を物語り  

枇杷の花の香りは、正直よくわかりません。ただ外を歩いていて、うす曇の空を見ていたら枇杷の花びらが眼に浮かびました。
冬に咲く花は少なく、花柄も地味ですが、うす曇と枇杷の花は、なんとなく会話しているように思えたのです。



2014-01-24  雲一つない晴天

幾つか短歌できたので載せます。

普段、歌の断片が浮かんだ時に忘れないよう手帳に書き込んでいるのですが、
そこから完成に至るまではバラバラ、時系列ではありません。
今も、手帳に残ったまま陽の目?を見ない未完の歌もかなりあります。

今回はそんな歌も含め、そんなことまで短歌にするの?
みたいな揃い踏みになるかもです。

あの・・・、「オシッコの歌」もあるのですから・・・


    ★ 軒先に 吊るせば甘い 渋柿の 去りゆく秋は 枝を揺らして

渋柿- Inner Silence
(晩秋を迎えた渋柿・・・ブログ:Inner Silenceさんからお借りしました)

最近、信州産の干し柿・市田柿を食べました。美味しかったです。とても上品な味です。ケーキより美味しいです。

そんな干し柿ですが、昨年の晩秋、ポツンと取り残された渋柿を畑で見かけました。
市場に売る柿畑に残っていましたから、余計、目立ちました。

もうすぐ風に揺られ地に落ちるんだるなぁ、種もやっぱり渋柿を生むんだろうなぁ・・・とか感じたことを思いだしました。


    ★ 矢印の 黄信号を 見かければ 市電の走る 街に住み慣れて


黄色矢印信号



自分の住む街には路面電車が走り黄色の矢印信号にも慣れていますが、
もし、市電のない街に生まれ、

転勤で黄色矢印を見たらどう思うんだろう?

自分が旅人で、見知らぬ街に入り込んだら、異邦人の案内信号?

とか妄想を抱きながらも、改めて住み慣れた街に気がつくのでした。


    ★ まだら雲 丘を照らして 虹の立ち 見惚れる心に 風は透きゆき

まだら雲の合い差から光が差し込むと嬉しくなります。光の縞を飛び石伝いに追ってみたい気分です。
昔、インド北部のカシミールで三重の虹をみたときはとても感動しました。

なにもかも忘れ、口をあけて呆けたように眺めていると、風が口に入るのも忘れてしまうのです。

    ★ 後部座席 温もりを残して 君は降り 窓に映る顔は 他人に戻りて


若いとき、恋人同士でいることに疲れて、それが別れの予感か、恋人への安心感か?
人生は様々です。

    ★ 白猫の 目脂を取れば 黒猫の 取らずに済ませた ななとせ(七年間)を詫び


猫を二匹飼っていますが、真っ白いラグドールの方はやたら目脂が目に付き取ってやります。
しかし、黒猫(正確には焦げ茶)の目脂は、その存在自体がわかりません。でも猫なんだから、きっと、あるよな、
と思うと、いままで、そのままにしていた黒猫に詫びたい気持ちでした。黒猫は七歳です。


    ★ くずカゴに 涙の痕と からかえば ドラマに泣く 妻につられて

    ★ 靴下の どちらが右か 小一刻 夕飯を急く 妻に叱られて  

どちらも妻との歌です。
普段、自分が悪いのですが、書斎でケリが付くまでと、夕食に遅れるといつも妻から叱られます。
俺だって・・・と思いながら、リベンジ?をかねてこの歌を作り妻に見せたら「何、靴下が右?」
それが歌?、夕食になんの関係があるの!と、本当に怒ってしまいました。

ドラマに泣くか・・・、実は自分もうっすらと涙を浮かべているのですが、妻にそんな顔見せたくないので、
「何で泣かないの? 感動しないの? 薄情ね・・・ニヤ」と妻はいつも言うのです。

    ★ 冬支度 リンゴと蜜柑と バナナ盛り 食卓に注ぐ 陽は温かく 

冬支度でも何でもないですが、食卓の果物に注ぐ陽射しがとても温かく、それだけで嬉しいのです。


    ★ レモン水 固くてとけない 蜂蜜の 去年の夏の ストローで飲む


困りました。蜂蜜が出ずに・・・、逆さに置いたら去年の夏を思い出しました。

 
    ★ オレンジの 家は茶色に 夕さびて 表浜通りに 出会う車なく

太平洋の表浜通りは一面のキャベツ畑が続き、オレンジの家も茶色に変わった夕方、
車でひたすら走りました。 


    ★ 待合で 凍てつく夜は オシッコも 美しいと言うと みなに笑われて


そう、本当に美しかったんです。キラキラ輝いて。健康な証拠?
美しさはどんなものにも宿っている。そんな一瞬の時がある。
一期一会の短歌もある? 


2014-01-16

近くに大きな銀杏の木がありましたが、先年の台風で倒れ朽ち果てたとき、哀しみ詠ったものです。

     駅前の 大銀杏は 枯れ尽きて 待合せ場所も 思い出に変われり


2013-12-03

よみがえる金閣・北山第の記事に挿入した短歌で、同記事を書くための本探しをしていっとき
ふと、感じて詠ったものです。

     背表紙の 褪せて読めない 古本の 忘れたころに 棚に見つけり


晩秋を迎え、秋の夜長も一段と深まりゆくのを感じます。
秋といえば名月に垂れるススキの穂を思い浮かべますが、そんな深き夜は久し振りに和歌を詠んでみたい気分になります。ものの哀れかな・・・

神戸観光壁紙集-中秋の名月(スモール)
(写真は神戸観光壁紙集から引用させて頂きました)

今夜は、歴史に遡って管理人の好きな歌人(一部俳句、ひょっとして現代詩も?)の名歌を、そして恥ずかしながら自作の和歌(短歌)を掲載したいと思います。以前、というか、けっこう前、某短歌結社に属し短歌を作っていた時期がありました。最近はまったく作っていません。でも時々、ふと目に触れたものに触発され、浮かんだ和歌の一節を手帳などに書き溜めたりしています。

それでは名歌を巡る旅にでます。

まず、古代に遡って、第12代・景行天皇の皇子であった、ヤマトタケル命の歌から、

   ● 大和は国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和しうるはし

命は悲劇的な最後を終えただけに、より故郷のヤマトを思う気持ちが切々と伝わります。

その二、歌聖とも言われる柿本人麻呂から一首、

   ● 近江の海(み) 夕波千鳥 汝(な)が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ

まさに挽歌です。壬申の乱によって滅んだ大津宮を人麻呂が尋ね、すっかり荒都と化した近江朝を思い偲んだ和歌です。

その三、新古今和歌集の選者としても知られる冷泉家の祖・藤原定家から一首、

   ● 駒とめて 袖うちはらふ かげもなし 佐野のわたりの 雪の夕暮れ

現代のシュールリアリズムにも通じる凍れる美学ですね。これが800年も前に詠まれたとは、ただただ驚きです。なんか定家から一足飛びに江戸の松尾芭蕉まで行ってしまうような不世出の歌人ですね。

その四、崇徳上皇に仕えた北面の武士だった西行法師から一首、

   ●  年たけて また越ゆべしと 思いきや 命なりけり 小夜の中山

西行が年も老いて、小夜の中山(静岡県)に足を運んだときに、人生について感慨深くこの歌を詠んだのでしょう。その感慨には濡れ衣を着され讃岐に流されたかつての主上・崇徳上皇への挽歌の意も含まれているのでしょうか・・・

その五、摂関家で摂政太政大臣にまで昇りついた藤原良経(1206年没)から一首、

   ● 人住まぬ 不破の関屋の 板廂 荒れにし後は ただ秋の風

ただ秋の風と、体言止めしているところが何というか萩原朔太郎にも共鳴する寂寥感が伝わります。しかし、ただ単に寂しさだけではありません、諸行無常の人生を肯定的に認めた清々しさも感じるのです。ちなみに不破の関屋は岐阜県関ヶ原にあった関の番小屋のことです。789年には廃止されています。

その六、千載集に詠み人知らずとして一首寄せられた平忠度から一首、

   ● さざなみや 志賀の京は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな

志賀の旧都は荒れ果ててしまっているが、山桜は春が巡り来るたびに必ず花開いて、昔のままの姿をとどめてくれることだ…との感慨を歌っていますが、杜甫の「国敗れて山河あり」にも通じる、平家一門への挽歌ですね。千載集を編んだ俊成も源平の戦いの後だったので、詠み人知らずとして残したかったんでしょうね。忠度は清盛の末弟でした。

その七、承久の変で破れ隠岐に流された後鳥羽上皇から一首、

   ● 見わたせば 山もとかすむ 水無瀬川 夕べは秋と なに思ひけむ

淡々とした口調ですが、何といっても、その響き、調べがいいですね。理屈抜きです。水無瀬川のそばには当時、後鳥羽上皇の離宮がありました。

その八、芭蕉の元禄二年(一六八九)、四十六歳の時の作である一句、

   ● 石山の石より白し秋の風 

石より白い秋の風って?、ただ何となく心で感得する感じです。まるで自然界と人間との結界を垣間見たような、おそらく一瞬の感応だったんでしょう・・・。奇勝清閑で知られる古い霊場である、石川県の小松市那谷町の那谷寺に参詣した折の一句と言われています。

その九、日記から類まれなタフさを隠さず記した江戸時代の俳人・小林一茶から一句、

   ● 臥せ見つる 障子の穴の 天の川

本当は、うつくしや 障子の穴の 天の川 が本句ですが、間違って覚えた自分にとっては「臥せ見つる」の方がしっくりとくるのです。臥せながら、小さい障子の穴から天の川が見えるというんです・・・。たった17文字の短い詩で、宇宙の無限小から無限大までを捉えていることにとても感銘を受けます。

その十、一気に明治・大正に飛びます。まずは若山牧水から一首、

   ● 白鳥は 悲しからずや 空の青 海のあをにも 染まず漂う

悲しいというけれど、白鳥が愛おしいんですよね。どちらの「あお」にも染まず、ひたすら海の上を飛ぶ姿が。昔、寓話のなかに、一羽だけ真っ黒なヒヨコがいて仲間にばかにされたけど、おとなになったら見事な白鳥になっていた・・・そんな白鳥信仰を感じますね。

その十一、伊藤左千夫門下であり、大正から昭和前期にかけての歌誌アララギ派の代表格として活躍した斉藤茂吉から二首、

   ● のど赤き 玄鳥(つばくらめ)ふたつ 梁にいて たらちねの母は 死にたまふなり

   ● 最上川 逆白波の たつまでに ふぶくゆふべと なりにけるかも

母に死に接し、驚き慟哭した絶唱だと思います。茂吉はツバメの赤い喉に託し、葬送のラッパを吹いているのだ・・・とも思ったかもしれません。母の死をこれほどまでに象徴的に歌った歌を自分は他には知りません。最上川~は、晩年の歌です。逆白波の一節は、芭蕉の「石山の石より白し」にも通じる人生最晩年の自然からのシグナル、合図だったかも知れません。それは茂吉だけにわかるあの世からの手旗信号だったかも・・・です。

その十二、短歌は余技で本当は小説で名を成したかった石川啄木から一首、

   ● ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく

ある意味、啄木は、短歌について肩肘を張らなかった分、伸びやかに詠んでいます。それが結果的に、万人に分かりやすく愛唱できる啄木独自の味わいある大衆歌が生まれたのだと思います。余技だった短歌が結局、啄木の代表作品になっのは逆説的な人生ですね。

その十三、明治天皇の御製で一番知られる二首、

   ● あさみどり 澄みわたりたる 大空の 広きおのが 心ともがな

   ● 四方(よも)の海 みな同胞(はらから)と 思う世に など波風の たちさわぐらん

歌の通りの大御心な歌ですね。ストレートにその調べが伝わってきます。明治天皇は生涯に万を超える和歌を詠まれたといわれています。二首目の歌は日露開戦に走るなかで、改めて平和の尊さを歌った和歌です。昭和天皇も大東亜戦争(太平洋戦争)の開戦を避けるため、御前会議で明治大帝のこの歌を引き合いに出し、平和的な解決を廷臣たちに望んだとのことです。これも大御心な歌ですね。

その十四、昭和天皇から一首、

   ● おとめらの 雛まつる日に 戦をば とどめしいさを 思ひ出でにけり

これは、当時、上海派遣軍司令官だった白川義則陸軍大将が、上海で起きた爆弾テロで亡くなった時に、その遺族に贈った和歌で、これは昭和天皇が泥沼化していた中国での国民党との戦いを少しでも停戦に持っていくよう白川大将に指示したことを受け、まさに、ひな祭りの時節、停戦協定を結んだ白川大将の忠節に感謝の意を託した一首です。

その十五、これは戦後の詩で、詩集名のみ挙げておきます。谷川俊太郎の「20億光年の孤独」です。この詩集には衝撃を受けました。自分はこれで詩作を諦めました。


では最後に自作の短歌を恥ずかしながら掲載させて頂きます

   ● 携帯で 話すかたわらに パテライト 流れる街を 君に伝えにき

   ● 流れ藻の 川瀬を埋めて 過ぎ去りき 友とかまけた すなどり(魚釣り)の日々

   ● 紙を焼き あるか無きかの 燃えかすが 澱んだ午後の 空に昇れり

   ● 電線に 雲の速さを 測る日は 子供のころの 夢を追いにけり   
   
   ● 堪えかねて 枝から落ちる 雪くれの 地表までの 結晶の刻

   ● 裏通り 何故か和める 日のありて その先までの 幸せを買う

   ● 俯瞰図を 描きし日のあり 高層の ホテルより望む 黒傘の群

   ● 缶の蓋 空ければ夜霧の 入りきて 高速PAに 夜明けを迎える

   ● 朝まだき 車の列に 混じり行く 君を見送れば 街に融け行く

   ● 水あめに 残る指紋の 乳白に ほろ苦き恋も 遠き日のこと

   ● 何も無き 樅の木に飾る 言葉あり 聖夜を尽くして 君に語ること

   ● 窓枠に 仕切られた外を いとおしみ 小窓の夢を 銀杏は語りき

   ● 地下鉄に 君を見送り 地上には 白日の街 陽の痛みを知る

   ● 幼子の こぼれ落ちる粒は ごはん粒 そばで摘み取る 母の幸せ

   ● ランダムに 光流れて 一筋に ホテルをい出て 帰る蛍たち

   ● 先を越し 帰りに出会う 偶然の 走り雨降る 避暑地の夏

   ● 海ほたる 海のなか道を 一筋に 光に群れる 僕らわだつみ

   ● 若すぎる 君の死を悼む 葬送の 街の外れに 煙立つ見ゆ

   ● 球場に 無造作に並ぶ 椅子たちの 西陽に沈む 主なき空

   ● 唇を 震わせ帰る サーファーの ウェットスーツに 丸められた夏

以上、気がついたら結構載せちゃいました。感想はいかがでしたか?若気の至りでした。

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コメント 

taka様

女心と秋の空といいますが、ここのところ歌心がふつふつと疼いています。昔は漂白の歌人・西行や中世ヨーロッパの吟遊詩人に憧れたりと浮世離れしていた自分でした。
ユーラシア大陸を貧乏旅行したこともあります。娘からは忘れないうちに手記を書いておいて・・・と言われており、せっかくですからブログ上で書きたいと思っています。

昔は良かった・・・

アルカイダもタリバンも居なかった。日本は高度成長のまっただなか。
世界を若者たちが闊歩していた。今なら何かあれば、自己責任といわれ白い目で見られてしまう・・・。今の時代のこの閉塞感はなんなんでしょう?また、手記を書きながら自分なりに考えをまとめてみたいと思います。

すみません脱線してしまいました。

いつもいつも真摯なコメントありがとうございます。また今回は、拙歌にコメントも頂きありがとうございます。

しかも、返歌までいただいて。失恋も時が経てばいい思い出ですね。

では、また。おやすみなさい。

こういった記事もおつですね~ 

紹介された歌の中ではまず日本武尊の歌、大和を懐かしむ気持ちがヒシヒシと伝わってきます。

そして何と言っても明治天皇陛下の御歌、どちらもまさにスケールの大きい聖なる大御心が伝わってきますね。上の御歌は大空の様な御心をまさに雄大に歌っていますし、下の御歌は四方の海 世界はみな同胞であるとなんとも雄大かつ慈愛のある歌ではありませんか。なるほど、現人神であられるだけの事はあります。

梅のコージさん の中では六番目の裏通りの歌が好きですね。なるほど、短歌結社に属して短歌を作っていただけあって素晴しい歌で羨ましいです。

梅のコージさん程の腕はありませんが私も自作の和歌を^^;

失恋の 木枯らしすさぶ わが心 もみじ舞い散る 木のもとぞさびしき

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梅村京一朗

Author:梅村京一朗
(けいいちろう)、
寝つきの悪い夜は、いにしえの京を想いながら寝ます。すると鼓の音のように京の日々歳々が甦ってきます。・・・浅き夢みし男のブログ語りです。

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