3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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鳥羽離宮-金剛心院の間取図(指図)が完成しました。

当ブログ訪問者の皆様方、こんにちは。寒くなってきましたね。
そろそろ炬燵のほしい季節になりました。と、そんなことを書くと、「日本の家屋は夏向きじゃ」と徒然草の兼行法師さんが出てきて説教されそうですが、実際問題、平安時代にも炬燵はありました。けれど、限りなく火鉢に近い代物でした。しかも「寝殿造」には一部、塗り籠めの壁がありましたが、そこは主に納戸に使用。他の母屋周りは蔀や遣り戸で囲うだけ、隙間風もぴゅぴゅう吹いて、貴族・女房方もさぞかし寒かったことでしょう。女房装束の十二単も重ね着で寒さを防ぐ防寒具だった?、との説もあるほどです。

すみません脱線しました。
表題の通り、取り合えず、鳥羽離宮の金剛心院の間取図を作成してみました。南北140m程にもなる南北に長い建物群です。文章だけではわかりにくいと思いますの、同金剛心院の想像図をまず掲載しますね。
同想像図イラストは草思社刊「京都千二百年」から一部引用させて頂きました。同書は京都1200年の歴史をイラストでわかりやすく説明した良書で、イラストもちゃんと学究的な裏付けに基づいたもので、ホント、お薦めの本です。
金剛心院想像図


今回の間取り図作成にあたっては、平安京提要(角川書店刊)、それから寝殿造の研究(太田静六著)、院家建築の研究(杉山信三著)など参考にさせて頂きました。

同金剛心院の間取り図自体はどの書にも記載はないので、とくに平安京提要に書かれている、実際の発掘成果による各建物の礎石や掘っ立て柱跡間の寸法に基づき作成しました。同提要ではメートル表記もあったので助かりました。

ここで古来よりの尺貫法についてちょっと整理してみたいと思います。
現在の、たとえば一間は1.82mと公式に定められたのは明治以後です。それまで一定ではありませんでした。江戸期でも京都の京間と江戸でも微妙に差異がありました。
ましてや、平安、鎌倉と遡りますと、同一間の寸法についてはマチマチです。強いて言うなら(これは管理人の独断によります)、平安時代は一間が(十尺)3.03m、鎌倉・室町が2m~2.4m、江戸期が1.8m前後と、こんな感覚でしょうか?

しかし、実際は、たとえば今回の金剛心院の釈迦堂の桁行においても、中央の柱間と両端の柱間では寸法が違います。ですから、平安時代の寝殿の桁行(正面左右)の規格は5間、7間、12間とある、と申しましても鵜呑みにはできない部分があります。ただ、当時の貴族の家格によっての類推など、多分に想像が入った面もあると思います。ですから、発掘調査に基づくメートル寸法は比較的、正確(発掘成果にも想像と見解の相違はありますが)なので、それはそれで助かります。

一つ、その寸法について自分が混乱したというか、その事例について書きますね。

金剛心院には周りを取り囲む築地塀がありましたが、平安京提要の発掘説明によると、同築地塀の南北の長さは120m、しかし南北に長い同金剛心院の建築群の長さは計140mほど、築地塀をはみ出てしまいます・・・。しかし、「寝殿造の研究」によれば南北の長さは60丈、約180mほどです。これですと建物群もすっぽり収まります。他にも間数の差異について、疑問点や混乱した部分もかなりあって、正直、間取り(指図)を作成するのに苦労しました。果たして、自分の作った間取り図がどこまで正しいでしょう?天を仰ぐ・・・のみです・・・。

前置きが長くなりました。では、指図をアップします。
鳥羽離宮-金剛心院間取図


いかがですか、それなりに苦闘しながら作成した割りにはシンプルですね・・・。
まぁ、これから指図に基づき立体化させてゆきますので、そのときは多少、見るに耐えられるかなぁ・・・と思っています。

さて、金剛心院の各建物の説明ですが、個々の建物の桁行(正面)・梁間(奥行き)寸法は母屋(身舎)と庇を含めたメートルの全体寸法でご説明します。でないと複雑になってしまいますからね(笑)。

まず、釈迦堂は正面12.5m、奥行き10.5m。九体阿弥陀堂は正面48.9m、奥行き19.8m。同九体阿弥陀堂は平安時代多く造られた阿弥陀信仰に基づくお堂で、鳥羽離宮にも三堂建てられています。遺構としては浄瑠璃寺が知られていますね。その九体阿弥陀仏の由来ですが、「観無量寿経」に説かれた思想で、1つのお堂に9体もの阿弥陀如来像を安置することにより、「九品往生」(くほんおうじょう)といって、極楽往生(人が現世から阿弥陀如来のいる西方極楽浄土へと生まれ変わる)のしかたには、仏の教えを正しく守る者から、極悪人まで9つの段階ないし種類があるということを説くためだそうです。当時、末法思想に多くの人が阿弥陀仏に救いを求めたんですね。あの藤原道長も最後は阿弥陀仏から垂れた一本の糸を手に持ち息を引き取ったといいます。
次に釈迦堂の裏手にあった寝殿ですが、これは正確には寸法はわかりません。ただ、同位置に幅39m、奥行き18mの土の高まりがあり寝殿の跡と思われます。その土台から推定して正面12間、36mの奥行き16mほどにしました。後、小寝殿が13.8mの9mほど、それから九体阿弥陀堂から南に三十m回廊で渡ったところに方形の一間四面堂があり各8.5mほどの寸法がありました。

以上ざっと金剛心院の各建物についてご説明しました。

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