3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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よみがえる鳥羽離宮

最近のブログでは法住寺殿や伏見城など洛南の地域の建物を取り上げていますが、今回もまたまた真打登場というか、あの鳥羽離宮の登場です。ちょうど名神京都南インターが離宮跡とも被るので、いままで発掘調査もなされてきて全体概容がおぼろげながらわかってきました。ただ、細かいところになるとまだ不明な点が多く、建築史上もまたしかりです。太田静六氏の書かれた「寝殿造の研究」のなかに鳥羽南殿の推定間取り図が描かれているのが唯一の手がかりといってもよいかもしれません。平安京のバイブルとも称される「平安京提要」にもやはり概容が載っているだけです。でもそこに掲載してある俯瞰図はとてもわかりやすいです。夫々クリックすると拡大します。
元図は杉山信三考証・中西立太作画・朝日新聞提供のものですが一部掲載させていただきますね鳥羽離宮の絵
いかがですが?「水の離宮」の雰囲気が良く伝わっています。

鳥羽離宮は、12世紀から14世紀頃まで白河・鳥羽上皇はじめ代々の上皇により使用されていた院御所です。鳥羽殿(とばどの)・城南離宮(じょうなんりきゅう)とも呼ばれています。

場所は、京都市南区上鳥羽、伏見区下鳥羽・竹田・中島の付近にありました。敷地面積は180万平方メートル。ちょっと検討つきませんが京都御苑が65万平方メートルですから、ざっとその三倍はあるとてつもない広さです。鳥羽は、平安京の南約3kmに位置し、鴨川と桂川の合流地点で、山陽道も通る交通の要衝でした。平安京造営時に朱雀大路を延長した鳥羽作道も作られ、鳥羽は平安京の外港としての機能も持ち、また、貴族達が狩猟や遊興を行う風光明媚な地としても有名でした。いわば平安京の外京だからこそ広大な離宮を営むことができたのだと思います。

ここで鳥羽離宮の概略図と航空写真をアップしますね。概略図は平安京提要からお借りしました。航空写真は「つちの中の京都 3」から一部掲載させていただきました。
鳥羽離宮外略図
桂川と鴨川の合流点に築かれているのがよくわかります。上の方には鳥羽の作り道も見えます。
鳥羽離宮航空写真
鳥羽離宮跡を上空から撮影した画像です。なんせ1970年代の写真といいますから、まだ家も建て込んでいませんし、インターのカーブ曲線がくっきりとわかります。いずれもクリックすると拡大します。

鳥羽離宮は一つの御所から成り立っていたものではなく、幾つもの御所と御堂から成り立ってた複合施設でした。これは法住寺殿や白河殿とも同じ、院政期特有の建築手法ですね。

鳥羽離宮は、南殿・泉殿・北殿・馬場殿・東殿・田中殿からなり。 それぞれの御所には、御堂が付属していました。

具体的には、
南殿-証金剛院(白河上皇の発願)
泉殿-成菩提院(鳥羽上皇の発願)
北殿-勝光明院(鳥羽上皇)
東殿-安楽寿院(鳥羽上皇)
田中殿-金剛心院(鳥羽上皇)
と五つのブロックに別れ、院政期の鳥羽は,京・白河とともに政治・経済・宗教・文化の中心地となりました。しかし南北朝の内乱期,戦火により多くの殿舎が焼失し,その後急速に荒廃していきました。

ここで京都アスニーにも模型展示されている図をアップしますね。掲載元は「よみがえる平安京」(淡交社刊)です
鳥羽離宮立体
ここには紙面の関係で鳥羽南殿は写ってませんが他の御所は写っております。御所間は徒歩でも船でも優雅に往復したと伝わります。鳥羽上など生涯に幾度も熊野を参詣されてますが、きっと、ここ鳥羽離宮で旅の疲れを美福門院と癒したことでしょう。

鳥羽殿を営んだ白河上皇は,東殿に自らの墓所として三重塔を建立しました。鳥羽上皇は,白河上皇の例にならい,安楽寿院に三重塔(本御塔<ほんみとう>)を,続いて新御塔(しんみとう)を築きました。

 保元元(1156)年,鳥羽上皇が安楽寿院で亡くなると,遺言に従い本御塔に埋葬されました。新御塔は,美福門院(びふくもんいん,鳥羽天皇皇后)の墓所に予定して建立されていましたが,女院は高野山に葬られたため,新御塔には女院と鳥羽上皇との間に生れた近衛天皇(このえてんのう)の遺骨が埋葬されました。

 鳥羽殿は,院政を始めた白河・鳥羽二代の上皇と,鳥羽・美福門院系統の天皇の墓所という性格も備えていました。

こののち、後鳥羽上皇なども修築を重ね利用されたみたいですが、南北朝の争乱のなかで失われてしまいました。

それでは幾つか創建された御堂のなかから壮麗さで知られた金剛心院をご紹介します。
金剛心院
六勝寺や法住寺殿ともよく似た一群の院政期の院家建築ですね。

ここで鳥羽上皇の50歳を祝ったときの鳥羽南殿の儀式図が残っていますので掲載します。(これも太田静六氏の描いたもの)。
鳥羽上皇50歳祝賀の図
さらに南殿中心部の復原図です。
鳥羽南殿復原図
なお且つ南殿の推定復原模型図もアップします。
鳥羽南殿
そして、太田静六の推定された南殿の推定間取り及び外観図です。
鳥羽南殿推定復原図

以上、ざっと鳥羽離宮を駆け足で見てきました。
太田静六氏の推定された南殿を足がかりに例によって3Dで製作してみようかと思ってます。京都3D地形のなかで法住寺殿の伏見城と、この鳥羽離宮がどのように写りこむのか我ながら楽しみです(笑)。

それでは、今回は鳥羽離宮の概容案内でした。

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