3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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お宅にも程がある!? その(一)

京都府総合資料館には多くの古文書や幕末・明治の行政文書が保存されていますが、今回は一つお公家さんに関わる明治初年の京都府(当時)の行政文書をご紹介します。

その文書は明治4年11月の日付がある「華族建家坪数控」という文書です。いわば当時、維新なったばかりの京都のお公家さんたちの家屋敷や土地といった所有する不動産の届出文書です。翌5年には版籍奉還が実行されましたから、それに絡んだ提出だと思います。

なぁんだ、不動産かぁ・・・つまらんのう・・とお思いの方もみえると思いますけど、そこは公家マニアの管理人、公家さんが何坪ぐらいの土地や家に住んでいたのか?所有していたのか?甚だ興味があるわけです。そこからお公家さんのいろんな面が垣間見えてくる気がするんです。みなさんどう思われます。

まぁ、どう思おうと、前へ進みます。記事のタイトル通り「お宅にも程がある」です(笑)

まず、その「華族建家坪数控」という文書の表紙からアップ。一応、こんなのあるんだぞ・・・という証拠写真です(笑)
華族建家坪数控表紙
はい、そのまま読んで字のごとくです。

さっそく個々のお公家さんをピックアップしてゆきます。

まず、五摂家の一つ、一条家の不動産物件から紹介します。
一条家1
土地は5330坪とあります。流石に摂家だけあって広いです。九条家には負けます。一万坪ありますから。でも、この文書には九条家載ってないんですよね・・・ほかにも載ってない公家さんもいて一部文書が散逸してしまったんですかね?

まぁ、それはともかく、一条家に戻ります。家屋敷は、瓦葺の平屋の本宅が建坪1千坪。流石に広いです。一千坪もあったら迷いそうですね(笑)。二階建屋が10坪ほど。幕末ともなると公家屋敷の多くには二階建ての屋敷が散見されます。多くは物見や遊興も兼ねた数奇屋風だったようです。それと屋根の葺き方が板葺とあるのは杮葺のことで、寺社や茶室などで多く見かけますよね。では二枚目の一条家いきます。
一条家2
板葺き(杮葺)の平屋が15坪、何でしょう?杮葺だったら摂家の場合、書院や寝殿に使いますから・・・それにしては15坪は狭いですね。後は、長屋45坪、門10坪、物見4坪、物置・お蔵で140坪ほどあるのはさすがです。湯殿雪隠(トイレ)だけで22坪もありますね。〆て建坪1264坪ほどになります。一条家ともなると摂家ですから、もし御所が火災になった場合、天皇の仮御所になる場合があります。ですから昔の寝殿造りの古制を伝える、たとえば寝殿は桧皮葺とか考えられるのですが、一条家は本宅千坪すべて瓦葺。時代の趨勢というか幕末を感じさせますね。ちなみに届出責任者は多賀という家令ですね。

次にあの明治の元勲・岩倉具視の岩倉家です。幕末の岩倉家邸は現在の京都御苑の南の端にありました。同家は鎌倉幕府の源頼朝と対立した源通親の子孫で、村上源氏の名門にあたりますが、家禄は150石で、中級の下ぐらいの公家でした。
岩倉家1
ほー、宅地が1900坪。さすが元勲出世しましたね。同家の家格だったらせいぜい3~400坪が普通でしたから、不動産は正直ですね(笑)。で本宅は409坪の建坪。なかなかです。長屋が三箇所で269坪もあります。供待ち(家来の控えている所)も10坪、大部屋も40坪、どうもこの屋敷、公家屋敷というよりも京都の大名藩邸か禁裏付武家の屋敷を拝領したものと思われます。おそらく長屋が屋敷をぐるりと取り巻いていたと思いますから。

では岩倉家の二枚目。
岩倉家2
〆て742坪。一条家には及びませんが広いですね。届出責任者は名代として中御門家の家令の北村という人が署名してますね。このとき、すでに岩倉公は東京に出張していたのですね。まだ当時、公家たちも帝が東京に奠都するとは思ってませんでしたから、いわばこの不動産の痕跡からも維新の時代の流れを感じます。

では次に吉田家。同家は全国の神社の神官たちの任命権を持つ大きな権限があった異色の公家です。今も京都・吉田山の吉田神社がありますが、そこが本拠地でした。家格は半家、歴代当主は神祇管領長上を称し、正二位・神祇大副を極官としました。江戸時代の家禄は760石。明治以降は子爵になりました。

では一枚目。
吉田家1
この屋敷は御苑内ではないですね。洛東の吉田村とあります。吉田神社のあるところですかね?土地は9800坪、ほぼ1万坪広いですね。家格は半家で公家としては一番下の家格ですが、所有する土地は半端ないです。さすが神官の元締めですね。

二枚目いきます。
吉田家2
本宅が558坪。茶室だけで46坪もあります。江戸時代の公家は貧乏というイメージがありますが、吉田家を見た場合は、とてもとても裕福以外のなにものでもない感じですよね。後、別家や隠居宅で100坪。武術道場が20坪。公家なのに珍しいですね。後、定番の物見や蔵、門など〆て996坪。ここも広いですね。ちなみに江戸時代の公家邸には多く物見と言われる格子窓で囲われ、こちら側を見られず外を眺めることができた一階もしくは二階建ての物見建築がありました。公家の息女など、ここから祭り見物や往来の物売りなどを見て楽しんだといいます。

以上とりあえず三家紹介しました。後7家ほど紹介しようと思ってます。不動産からみえてくる幕末の公家の実態・・・けっこう自分的には興味深深でした。

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