3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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公家・徳大寺家の屋敷間取り図を作成しました。

公家町再建プロジェクト、今回は公家でも摂家に次ぐ清華家の家柄である徳大寺家の屋敷を3Dで再現することにしました。

徳大寺家は江戸時代家禄410石、屋敷地は現在の京都御苑の北側、あの公家屋敷として唯一残る冷泉家屋敷の一軒隣の位置にありました。敷地面積はざっと1000坪(隠居屋敷用空き地含む)、冷泉家より300坪程多いですね。ちなみに冷泉家は家禄300石で家格は摂家から清華家、大臣家の次の羽林家。冷泉家がほぼ中級公家とすると、徳大寺家は敷地も含めそれをひと回り大きくした感じです。清華家には花山院家 - 大炊御門家 - 三条家(転法輪三条家) - 西園寺家 - 菊亭家(今出川家) - 徳大寺家 - 醍醐家 - 久我家 - 広幡家の九家あります。では徳大寺家の位置を示すマップから掲載します。以下、クリックすると拡大します。
公家町絵図(徳大寺家)

赤で丸く囲ったところが徳大寺家です。徳大寺家の歴史をちょっと振り返りますと、
藤原公実の四男実能を祖とする。平安時代末期、左大臣時代の実能が衣笠山の西南麓を所有した別邸を営み、その中に持仏堂を建て徳大寺(得大寺)と命名。これが後に家名となりました。後にこの別邸は細川勝元に譲られて龍安寺の元ともなりました。同家は藤原北家の閑院流で西園寺家や三条家とは兄弟筋にあたります。家紋は木瓜花菱浮線綾を使用。笛を家業としました。維新後侯爵となり、その後27代目の徳大寺実則が維新の功績で公爵を授けられました。

徳大寺実則は(天保10年12月6日(1840年1月10日)-1919年(大正8年)6月4日)は、幕末から明治期の公卿・官僚。明治天皇の侍従長でもありました。尊皇攘夷派の公卿として活躍し、王政復古の後、1868年(慶応4年)1月に明治政府の参与・議定として内国事務総督を兼ね、2月には内国事務局督、1869年(明治2年)内廷職知事、ついで大納言に至りました。

1871年宮内省に入り、侍従長・宮内卿と兼任に至り、1891年内大臣兼侍従長となり、明治天皇の側近として天皇が崩御するまで補佐しました。明治天皇の政治関与には強く反対し、元田永孚らが侍補制度を定めて天皇親政運動を行った折にはその阻止に動いたそうです。また、自らの政治的関与も強く戒めて侍従長在任中は政界に転じた実弟の西園寺公望とは公の場所以外では会話しなかったと言われています。

ざっと以上のような感じで、戦後は故実厚氏が平安神宮の宮司などしています。

それでは、何はともあれ、徳大寺家の屋敷の指図をアップします。万治4年(1661年)ごろのものです。ですから正確には幕末ではありませんが江戸中期の摂家に次ぐ上流公家の屋敷がどんなものか、そこはかとなくわかるのではと思います。
徳大寺家指図
わかりますかね?ちょっとボケてるかな?元図は京都府総合資料館が所有していて、そのカラーコピーしたのを写したものです。指図の下側が南にあたり表門、玄関などがあります。

屋敷の特徴としては表門は長屋門ではなく四足門です。公家でも中流以下は正式な表門も長屋門が多いですが、そこは清華家、それなりの構えをしています。全体的には一軒置いた隣の冷泉家の間取りとよく似ています。ただ違うのは建坪が徳大寺家が300坪を超えているのと、広間棟と書院棟、居間棟、台所棟、女中棟がそれぞれ渡り廊下で繋がっている面です。中流以下の公家ですと、各々の棟は棟続きで接続している場合が多いです。これが摂家になると建坪も千坪を超え、幾つもの渡り廊下で結ばれ、また、いつでも天皇の仮御所に代用できるよう寝殿形式がプラスされています。ですから徳大寺家はその中間的位置ですね。
徳大寺家間取り図
指図をもとに間取り図を作ってみました。これをもとにさらに3D化していきます。図中をみますと、いわば住み込みの書生・用心棒とも言うべき侍部屋が北東の隅にあるのが珍しいですね。一応、日中は玄関横の取次ぎの間に控えているんだと思いますけど、いざ、何かあったとき駆けつけるのにちょっと遠い気がしました。ではさらに間取り図の拡大版をアップします。
間取り拡大図
これで見ますと、広間棟はいわば正式な接客の場、上段の間や納戸構もある正式な書院造り、その奥の小書院は当主の執務室、さらにその奥は居間で奥方始め家族の過ごす場所、西方には渡り廊下で女中部屋、そして台所があります。囲炉裏の間もありますが、ここは家族が食事したり、寒い冬にはここで接客したかもしれません。しかし、見渡すところ、いわゆる徳大寺家の家計を司る家政機関の場所が明確でないですよね。普通、玄関があって、その隣に侍部屋、さらに家政機関の間があるのですが徳大寺家の場合、いまいちよくわかりません。同家でしたら常時、数十人の人間が起居していたと思いますから、どこかあると思うのですが・・・。以上、間取りの説明でした。

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