3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

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京都御所待合物語

御所の陣座が出来ました。
と、陣座、陣座とばかり言っていても銀座と言いかねないので、要は陣座とは詰所、待合室のことなので今風に「京都御所待合物語」としました。物語といっても特にないですけど、書いていくうちにひょっこり出てくるかもです。

さて、まずは今回作った陣座、宮人座、床子座についてその建物位置を示します。

2018-06-25-陣座等作成図
陣座、宮人座、床子座の位置図。

ここのスペースはまさしく紫宸殿南庭で行われる諸儀式の控室・待機室のスペースです。

では簡単な間取り図を用意しましたので各座について説明しますね。

陣座&宮人座・床子座間取り図
陣座&宮人座・床子座間取り図。

まず「陣座」とは?

元々、天皇が紫宸殿に出御されるときの警護にあたる左右近衛府の官人たちの詰所で、基本、板敷きの間。後には大臣や中納言、参議など公家が集まり親王宣下や改元などの重要政務を審議する「陣の儀」を行うようになる。ここで会議が行われるようになって公家の勤務も早朝から夜議に変わったとか。

それにしても、ここ寒そう・・・。壁も東西に一壁あるだけだし、本当にここで改元の話が行われた?と思ってしまう吹きさらしの場所です。もっともそのせいか、平安時代のとき夜議に使われた松明で内裏が焼失したときもあります。
東隣の宣陽殿にも議所があってどう使い分けてのか?夏は陣座、冬は宣陽殿の議所で?。いろいろ想像されて面白いです。
ちなみに、ここには格子の衝立障子がありますが、やっぱり警護の者が身を隠すため?。矢を防ぐため?。意外と公家さんたちの世間話の場だったかも 笑。

次に「宮人座」とは、

宮中儀式などに奉仕する女官の詰所。廊下を通して近くにある内侍所(八咫鏡を天照大御神の神魂として祀る場所)の巫女の控えの間といってもいいかもしれない。また広い意味で神官や雅楽の奏者とかも侍っていたかも。とにかく天照大御神に奉仕する人たちに変わりはないと思います。で、ここも南面に壁がない・・・寒かろうに・・・しかも板敷きでない・・・ここは腰掛でも座っていたのかな?女官用だから几帳や壁代・御簾とかあったかも。なんで紫宸殿の東西の建物って壁が少ない?。土間が多い?と疑問符が出てきます。、結構質素だと思います。儀式時には錦の幕とかいろいろ飾るし、これでいいのかな??

三つ目の「床子座」とは?

これこそ、はぁ?の存在ですよね。
床子とは床几、つまり腰掛のこと。戦国武将なんかもよく使っていた折り畳み式もそうですね。もっとも内裏の場合だと、よく茶店とかで見かける赤い毛氈の敷かれた腰掛台のことを言うのだと思います。ここで座ったり、時には横になって仮眠をとったかも。

ここ内裏で使う椅子とは四脚で背もたれの付いた高級な椅子。五位以上の公家は漆塗の椅子を使いました。位によって椅子も色や装飾が違っていました。

つまりここ床子座は官位の低い官人の詰所、言い方は悪いですが、雑多に誰でもOKという多目的ノンキャリアスペースかな。

ざっと各座について説明しましたけど、
一つ共通するのは椅子もしくは床几に座るという行為です。
紫宸殿南庭での即位式を始めとした重要儀式は本来、大内裏の朝堂院で行われるものでした。大内裏は基本、大陸経由の唐様を採用していましたから儀式にも、あるいは官僚の業務にも椅子が使われました。

それが大内裏の焼亡後、変わって里内裏で行われるようになり、紫宸殿の周りだけ唐風の椅子・土足で儀式が行われた。
そう考えると合点がいきます。

折角ですから、儀式の模様など当時の絵巻から見てみます。
光格天皇即位図
光格天皇即位図。中井家文書から引用。


光格天皇(在位:明和8年(1771年)~ 天保11年(1840年))の即位式の模様を描いた絵図です。光格天皇は現在の今上陛下に繋がる直系の祖にあたる方です。

光格天皇即位式幟図
光格天皇即位式幟図

同じく光格天皇の即位の礼に使われた幟幢です。
古来より朝廷における即位式に用いた烏像幢(うぞうどう)、日像幢(にちぞうどう)、月像幢(がつぞうどう)、朱雀(すざく)、青竜、白虎、、玄武と計八つの仗旗が飾られ、八旗からみても新天皇の弥栄を寿ぐ幟です。

後ですね、前の記事「紫宸殿と清涼殿は繋がっていなかった!? 」でも書いた正月の儀式「白馬の節会」の絵図も参考までに。

白馬節会

正月の節会儀式のなかで、「白馬の節会」というのがあって一月七日、紫宸殿に天皇が出御されたときに白馬を引き出す儀式です。白馬が二頭描かれていますね。

もう一枚。これも重要な儀式である四方拝。

四方拝
四方拝(白馬節会と同じ恒例公事之図から引用・宮内庁三の丸尚蔵館蔵)。

四方拜は、毎年1月1日(元日)の早朝、天皇が清涼殿の東庭に出御され、あらかじめ設けられた「御拝御座」で天地四方の神、神祇を拝する儀式です。今は皇居の宮中三殿で行われています。絵図でみると清涼殿から御座まで絨毯が敷かれ御座も衝立屏風で囲われていますね。

それでは具体的にCGへと入っていきます。


儀式に臨む公家

例によって公達登場。これから儀式に臨むのでしょうか?その後ろ姿は、まさか、絶家した摂家の松殿様では?蘇ったのだろうか?。などと気持ちよく書いてます 笑。 あぁっ、紫宸殿の下の石原さとみさん消すの忘れた!公達とあったらどうしよう・・・。

斜め上空から見下ろす
斜め上空から見た内裏。徐々に建物で埋まっています。


紫宸殿木段から東を見る
紫宸殿南段から東回廊を望む。順不同ですみません。


さぁ、やっと陣座とと宮人座、床子座の登場です!
陣座と宮人座、床子座の全体


よく見えるよう宣陽殿とか非表示にしました。陣座の屋根が左右非対称なのわかりますか?
左・南側の方が長~いです。板敷きと土間から構成されます。見るからに真冬とか寒そうでしょう。


宣陽殿と陣座・床子座
宣陽殿と陣座・床子座です。


東回廊より陣座を見る
手前、東回廊より陣座を見ます。真ん中に通用門が通っています。


紫宸殿東廂高欄からから宣陽殿と陣座を見る
紫宸殿東廂高欄から宣陽殿と陣座を見ます。二階から見る感じですね。


紫宸殿北から左右全景を見る
場所は変わって、紫宸殿北から左右翼廊を眺めます。


紫宸殿北面と左右の回廊
斜めから見ると。


陣座と衝立障子
陣座の紫宸殿寄りに衝立障子があります。ちょっと朱漆を追加して華麗にしました。


陣座の衝立障子を見る
陣座の衝立障子のアップ。


北から見た陣座
北から見た陣座。これまた順不同で申し訳ない。


陣座土間から紫宸殿東廂木段を見る
陣座土間から紫宸殿東廂木段を見る。


土廊より陣座を見る
土廊より陣座を見る。


宮人座・床子の土間
宮人座・床子の土間。何もありません。当時は衝立や床几を置いたのかな?


以上、ざっと見て回りました。

次回は、紫宸殿や清涼殿周りの渡廊を作ってみたいと思います。
それまで待っててね!



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コメント

NoTitle 

こんばんは takaさん
コメントありがとうございます。
いつもながら教えて頂きありがとうございます。
陛下と殿下の由来がわかりました。殿下はともかく陛下の語源はは知らなかった。

内裏ですけど、現在は紫宸殿の前を朱塗りの複廊と門がぐるっと囲っていますが、平安時代の正規の内裏を見ると、現在、外から見える築地塀の部分がそのまま複廊になっていたんですね。つまり、今の御所は築地塀を潜って朱塗りの回廊に入る訳ですが、平安時代は複廊が外塀だった。なんか上手くいえませんが、今見る築地塀の代わりに朱塗りの回廊で囲まれていた。それが本来の内裏。だとすると、とてつもなく大きく華麗な宮殿だったと思います。平安時代初期の律令体制はホント壮大な意気込みと実験を感じますね。

五反田猫さんの流派ですが、
聞きましたら、「御家流 桂雪会」だそうです。
なんでも、民間で伝えた流派で宮尾登美子の「伽羅の香」という小説にも出て来るそうです。

お香も「嗅ぐ」などという下品な言葉は今後使いませんので、ここだけの話しにしておいて下さい 笑。

では、おやすみなさい。


  • 京一朗 
  • URL 
  • 2018年06月30日 00時43分 
  • [編集]
  • [返信]

NoTitle 

本当に 梅村様 の3Dは見事なできばえですね。しかも今回は尊敬する 光格天皇様 の即位図や即位式幟図が見る事が出来て最高です。

陣座の疑問はもう解けたでしょうか? 万が一の為に書いておきます。一応宣陽殿の議所は叙位・除目の会議の為の部屋みたいです。親王宣下・改元といった重要度のある陣座よりは一段下がるみたいです。やはり倉庫だからでしょうか?

建物って歴史学の中ではマイナーですけど、名称の語源とかにもなって何気に重要なんだなとこのブログを見るたびに感じます。例えば『陛下』というのは「宮殿の階段の下」が語源、『殿下』は「殿舎の階下」、『殿上人』も清涼殿の殿上間由来、つくづく歴史とは建造物とともに歩んでいるんだなとこのブログを見て実感しています。

そう考えると先立つ物が無い、という理由で日本の顔にして重要でもある大内裏再建を諦めたというのは残念な気持ちにさせられますね。とくに朝廷に仕える公卿にしても、例えば鎌倉時代では 西園寺家 は一国に匹敵する富を持っているとまで言われた家でしたが、自分の為だけに使って公の為に何一つしなかったのは残念ですね。

最近南北朝に凝っていてちょくちょく調べていたから分かりますが、鎌倉後期から室町は時代が安定しなかったので幕府が再建できなかったのはやむを得なかったでしょうね。

香道の事ですが、香道では「嗅ぐ」ではなく「聞く」ですね。「香りを聞く」という表現が適切です。香道の基本はこの『聞香』(ぶんこう)ですね。まああとは「六国五味」(りっこくごみ)とか、「銘香」と「名香」とか基本的な事を抑えておけばそれなりに話がしやすいです(汗)

あと流派の違いとしては、『志野流』は沈香だけ、『三条西流』は沈香以外も使用するって所も抑えておいても良いかもしれません。
  • taka 
  • URL 
  • 2018年06月28日 16時03分 
  • [編集]
  • [返信]

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