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3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

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山陰の旅 出雲編

台風一過、綺麗に洗い流した青空が広がりました。日中の温度は盛夏を思わせるものがありましたが、それも束の間、秋の風が汗を消し去ってしまいます。盛夏の山陰の旅、9月下旬でも小旅行記を書きたくなったのは、山陰の旅がとても印象的だったからです。(中国地方全般を含めて)。今年の夏は東京では長雨が続きましたが山陰は比較的晴れていました。ここが山陰? 山陰でも山陽でもない中性的な穏やかさを感じました。

さて、三泊四日の家族旅行。最初に着いたのは出雲空港。静かな空港でした。そのまま出雲大社へ向かいましたが、そのとき感じたのは、人が少ない、コンビニが少ない。車が少ない。家並みが少ない。その分、巡る山々や里、田畑の連なりが騒音のない美しさを醸し出してくれました。大陸の国々と比べれば島根県でさえも人口密度が高い分類に入りますが、大陸の低密度が自然の猛々しさを連想させるのに比べ、この出雲地方は、人口が少ないほど自然の緑が濃密であるという、この国の豊穣さ、そしてその風土が今も残っている出雲は日本の原風景を感じさるものでした。

人口密度でいえば北海道の方がはるかに少ないですが、北海道はどこか無国籍な貌をしていて自然も北欧的な「最果て」を感じさせます。ですから国内でもとても人気のある旅先です。その北海道を旅する欧米系、とくに白人のコアな旅人が静かに増えていると聞きます。パウダースノーのメッカ・ニセコはもちろんですが、北海道の自然そのものに惹かれて訪れるとか。似たような風土なのに何故? と思い巡ると、北海道に有って北欧に無いもの?、それは「湿潤さ」ではないか?と想起されてくるのです。だから欧州の人も惹かれるのでは、と。欧州、北欧など豊かな表土は薄く実は乾いた風土であるということです。結局、北海道も日本、北から南まで湿潤で豊穣な国だと改めてそう思います。

さて今回の旅、どこへ行こうか家族で話し合ったのですが、いつものごとく「どこでもいいよ。いい温泉と美味しい料理が食べたい!ということでプランはすべて私が立てます。北は北海道から南は沖縄まで訪れたことはありますが、唯一、山陰地方は行ったことがない。ということで、今回は出雲、松江、玉造温泉、足立美術館、津和野、萩、秋吉台、山口と山陰をメインに計画を立てました。

三泊四日です。でもそれでは足りない、もう二日は必要だったと、後で反省するのでした。 さぁ、初めての出雲大社。期待に胸を膨らませて現地に到着。正直、出雲大社は言うほどでもないよ、ということは兼ねて聞いておりましたが、実際にこの目で見ると確かに期待ほどではありませんでした。どうしても伊勢神宮と比べてしまいます。伊勢には五十鈴川に宇治橋が渡り、そこが俗界との別れ、清浄さに満ちた神域が展開されます。しかし大社にはその結界となる川と橋がない。伊勢は緩やかなS字を描いて深い森林の奥に鎮座する正宮を参拝する形ですが、大社は正門にあたる大鳥居から真直線上に拝殿・本殿があり、何かストレートな参道でワクワク感がありません。神域も周りの街並みに囲まれ聖域と俗界の区別がつきにくい。また神域の範囲も伊勢より狭いですね。 文句ばっか言って大国主様に怒られそうですけど、それだけ期待値が高かったからですよ。ごめんなさい。


DSC_0004.jpg


今ある本殿は1744年(延享元年)に建てられたもので、高さは8丈(およそ24m)と、神社としては破格の大きさです。でも奈良の大仏殿や東本願寺御影堂とかの巨大な仏教伽藍と比べると、どうしても迫力さでは負けてしまいます。、中古(平安時代)には16丈 (48m)、さらに上古(神の時代の後、平安より前)には32丈とおよそ96mもあったと言いますが、近年、巨大な宇豆柱(1本約1.4mの柱を3本束ねたもの)が発見され、その複製が展示されていましたが確かに太い。鉄で束ねた様は現代の集成材の走り?かもですね。


DSC_0057.jpg
出雲大社本殿



DSC_0074.jpg
巨大な宇豆柱

ここまで高さにこだわったのも、古事記によれば、大国主神は国譲りに応じる条件として「我が住処を、皇孫の住処の様に太く深い柱で、千木が空高くまで届く立派な宮を造っていただければ、そこに隠れておりましょう」と言い、これに従って「天之御舎(あめのみあらか)」を造ったとのこと。天孫族にも何かしら負い目(というか国津神の大いなる怒りを鎮めるためか)があったのですね。ですが大きな戦もなく譲る形で統一が為されのは、その後の日本にとっても良かったと思いますね。

ちなみに平安時代の本殿(高さ48m)の復元が大林組により再現されていますが、それによると高床式本殿の床面が地上30mの高さ。そこへ上がる階段は20度の角度で170段。階段の先頭から本殿の高欄床直下まで直線距離にして109mもある。私が神官だったらとても怖くてこんな階段上れません・・・。9本の柱、梁や妻木、高欄などは、見つかった束ね柱が赤かったことから平安当時は朱塗りだったと考えられます(大林組案では白木)。中心の心柱は松材が使われたといい、また他の柱はスギ材だったと思われます。


出雲大社の本殿の復元想像図
CGは、 古代出雲大社建造の謎(邪馬台国大研究)より引用。

平安中期から鎌倉時代にかけ7度も倒壊、しかも地震でも台風でもなく、ある日突然と倒れたケースも。確かにこの高さ、しかも長大な階段、逆にこの長い階段が倒壊の足を引っ張ったかもしれません。そう考えると、20度の長い階段というよりも本殿の高床直下から折り返して真上に上がる階段だったかも?と考えたりしますけど、建築構造的にどうなんでしょう?
後、古代は朱塗りだったとのことですが、漆といえば英語でそのまま「japan」。とにかく縄文時代まで遡る日本の漆は世界最古と言われますが、この赤い漆と古代出雲大社が結びついたとき、国津神の民、即ち縄文人たちが顔や体に彫り込んだ刺青の黒光りする赤は、まさに土俗的でアグレッシブであり大社の本殿にも様々な縄文文様が施されていたのでは?と想像します。


出雲大社本殿の復元模型


今日見るような白木の簡素な外観は伊勢神宮を連想します。近世になるほど出雲から大和、そして日本へと統一、飲み込まれていき、やがて大国主は埋没神になったのかもしれません。 古代の天皇は「スメラミコト」と言われ、スメラは「統べる」の意味で統治の主体、また一方で「素メラ」とも読め、これは今日の京都御所に代表されるような、白木造りだからこそ感じる「素」の世界、、気が生きている空間が祭祀尊・天皇の住まいとして相応しいと、現代まで引き継がれてきたものだと思います。

「牙を抜かれた出雲の国津族、大国主尊」。でも、それが結果的に現代の日本を形作ったものであり、先の出雲国造の千家へ降嫁された高円宮家の女王・典子様は改めて天孫と国津神の融和を再確認したものである、と思うのは私の勝手な解釈でもありますが。


DSC_0092.jpg



話はまた戻りますが、大社を取り巻く街並みは時々時間が止まったような古い味のある町屋がありますが、今一、統一感がなく勿体ない気がします。大社のお膝元なのだから伊勢でいう「おかげ横丁」のような民芸風の街並みに味どころ、老舗の品、名産品、歴史や人情が体験できる、とにかく、食べ歩きやショッピングができる参拝客の集客施設が必要だと思います。30年前、伊勢神宮を参拝したときはおかげ横丁もなく地味で今のような活気はありませんでした。やっぱり参拝の後の精進落としじゃないですが、開放的な気分になれるエリアが必要なのですよね。一応、大社門前に「ご縁横丁」がありますがまだまだ規模が小さく特徴も今一つ、地元の商店街や自治体などの積極的な取り組みが今後の課題ですね。

また、大社、そして取り巻く外苑を始祖であるスサノオ、そして大国主のもっと豪気で猛々しいほどの「八雲立つ 出雲」を作り上げてほしいですね。白木造ばかりでなく赤い漆を使って様々な文様、彫り物を社殿、荒垣、外苑に装飾し、出雲にしか出せない風土記の世界を蘇らせてほしいと思います。

なんか、山陰の旅というよりも出雲大社の話に集中してしまった・・・。まだ、後に津和野、萩、と続くのに、このままではエンドレスになってしまう・・・。気楽な旅の記、ショートにしなければと思うのですが、あぁ、大社の近くには日御碕神社もある。どうしよう?どこで終わるんだろ? 我ながら心配。

ほかにもエッセイとか短歌の未完成稿もたまってるし、肝心の3Dが遠のいてしまう。この窮状を息子に「どうしたらいい?」と聞くと「自分のブログなんだから好きなように書けば」との返答。確かにそうだ、正論に尽きる。はっきり言って息子の方が私より賢い。親としては嬉しいけれど、しばらく経つとまた迷いが生じる。あぁ、助けてください。当ブログを読まれる方は何をみたいのか?やっぱり3Dかな?。どなたか聞かせてください。  
 




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コメント

NoTitle 

出雲大社の記事、楽しく読ませていただきました。

最近は山陰も人気がある、と思っておりましたがやはり門前町の整備についてはまだまだ考える必要があるかも知れませんね。

出雲大社も神仏習合によって天台宗の管理下に置かれると、山王神道の影響を受けて祭神がスサノオに変化する等紆余曲折もありましたが、こうして現在まで命脈を保っている姿を見ると嬉しいものが感じられますね。

ちなみに島根県は二国から構成されていて関係も微妙ですが、個人的には旧石見は親大和だと思っています(旧石見人的見方 笑) 石見国の一宮が物部氏なのが何よりの証拠だと思います。
  • taka 
  • URL 
  • 2017年09月23日 10時08分 
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