3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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建築雑感 都市の境界というもの。   

つい8日、我が家の飼い犬が死んでしまいました。享年10才。
ペット(犬)の平均寿命が12~3才と聞いてますから、
ちょっと死ぬのが早すぎた・・・
人間で言うならば60才、還暦を迎えたばかりなんですよね・・・

翌日、棺桶の代わりにダンボールに入れて
火葬場まで持っていきました。
朝の9時、
火葬場はシーンと静まりかえっていました。
人間の火葬は10時過ぎからですからね。
この朝の静けさは何のしがらみもないペットを見送る時間帯のようにも思いました。

実は自分は個人的には猫が好きで、
家族で猫派と犬派に分かれていました。

見送った子は生まれつき皮膚が弱くて、
ずっと掛かりつけの動物病院にお世話になっていました。
お金のかかる子でした。
体臭もきつく自分は抱いてやることも少なかったです。
なのにエサや下の世話は自分がやっていました。

もう少し可愛がってやればよかった・・・・
と火葬場でお線香をあげながらそう思いました。

かつては我が家には四匹の猫と一匹の犬がいましたが、
これで猫の一匹だけが残りました。

その大切な一匹の猫、
かのエジプトのファラオが愛でしアビジニアンのメスです。
アビシニアンというと、
ピンッと立った長い耳と足が長くシャープな引き締まった体、
まさに凛々しいイメージですが、
うちのアビは本当にアビ?
と思えるほど、耳も長くなく体型もちょっとポッチャリで
唯一、毛だけがアビシニアン?
って感じの猫ですが、
これも飼い主である自分の管理不届きも原因ですから
反省しています。

そのアビが私の椅子の上で丸まって寝ています。
koyuri.jpg

毛並みが椅子と同色ですから気が付かないかも・・・?

私が椅子に座っているときはソファーで寝ています。
そうやって毎日が過ぎてゆきます。

さて、建築雑感?
という訳なんですが、
別にネタがないから書くわけでもなく、
ちょっと目の休憩もかねて、いろいろ思い巡ることを書いてみたいと思った次第です。

飼い猫のアビシニアンが雑感と何か関係ある?

それがあるのですよ。

ピラミッド

この写真わかりますか?
エジプトのクフ王のピラミッドを上空から見下ろした写真です。
ここが我が家のアビシニアンとのささやかな接点です?・・・強引か 笑。



そしてもう一枚の航空写真、
仁徳天皇陵

大阪府堺市にある仁徳天皇陵です。最近は大仙陵古墳というらしいですが、
私にとっては仁徳天皇陵です。

この二枚の写真を並べて何が言いたい訳?
もう、すでに、わかってみえると思いますが、

その違いは「境界線」。

ピラミッドがカイロ郊外にあるということは知っていましたが、
この上空写真でみると、
カイロ市街が間近に迫っていることがわかります。
西を見れば広大な砂漠のなかにギザのピラミッドがそそり立つ。
東を見ると大都市・カイロの市街、モスク、高層ビルがこれも間近に見える。

自分は行ったことがないので実感はわきませんが、
きっと現地に行かれた方は、
このピラミッドが砂漠と現代都市の狭間にあることに驚かれると思います。

ピラミッドから市街の端までは約500m前後。
今にも街に飲み込まれそうな感じですが、
写真で見るとおり、境界線を設け最低限でも半径500m内にはピラミッドの景観を損ねないよう
配慮がなされています。

すぐ回りを都市・住宅に囲まれたピラミッドなど想像もできないし、
絵にもならないですよね。

この500mの境界線がピラミッドを守っている。

一方の仁徳天皇陵。
陵の回りは濠(ほり)を隔てて住宅やビルがびっしり取り囲んでいます。

仁徳天皇陵は、墳丘の全長は486m、濠(ほり)を入れると約840m。
全国で第1位の規模の巨大古墳であり、
クフ王ピラミッドや秦の始皇帝墓陵にならぶ「世界三大墳墓」と言われています。
墳丘の平面規模でいうならば秦の始皇帝陵を凌いで世界最大の古墳です。

この仁徳天皇陵を「世界遺産」にしようとする運動が行われています。

その運動のなかのアピールポイントの一つに、
「市街地にこれだけの巨大な遺跡が残っているのは世界的に珍しい」。
「都会の中に、きれいに古墳がのこされています」。

はぁ?
というのが私個人の率直な感想。
市街地との間に緩衝地帯がなく、市街のなかに、いきなり古墳が現われる様は、
私にとっては「世界遺産」といえるイメージではないのです。

エジプトのピラミッドには砂漠が似合う。

だったら仁徳天皇陵には緑が似合う。

ピラミッドのように半径500mといわなくても300mほどでも、
広いグリーンベルトで囲んだら、仁徳天皇陵のイメージはだいぶ変わると思います。
それこそ自然と緑のなかに融和する日本らしい古墳になり、
古墳の価値そのものを高めると思います。

京都でもそうですが、
社寺等の観光スポットが現代的なビルや街並みのなかに面ではなく点として存在している姿は
正直、残念です。
せめて日本を代表する国際観光都市・京都であるならば、もっと市街地と調和した
日本らしさを出してほしいですね。
明治の先人は京都再生のシンボルとして平安神宮を建てました。
平成の現代であるならば、パリに凱旋門があるように、
京都に「羅城門」を再建したらいいじゃないですか?
何かことを起こそうというときは、
一つのシンボル・旗印が必要です。そこが意識を共有しあうイメージの源泉になるからです。

と、
ここまで書いたことは、
現実としては無理なことです(羅城門はあり?)。

私も一度、仁徳天皇陵を訪れたことがあります。
堺に住むブリーダーさんから猫を買うため堺市に行ったとき、
せっかくですから寄ってみたんです。
そのときの印象は、ホントに市街地のなかにあるなぁ。
入口、正門はどこだろう?
と古墳の回りを何度も車で迷ったことがあります。

ですから、
堺市のある河内平野に限らず、
国土の7割を山が占める日本において、
その都市部の郊外はさらに利用できる土地も限られていることは承知済みです。

余談ですが、

ブログでも書いている学生のころ旅した「ユーラシア大陸一人行」への
一つの動機が、「回りを見渡しても電柱一本ない、家もまったくない。しかも
それは山や高原ではなく平地で見てみたい」というものでした。
しかし、実際行って気づいたのは、大陸に無人の荒野があるのは当たり前であって、
日本のなかでこそ見つけて価値がある」。
それと同じように、西洋建築も本場のヨーロッパで見かけるのは当たり前であって、
日本国内に残された近代西洋建築に出会ったとき、実はその遭遇そのものに価値がある、
と逆説的な意味合いを感じました。

すみません、本文に戻ります。

いまさら、「仁徳天皇陵の回りの家に立ち退いてもらって、森と緑地帯
を設けてほしい」などと、そんな暴論は申しません。

ただ一つ言いたいのは、
戦後70年経った時の経過のなかで、
仁徳天皇陵だけでなく、その周りを緑の緩衝地帯で囲み、
一体となった環境都市計画を行ってほしかった、ということです。
70年前に遡れば遡るほど、そのタイミングはあったのですから。

ある意味、
これは戦後日本の都市計画、建築行政にも共通したものがあると思います。


それから個人的には、
仁徳天皇陵は現在進行形で皇室、天皇陛下のご先祖様に繋がる訳ですから、
「世界遺産」というと何か違和感があります。





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2017年5月8日更新

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