3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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「京都御所」というシームレスな存在




京都御所topjpg



今日は京都御所について書いてみたいと思います。
最近の報道によると、
京都御所の一般公開を通年化する。
また桂離宮や修学院離宮についても検討中とのこと。
すでに京都迎賓館は決まったようですね。

何というか喜ばしいですね。
いままで京都へ行っても、その中心である御所を参観できるのが、
年に二回のみでしたからね。
ただ観光客が増えるからその分防犯とか大事になってきますね。

さて、
今回の記事「京都御所というシームレスな存在」についてですが、

いままで京都に「かつて存在した」、「今も存在するけど盛時の姿ではない」、
そういった歴史的建築について3DCGを使っていくつか作成してきましたが、

その過程で「京都御所」の存在の素晴らしさについて、
改めて実感してきた思いがあるのです。
建築もそうですが、3Dモデルに使う素材・テクスチャから見た素晴らしさです。

タイトルにある「シームレス」とは、
端的にいうと「繋ぎ目」がない、ということですが、
これを3Dモデルに当てはめると、
たとえば建物の3Dを作っても、それだけではただのモノクロな物体です。

そこへ、壁なら漆喰のテクスチャ(素材)、屋根なら瓦や檜皮葺の素材を張り付けて
質感のある実体へと作り上げていきます。

そのとき、けっこう難儀するのが、
テクスチャの繋ぎ目です。
貼る面が長かったり大きかったりするとテクスチャのサイズは小さいですから
不自然な繋ぎ目が続きます。

繋ぎ目があるとリアル感が出てきません。
じゃ、テクスチャの色彩をフラットに?
そうすると、今度はただの「色」を張り付けることになります。
キャラクター系のモデルであれば、レンダリングして光沢のあるオブジェにすれば
それなりに見栄えしますが、
建築の場合はそうもいきません。
とくに神社仏閣のような古建築では、素材・テクスチャを「いかに本物らしく貼るか」、
それが重要な要素になっきます。

自分もそれを求めて、いろんな社寺や町家・屋敷、お城の写真を撮ってまわりましたが、
そのなかで一番素晴らしい素材として3Dに使用できたのが、
実は「京都御所」でした。

春と秋の一般公開に合わせて、
壁や屋根、建具はもちろん、
長押に使っている飾り金具とか御簾、
天井、床下の具合から階段の擬宝珠等など、
様々な角度から撮りまくりました。
警備の方から見ればかなり「怪しい奴」に思われたに違いありません・・・。

でもその甲斐あって、
素材として切り抜き、
モデルに貼ってみると、とても収まりが良い。
テクスチャに繋ぎ目が少なく、あるいはあってもそれが不自然にみえない。
逆に質感に陰翳さえ与えてくれる。
檜皮葺の屋根も、壁の漆喰も、うっすら赤身を帯びた檜の柱や梁も、
朱漆の柱も、
もう何もかも、というほど色合いも素晴らしい!。

こんな質感は、
京都御所以外では見つけることはできませんでした。
ですから自分の作品の多くに使っています。

日本の古建築は法隆寺に始って幾多の造形美に溢れた文化財が
残っています。
分けても歴史が古いほど建築的価値は高い面があります。
そういった中で京都御所は幕末の安政2年(1855年)に建てられた比較的歴史の浅い
建築です。
ですから建築史の側面に限って言えば、
あまりクローズアップされることはありません。

しかし、3DCG、
そのシームレスなテクスチャ、素材から見た御所は
限りなく技巧・練度の高い職人と選りすぐられた建築材料とで合作された、
おそらく日本の木造建築の最高峰だと思えてくるのです。


なぜならば、

屋根や柱、漆喰の壁でも
表面が滑らかで、
連続した均一な仕上げは
熟練した匠だからこそ出来るものであり、

テクスチャは小さな素材ですけど、
その均一な仕上げがあってこそ、
シームレスな表現もできます。

京都御所はそのシームレス素材の「宝庫」なのです。

京都御所内を拝観すると、
何とも言えない木造建築の持つ清浄感を感じます。
伊勢神宮にも同じ感覚を覚えました。

建物を見ていると御所の造作に携わった大工・職人さんたちの
並々ならぬ意気込みと真摯な気持ちが何となく伝わってきます。
一つ一つの細部が手を抜かず完成度が高いのです。

これも「天子様の御所」だったからでしょうね。

現在の御所は幕末の安政2年(1855年)に建てられましたが、
幕末ということもあり短期間で完成しました。

建設に携わった大工・職人の数は何と延べ1万2千人。
全国から集められたそうです。
自ら志願した人たちも多くいたと思います。
一世一代の大仕事ですからね。

当時の全国の人口が3500万人前後。

大工さんたち自身が全国でどれほどの数だったかはわかりませんが、
これだけ大勢の人数が集められたから短期間で完成したんですね。

それにしてもよくこれだけ集まったものです。

幕府の威信がかかっていた事もあったと思いますが、
この人数、意気込みを思うと、
ただ単純な威信だけではなかったのではないでしょうか。

幕府も普通に尊王だったから、と。

このエピソードを知るにつけ思うのは、
長州・薩摩も徳川幕府も、そのどちらも尊王であり、別に幕府が朝敵であった訳でもない・・・ということ。
長州は禁門の変で京の都を大火にし今も京都の人は長州人が嫌い?とか。
帝の目と鼻の先で長州は戦をしたのだから長州もやり過ぎ、本当に尊王?と思えないでもない。

しかし、当時、幕府、大名、志士の如何を問わず、
外国勢力の侵略・横暴からいかに日本を守るか・・・という強い危機感は共有していました。
幕府も薩長も近代戦を学ぶため米英仏から軍事顧問の招聘とかはしましたが、
お金を借りる、ということは絶対しませんでした。
相手に付け入るスキを与えますからね。

日本の歴史には、弥生と縄文人、天孫族と出雲族の融和。
そして明治維新の融和。
あの徳川家16代目の德川家達は貴族院議長を31年も務めました。
家達曰く「未だ徳川が政権に表立って関わるのは遠慮すべき」と言って、
けっして政治の表舞台にはたちませんでした。

日本にはそういった一つの融和の歴史があると思うのです。




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