3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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薩長同盟の締結地・近衛家別邸「御花畑」の場所がわかった!

現在、九条家のお屋敷の3Dを制作中ですが、
まだしばらくかかりそうです。
指図に基づいてますが、あくまで平面図なので屋根の仕様をどうするか?
また、指図の寸法も今でいう手書きの下書きレベルのもので、
柱間数だけ表記され柱間の具体的な寸法はわからない・・・
他の資料等参考に今、中心である寝殿を基準に屋根からもう一度作り直しています。

さて、今日は水曜なので別の記事をアップします。

題して、薩長同盟の締結地・近衛家別邸「御花畑」の場所がわかった!。

薩長同盟といえば、
慶応2年1月21日(1866年3月7日)に小松帯刀邸(京都市上京区)で締結された、
薩摩藩と長州藩の政治及び軍事同盟で幕府倒幕へと大きく舵を切るきっかけになった歴史的場面でもあります。

このとき、薩摩からは西郷隆盛と小松帯刀、長州は木戸孝允らが出席、議論を交わしましたが、
なかなか話が進みません。禁門の変ではお互い敵同士でしたからね。

そこで業を煮やした坂本龍馬が両者を仲介する形で、
盟約書に裏書を書き成立へと相成ったのは有名な話ですよね。

その締結の場である御花畑(小松帯刀邸)がどこに所在したのか、
つい最近とうとうわかりました。

2016年6月10日付の京都新聞によれば、
元小学校教員で歴史研究家の原田良子さん(49)が
明治初期の行政文書などから、近衛家別邸があった現在の上京区森之木町だと突き止めた。
との報道。

今まで、長年の研究により締結の場である小松帯刀邸が近衛家の別邸・御花畑であったこと。
場所も、「室町頭」あたりという地名までは究明されましたが、
あくまで推測で、その先の正確な住所については特定できませんでした。

原田さんは、室町頭が同上京区の室町頭町ではなく、室町通北端の鞍馬口通を示し、
西郷隆盛の文書に「御花畠水車」の記述があることなどを手掛かりに、
当時水路があった森之木町と推定。
昨年から京都府立総合資料館や京都地方法務局などで資料を片っ端から調べ、
同町内の近衛家所有地を示す明治4年の行政文書を発見。

文書には「北(鞍馬口通)間口四拾八間六寸、西(室町通)奥行三拾三間三寸」と記され、
総坪数(1796坪)や「瓦平家建」「瓦住居二階建」「土蔵」「瓦平家長屋」の記述も確認できた。
鹿児島市で開催中の企画展「幕末薩摩外交」で初公開された「近衛家別邸御花畑絵図」にも
森之木町の記述があり、水路の位置が別の古地図と重なることからも裏付けられた。

とのことで、
原田さんの長年の研究・調査によって解明された成果については、
そのご苦労に頭が下がるばかりです。

近衛家別邸(お花畑)
京都新聞に掲載された近衛家別邸「御花畑」の概要が分かる行政文書「貫属士族受領並拝借買得地一件」(京都府立総合資料館蔵)


で、
近衛家といえば五摂家、
公家の筆頭ともいえる家柄です。

公家のこととなると俄然興味が湧く「3D京都」管理人として、
その御花畑をはじめたとした近衛家の京都の別邸群を
さっそく調べてみることにしました。

今回、新聞でも紹介している御花畑の敷地図ですが、
念のため、以前ブログでも記事にし、
自分もコピーして持っている「華族建家坪控(京都府立総合資料館蔵)」
を改めて開いてみました。

そしたら、
新聞掲載の敷地図及び面積坪数がまったく同じの敷地図を発見!

というかまったく同じものです。
貫属士族受領並拝借買得地一件も華族建家坪控も
出本は同じ京都府立総合資料館ですからね。

その自分のもっている御花畑の敷地図をアップします。
大きいサイズなのでわかりやすいと思います。

近衛家御花畑邸敷地図


どうでしょうか?
同じですよね。図の左右のつなぎ目は雑ですけど・・・・

敷地は1796坪。
平屋瓦葺き住居が304.5坪。
二階瓦葺きが10坪、
土蔵9坪、
湯殿・雪隠(トイレ)が23坪、
瓦葺き長屋が162坪、
門三ケ所で3.7坪、
番所8.7坪、
納屋3坪、
お社6坪、
しめて約530坪。
と詳細に記載してあります。

幕末だけに屋根はほとんど瓦葺きです。
公家屋敷らしい檜皮葺・杮葺き等はないですね。本邸でもないし。
二階10坪は多分物見だと思います。
お社が6坪とは立派ですね。
しかも島津家と同じ稲荷信仰。

近衛家と島津家は昔、近衛家の所領が薩摩にあったことや、
婚姻等を通じとても親交のあった関係です。
あの13代将軍・徳川家定に嫁いだ篤姫も、
ここ近衛家の娘(養女)として徳川家へ嫁いでいます。

敷地内の屋敷の間取り図は残念ながらありません。
ですからどこの部屋で談合した?
と思いをめぐらすのは難しいかな・・・・

でもそれでは寂しいですから、
御花畑ではないですが別邸の一つである堀川邸の間取り図をアップします。
御花畑とほぼ同規模の敷地ですから、
摂家の近衛家の別邸がどんなものか?
また御花畑をしのぶヨスガにはなると思います。

近衛家堀川邸指図


近衛家には他にも別邸・下屋敷があります。
本邸も含め5邸以上あると思われます。

その別邸位置図もアップしますね。


近衛家屋敷案内図
近衛家屋敷位置図

江戸時代、幕府及び禁裏の御用大工だった木子家に伝わる木子文庫(東京都立中央図書館蔵)のなかに、
「間尺坪書」という文書のなかに近衛家の幾つかの別邸の規模が記載されていますので紹介しますね。

御所の南東・鴨川沿いにあった「河原邸」は下屋敷的存在で、
敷地面積は約2967坪。広いですね。ここはご隠居様とか暮らした模様。
夏は鴨川で夕涼みしたことでしょうね。

御所の西の堀川邸は1481坪。

後、御所の南、三本木と言われる地域に、
128坪、197坪の各屋敷も、
ここは小さいので家臣用の控家?
それとも、可哀想に部屋住みの次男坊以下のお家?
それとも勇退した御局様の家?
いろんな想像ができます。

ほかにも御所の北西にあった桜木邸。
敷地は1386坪。
ここは糸桜の美しさで知られた邸だそうで、
邸名の由来もそれにちなんだものです。
同桜木邸の敷地は極めて不整形な敷地で、
まるで髭のような狭い細長い敷地が東西南北に伸びています。
きっと町屋の土地を買い足していった結果なんでしょうね。

現在、愛知県の西尾市の西尾城跡の公園に、
同桜木邸の一部が移築保存されています。むくり屋根の瀟洒な屋敷です

その写真もアップしますね。
近衛家別邸
(近衛家桜木邸の移築遺構)

後、一つ面白いのが、
「進藤左馬守殿柳之図子屋敷」で、
面積は1328坪。
進藤家とは、
近衛家の筆頭諸大夫で大名家における筆頭家老と同じような身分です。

その、多分、進藤家が任され管理していたと思われる敷地内には
複数の店子、いわゆる借家人の名が記載されていて、
進藤さんは今でいう近衛家代理の大家さんという立場。
近衛家も不動産投資で稼いでいたんですね 笑。

これも不動産物件かもしれませんが、
「九条様三本木御屋敷」というのもあって、
ここが1932坪、
多分、九条家に賃貸していたのでしょうね。

で、今回の御花畑屋敷が1700坪。

そうそう御所近くの今出川本邸は敷地約7589坪、
さすがに広いですね。
また瓦葺き以外の杮葺きの建物も317坪もあって
さすが摂家。
優雅な寝殿造り風の建物があったんでしょうね(幕末は摂家も復古様式に拘りました)。

以上、ざっと挙げてみました。

「華族建家坪控」の方も確認しましたが、
こちらの方は敷地名称がなく坪数だけなので挙げるのはやめました。
また、間尺坪書と重複している土地もありますし。
ただ、華族建家坪控については明治初年に政府の上地令に基づいて申告した不動産名簿で
面積的には幕末もっとも正確な文書と思われます。

もっとも、上地令前に処分した土地も多分あると思いますので、
江戸時代を通じた増減等考えると、
実際のところ明確にはわかりません。

とりあえず所在及び名称のわかるものについて列記しました。

それにしても、
近衛家はたくさんの屋敷を所有していましたね。
さすがというか、
当時、実高は1万石を超え、さらにいろんな副収入もあって
公家のなかでも特に裕福だったと思われます。

公家のなかでも、摂家は特別ですが、
他の一般公家においては吉田家のように
全国の神主の任命権をもつ裕福な家もあれば、
蔵米30石とホントに体面も保てない公家もいて、
公家といっても一くくりにはできないなぁ・・・、と思っています。

以上、近衛家に関する「お家の事情」でした。




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