3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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「あさが来た」のモデル・広岡浅子の生家へ行ってきました!?

今頃、なんで「あさが来た」?
第156話の4月2日(土)に最終回の予定なのに・・・
後。半月しかない・・・
もっと前からブログに書いてれば家の3D化もできたかも?

一つに最近めっきりブログアップしてなかったので帯広告が出現してしまった。
「記事アップしろ」のfc2さんの催促のイジメ?ですよね。

あの、言い訳がましいのですが、
昨年末から古くなった実家の家の解体と家財の整理と廃棄、
そして工務店さんとの見積もり、そして施工・新築、で、今まで住んでいた別宅から実家へ引越し、
そこでも家財の整理・廃棄といざ引越し、
そして実家に移した家具・家財の整理と設置、倉庫も・・・
で、追加で必要な家具や生活用品の購入、家具の組み立て、
登記手続き・・・等々、疲れました。
もう引越しは二度といやです(まぁ絶対ないですけどね)。

ということで毎回出る広告には閉口し、
何か書かなければと思案していたら、

「近世京都の町・町家・町家大工」(日向 進著 思文閣出版)という本の中に
江戸時代の三井家本店の指図発見!(クリックするといずれも拡大します)

近世京都の町・町家・町家大

広岡浅子の生家は三井家だし
浅子と結びつけて書けば丁度いいじゃん。
と書くことにしたのですが、

実は浅子の生家は
中京区衣棚通夷川下る大恩寺町にある三井越後屋の本店ではなく、
(現在、跡地に三井越後屋京都本店記念庭園記念庭園がある)。

三井越後屋京都本店記念庭園


現在の油小路通出水の「ルビノ京都堀川」という公立学校共済組合宿泊所の施設がある周辺が
出水三井家(後の小石川三井家)の跡地、すなわち浅子の生家でした。
今は何も残っていませんが(一部、灯篭の名残が残っているとも)、
最も盛時の明治以後は敷地が1389坪、
建物は木造瓦葺が7棟延べ333坪あったとされます。

三井家地図

ですから厳密に言うと、
浅子の生家は本店(本家)ではないのですが、
きっと本店にもあいさつや遊びに行ったと思います。

本家の家の指図を見れば、
浅子の生まれ育った、
京都の大店の町家がどんなものか?
わかると思い、
半ば強引に結びつけて
「あさが来た」のモデル・広岡浅子の生家へ行ってきました!?・・・としました。

ただ本店は今でいう大手の本社にあたり住み込みの手代等の使用人を除き
三井家当主等の家族の居住スペースはありませんでしたが・・・。
まぁ参考までに・・・ということで。

さて、浅子の家系に簡単に触れると、
広岡浅子


三井越後屋の創業者は、三井高利です。
伊勢国松阪の生まれで、若くして江戸にある兄の店で働き始めます。のち、松阪に戻って妻を迎え、
呉服・両替店を営み京都一の大店へと繁栄しました。子供は、なんと15人もいたそうです!
52歳になった延宝元年(1673)、室町通蛸薬師にて仕入店を開き、
後に室町通二条の場所、冷泉町へ移転。
ここが代々の本店となりました。

浅子の父三井高益は創業者の高利の九男高春を祖としその六代目。三井十一家の内の一つ小石川三井家
と呼ばれました。

浅子の事績はいまさらですから省略。

本家・本店の指図、間取り図から見えてくる
浅子と同時代の江戸期の京都の大店の様子を
覗いてみたいと思います。

内容は、多くが日向 進さんが書かれた「近世京都の町・町家・町家大工」からの
抜粋・引用なので、
同書の紹介と思っていただければ結構です。

まずその本店指図の紹介です。
三井本店指図

本店一階間取り図


その建て図
表側建絵図



さらに屋根の伏図


三井本店屋根伏図



同指図は天明八年(一七八八)の大火後に描かれたもので被災時、土蔵の一部を残して全焼したそうです。
ちなみに当時、火事から財産をどう守ったかというと、
三井家の場合、
土蔵は目塗りをし、銅道具は泉水に、台所廻りの什器類は井戸に投げ入れ、
台所の大小の釜や鍋には水を張り、大石や溝石には畳を重ねて、
融解、破損に備えたとのこと。その効あって各種の帳面類もほとんど無傷だったとのこと。

敷地のサイズは?
再建された京本店の敷地ですけど、
店の正面・表玄関にあたる室町通側(東向き)が間口18間(京間)で換算すると約35m、
奥行きは裏玄関ともいえる西側へ一つ隣の衣棚通りまで通しの敷地で約32間の63m、
衣棚通り側間口は北向きに鍵の手にずれているので何ともいえないのですが、
ざっくり正面・表玄関と同じ18間とすると、
延べ面積668坪ほどになる計算。
明治以降になるとさらに1000坪近くほどに拡張したそうです。

京の町家についてよく「ウナギの寝床」といわれますが、
その通りに面した間口は平均3間、約5m前後。
ですから三井家本店は一般町家の6軒分にもあたる
長い間口を有していたのです。

京の町家絵図

京都文化博物館刊行「京の江戸時代」から引用。


ちなみに一間の長さですけど、
明治以降の度量衡法では現在まで1.82m
一方、京間は1.969mで、
その差14.9cm。
ですので18間ともなると差が3m近くなり、
今回もその定義においては自分自身も混乱気味で書いたので
その点はご容赦。
建坪と内部は?


三井本店指図+説明


次に建坪の方ですが、
玄関表方が212坪で室町通側に四つの門口があり、一部の門口は裏玄関にあたる
衣棚通りまで通り抜けれるようになっていました。
門口の間にはバッタリ床几といって上げ下げできる腰掛(ベンチ)があってお客さんが
そこで買物できるようになっていました。

一階の店内は業務別に分かれていて、
お金(両替)を管理する通帳場・金方等の表、
呉服関係の縫い・染め・裁縫などを行う作業現場は中央、
そしてその周囲には買い物方や販売関係の店頭窓口部門が配置されていました。

さらに奥へ行くと会所があります。
社長室兼応接室みたいなところで
常には大番頭が常駐していました。

間取りは西へ四間続き
奥正面には床の間、左右には違い棚と付書院を配した
本店で一番りっぱな区画でした。
ここで大名の京都留守居役や幕末の志士、新撰組?
たちがお金を借りたり、返済の延長、棒引き?
とかしていたんでしょうね。

これら一階部分は幾つかのコノ字型の土間と縁側があり、
坪庭と採光、各部署への出入り口として活用されてました。
二階は?奉公人の数は?

三井本店二階指図


二階は総畳数が148帖で床面積約70坪前後ですね。
ここには奉公人たちが居住し、
手代80人、丁稚小僧52人、裁縫等の職人5人、賄いなどの下男17人、
合わせて154名もの店員たちが住み込みで働いていました。
しかしこの大人数だと一人あたり1畳ほど。
そんなスペースで寝れるの?
タコ部屋じゃん!

か、交代勤務?
とにかく狭いのは確か、
奉公もたいへんですね。

全体の建坪は、指図から概算すると、
一階が床面積370坪前後、
それに二階や蔵など含めると
全部でざっと630坪前後ですね。

これを幕府旗本と比較すると
敷地は旗本500石取りの武士と同クラスレベル、
建坪は600坪前後は旗本1000石取り以上クラスとほぼ同規模
ということになります。
三井本店は敷地いっぱいに建物を建てていたことがわかります。

ちなみに今も唯一残る公家屋敷の冷泉家の場合、
敷地は500坪。蔵なども含めた延べ建坪は約290坪。石高は300石でした。
旗本の500~1000石取りの中間な感じですね。

公家の最高位である摂家、とくに九条家など
敷地1万坪、建坪は4000坪もありましたから摂家は別格、
九条家は幕末で3700石でしたから、
石高の割りに屋敷がでっかいですね!

実は摂家にはまさに打ち出の小槌のような
集金、お金の集まる別収入システムがあったんです。

その中身は?
またの機会とします 笑。
総工費は?

後、この三井本店の天明大火後の
再建にかかった総工費はざっと792貫。
一貫を現在の銀価格で計算すると約110万円、
で110万×792貫=約8億7000万円になる計算。
坪あたり138万円。
この金額が高いかどうか?

日向 進さんの著書によれば、
三井本店の総工費は
京の規模も大きくかつ上質な町家の20軒分に相当した、とのことで、
約8億7000万円÷20軒で1軒あたり4000万円。
まぁ、現在でいう高級住宅なら4000万円は妥当かなと思います。
ので8億7千万は正解にします 笑う。

大工さんの日当は?

そうそう建築に携わった大工さんたちの日当ですが、
一日/3.42匁、これも銀換算すると1匁=1100円。これに3.42をかけると約3800円。
これが一日の日当。
ただし同三井本店の場合は規模が大きいのでお安くしたみたいです。
江戸期を通じた一般の大工さんの日当は日/4.3匁、4.3×1100円=4730円(日あたり)。
さらにこれを8Hで割ると591円。
バイト時給より安いですね・・・
建築に携わった大工・職人の数は?
最後に付け加えると、
この三井京都本店の建築に携わった大工・職人さんの数はざっと75人ほどだったそうです。
総工費に占める人件費の割合は42%ほどだったそうです。

ふぅ・・・久しぶりに頭の計算をしました ヤレヤレ。

何かこれでタイトルの「あさが来た」のモデル・広岡浅子の生家へ行ってきました!?」に結びつくのか
はなはだ疑問を感じてしまいそうですが、
どうかそのへんは大目にみてください、ね。



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