3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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一輪挿しの文化

花一輪、
床の間に据えた「一輪挿し」の文化とは何だろう?

花は一輪よりも二輪、
より多い方が綺麗で華やかだ。
そう思うのが普通の感覚だと思う。

でも「一輪挿し」を、余分な物を省いた、より純化された象徴美として
捉えた人がいた・・・・

その人は千利休、
利休以後、日本の文化は目に見える美から、見えない内面の美により価値を見出すようになった。

利休

元々、日本にはその素地がありました。

室町の世、
世阿弥が大成した「能」は、
面を被り顔を隠した。その代わり三千の表情を見る側に伝えることができる。

能面

松尾芭蕉は、短歌よりさらに短い「十七文字」という限られた文字を使って、
読む人に、やはり三千の想像と詠嘆、余韻を与えました。

古池や 蛙飛びこむ 水の音

この句を読むと、人の気持ちというものは、
雨に打たれた水溜りの波紋でさえも、
時に感動を呼び起こしてくれる・・・繊細で気まぐれなんだなぁ・・・と思う。

「余分な言葉はいらない」。

今回は、日本の文化史において、
利休の表現した「一輪挿し」の美について、
後世の日本に与えた正と負?の面について、
自分なりに考えてみたいと思います。

室町中期(1400年代後期)、足利義政の東山山荘には
当時の文化人である公家、禅僧、そして武士や商人が集い、
現代まで規範とされる床の間・違い棚、畳、襖・障子などから構成された書院造りの創始、
それから、わび茶の創始者とされる村田珠光等による茶道、そして香道、華道、連歌などの芸能、
また五山文化の影響も受けた枯山水の庭などが勃興し、今日まで大きな影響を与えてきました。

その東山文化のキーワードは「枯れ」と「わび」。

そして、枯れとわびを茶道を通してより深化されたものに大成させたのが千利休といわれます。

戦国時代、とくに信長は茶の湯を愛好し大名・武士たちにも盛んに勧めました。

血の気が多く暴力的で無教養で無骨な戦国大名たちに、
しばしの心の落ち着きをもたせるためでしたが、
天下統一後の武から文治への転換、大名統制、牙抜きの要素もあったとも考えられます。

信長、秀吉の茶道政策の推進、
その中心者として選ばれたのが利休、
彼自身、身長が180もあって当時としは巨漢の体躯でしたが、
狭い茶室で、その彼が放つ威圧感と静謐なわび茶のもてなしと礼法、味わいのある薀蓄、
当時接した大名など客人は、きっと不思議な感覚を抱いたことでしょう。

閑隠席

実は利休は単なる文化人ではなく、
屈強な武士の側面もあったからこそ秀吉に信頼され、大名にも一目おかれたと思います。

また当時、「内々のことは利休を通して秀吉へ」という裏・フィクサー的権力者の面もありました。

利休はなぜ秀吉に切腹させられたのか?
諸説ありますが、
自分的には、裏の権力者とし大きくなりすぎた利休への警戒感、
秀吉の求める茶道、意向にも従わず、あくまで自分の茶道流を押し通したこと、
いわば秀吉は俗世の権力者ではあっても、茶の道を極めた利休の心までは支配できなかった。

そんな両者の相克があったと考えています。

そして、記事タイトルの「一輪挿しの文化」。

この一輪挿しに関わる朝顔の花の挿話は利休の芸術観を知る上で有名な話です。

朝顔の一輪挿し(谷塚のツボねさん)
(谷塚のツボねさんのブログから拝借)


利休の屋敷の朝顔の花壇が素晴らしいという噂を聞いた秀吉は利休に見せてくれるよう頼みます。
では、明日と応えた翌日朝、
利休の屋敷に行くと、楽しみにしていた朝顔の花壇には一本の花もない。
戸惑う秀吉を利休は茶室に案内、すると、そこに秀吉の目に飛び込んできたのは、
たった一輪挿しの朝顔。
利休は、その朝、最も美しい朝顔一輪だけを摘み取り、後は全て切っていたのです。
群生した華やかな朝顔ではなく、一輪の朝顔だけで深い美を表現した利休に、
秀吉は「さすが利休」と褒めたたえ、利休の名声はより上がった・・・・という内容です。

でも、豪奢を好む秀吉が本当に美しいと思い、利休の芸術をどこまで理解したのかはわかりません。

でも、この挿話は利休のわび茶を象徴する出来事として、
世に喧伝され後世、現代まで有象無象の影響を与えてきました。

ここからは、まったくの私観ですが、

この一輪挿しの朝顔こそ、龍安寺の石庭と並び
近代まで、我々日本人の芸術・文化を、
心で、内面で感得するものとして捉え、その禅問答のような曖昧さに真善美を求めた、
その一つのきっかけになったと思っています。

現代、茶道を始め華道、書道、能・狂言、浄瑠璃、諸武芸などの伝統芸能は
普段の生活のなかで関係する人以外は接することは少ないと思います。

なぜでしょう?

思うに、これら伝統芸能の呼び方が「○○道」と名称の語尾に「道」が付くことからも
推測されるのは、
日本芸道は、個人、自分と向き合う道であり、
集団のなかで磨くことは二義的な要素が強い。

たとえば海外でもスポーツとして認知されている柔道や空手、剣道もいずれも基本・個人の競技であり、
サッカーや野球のような集団で競い楽しむスポーツではありません。

集団よりも自分の道を極める・・・・
これは一輪挿しの朝顔にも通じる、自己感得、鍛錬、求道の道であると言えます。

明治以後、西洋文化の流入により日本の大衆文化はより多彩なものになってゆきました。

現代においても、とくに若者の間でのネットやソーシャルゲームなど新しい文化が
次々と集団のなかで生まれています。

日本人は本来、個よりも集団を好み、集団=大衆文化のなかに安住を求めます。
あの「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の集団心理です。

この集団心理は、
上述した自己と向き合う一輪挿し、芸道の世界とは、
間逆の世界です。

大衆文化は見てわかり易いもの、遊んで楽しいもの、華やいだものを求めます。、
一方、一輪挿しの文化は明確な定義がなく、心で感じ取るにはそれなりの精神の修養が必要でした。
この日本文化の落差、二重構造の隙を突き、明治以後、西洋文化があっという間に普及。
今日、普段の生活スタイルはほとんど洋風化されています。

日本の伝統芸道は文化財としてしか生き残れないのか・・・?

文化は深化すればするほど世間とは乖離してゆきます。

日常を離れ、京都へ行くと雑然とした街並みのなかに、
忽然と現れる「枯れ」と「わび」の聖域に足を踏み入れることがあります。
とても静謐な気持ちを抱きます。

利休以後、
日本の文化はより深い精神性を求めました。
それは、年齢を重ねるに連れ熟してゆく「老成文化」でもあったと思います。

歳をとらないとわからない?

それでは目まぐるしく変わる現代は受け入れる時間も余裕もなくなってしまう・・・。

近代において、形骸化していた装飾を廃し、余分なものを除き、過去の規範に捉われず、
より機能性のあるシンプルさに美を求めたモダニズムの勃興、

実はそのモダニズムを300年も前に、
すでに利休が体現していた。

言いたいことは、
「利休さん、あまりにも深い精神文化を大成し過ぎたよ。だから皆な付いて行けず
大衆文化と断絶してしまったよ」と。


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