3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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京都盆地を3Dで再製作してみました。

前回、金閣の動画を作ってみましたが、その後の金閣北山第の全貌も作ってみよう。。。という無謀なことを今も考えていますが、そのなかで北山大塔=七重塔が出てきますが、

じゃ、七重塔なら相国寺七重塔を作って北山第に転用したら都合いいや、などと不届きなことを考えていたら、

そいいえば相国寺七重塔は高さ109m(相輪含む)で歴史上京都一の高さ、
だったら、京都盆地に屹立する様を作ってみようという。。。流れのなかでタイトル通りに「京都盆地を3Dで再製作してみました」ということになったのです。

再製作というところがミソで、ブログ初期に作った3D地形は、ただ単に表面を一面の芝生で覆ったモンゴル草原のようなもので味も素っ気もないものでした。

恥ずかしながら初期の京都盆地の有様です。(以下、何れもクリックすると拡大します)
京都盆地3Dモデル(旧)

で、今回、新しくお色直ししたのがこの盆地。歴史の舞台です。

南から見た京都盆地 

田んぼも畑も川も草地も山も森も巨椋池も、そして平安京の規模を示す白線も、京都南部や鳥羽、難波などと結ぶ幹線道路であった「鳥羽作り道」も白線で示してみました。

個人的には田んぼの素材、テクスチャ、色合いが気にっています。

時期的には平安京前夜のころですね 笑。

そのころ盆地は、賀茂氏、秦氏などの有力豪族がひしめていましたが、時の桓武天皇に譲る形で都移りしました。
なんでも秦氏など自分の住んでいた一等地を天皇の住む内裏に提供したとのこと。

賀茂氏は秦氏とは婚姻関係で結ばれ、両氏とも、葛野大堰の築造などの土木工事で京都を沼地から豊か穀倉地帯に変えました。賀茂氏といえば、神武天皇が紀州で道に迷われたとき道案内したヤタガラス(カラスに化けた賀茂建角身命)が先祖といわれ、あの安倍晴明のルーツも賀茂氏です。

盆地自体の3Dサイズは南北20キロ、東西16キロの実寸1/1です。あくまでパソコンの仮想空間のなかでの距離感ですが、他の建物や人物等で比較したとき、その大きさ、距離感が実感できると思います。

この20×16キロの範囲内には北は三千院のある大原、東は山科、西は嵯峨野、平安時の葬送場だった化野、南は摂津-大阪と境を接する大山崎の男山(石清水八幡宮)、そして盆地を取り巻く山々。

一応、盆地全域を網羅し、様々な興亡を繰り返した京の都の歴史がスッポリ納まると思います。

ちなみに盆地の一番低い標高は40m。比叡山は846mですから約800mの高低差があるわけですね。

この京都盆地の広さは、当時の人口には調度よかったサイズの気がします。

実際の航空写真と3D地形とを見比べた上空写真です。
京都盆地航空写真

そして3D地形
京都盆地3Dモデル(新)真上

どうですか?大体似ているのでは? と、自己満足です。

俯瞰すると一番違うのは巨椋池の存在です。今は干拓され存在しませんが、昭和初期までは湖面を揺らしていました。南北に3キロ、東西に4キロ、周囲16キロの広さがあり池というよりも湖ですよね。ただ水底が浅く昔から掘削されたりした歴史がそう呼ばせたのでしょうね。

池は昔からの水上交通の要所であり、漁場であり、鳥羽離宮に代表されるような風光明媚な地でもありました。


かつての巨椋池の地理図示です。
小椋池図 

そして、古写真。どこか懐かしい風景ですね。
小椋池風景


これら二枚の図、写真は、洛雅記(らくがき)さんのHPから引用させて頂きました。


そして私めの巨椋池の水面越しに見た京都盆地です。
小椋池の水面越しの京都盆地


もし京都盆地に適度な距離にある巨椋池や嵯峨野、西の京、宇治、鳥羽、岩倉、大原などの郊外の里、遊楽の里、隠遁の里、鷹峯のような文芸、工芸の里、そして京の都ならではの鄙びた里山の風景がなかったら多彩な文化は生まれなかったかもです。

さらに多くの寺社を包み込む東山の適度な高さ。

それらが京の人たちの心を和ませてきたことでしょうね。

でも、それら原風景は、今、ほとんど過去のものとなっています。

そんなとき、京都の航空写真を眺めると、いつも気になる場所、ポイントがあります。
それは嵯峨野のごく一部の田園風景です。
嵯峨野航空写真

広沢池から嵯峨大覚寺へ向かう途中の里山ですが、ここだけ、まるで時を忘れたかのように昔からの大小様々な形をした田畝が広がっています。そして、それら田を結ぶ緩やかな曲線のあぜ道が続いています。

きっと、嵯峨野の風景を愛する地元の方、あるいは行政?が残してきたのでしょうね。

現代は圃場整備により山地を除きほとんどの田が四方形に整理されていますが、農作業の効率性からみれば当たり前のことで、嵯峨野の不等辺な田に美と郷愁を感じる自分は、懐古趣味そのもので怒られてしまうのがオチですが。。。

でも、ほんの少しでも嵯峨野に残してくれた事はありがたいなぁ。。。と思います。

幕末、日本を訪れた外国人が等しく日本の里山風景を賞賛していますが、

このモザイクのような田とそれを縁取るあぜ道、炭を焼くための落葉樹の森と草葺屋根を葺くための茅やススキの原。

それらがきっと心を打ったのでしょうね。

せんないことですが、そんな、かつてあって美を追い求めているのが「3D京都」の管理人です。

現在の巨椋池の姿を上空から眺めてみます。
小椋池跡


きれいに田が並んでいますね。

さて、せっかくですから京都3D地形を複数の角度からアップします。

まず北から。平安京の大内裏からまっすぐに伸びる鳥羽の作り道、緩やかに降下してゆく盆地、その果てには巨椋池、石清水八幡宮のある男山がみえます。
なんか3Dで表現してみて、この角度から見る盆地が一番雄大な感じです。
北から見た京都盆地

そして東側からの盆地、
東側から見た京都盆地

ここからも何か雄大な感じです。


西からです、
西側から見た京都盆地


さらに、自分的には山や地名を読むのが好きなので、上空から見た盆地の山名と標高、地域名や河の名称等を掲載します。
京都盆地3Dモデル(新)真上+地名等


後、少々、歴史的に見た上空からの盆地。

平安京の形と規模、秀吉の築いた御土居の形、そしてそれら京域に入るための「京の七口」。
大内裏と京の七口


京の七口とは、京につながる街道の代表的な出入口の総称で、

鞍馬口:鞍馬に至る鞍馬街道がのびていました。

大原口:八瀬、大原を経て朽木、若狭につながる若狭街道がのびていました。

荒神口:北白川から、崇福寺に通ずる志賀峠を経て、琵琶湖・西近江路へとつながる山中越の道

三条口:東海道・中山道がのびていました。

伏見口、五条口:豊臣秀吉が開いたといわれる伏見街道が伏見へとのびていました。
御土居の出入口が設けられたのは五条大橋西詰のあたりである。

竹田口:竹田(京都市伏見区)を通り伏見港へとつながる竹田街道がのびていました。 

東寺口、鳥羽口:山崎、西宮を経て西に続く西国街道、鳥羽を経て淀に至る鳥羽街道がのびていました。

丹波口:亀岡から丹波に続く山陰街道がのびていました。

長坂口、京見峠を越え杉坂に至る長坂越がのびていました。そこから周山、若狭へと道がつながっており、周山街道(現在の国道162号)が開通するまでは、こちらが周山へと向かう道であった。
御土居の出入口が北区鷹峯旧土居町にありました。

等がありました。
これらの口、出入り口は、秀吉の御土居の整備とともに確立してゆきました。

さて最後に一言、
以前、奈良を訪ねましたが、
やぱりというか奈良の地は伸びやかで若草山に代表される万葉の香りが」しますね。広さも京都盆地より広いですね。
もし住むのだったら奈良県が一番安全なような気がしました。
なんといっても世界一古い法隆寺があるのですから。
裏をかえせば、比較的、天災の少ないところなんでしょうね。

なのに、なぜ京都に遷都した?

水運の便がない?
南都仏教から逃れるため?
まだ手付かずの沃野だったから?
難波では防衛上心配だっから?

等々、いろいろ考えられますが、

思うに京で生まれた雅さと侘び、寂びの文化は
奈良では生まれなかった気がします。

日本独自の文化がより確立したのは、天神様で知られる菅原道真の遣唐使の廃止以後、大陸との関係が薄まるにつれ国風文化が生まれていった経緯があると思いますが、

京都はそれだけの文化を生み出す風土と千年という時の永続性が成したものではと思います。



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