3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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公家・清閑寺邸の3Dが完成しました。

公家・清閑寺邸の3Dがやっと完成しました。
途中、いろいろ横道(パーツ作り)に逸れて遅れてしまいました。

ところで、なぜ、公家屋敷
と思われる方もいると思うので自分なりに理由を書きます。
というかはっきりとした理由もないんですが^-^。

まず、希少性です。
江戸時代、侍はイヤというほどいました。
従って住んでいたお屋敷も全国たくさんあって、今でも中・下級武士などの屋敷遺構が
あちこち残っています。

しかし明確な形で残っている公家屋敷の遺構は冷泉家だけで、しかも公家は京都だけの存在です。

TVや小説などで武士や戦国大名とかは盛んに取り上げられますが、公家が主人公の時代劇など、まったくと言っていいほどないです。たまに登場する公家も鉄漿(おはぐろ)を塗って、おカマっぽく、しかも陰湿で、武力もなく他人の褌ばかり借りて生きている・・・そんなマイナーが描かれ方がほとんどです。

本来なら、平和を求めるなら武士よりも公家を描く方が当然だと思いますが、
絵的に、たとえば戦国時代の血肉湧き立つ合戦の方が面白いってことなんでしょう。
けど、合戦(戦争)など、決して良いことではありません。今でも家の近くに南北朝期の騙されて農民に殺された武士の霊を慰める祠がありますが、未だに、そこの周辺は人家もありません。祟りがあると言われ続けているからです。

世の中、ある意味、矛盾に満ちていることですが、戦争のときこそ、その人間の本性が表れる。だから、悲劇もあれば、ヒューマニズムに溢れた人間ドラマもある・・・

そんな面に惹かれるから・・・とも思いますが、

しかし、戦後、故意?に公家が描かれていない面、あるいは貶められている事実があるのは、ひょっとして、公家を辿れば朝廷、そして天皇に結びつく、
その戦後史観が公家の歴史を隠しているのかもしれません。

何度も書いていますが、日本には公家たちのたくさんの日記が残されています。
歴史の検証も、それらの日記がかなり役立っています。

それら日記を読めば、きっとドラマのネタに困ることはないと思います。
たとえば、戦国時代、京都では公家と町衆たちが一緒になって堀や柵を設け助け合って生きてました。中には、「赤髭先生」みたいに病の住人を無料で助けた公家もいます。
あるいは、近衛前久(さきひさ)など、信長、秀吉、家康の鷹狩りの師匠であり、かれら三代の天下人を、それこそ膝詰めで身近に接していました。

大河ドラマに、まずは公家の代表として前久を取り上げてほしいと思います。
きっと今までとは一味違う大河になること請け合いです。
もっとも前久は、実は戦国大名になろうという野心がありました。
それが故、朝廷の有職故実に疎く、その事が後に息子との確執を生むという結果を招き、前久も老境になって、やっと公家の存在価値に気づく・・・という人生でもありましたが、
それこそ、ドラマで描いたらよいではないですか?

そしてこれは自己体験ですが、
小学生のころ、親に連れられて神社にお参りにいったとき、神主さんの公家のような装束にまるで電撃に打たれたように感動した?、そんな小さい頃の原初体験もあります^-^。

前置きが長くなりました。
清閑寺家のことに移ります。

今回、同家のお屋敷を作って建蔽率を計算してみたのですが、
何と、70%もありました!

敷地(353坪)に目いっぱい建て過ぎです!
今でも都市部など除いて建蔽率60%が上限です。

道理で3D製作してみて、350坪(現代なら大家さん)もあっても狭いなぁ・・・と感じたのも無理からぬ事でした。

やはり、当時の上層公家、あるいは大名も含めて邸宅の敷地が広かったのも、それなりに理由があったのだと今回、清閑寺家邸を作ってみて思いました。
あまり外には出ない奥方さまたち、そして自己完結型の暮らし、あるいは儀式や体面、家臣を養うためには一定の格式を持った座敷の造り方が必要だった、そんなとこかな。

しかし、今時、お公家さんの家を3Dで再現するなど、かなり希少性があるというか、全国広しといえども、ひょっとして管理人(梅のコージ)の自分だけかも・・・とも思うのですが、変人ですかね?
会社の人が聞いたら、どう思うかなぁ?・・・と思いますが、
「何それ?」で終わるでしょうね^-^。

では、まず以前アップした間取り図を再度載せます。
それと見比べて頂くとわかり易いと思います。一部、仕切りや小屋など間取り図と違っているかもしれませんが、それなりに表現してみました。
というか、実際のお宅よりも豪華?かもです。
なんせ、「むくり屋根」のテクスチャなど桂離宮を参考にさせて頂きましたから。

クリックするといずれも拡大します。
清閑寺邸の指図
(清閑寺邸の指図)

では一枚目、
1-清閑寺家邸(南西から俯瞰)
(南西から俯瞰図)

どうでしょう?
表門のある西、そして斜め南西から眺めた図です。
けっこう屋敷いっぱいに建屋が建っているのがわかると思います。

次いきます。
2-清閑寺家邸(西から全体図)
(西からの全体図)

表門を中心に西側から見た全体図です。
長屋門が目立つと思います。
これが、もうちょっと上層の公家ならば、長屋や物見長屋はあっても表門には四足門をもってくると思います。おそらく敷地の関係もあって二階建ての長屋兼表門にしたのでしょう。
だって、敷地の割りに二階建て長屋(門)が目立ちすぎます。


次に、表門の扉越しに玄関式台を見ます。
3-清閑寺家邸(玄関式台)
(清閑寺家邸玄関式台)

玄関前に紅い装束で立ってみえるのはご当主さまです^-^。

というか、実は秋に開催される京都の時代祭りに出てくる、幕末の公卿・姉小路公知(きんとも)の当時の公家装束を再現したものです。
公知は幕末の志士として知られていますが、御所の鬼門・北東角にある猿ケ辻で刺客に襲われ自宅で亡くなっています。享年25才でした。清閑寺家のお屋敷も近くでした。
当時、勝海舟と共に江戸湾岸の視察など行なっています。

また公家の家格も羽林家で清閑寺家の「名家」とほぼ同じ家格です。そんなところから、姉小路家の公家装束をお借りしました。

引用元は、「時代装束、時代祭資料集成」(京都書院刊)です。

ちなみにこの装束は、当時、中級公家が朝廷に出仕したときの装束です。

姉小路殿は後に続く3Dパース図にもご出座されますのでよろしく^-^。


次いきます、
4-清閑寺家邸(真上)
(清閑寺家邸を真上から)

すみません、つまらない図で、
一応、指図と見比べてください。それだけです。


次、いきます。
5-清閑寺家邸(南東から俯瞰)
(南東から俯瞰)

冒頭は南西でしたが、今度は南東からの俯瞰図です。
蔵、奥向き、そして書院、ご当主どのがわかりますかね?
敷地を仕切る塀は切板塀です。指図にもそう書いてあります。隣家境ですから節約、節約ですよね。


次は、北西から、
6-清閑寺家邸(北西から俯瞰)
(北西から俯瞰)

北側は道路なので切板と違って、お公家らしく、ちょっと茶系の入った漆喰塀にしました。
冷泉家を参考にした台所棟や長屋、雑穀蔵二棟が見えますね。

次いきます、
7-清閑寺家邸(南から俯瞰)
(南から俯瞰)

南東とどう違うのか?
と、言われればそれまでですが、日本の家屋は南面が表の貌、
正面からパチリです。
玄関前と書院棟及び庭を仕切る塀重門が見えます。
こうした格式故の付属屋というか公家たるもの体面上必要なんですね。
冷泉家にもありますよね。


次いきます、
8-清閑寺家邸(北東から俯瞰)
(北東から俯瞰)

鬼門にあたる北東からの俯瞰図です。
鬼門なるがゆえの出っ張りですかね?
お蔵二棟が出ているのがわかるでしょう。
意外と公家の敷地も四角四面でない場合も多いです。
北側はお蔵があるせいもあると思いますが屋根は瓦が目に付きます。
台所棟も一応、杮葺にしました。
原本の指図にも瓦の記載はなかったのでそうしました。

次いきます、
9-清閑寺家邸(南東クローズアップ)
(南東クローズアップ)

南東側からクローズアップした図です。
書院及び庭を眺めるご当主どのがわかると思います。
出仕前ですかね?
こんなこと書く自分も何ですが・・・^-^。
あっ?よく見ると庭眺めてなかった!>×<。


次いきます。
10-清閑寺家邸(東から全体図)
(東から全体図)

東側から眺めたお屋敷です。
まだ東側はなかったので。
奥向きが正面に見えます。家族の住むプライベート空間及び奥方様の場所ですね。
当時、公家も長男・長女以外は結構里子に出されました。
冷泉家のご先祖様も20人近く?子をもうけた例もあります。早死も多かったですが・・・。


次です、
11-清閑寺家邸(庭)
(清閑寺家邸の庭)

庭に佇むご当主さまです。
お客さまも、ここでもてなしたのでしょうね。

次いきます、
12-清閑寺家邸(裏門から)
(清閑寺家邸の裏門から)

表門の裏側です。それなりに頑張って作った玄関及び台所門なのでご披露しました。
これ見ると、ますます敷地の狭さを感じますね。
門を潜るとすぐ玄関ですからね。

でも指図通りに作るとこうなるのです・・・
幕末には600坪に増えてますけどね。
きっと狭い敷地を嘆き朝廷?幕府に?かけあったかも。

以上、清閑寺家邸のご紹介でした。

次は一部、内部を再現してみたいと思います。
ただ、当時の指図は残っていてもどんな意匠にしたか仕様帳も残っていないので、
かなり想像入っていると思います。
せいぜい、今までの知識から、こんな感じだろうという世界です。
できるかな?

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