3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

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銀閣に銀箔を貼ろう・・・としたら

寒いし気分転換に銀閣に銀箔を貼ろう・・・としたんですけど、ふと、数年前NHKの「銀閣寺特集」を放映していたのを思い出しました。確か銀箔は貼ってなかった・・・けど、ある意味それ以上の貼り細工がしてあった・・・と。んで、さっそくネットで調べました。そしたらわかりました。往時の銀閣は何と二層の壁一面に、黒漆の下地、そしてガラス質の「白土」に「ミョウバン」を混ぜた白土が塗られていたのです。壁に光が当たると反射して輝く、まさに「白亜の楼閣」で、銀閣は義政の「月見のために建てられた」という説も納得です。最近の研究から、月を愛でるために凝らした様々な仕掛けが明らかになってきたそうです。たとえば、東山からのぼる月の出の方角を正確に計算して建物や池の石を配置、月の動きに合わせて、銀閣の1層から2層、そして別棟へと延びる動線を設定していたのです。月明かりに照らされて妖艶な輝きを放ったことでしょうね・・・義政の演出心憎しですね(笑)。それにしても月と日本人は竹取物語の平安朝から、足利義政、そして「月の桂離宮」と、ずっと一つの系譜を引いているんですね。そう・・・日本人の心に。それではさっそく銀閣に銀箔と、白土の色づけを3Dでしてみますね。最初は今の銀閣。
銀閣寺
これに銀箔を塗った3Dがお次、
銀箔の銀閣寺
そして「白亜の楼閣」の楼閣ならぬ白土の銀閣です。
白土の銀閣寺
どうですか?ちょっと絵の具ぽっ過ぎましたかね?「銀」は表現するのに難しいですね。仮に銀閣に銀が貼られていても、そこは野ざらし、年月とともに黒く煤けていったことでしょう。そう思うと義政が、あえて「白土」にした理由が、手前勝手ながら3Dで色付けしながら何となくわかった次第です。さて、その銀閣寺の歴史をさらっと書きます。
室町幕府・8代将軍の足利義政は、1482年(文明14年)から、東山の月待山麓に東山山荘(東山殿)の造営を始めました。この地は、応仁の乱で焼亡した浄土寺のあったところであり、当時は応仁の乱が終了した直後で京の経済は疲弊していましたが、義政は庶民に段銭(臨時の税)や夫役(ぶやく、労役)を課して東山殿の造営を進め、書画や茶の湯に没頭しました。造営工事は義政の死の直前まで8年にわたって続けられました。義政自身は山荘の完成を待たず、工事開始の翌年である1483年(文明15年)にはここに移り住んでいました。東山殿には会所、常御所(つねのごしょ)などの大規模な建物が建ち、足利義満の北山殿(後の鹿苑寺)ほどではないが、ある程度政治的機能ももっていました。ただし、現存する当時の建物は銀閣と東求堂(とうぐどう)のみです。と、説明だけでは何ですので、日本庭園史の大家・飛田範夫氏と考古学者・鈴木久男の両氏が研究の成果として発表されている往時・東山山荘の伽藍創造図をアップします。
銀閣寺想像図
人によっては応仁の乱にまったく対処せず、ただただ引きこもって耽美的な暮らしを送っていた義政を無能の一言で片付けるのはやさしいことだと思います。実際問題、当時、義政はどんな思いだったんでしょう?評価云々は別として、現代に至るお茶や座敷飾りと言った畳文化の発祥は義政が大きな旗振り役となりました。もし彼が寛永期に生きていたら「どんな桂離宮」を営んだことでしょう?その意味で義政の文化的影響は大きなものがあると思います。そうそう付記します。義政の東山山荘のお手本となったのは、義政より百年前に生きた夢窓疎石が開山した西芳寺。そう、あの苔寺で有名な寺です。西芳寺には二重の楼閣があって庭園には滝組から様々な革新的な試みがありました。近世の日本庭園の源流は、この西芳寺だったかもしれません。


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コメント

銀閣の3D化を試みた梅のコージさんへ 

ここに、梅のコージさんへのコメントを書き込むのは無粋ですが、りせさんお許し下さい。最近亡くなった建築史家(専門は中世住宅史)川上貢先生の論文・著書を読まれましたか。特に博士論文を手直しして出版された「中世住宅史の研究」を一度読んで見て下さい(と言っても大部ですし、出版元の墨水書房が無くなってしまい新本は手に入りません)。視野が広がりますよ。りせさんは古代建築に興味があるのでしょうか。それについて一言。現在の中国には当時の建造物はほとんど残っていません。そこで、中国の研究者は日本に来て研究していると言うようなことを、故太田博太郎先生が話しておられました。文献・遺構とも日本の方が豊富にあるのです。そのため、太田先生は、ご自分の所に送られてくる「修理工事報告書」を、目を通した後、中国(北京大学だったか
他の大学だったか記憶が曖昧です)へ送られていました。

こんばんは~♪ 

梅のコージさん 初めまして♪
拙ブログに来ていただきまして有難うございます。m(_ _)m
このような切り口で京都を捉えられて・・・素晴らしいですね。
リンクして下さって光栄です。有り難うございます。当方もリンクさせていただきました。
タイトルのバック写真・・・法勝寺八角九重塔なのですね。中国が出現したみたいです。現存していたら・・・
これからもどうぞ宜しく。

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2017年5月8日更新

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