3D京都

いにしえの京都を3Dで再現します。短歌、史話、公家さんも書きます。

Category [ ★時代別 ] 記事一覧

京都御所の紫宸殿を作ってみました。

先日、「平成版 内裏・公家町御絵図」を残された指図、過去の公家町絵図と現在の京都御苑を比較検討して、史実に基づいたかつての公家町を再現してみようと、今、始動してます。新たな公家屋敷の指図も東京・京都へ行って探しまくった結果、幾つか、新規の指図を収集しました。ちなみに慶応4年即ち明治元年に刊行された江戸時代最後の公家町を描いた「文久改正 内裏御絵図」ですが、十六丁版と十六丙版があって、多分、丁版が最...

聚楽第に在った頃の飛雲閣を想像してみた 内部編

以前書きました「秀吉の聚楽第にあった頃の飛雲閣 外観編」ですが、この度、やっと「内部編」を完成させました。聚楽第に在った頃、と銘打っているように、あくまで私の想像の範囲内での「模擬飛雲閣」です。本来なら北面二階の壁に描かれている三十六歌仙の絵も描いてありません。その代わり、「秀吉の御所参内・聚楽第行幸図屏風」に描かれているように、秀吉の御伽衆であった大村由己が著わした「『聚楽行幸記」の記述にある、...

え? 戦国時代に大内裏が残っていた!?

え? 戦国時代に大内裏が残っていた?!と、なんか週刊誌ご用達の「見出し」みたいなタイトルになってしまいましたが、記事の設定時期は正確には室町時代、応仁の乱の頃でこの時代は戦国時代と被ってますんで半ば無理矢理今回のタイトル設定にしました。でも、応仁の乱(応仁元年・1467年~文明9年・1477年)の頃まで、実は大内裏の官衙が一部残っていた!、ごく一部の建物は天正13年(1585年)まで残っていた。また機能していた、...

『文久改正内裏御絵図』を落札しました!

昨夜11時、ヤフオクで『文久改正内裏御絵図』を落札しました! 落札額は5500円。最初は2000円から始まって最後は5500円。無事落札できました。入札はほぼ6人ほどの間でデッドヒートし、最終は1万円越えかな、と思いましたが越えずになにより。絵図って結構人気あるんですかね。落札した絵図は、ちょうど「新発見!! 中院家指図は幕末最後の公家屋敷だった!」で、証拠材料の一つに使った絵図ですからグットタイミング! 「京都...

飛雲閣は聚楽第の何処に存在したのだろう? 後編

今、後編を書き出しているところですが、14日のブログで東京帰りのついでに背景用写真を撮ってこよう、と書きましたが確かに撮ってきました。足に豆ができるほど歩きました。でも、皇居東御苑は金曜はお休みで入れないんですよね、知らなかった。いきなり出鼻をくじかれた感じ。仕方なく明治神宮に移動。そこでパシャパシャ撮ってましたが、そのときのこと。灯篭を撮っていたら突然背後から40代くらいの女性から「今、撮りましたよ...

飛雲閣は聚楽第の何処に存在したのだろう? 中編

前編に引き続き後編です、もとい中編になりました。前編で『そもそも聚楽第には飛雲閣自体が存在しなかった。天守さえも存在しなかった?』、について、その書きかけというかまだ、ほとんど入口にも入っていない状況ですが、一つづつ解明?してゆきます。というか書きながらどういう方向へいくのか?自分でもわからないです。そもそも浅学菲才の私が聚楽第に挑もう?と思うこと自体が間違っていますが、3Dで再現するとう流れのな...

飛雲閣は聚楽第の何処に存在したのだろう? 前編

前回も申しましたが、あくまで「飛雲閣は聚楽第に存在した」、ということを前提に「事実」はわからないままですが、今回は自分なりに論点整理して飛雲閣の数奇な物語?に取り組んでみたいと思います。何度も書きますが、飛雲閣が聚楽第からの移築か?いまだ事実は定まっていません。ただ西本願寺の寺伝を根拠とするものであり、これまでの修築によれば移築の痕跡はなかった・・・従って移築ではなく、最初から同本願寺の回遊式庭園...

秀吉の聚楽第に在った頃の飛雲閣を想像してみた 「外観編」

一応、飛雲閣の外観3Dができたので3DCG図をアップしてみます。今回はCG図をメインにアルバム風に載せます。飛雲閣についての「聚楽第からの移築説」や「聚楽第の何処に存在したのか?」、「そもそも存在したのか?」などの考察については次回私見も含め書いてみたいと思っています。まずは現在の飛雲閣の姿から、現在の飛雲閣聚楽第は関白になった豊臣秀吉の政庁兼邸宅として天正15年(1587年)9月に完成されました。した...

建築雑感 明治の童話

私は幕末から明治かけての古写真を見るのが好きです。眼は如実に物を語るではないですが、今は失われた当時の風景や風俗、社寺、城、街並み、大名屋敷などを見ると「江戸はまるで庭園のなかに都市があるようだ」と当時の来朝した外国人たちも讃えた、その美しさがモノクロームなトーンで目に入ってきます。そのなかでも、自分の夢を底抜けに実現し、まるで明治期の大人の童話を地で描いたようなこの邸宅建築が好きというか、とても...

新選組のまぼろしの本営・不動堂村屯所を想像復元してみる その(二)

少し前、ビデオリサーチというところから突然電話がありアンケート調査に協力してください、とのお願いがありました。あぁ、あのテレビ視聴率の会社ね。多少、好奇心もあって「あぁ、いいですよ」と承諾しましたが・・・さっそく調査資料が届き、見たらその大判の分厚いデカい封筒にビックリ!一瞬、後ずさりし、とりえあず後でまた中身見ようと思っていたら、電話がけたたましく鳴り催促のお願い、また数日たって督促。まるで最後...

新選組のまぼろしの本営・不動堂村屯所を想像復元してみる その(一)

新選組といえば知らぬ人はいないほど、歴史上の人物(集団)のなかでも大人気を誇っています。なぜに好きかと言えば、一歩間違えれば単なる人殺し集団、強請タカリの愚連隊になるところを、幕末の時世、幕府の汚れ仕事を一身に受け、諸藩が官軍に靡くなか最後まで幕府に殉じた姿。また、近藤勇や土方歳三、沖田総司、斎藤一など魅力的な登場人物たち、それに山南敬助の悲恋など隊士たちの人情話、はたまた、池田屋事件の凄惨を極めた...

法勝寺フォト集

えぇ、今回は「法勝寺フォト集」と題して、CG写真を掲載します。いままで法勝寺については記事でいろいろと書いてきたので、ここは単純にCGだけ載せます。京都盆地を背景にしたもの、霧に浮かび上がる法勝寺、夜景と法勝寺、等々いろんな角度から。似たようCGもありますので辛抱して見てみてください。ちなみに京都盆地の背景写真ですが、4年前の雪降る寒い京都、某ホテルの展望スペースから撮ったものです。パチパチ一一心...

院政期最大の建築・法勝寺金堂を復元しました。

先回は院政期を代表する法勝寺八角九重塔を復元しましたが、今回同じく法勝寺の金堂を復元してみました。これもブログ初期に作っていますが、今回、新たにリニュアールしました。今日の記事では八角九重塔も含めた3DCGをアップしようかと思いましたが、時間の制約もあって次回に譲ります。さて、金堂ですが、過去に記事も書いているので重複しますが、その点はご容赦を。法勝寺及び六勝寺ですが、1077年(承暦元年)白河法皇の法...

創建時の「修学院離宮」を再現してみました。

まずは修学院離宮の景色で一番よく知られる上茶屋の浴龍池越しに見た離宮の写真を一枚。今回は再現ということですが、実際は離宮内に今も現存する建物、そして廃絶した建物を案内図や航空写真地図に配置して二次元的に再現したものです。それなりに往時の姿を想像する手立てにはなると思いますので読んでみてください。で、離宮について概要を述べておきますね。修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや...

法勝寺八角九重塔を作り直してみました。

ちょうど四年程前からブログを始め、ブログトップのブログ名の背景をどんな感じにしようかと思い、そのとき思いついたのが、法勝寺八角九重塔(京都市左京区岡崎)をランドマークにした京都の街並みでした。で、最初に作った3Dがこの「法勝寺八角九重塔」。今思えばよくこんな難しい八角の塔にチャレンジしたなぁ・・・と思いましたが、とにかくブログタイトルの背景ですから、何が何でも作らなければ、という勢いで作ったものです...

もう一つの桂離宮

当ブログへ来られた方こんにちは。例によって現在進行形で公家・九条家のお屋敷の3D作りをしていますが、愚痴言いますと、お屋敷全体のセットですから、建物のパーツをいくつも作る必要があります。ですからふぅふぅ言いながら作っていて、完成は7月になりそう・・・・。でも各パーツを作ることによって、今後の3D作りの再利用につかえ時間短縮も可能・・・とひとり自分で期待してます。さて水曜がきました。そこで今回は「も...

薩長同盟の締結地・近衛家別邸「御花畑」の場所がわかった!

現在、九条家のお屋敷の3Dを制作中ですが、まだしばらくかかりそうです。指図に基づいてますが、あくまで平面図なので屋根の仕様をどうするか?また、指図の寸法も今でいう手書きの下書きレベルのもので、柱間数だけ表記され柱間の具体的な寸法はわからない・・・他の資料等参考に今、中心である寝殿を基準に屋根からもう一度作り直しています。さて、今日は水曜なので別の記事をアップします。題して、薩長同盟の締結地・近衛家...

朝堂院の3DCGが出来上がりました。

朝堂院が完成したのでブログにアップしますが、その前に、今回の九州熊本から阿蘇、大分と群発地震で亡くなった方々にお悔やみ申し上げます。また怪我や避難生活で辛い思いをしている住民の方の一日も早い生活復帰を願うばかりです。日本にはたくさんの活断層があり、いつ、どこで地震が起きても不思議ではありません。人事とはとても思えません。国民みんながお互いに助け合っていかなければならない、と改めて痛感しました。平安...

平安京の中心・朝堂院の正門「応天門」を3D製作してみました。

みなさん、こんにちは。平安京大内裏の朝堂院シリーズですが、同朝堂院の正門であり見所の一つ応天門を作ってみました。(クリックすると何れも大きくなります)朝堂院全体図応天門というと、どうしても平安時代前期の貞観8年(866年)に起こった政治事件である「応天門の変」を思い出しますがでは、門はどんな形をしていたのか?についてはあまりわかっていません。そこで果敢?にも3Dに挑戦してみました。まったくの空想ではなん...

「あさが来た」のモデル・広岡浅子の生家へ行ってきました!?

今頃、なんで「あさが来た」?第156話の4月2日(土)に最終回の予定なのに・・・後。半月しかない・・・もっと前からブログに書いてれば家の3D化もできたかも?一つに最近めっきりブログアップしてなかったので帯広告が出現してしまった。「記事アップしろ」のfc2さんの催促のイジメ?ですよね。あの、言い訳がましいのですが、昨年末から古くなった実家の家の解体と家財の整理と廃棄、そして工務店さんとの見積もり、そして施工...

平安京大内裏・朝堂院の白虎・蒼龍楼を作りました。

タイトルどおり平安京大内裏・朝堂院の白虎・蒼龍楼を作ってみました。図面もないので写真を頼りに作りました。正面から見た白虎、もしくは蒼龍楼(両方同じ建物ですが)平安神宮へ行かれるとわかると思いますが、正面・大極殿の左右に端然と並ぶ白虎・蒼龍楼の両楼はとてもシンボリックで美しく印象的な宮殿建築です。現在の平安神宮もしこの両楼がなかったら朝堂院はとても味気ないものとなっていたでしょう。3Dで作ってみて強く...

東寺五重塔を3Dで作ってみました。

京都の風景と言いますと、新幹線の車窓からも見える東寺五重塔がすぐ思い浮かびます。時代劇の借景にもよく使われ、洛中洛外図もこの塔から俯瞰して描いたものと言われています。(クリックすると大きくなります)東寺自体は平安京鎮護のための官寺として延暦15年(796年)ごろ建立されそれから二十数年後の弘仁14年(823年)には、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)に嵯峨天皇から真言密教の根本道場として与えられました。寺域...

平安京大極殿の基壇部を訂正しました。

先日、平安京の大極殿を3Dで再現してみましたが、どうも平面基壇部の階段が正面南側には三基あったようですので階段を一基から3基に訂正しました。現在も、大極殿の正確な基壇の全容はわかっていませんが、後白川天皇が編纂を命じた「年中行事絵巻」に描かれている大極殿、そして、平安遷都千百年紀念祭にあわせて明治28(1895)年に刊行された「平安通志」所載の朝堂院図にも3基の正面階段が描かれているので今回、訂正しました。...

大極殿(平安京)の3Dを作ってみました。

このブログを始めたころ、平安京の朝堂院(大極殿含む)の3Dを作成しましたが今回作った大極殿と較べると、自分でいうのも何ですが、「なんと下手くそな3Dだったんだろう!」との思いばかり。日々、精進すれば上達するんですね・・・でも、その分、手を抜けなくなるので負担も少々かかります。初期の頃作った3Dは今とは別のアプリだったので、パーツ、とくにテクスチャが引き継げないので、一から作り直しってのも多いです。...

近代、日本はなぜ江戸を捨てたのか?

何も深い意味はなく、急に秋めいた季節柄、幕末・文明開化の頃を、ふと思案してみました。何から書いていいのか筋立てもないですが思いつくまま書きます。私は建築が好きで、とくに素材を生かし、伝統的な装飾と様式を施した明治以前の古建築が好きです。明治になって日本の従来の建築(社寺や民家は除く)は欧化政策のもと、急速に西欧風に変わっていきました。明治初期の東京の旧大名邸の古写真など見ると、漆喰と鎧板壁・窓格子な...

YouTubeに金閣・北山第のグレードアップ版?3D動画を再アップしました。

以前、YouTubeに金閣の動画をアップロードしましたが、今回、天鏡閣や釣殿も作成したので、これらも含み、大幅な変更・修正を加え新たに再アップし直しました。コマ送りやウォークスルーの速度調整とかいろいろ見直ししました。自分の考えでは、本ブログ・3D京都の紹介とPRビデオを兼ねて再アップしました。まだ、金閣か・・・・と思われるかもしれませんが、今回で金閣は打ち切り?当分、記事等追加しません。ここ最近は歴史や...

今より平和だった大正時代

今、二つの光景が瞼に浮かんでいます。一昔の、自衛隊員が私服に着替え勤務を終え電車で帰宅する姿、そして大正時代、同じように私服に着替え帰宅する大日本帝国軍人、最近でこそ、阪神淡路大震災や東日本大震災など、災害復旧で大活躍している自衛隊は国民の大きな頼りと支持を得ていますが、阪神淡路大震災の起こる以前、15年、20年前は、自衛隊員は、口の悪い左翼層や文化人?からは「税金泥棒」といわれたほど、日陰の存在とし...

北山第の主要部、金閣・天鏡閣・釣殿を完成させました。

ここしばらく金閣・北山第の3D作りに専念してきましたが、ここで取り合えず第一期として、鏡湖池に雁行して居並ぶ金閣・天鏡閣・釣殿の完成をもって終わろうと思います。しばらく金閣尽くしで飽きたというのもあるし、北山第の全貌を作るとなるとかなりな日数がかかってしまいます。ですから前回、予告しました付属する禅宗伽藍については割愛、また、いずれかということにしました。次は何を作るか、胸に秘めたものがあります??...

京都盆地の3Dから金閣・北山第敷地をトリミングしました。

今、セッセと金閣・北山第の3Dを作っていますが、自分自身、その北山第の地形や敷地がイマイチ、ピーンとこなかったので、京都盆地全体の3D地形から現在の衣笠の地、北山第の相当する部分をトリミングすることにしました。3D地形といっても、ポリゴン要素の△が粗いのでギザギザしていますが、これからジョジョに化粧してゆきたいと思っています。北山第の敷地は大雑把に東西南北それぞれ700m。49万平方メートル、約1万5千坪ほ...

かなり妄想の入った天鏡閣を作ってみました・・・??

前回の金閣北山第の天鏡閣屋根に続き今回は下の殿閣部分を作成、一応、外観が整いました。アップしますが、まるで、千と千尋の神隠しに出てくる湯屋の御殿みたいですみません・・・。ちょっと思い入れが深かったかも。(クリックすると何れも拡大します)正面から、かなり唐風好み?そのクローズアップ、次に、裏側、一応・北面からです。正面に比べ落ち着いた感じ。二階格子窓や蔀戸もべんがら風に、赤茶系にしました。で、その拡大...

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梅村京一朗

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(けいいちろう)、
寝つきの悪い夜は、いにしえの京を想いながら寝ます。すると鼓の音のように京の日々歳々が甦ってきます。・・・浅き夢みし男のブログ語りです。

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2017/12/25日までのトータルアクセス数(一人一日一回のみカウント)は11万近くありました。最近はSSL等の影響でfc2のカウント数と実際の解析によるアクセス数の乖離が大きくなっています。日によりfc2の2~3倍が正味カウント数となっています。2018年を迎えたら、さらに2.5~6倍もの開きになっています。キーワード検索も表示ゼロで、どんな記事、内容に関心があるのか?こちらでも把握できていません。良い記事を書くための参考にしたいのですが・・・残念です。とりあえず現況をお伝えしました。