3D京都

いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。

Category [ 公家町再建プロジェクト ] 記事一覧

洛中洛外図屏風に描かれた公家屋敷を訪ねてみよう!

今回、江戸初期の九条邸を3D制作するにあたって、屋敷内の蔵をどう作るか、当時の洛中洛外図屏風などを見た結果、なまこ壁の蔵は見当たらず、それでも下見板張りでは地味過ぎると、初期の壁面に平瓦を並べて貼り、瓦の継ぎ目に漆喰をかまぼこ型に塗るという単純な四角のなまこ壁にしましたが、ところが新たな洛外図を見たら何と!「菱形」のなまこ壁がありました!!これです。丸で囲った部分。花頭窓風の窓の左右に菱形の漆喰模...

近世の公家屋敷を代表する九条道房邸が完成。 その弐各部編-③

九条道房邸の紹介も今回で最終です。ちょっと引っ張り過ぎたかな?まぁ、それはともかく、最終ということで、掲載する3DCGのなかにはかなり奇妙奇天烈なものもありますので、「遊び心」と思って見てくださいね。さっそくですが、何と!九条邸が京都御苑を離れはるか南方に京都の市街を見下ろす感じで屹立しています。何じゃもんだい・・・って感じですが可笑しいですかね?前も書いたと思いますが、寛永期の九条邸は敷地は約35...

近世の公家屋敷を代表する九条道房邸が完成。 その弐各部編-②

九条邸のその弐各部編-②ということで、今回は屋敷内の建物を見てまわります。ところで、全然関係ない話なのですが、当ブログは「FC2ブログ」の無料登録会員で登録しブログを書いていますが、もう四年目(途中、休眠状態もあったから実質3年かな)にもなるのにブログの使用容量が無料会員の制限容量のまだ2.8%ほどにしか使ってないのです。写真など当ブログの場合、かなり、大判の写真ファイルをアップしているのに、このコストパ...

近世の公家屋敷を代表する九条道房邸が完成。 その弐各部編-①

つくつくぼうぅ~し ♪蝉たちの最終ランナー、ツクツクボウシの鳴き声がさかんに耳に入ってきます。それはそれで良いのですが、実はお盆の温泉から帰ってきて今頃になってお疲れが表面化、悪寒が収まらず、耳鼻科に行ったら喉が炎症してるとのこと。薬を飲んで今は小康状態、だいぶ気分もよくなってきました。それでも、頭も重い感じですから、書斎のささやかなソファーで昼寝。書斎の窓からは小さな森も視えます。すると、半寝、...

近世の公家屋敷を代表する九条道房邸が完成しました。その一 全体編

お盆も終わり何となく夏の暑さも和らいでいく気分ですね。そう、実際には暑くても盆が過ぎれば気分は夏の終盤を告げます。あの、藤沢周平の小説に出てくる「蝉しぐれ」の怒涛のような鳴き声も鎮まっていきますね。と、そう思ったら台風襲来!「暑さを吹き飛ばす!」とは、良きにつけ悪しきにけ、、、、秋の波浪を伴っていたのですね・・・さて6月来の九条邸の3D制作ですけど、やっと完成しました(室内は将来編に)。自分として過...

霧靄・・・スモッグ?にむせぶ九条邸

もうお盆ですね。盆踊りの設営が済んだ広場に一羽のカラスが何やらエサを探しています。盆踊りが始まる前の静寂はたった一羽のカラスが見事に演出しているかのようです。さて、九条邸ですけど、もう殆ど完成しました。後、庭を少し添えようかな?という段階。自分としては、最終的に廊下も含めると四十棟ほどにもなった3DCGの作品群に、けっこう自分でもやったなぁ・・・と自己満足しています。今日、水曜日、作品をアップしたい...

九条邸の文庫蔵を公開

毎日暑いですね!でも、九条邸の新築工事の方はコツコツ進んでますよ。以前制作した朝堂院や光源氏の住まいである六条院など、それなりに時間はかかりましたが、それでも建築スタイル・パターンに共通点もあってその分制作も捗りました。しかし、今回の九条邸は邸内の建物も様々なバリエーションに富んでいて、さすがに時間がかかっています。後、まだサウナ風呂(蒸し風呂)も残っているし、どんな風に作ろうか?同時代の遺構も少な...

九条邸の寝殿を作ってみました。

ふぅ やっとと言うか、九条邸の中心・寝殿の3Dが出来上がりました。家も売れて、実家に戻り母と一緒、家族で暮らしています。もうこれが終の棲家。田舎ですので自分の書斎からは緑がいっぱい見えます。先日はクチナシの白い花も咲いていました。意外に大輪の花なのですね。そこで一首、短歌を詠みたいものですが、もう枯れてしまいました・・・ちなみに売れた家ですけど、ちょっと拘った家でリビングに吹き抜けもあったりして気...

江戸時代の公家屋敷ってどんな感じ? 摂家・九条家の場合 間取り編

改めて江戸時代の公家屋敷ってどんな感じだったんでしょう?以前、清閑寺家のお屋敷を3D制作しましたが、あまり公家屋敷の特徴は出ていません。というか摂家クラスを除いた中・下位の公家の家は近世の書院造りと基本的に同じ構成をしています。細部では建具やむくり屋根、室の呼称などに瀟洒な公家風を感じますが、室町初期までは存在した寝殿造りの面影はありません。現在、まとまった形で唯一残る冷泉家住宅でもそうです。また...

清閑寺邸の3Dパース図を追加しました。

タイトルの通り清閑寺家邸のパース図を追加しました。   京都御所をバックにしたアングルです。 なかなか遠近的にいいアングルが撮れなかったのですが、 その中でも比較的気に入ったパーズ図が撮れたので掲載します。 やはりお公家さんの屋敷は京都御苑(公家町)になければいけないですからね。 御苑に甦る平成の公家屋敷をどうかご覧あれ。 なお、清閑寺家邸の南側は本来板塀ですが、それでは帝のおわします御所に失礼なので...

公家・清閑寺邸の3Dが完成しました。

公家・清閑寺邸の3Dがやっと完成しました。 途中、いろいろ横道(パーツ作り)に逸れて遅れてしまいました。 ところで、なぜ、公家屋敷? と思われる方もいると思うので自分なりに理由を書きます。 というかはっきりとした理由もないんですが^-^。 まず、希少性です。 江戸時代、侍はイヤというほどいました。 従って住んでいたお屋敷も全国たくさんあって、今でも中・下級武士などの屋敷遺構が あちこち残っています。 しかし明...

公家屋敷のアイテムを幾つか作ってみました。

しばらくご無沙汰してしまいました。申し訳ありません。 一月から公家の清閑寺家邸の製作を続けてまいりましたが、 途中、いろいろ横道に逸れてしまい、関連するアイテムを作ることに時間をかけてしまいました。 今回はお屋敷を構成する幾つかの建築アイテムを掲載したいと思います。 掲載した上で、次は清閑寺家邸の全貌というか全体の再現をアップして、 その後は、一部、メインの書院など室内を再現した3Dを載せ、そこで、清...

お公家さんの文庫蔵を作ってみました。

今回、とてもシンプルで飾りのない、それでいてすっきりとした清浄さが伝わるお公家さんの文庫蔵を作ってみました。 例によって清閑寺家の邸宅製作のパーツの一つとして作るものですが、 そのベースとしたのは、恐れ多いことに、あの冷泉家の文庫蔵です。同家の屋敷修理報告書に文庫蔵の寸法、立面図等記載されていたので参考にさせて頂きました。 ですから外形的にはなかり似ていると思います。ただ扉や窓など詳しい図柄というか...

公家・清閑寺家邸の指図(間取り)をアップしました。

ちょっとお久し振りのお公家さん特集ですが、公家の清閑寺家の江戸期のお宅を3Dで製作することにしました。 今、手元には、いろんな所から入手した江戸期のお公家さんの屋敷図を宮家も含めて二十数家分所持していますが、今回はその中から清閑寺家を取り上げてみることにしました。いろんな面を含めて同家は中の下といったクラスのお公家さんですが、そのクラスのお公家さんのお宅がどんなものか?自分なりにまとめてみたいと思...

公家の長谷家について

タイトルの件遅くなってしまいましたが、以前、読者の方から公家・長谷家について幕末等当時の京都御苑内にあった同家屋敷の坪数や家屋敷の様子・来歴など、もし、わかったら教えて頂きたい・・・とのご依頼がありました。ひょっとして長谷家のご縁の方なぁ・・・とも思いましたが、果たしてどうでしょう?ちなみに同家は「はせ」とは呼ばず「ながたに」家と言い表します。 まず、依頼のあった同家の幕末明治維新の家屋敷の史料は...

公家・徳大寺家屋敷を3Dで製作してみました。

公家の徳大寺家の屋敷が3D化できましたのでこれからアップします。完全な再現かと言うと少なくとも間取りは合ってると思いますけど、外観そのものは多分に想像が入ってます。 外観を描いた立面図とかあればよいのですがそれもありません。表面の間取りを描いた指図だけです。指図によっては、そこに屋根は瓦葺だとか、天井は竿縁天井、後、畳敷きか板間とか家の意匠が表記されているのもあって、そんなときは再現するのに助かり...

公家・徳大寺家の屋敷間取り図を作成しました。

公家町再建プロジェクト、今回は公家でも摂家に次ぐ清華家の家柄である徳大寺家の屋敷を3Dで再現することにしました。 徳大寺家は江戸時代家禄410石、屋敷地は現在の京都御苑の北側、あの公家屋敷として唯一残る冷泉家屋敷の一軒隣の位置にありました。敷地面積はざっと1000坪(隠居屋敷用空き地含む)、冷泉家より300坪程多いですね。ちなみに冷泉家は家禄300石で家格は摂家から清華家、大臣家の次の羽林家。冷泉家がほぼ中級公家...

公家屋敷の遺構を探す旅 その(七) 二条城本丸御殿

現在、二条城には本丸御殿が存在しますが、これは創建当初の御殿ではなく明治以後、京都御苑にあった桂宮家の御殿を一部移築したものです。御苑にあったころは延べ建坪1358坪、棟数55の大きな建物群でした。幕末、政略結婚で将軍・家茂に降嫁した和宮様が妹君と過ごした場所でもあります。そのころは今出川屋敷と呼ばれました。桂宮家はあの桂離宮を創建した智仁親王の宮家で江戸期3千石を有し、御殿もりっぱで、それゆえ明治にな...

公家屋敷の遺構を探す旅 その(六)

今回、ご紹介する公家屋敷の遺構はいずれも京都新聞社刊行の「京が残す 先賢の住まい」からの抜粋。同書は1989年発行の古本です。アマゾンで売っているかなぁ?様々な分野の主に学者さんの住まいを紹介しています。京都の郷土本でもあまりみかけないタイプで興味尽きない本ですよ。発行が今から20年以上前ですから、住まいも当時からは変わっていると思いますが、せっかくですから、そのなかから公家関係のお屋敷を紹介しますね。...

公家屋敷の遺構を探す旅 その(五) 旧九条家拾翠亭 

ここに一枚の珍しい図を載せます。庭園学の権威として知られる森 蘊氏の「寝殿造系庭園の立地的考察」から抜粋したもので、時期はマチマチですが江戸時代の御所と公家町の宅地の間取り図が描かれています。面白いのは延享度の仙洞御所が載っていて、天皇の御所の方は太平洋戦争中の建物疎開後の宅地が描かれていてホント、マチマチの時代です。でも近衛家や八条宮家、後西院、それに九条家の寛政度の宅地も少し載っていて、公家町...

公家屋敷の遺構を探す旅 その(四) 旧閑院宮邸

現在の今上陛下の皇統は今回ご紹介する閑院宮家から即位された江戸後期の光格天皇から直系で続いています。閑院宮家は江戸時代の四世襲親王家の一つとして知られていますが、そもそも閑院宮家が立家されたのは江戸中期、新井白石の建白によります。当時は三宮家しかなく、しかも天皇家及び宮家の長子以外は皆出家という仕来りだったため、もし世襲男子がいなかったら・・・との心配から新たに東山天皇の皇子、直仁親王が創設した宮...

祝竣工記念! 冷泉邸で「冷泉為恭(ためちか)展」開催される!

今回の記事、タイトルの意味わかりましたぁ?自分で書いておきながら心配です(笑)。ちょいと解説しますと、あくまでバーチャルな世界なんですけど、現冷泉家住宅の室内の襖や床の間、掛け軸等を使って冷泉為恭の絵画を展示するというものです。展示といっても3Dの世界ですから襖などにそのまま絵を貼り付けるものです。こんな勝手なことやって冷泉家の方に失礼かと思いますが、そこはネットでの一つの試みとして理解して頂ければ...

3D変化(へんげ) その② 冷泉家住宅の外観が出来上がりました。

製作を進めていた冷泉家住宅の外観が出来上がりました。実際に存在する住宅を真似て3D化するのは、究極、どこまで徹底的に真似るか?ですけど、今回は適度に真似ました。でないとブログの更新が一ヶ月止まります(笑)。今は楽しくてブログ日々書き込んでいますが、まだ初めて二週間になるかならないかの段階。自分なりのリズムを掴んでいきたいですね。ちなみにブログはネットの日記帳みたいなもんだと思ってますけど、実は日本の...

公家屋敷の遺構を探す旅 その(三) 旧有栖川宮邸

相変わらず寒い雪混じりの毎日が続きますね。雪の多い地域はたいへんです。お年寄りの方など雪掻きもままならない・・・早く春よ来い!です。さて、その(三)は旧有栖川宮邸一本でゆきます。ここには秋の一般公開に訪れ写真もたくさん撮ったので何枚かご紹介しますね。 有栖川宮といえば幕末皇女和宮と許婚だった熾仁(たるひと)親王が知られてますね。親王は明治に入って様々な顕職を極めましたが明治28年、惜しくも台湾で亡くな...

3D変化(へんげ) その①

今日は日本全体がスッポリと雪に包まれた寒い日でしたね。この時期、例年ですと降ってもボタン雪状態なんですけど、今日は違ってました。サラッと風に巻かれた粉雪はまさしくパウダースノーでした。ここはシベリアかぁ?ちょっと異常気象ですね。 さて、本日のブログテーマは「3D変化(へんげ)。先日、冷泉家住宅を3Dで製作中と申し上げましたが、その一部外観が出来上がってきたので、その製作過程も含めアップしようと思い、...

公家屋敷の遺構を探す旅 その(二)

旧一条恵観山荘は今は鎌倉の浄明寺、茶道宗編流止観亭として京都から移築されていますが、元々は京の西賀茂に後陽成天皇の第9皇子・一条惠観によって別荘として営まれたものです。京の離宮というと桂離宮が有名ですが、この恵観山荘は「もう一つの桂」、いや場合によっては桂をも超えるかもしれない、江戸期でも有名な山荘でした。とくに公家茶道の綺麗侘びを茶屋建築に反映させた数奇屋作りはとても風雅だったといわれます。しか...

冷泉家住宅を3Dで製作中!

今、国の重文で唯一残っている公家屋敷である冷泉家住宅を3Dで製作中です。なぜ、現存の建物を?と、思われるかもしれませんが、3Dの完成後は「ある仕掛け」が仕掛けられているんです。多分、今までネットではなかったような仕掛けかも?乞うご期待を(笑)。 さて、その冷泉家住宅ですが、今日現在、間取りまで完成しています。間取り図の元は明治20年に描かれた同家の「諸建物百分の一の図」を根拠にしてます。ほぼ江戸期の公...

公家屋敷の遺構を探す旅 その(一)

今までネットや書籍でちょこちょこ公家屋敷の遺構なるものを探しておりましたが、それなりにたまってきたのでここでまとめてアップします。三~四編ほどあるかなぁ。 ではでは、まず、「旧三室戸家住宅」。 このお宅は公家の三室戸家の大正になってからの住宅です。写真は京都市教育委員会刊「京都府の近代和風建築」からの出典です。同家の子爵・和光氏が大正4年、当時、伊勢神宮の大宮司を奉職していた折、遷宮の部材の下賜を受...

幕末公家町の「続き」

幕末の公家町続きです。 前記、公家町の絵図で番地が振ってある地域がありましたが、これは宅地が狭く家名が書ききれず番号だけ記入、別紙一覧にまとめたものです。その一覧を載せますね。 この中で、たとえば「局」とありますが、これは多分退職した高位の女官の隠居屋敷だと思います。その他公家や門跡寺院の別宅であったり、そうそう武者小路さんもありますね。明治以後、子爵を授けられてますが100坪にも満たないほどの家に住...

幕末の京都御苑内・公家町地図をアップしました。

幕末の京都御所を取り巻くように存在した公家町の地図をアップしました。ピンクの枠線内が現在の京都御苑の敷地内です。これでみると幕末は公家数も約130家と増えて御苑外にはみ出ていたのがわかります。また東の鴨川沿いや京洛外にも別屋敷とかあって数軒の家を持つ公家も珍しくはなかったそうです。元となる地図は京都市刊行の「京都の歴史・第七巻維新の激動」に付録の地図からです。ちなみに地図上の公家さん宅に引いてある赤...

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たまに短歌

2016年12月7日更新

※ 短歌集はカテゴリー欄にあります。

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梅村京一朗

Author:梅村京一朗
(けいいちろう)、
寝つきの悪い夜は、いにしえの京を想いながら寝ます。すると鼓の音のように京の日々歳々が甦ってきます。・・・浅き夢みし男のブログ語りです。

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